作品タイトル不明
第14話 ウェイトレスは婚約者 後
「……覗いちゃダメですからね?」
脱衣所からそんな愛理沙の声が聞こえる。
当然、覗くはずないのだが……念押しされると少し悪戯をしたくなる。
「そういうフリ?」
「ち、違います! ダメですからね! 嫌いになりますから!!」
由弦の冗談に対し、愛理沙は真剣な声で言い返した。
そしてしばらくして……脱衣所のドアが開く。
そこにはウェイトレス衣装を着た愛理沙がいた。
「どうですか?」
「……うん、可愛いよ」
由弦のレストランのウェイトレスの制服は、白いブラウスと黒いスカートを合わせたものだ。
胸元には赤いリボンがあしらわれている。
大変、可愛らしいデザインなのだが……
(胸に目が行くんだよな……)
胸が強調されるようなデザイン。
いわゆる「童貞を殺す服(真)」のようなデザインになっている。
レストランだと場の雰囲気も合ってそこまで気にならないのだが、場違いな自室の中だと、コスプレ感が強く……
何となく、如何わしい気がする。
「……何か変ですか?」
「いや、別に……」
愛理沙はそのデザインの特殊性について違和感を覚えていない様子だった。
普通に可愛らしい制服と認識している。
「何か言いたいことがあるなら、言ってください」
「う、うん……」
普通の服を着ていても「大きいな……」と思えるようなモノをお持ちの愛理沙が、それを強調するようなデザインの服を着れば……
当然、その抜群のスタイルがますます強調されるのだ。
由弦は童貞なので殺されそうになってしまう。
とはいえ、それを言うと愛理沙は恥ずかしがって、アルバイトを辞めてしまうかもしれない。
由弦としては愛理沙にそこまで働いて欲しいとは思っていないのだが、紹介した手前、一週間で辞められるのは困る。
「すっごく可愛いなと思って……惚れ直したよ」
なので、由弦は誤魔化すことにした。
実際、似合っているのは事実だ。
洋風な顔立ちをしているため、洋風がとても良く似合う。
それに……胸が大きい女の子が、胸が強調されるようなデザインの衣服を着るのは、ある種の掛け算であり、ベストマッチと言えないこともない。
「そ、そう……ですか?」
由弦に褒められた愛理沙はモジモジと恥ずかしそうな様子を見せた。
由弦に対する不信は霧散したようだ。
「それで……練習と言ったけど、具体的にはどうするんだ?」
「由弦さんがお客さんです。珈琲を注文してください」
普段、一緒に飲んでいる珈琲。
それをまるで接客するかのように、提供する……という練習方法のようだ。
「……ということは、俺が最初に見本を見せた方がいい?」
「あ、そうですね。そうしてくれると嬉しいです」
「……着替えた方がいいか?」
制服は自宅に持ち帰り、洗うことになっているので……当然由弦の制服は手元にある。
もちろん、着なくとも手本を見せることは可能ではあるが……
「そうですね。そうしてください。……私だけ着ていると、何だか、私がアホみたいに見えるので」
「……いや、そんなことはないと思うけどね」
既にその発言がアホみたいだなと由弦は思ったが、言わなかった。
円滑な婚約者関係に必要なことは、余計なことは言わないことである。
「じゃ、じゃあ、始めますよ……」
愛理沙はそう言うと、ドアの外に出た。
どうやら入るところから始めるようだ。
ゆっくりとドアが開き、少し緊張した表情の愛理沙が由弦の部屋……否、店内に入ってきた。
由弦は営業スマイルを浮かべる。
「いらっしゃいませ」
「は、はい!」
びくり、と愛理沙は体を震わせる。
こんなに緊張している客などいないだろうと由弦は内心で思ったが、そんなことを口にするウェイターはいないので、もちろん口には出さない。
「何名様でいらっしゃいますか?」
「い、一名様です!」
元気よく、愛理沙は答えた。
由弦は吹き出しそうになったが、堪えた。
「では、お席にご案内します」
「はい。よ、よろしくお願いします」
ペコペコと頭を下げる愛理沙。
由弦は愛理沙を席――いつもの定位置――へと案内する。
そして用意していたおしぼりを渡し、注文を聞き、珈琲を持ってきた。
「ご注文は以上でお揃いでしょうか?」
「は、はい……」
愛理沙はほんのりと赤らんだ表情で由弦を見上げた。
そして恥ずかしそうに目を伏せて、珈琲を口に運ぶ。
(……やっぱり大きい)
由弦は思わず愛理沙の胸へと視線を向けた。
テーブルの上に乗ってしまっているようにも見える。
たいへんえっちでいらっしゃる。
それから愛理沙が
「取り敢えず……これでいいかな? 参考になった?」
「はい」
こくん、と愛理沙は頷いた。
この茶番が参考になるとは由弦は思えなかったが、愛理沙が何かを掴めたのであれば、それはそれで良い。
「じゃあ、俺は着替えてきていいかな?」
「……え?」
「いや、ほら。ウェイターの服を来た客なんていないだろう?」
本当はこの茶番が少し恥ずかしかったので、一抜けしたかったからである。
「それは……そうですね。あれ? じゃあ、私は今まで……」
「まあまあ。これは愛理沙の練習だから……俺の方は少し適当でもいいけど、愛理沙は本格的な練習をしないといけないだろう?」
「ウェイターの服装をしている客はいない」と言った由弦だが、愛理沙にはウェイトレスの服装をさせたまま、客をやらせた。
愛理沙のウェイトレス姿を少しでも長く、間近で見たかったからである。
もちろん、客役をするためにわざわざ脱いでもらうのも面倒だと感じたという理由もある。
「そう……ですね。その通りです」
幸いにも愛理沙は由弦の言い分に納得してくれたようだ。
由弦はとっとと、ウェイターの服を脱ぎ、私服に戻った。
そして先ほどの愛理沙と同様に部屋の外へ出てから……もう一度中に入る。
「い、いらっしゃい、ませ!」
元気はとても良い……が、表情がとても硬いウェイトレスさんがそこにいた。
ぺこり、とお辞儀をすると、胸が僅かに揺れた……ような気がした。
「……」
「……」
どうやら次に言う台詞をド忘れしたらしく、笑顔のまま固まっている。
由弦は愛理沙に助け舟を出す。
「一名だけど、席は空いているかな?」
「え? あ、はい! 一名様、ご案内します!」
ややぎこちない仕草で歩き出す愛理沙。
後ろ姿もとても可愛らしい。
さて、それから由弦は席に座り、珈琲を注文し……そして持ってきてもらった珈琲を口に運ぶ。
「……」
「……」
「……な、何でしょうか?」
「……ちょっと座って」
「え? あ、はい」
言われるがままに愛理沙は由弦の隣に腰を下ろした。
「もう少し、こっちに寄ってくれないかな?」
「は、はい……こうですか? っきゃ!」
近寄ってきた愛理沙の肩を、由弦はやや強引に抱いた。
そして自分の方へと引き寄せる。
「あ、あの……お客様?」
「ウェイトレスさん、その制服、凄く可愛いね。似合っている」
「え? あ、ありがとう……ございます」
戸惑った表情を浮かべる愛理沙。
由弦はだんだん、面白くなってきた。
「美味しくなる呪文とか、ないの?」
「そ、そういうサービスはありません」
「……キスとか?」
「何のお店だと思っているんですか?」
「俺は客だけど?」
「お客様にはそういうことはできません」
「婚約者とか、彼氏には?」
「え? ま、まあ……どうしてもして欲しいというなら……気分次第では……って!」
愛理沙は眉を釣り上げた。
「練習中にふざけないでください!」
「い、いや……ほら、質の悪い客に対応できるかなという試験というか……」
「そんなお客さん、過去にいたんですか?」
「……いや、まあ、これから出て来ないとは限らないじゃん?」
「……言い訳はそれで終わりですか?」
「すみませんでした」
「よろしい」
由弦が謝ると、愛理沙は許してくれた。
少し怒った様子の愛理沙ではあったが、そのおかげで緊張は解けたらしい。
その後はスムーズに接客対応ができた。
さて、お客様のお見送りまで終えてから……由弦は愛理沙に尋ねた。
「どうだ? 何か掴めたか?」
「そうですね……もう少し練習が必要ということが掴めましたね」
「それは……まあ、そうだね」
由弦は思わず苦笑した。
由弦が相手でこれなのだから、実践ではもっと酷いことは予想できる。
とはいえ、「練習が必要」ということは練習を重ねればできるようになるということで……少しは自信がついた様子だ。
「ところで、由弦さん」
「どうした?」
愛理沙はぐっと、由弦の服を引っ張った。
由弦が少し屈むと、愛理沙は僅かに背伸びをして……
その頬に唇を押し当てた。
「……お礼です」
「ありがとう」
由弦も愛理沙の頬に接吻を返した。