軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第13話 ウェイトレスは婚約者 前

ところで由弦のアルバイト先は親の人脈に依るものである。

弁護士の下働きと家庭教師は父親、そして広美の経営するレストランでの仕事は母親のコネだ。

そのため由弦が愛理沙を広美に紹介する……前に、両親に話すのが筋である。

合わせて、高瀬川家でもっとも“偉い”存在である祖父――先代当主として隠居していることになっているが、実質的には大御所政治のようなものである――にお伺いを立てる必要もある。

もちろん、絶対にやらなければならないわけではないのだが……由弦はその辺りに関しては次期当主として真面目なので、怠ることはなかった。

また、愛理沙は愛理沙で、当然のことではあるが養父母に許可を得る必要がある。

高校生がアルバイトをする上で保護者に相談するのは当然のことだ。

そしてこれはもっとも重要なことだが、校則に「許可を得る必要がある」とされている以上は学校から許可を得なければならない。

以上の段取りを経て、初めて愛理沙を広美に紹介できる。

そして結論から言えば、愛理沙のアルバイトは特に問題なく進んだ。

由弦の両親と祖父は「愛理沙の保護者が良いと言うのであれば」と答え、愛理沙の養父母は「高瀬川家の紹介ならば」と答え、学校側は「保護者が良いというのであれば」と答えた。

……全員、他人に判断を丸投げしているような気がしないでもない。

が、そこは愛理沙と由弦が信用されている証でもある。

広美のレストラン、そのスタッフルームにて。

「じゃあ、認印を押してね。それで採用だから」

「はい。ありがとうございます」

愛理沙は言われるがままに認印を押した。

これで契約成立ということになる。

「ちなみに志望動機にはもっともらしいことが書いてあるけど……実際のところはどうなの?」

「え!? えっと……」

広美に聞かれた愛理沙は目を泳がせた。

志望動機には「レストランで仕事をしたい」理由がしっかりと書かれていたが、実際のところ、愛理沙はレストランで仕事がしたいのではない。

お金を稼ぎたいのだ。

「ああ、別に大丈夫よ。アルバイトの子の志望動機なんて、基本的に遊ぶお金が欲しいとか、出会いが欲しいとか、そういうものだし」

広美は苦笑しながら言った。

学生のアルバイトにもっともらしい志望動機は求めていない。

大学生でもお金が溜まったら、就職したら、嫌になったらやめてしまうのが当たり前で……長くても四年程度の雇用になる。

もちろん、数週間で辞められるのはさすがに困る。

なので、広美としては一応、本音の志望動機を聞きたかった。

「……お金を稼ぎたいなと、思っていまして」

「なるほど。まあ、そうよね」

なぜ仕事をしたいのか?

お金が欲しいから。

当然の理由だ。

「ところで、これは個人的な興味だけれど……何か、欲しい物があるの? 保護者からは自分でお金を稼いで買えと言われたの? ……ああ、いや、言いたくないのなら、言わなくてもいいけど」

広美は由弦の親が相当な金持ちであることは知っている。

そしてそんな由弦の婚約者である愛理沙の家も、当然、相応の家柄・金持ちであるという予想を立てていた。

お金に困っているはずがない。

にも関わらず、お金が欲しいということは……親がお小遣いをくれないから? 以外に理由が思いつかない。

「……由弦さんには内緒ですよ?」

「由弦君に? うんうん」

「プレゼントを贈りたいなと……思って」

「あー、なるほど。自分で稼いだお金でプレゼントがしたいと」

「はい、そうです」

少し恥ずかしそうに愛理沙ははにかんだ。

一方で広美はなんと健気な女の子なんだと、感心した。

「ところで仕事なんだけど……ホールってできる?」

「ホール……接客ですか? 大丈夫だと思いますけど……」

由弦からはキッチンの人手が足りないと聞いていた愛理沙は、キッチンに回されるのだと考えていた。

それを広美に尋ねると……

「あぁ、まあ、それはそうだけど。キッチンとホール、両方できる人がいるから。その人に主にキッチンで仕事をしてもらえるようにすれば解決するのよ。で、愛理沙ちゃんには空いたホールに入って欲しいなって感じ」

「最初はホールからという決まりがあったりするんですか?」

「いや、別に? ただ……愛理沙ちゃんをキッチンに回すのは勿体ないなって……」

「……なるほど」

つまり顔が可愛いから、接客に回って欲しいということだ。

何とも微妙な表情を浮かべる愛理沙に対し、広美は弁明をするかのように続けて言う。

「ほら、客商売だし。第一印象って大事なのよ。まあ……やってみて嫌だなって思ったら、キッチンになってもらっても全然いいから」

「なるほど、分かりました」

愛理沙としてはホールでもキッチンでも働けるなら特に問題はなかった。

キッチンが良いと思っていたのも「料理が得意だから」程度の理由であり、ホールでの仕事ができないと思っているわけでも、ホールで働きたくないわけでも、そしてどうしてもキッチンで働きたいわけではなかったからだ。

「じゃあ、明日からシフトを入れるから。よろしくね」

「はい。よろしくお願いします」

こうして愛理沙のアルバイトは無事に決まったのだった。

さて、翌日。

「……どうでしょうか?」

亜麻色の髪をした可愛らしいウェイトレスさんが、由弦にそう尋ねた。

ほんのりと頬を赤らめ、恥ずかしそうにしている。

「可愛いよ。よく似合ってる」

元々、由弦の働いているレストランのウェイトレス衣装は可愛らしいデザインであったが、愛理沙が着るとより可愛らしく見えた。

もちろん、愛理沙そのものが可愛いので、どんな服を着ても可愛く見えるだろうけれども。

「うんうん、よく似合っているじゃない。本当に可愛いわ」

広美も嬉しそうに言った。

可愛らしいウェイトレスが増えれば店の売上も上がる……かもしれない。

「俺の婚約者を変な目で見ないでもらえますか?」

「いや……私、妻子持ちなんだけど……」

由弦が苦情を言うと、広美は苦笑する。

もちろん、由弦も半分くらい冗談で言っている。

「じゃあ、何か困ったこととかがあったら先輩……由弦君に聞いてね」

広美はそう言うと愛理沙の教育を由弦に丸投げした。

愛理沙は改めて由弦に対し、お辞儀をした。

「じゃあ……よろしくお願いします」

「ああ。まあ……そんなに難しいことはないから」

仕事そのものは特別に難しい内容ではないため、愛理沙なら特に問題はない。

と、由弦は思っていた。

思っていたのだが……

「うーん、ちょっと笑顔が硬いかなぁ……」

その日の仕事が終わった後。

広美は苦笑いを浮かべてそう言った。

愛理沙の接客は由弦や広美が思っていたよりも……ぎこちないものだった。

笑顔は引き攣り、「いらっしゃいませ」も噛んでしまう。

そんな感じだ。

「まあ、最初はそんなものだろう」

一方で婚約者に甘い由弦はそう言った。

もっとも、由弦の評価が特別、愛理沙に甘いというかと言えばそう言うわけでもない。

初めての仕事なので、緊張するのは当たり前だ。

確かに笑顔は硬かったし、何度も噛んではいたが……その程度である。

致命的な失敗――例えばお客に料理を頭からぶちまけるような――ことはしていない。

ごく普通の……そんなに上手じゃない人の範囲内だ。

数を熟せば普通は慣れる。

普通は。

「……その、キッチンに回してもらうことって、できます?」

しかし愛理沙の方はすっかり自信を喪失してしまっていた。

自信に満ち溢れていたわけではないが、もう少しできると思っていたからである。

愛理沙の頭の中には亜夜香たちの「愛理沙ちゃんは見た目は陽キャだけど、中身は陰キャだから」という評価が浮かんでいた。

「うーん、まあ、できるけど……」

人が足りていないのはキッチンの方なので、人手という意味では愛理沙がキッチンに移るのは全く問題ない。

が、広美としてはせっかくの「金髪碧眼巨乳美少女」をキッチンに回したくなかった。

できれば看板娘に、広告塔にしたいと思っていたからだ。

由弦と愛理沙で「これで飛車角揃ったわね!」という気分でいたのだ。

「雰囲気に慣れるまで、キッチンというのはどうですか?」

一方で由弦としては、愛理沙にはキッチンに回って欲しかった。

不安だったからだ。

ホールで働く、接客をするということは、多くのお客と触れ合うということになり……それはつまり“変な客”に絡まれるリスクもあるということになる。

もちろん、広美のレストランは客単価も高めで、“変な客”は早々出て来ないのだが……しかし絶対にいないという保証はない。

キッチンの方が安全だ。

由弦の目が届かないというリスクがないわけではないが、そもそも仕事である以上、常に由弦が目を光らせているということはできないし、シフトの都合で由弦と合わない日もあるので、それは今更である。

「……まあ、そうね。うん、そうしましょうか」

広美は少し考えてから、愛理沙をキッチンに入れることにした。

愛理沙の希望ということもあるが、せっかくの飛車が「もう働きたくないです……」と言って逃げてしまうことを恐れたからだ。

キッチンをやらせつつ、たまにホールで接客をさせて、慣れさせていけば良い。

こうして、次回以降から愛理沙はキッチンで働くことになった。

尚、キッチンでの働きには全くの問題はなかった。

そして……愛理沙が働き始めてから、最初の休日。

「由弦さん……お願いがあるんです」

「お願い? どうしたの?」

由弦の部屋に上がって早々、愛理沙は言った。

「……その、練習、したいんです」

「キスの?」

「ち、違います!」

愛理沙は顔を真っ赤にして否定した。

それから軽く咳払いをして答えた。

「……接客の、ウェイトレスの練習です」