作品タイトル不明
第9話 スキンシップ 後
「触ってみたかったり、します?」
そんな愛理沙の言葉に、一瞬だけ由弦の脳味噌は静止した。
触るとは、何をか。
文脈から察するに、胸だろう。
愛理沙の胸だ。
「それは……」
触りたいか、触りたくないか。
その二択で聞かれれば、もちろん触ってみたい。
これでも由弦は健全な男の子なので、恋人の胸に対しては、健全な男の子と同じ程度には興味がある。
「……いいのか?」
由弦がそう尋ねると、愛理沙は頬を赤らめながら、目を逸らした。
そしてモゴモゴと、僅かに口籠りながら答える。
「減るものじゃ、ありませんし……恋人同士だから……少しくらいなら、いいですよ?」
恥ずかしそうにそう言う恋人の姿は……とても愛らしかった。
食べてしまいたいくらいだ。
しかし、ここでグっと、由弦の理性のブレーキが掛かる。
脳裏に浮かぶのは、一つの懸念。
(もしかして、無理をしているんじゃないだろうか……?)
そういうことをしなければ、由弦が離れてしまうかもしれない。
そんな不安から、本意ではないにも関わらず、そういう言動をしているのではないかと。
「愛理沙……」
彼女の名前を呼ぶ。
すると愛理沙は小さな肩をビクリと震わせ、上目遣いで由弦を見た。
その翡翠色の瞳は僅かに潤んでいる。
白い肌は紅潮し、頬は上気している。
(これは……)
由弦の目には、それは……「いいよ」と言っているように見えた。
少なくとも嫌そうな気配は全く、感じない。
これはオッケーではないか?
むしろ、触らないとダメかもしれない。
勇気を振り絞って誘惑したのに、それに乗ってくれなかったら、断られたら、どう思うか。
由弦だったら、きっと傷つくだろう。
「……では、失礼して」
「は、はい!」
由弦は腫れ物に触れるように、衣服の上から、愛理沙の胸を軽く突いた。
柔らかい感触と共に、人差し指が愛理沙の胸の形を僅かに歪ませる。
一方の愛理沙はギュっと目を瞑り……それから恐る恐るという様子で目を開いた。
「どう……ですか?」
「……柔らかいな」
ありきたりな感想を由弦は口にした。
愛理沙には内緒のことだが、由弦は彼女の胸に触れたことがある。
彼女が寝ている隙に、少しだけ悪戯したのだ――もっともこの時、愛理沙は狸寝入りをしていたので、本当は秘密ではない……というのが愛理沙にとっての秘密である――。
なので、胸の感触そのものに対しては、それほど感慨深いものはない。
それよりも……
「凄く……可愛い」
「ふぇっ!」
予想外の由弦の言葉に、愛理沙は大きく目を見開いた。
一方、由弦はそっと愛理沙の背中に手を回し、愛理沙の体を自分の方へと引き寄せた。
「あ、あの……」
「俺の顔を見てくれ、愛理沙」
由弦にそう言われ、愛理沙は気恥ずかしそうに由弦の目を見つめた。
薄い茶髪に、翠の瞳、白い肌、ふっくらとした唇。
赤く色づいた顔で、瞳を潤ませ、艶やかな唇から熱い吐息を漏らす彼女は……
「愛理沙……本当に可愛い」
とても愛おしかった。
「ゆ、由弦さん……その、恥ずかしいので……もう、いいですか……?」
「ダメだ。目を逸らさないで、俺のことを見てくれ」
「あぅ……」
体を身動ぎさせ、少し居心地が悪そうにしつつも……
しかし満更でも無さそうな様子で、愛理沙は由弦の碧色の目を見つめる。
由弦は愛理沙の背中に手を回し、彼女を自分の方へと引き寄せた。
そしてその柔らかそうな唇へ、自分の唇を合わせた。
「っぁ……」
愛理沙は小さな吐息を漏らした。
そしてほぼ同時に、由弦は愛理沙の唇を自分の唇で塞いだ。
三秒ほどの長い接吻を終えてから、由弦は強く愛理沙の体を抱きしめる。
「愛理沙」
「……はい」
「愛してる」
耳元で囁くと、愛理沙もまた両手でギュっと由弦を抱きしめてから、答える。
「知ってます」
「それは良かった」
それから由弦は僅かに体を離し、そして愛理沙を見つめながら尋ねた。
「愛理沙は?」
「私も……」
愛理沙は僅かに、恥ずかしそうにはにかんでから、答える。
「愛してます。……由弦さん」
そして今度は愛理沙の方から由弦の唇を塞ぐ。
それからしばらくして、また抱きしめ合う。
「……愛理沙」
「はい」
「また今度、二人っきりの時は……こういうスキンシップしても良いかな?」
由弦のそんな問いに対し、愛理沙は小さく首肯する。
「はい……私からも、お願いします」
それから二人は見つめ合い、何度も啄むような接吻を互いにした。