軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第5話 婚約者と忠告

「こんにちは。由弦君のお友達と……彼女さんで、良いですよね?」

食器の回収に来た店員と思しき人物は、ニコっと人当たり良さそうな笑みを浮かべて愛理沙たちにそう言った。

愛理沙、亜夜香、千春はそれぞれ挨拶とお礼の言葉を口にする。

「彼女さんは初めまして、ですよね? 店長の広海と言います。由弦君にはいつも、お世話になっています」

中性的な容姿をした男性は愛理沙に向けてそう言った。

愛理沙も笑みを浮かべ、小さく会釈をする。

「はい、初めまして。……本日はお忙しいところ、失礼しました」

「いやいや、良いんですよ」

そして広海の視線が自然と……愛理沙の左手に吸い込まれる。

その薬指には美しい指輪が嵌め込まれていた。

それほどジュエリーに詳しいわけではない広海にも、質が良い物であることが一目で分かった。

左手の薬指の指輪――まさかその意味を知らないはずがない。

「それって、もしかして……婚約指輪?」

広海がそう尋ねると……

愛理沙はそっと、右手を左手に添え、はにかんだ笑みを浮かべた。

そしてあたかも「あ、気が付いちゃいました? 別に見せるつもりは全然、無かったんだけどなぁ」と言いたそうな表情を浮かべ、小さく頷いた。

「ええ、まあ……そうです。ホワイトデーに……貰いました」

「……へぇ」

なるほどと、広海は内心で納得した。

由弦がお金を必要としていた理由が、これではっきりとした。

「……それって、ご両親は知っているの?」

そして良識ある大人であれば、思って当然の疑問を口にする。

高校生のバカップルが冗談半分で、婚約を口にする……というだけなら苦笑いで済ませられる。

しかし高そうなジュエリーを婚約指輪として贈る……となると、苦笑いでは済ませられない。

あまりにも“重い”話だ。

場合によっては由弦に何らかの忠告をするか、彼の母親に一報入れるかと考える広海に対して、愛理沙は恥ずかしそうな表情で……

しかしその割にはしっかりとした口調で言った。

「はい、もちろん。……政略結婚、ですから」

「せ、政略……」

え、マジ?

という顔で広海は別の由弦の友人たち――亜夜香と千春――へと視線を向けた。

一方、亜夜香と千春は顔を見合わせ……そして苦笑いを浮かべる。

「まあ、別に珍しいことではないですよ?」

「よくあることです」

実際のところ、そこまで“よくあること”ではないのだが、驚き仰天するほどのことではないのもまた事実ではあるので、亜夜香と千春はそう答えた。

そして内心で呆れていた。

(いや……露骨過ぎでしょ……)

(そこまでアピールしなくても……)

もちろん、わざわざ口に出したりはしないのだが。

「へぇー……すごい」

一方、広海は感嘆の言葉を口にした。

それは自分の良く知らない世界の常識に対する驚きであり、同時に婚約指輪を嵌めて乗り込んでくる由弦の恋人への感嘆でもあった。

「これから末永く、よろしくお願いします」

「ええ、お願いします。……高瀬川さん?」

「あはは……気が早いですよ」

若干、口元を緩ませながら愛理沙はそう答えた。

一方、亜夜香と千春はにやけ顔の愛理沙を見て、揃って苦笑した。

さて、愛理沙たちが帰り、それから由弦の勤務時間が終わった頃……

「婚約者さん、随分と美人ね」

制服から私服へと着替えを終えた由弦に対し、広海はそんなことを言った。

一方、由弦ははてと首を傾げる。

「……婚約者って、俺、言いましたっけ?」

「婚約指輪を付けてきてたし、本人も言っていたよ。政略結婚って」

「そうでしたか」

愛理沙が婚約指輪を嵌めてきていたことに気付いていなかった由弦は、なるほどと頷いた。

そこかしこに吹聴するのは望ましいわけではないが、しかし殊更隠さなければならないわけでもない。

そのため、由弦の返答は少し淡泊なものだった。

「政略結婚って、本当?」

「ええ、まあ……去年の今ぐらいですかね? お見合いで……最初はお互い、好きというわけでもなかったんですけどね」

由弦は簡単に二人の馴れ初めについて説明した。

もちろん、偽装婚約やら、愛理沙の家庭事情という面倒な話は省いている。

「なるほどねぇ……じゃあ、本当に結婚するつもりなのね」

「それはもちろん」

躊躇することなく、由弦はそう言って頷いた。

それから由弦は少し苦笑する。

「あー……やっぱり、気が早いと思います?」

「いえ、別に。……考えてみれば、彩由さんもそんな感じだったし」

由弦の両親である、和弥と彩由もお見合い――政略結婚だった。

そして広海は彩由の古い友人である。

「あー、うん、でも……」

「……何か?」

「いや……」

広海の表情には少し迷いの色があった。

言うべきか、言わぬべきか。

しばらく唸ってから、由弦に言った。

「多分だけど、彼女さん……独占欲、強い方よ?」

「え?」

予想外の広海の言葉に由弦は思わず声を上げる。

と言っても、愛理沙が決して聖人君子のような、聖女のような人間ではないことくらいは由弦もよく分かっている。

「それは……まあ、確かに。そういうところはありますね」

ちょっぴり我儘で、独占欲が強いところがある。

が、そこが可愛いのだ……と由弦は思っていた。

「……多分、由弦君が思っている以上に、強いと思うけど」

「そんなにですか? ……どうして、そんなことが分かります?」

自分の婚約者に欠点がないわけではないことは由弦も分かっている。

が、あまり悪く言われると少し苛立つものだ。

若干、不機嫌になった由弦がそう尋ねると、広海は髪を掻いた。

「だって……婚約指輪、してきたじゃない?」

「……何か、変ですか?」

「変と言うか……そもそも、どうして婚約指輪なんて、嵌めてきたと思う?」

「……お洒落じゃないですか?」

由弦がそう言うと広海は首を左右に振った。

「それもあるとは思うけど……多分、牽制ね」

「……牽制?」

「この人は私の物よ! って、アピールするために嵌めてきたのよ、きっと」

つまりバイト先の女の子に対し、由弦には自分という恋人、否、婚約者がすでにいるということ、そして由弦との親密さを見せつけるために婚約指輪を嵌めてきた……という話だ。

言われてみれば、あり得なくもない話だ。

「あとは……もしかしたらだけど、不安を感じているのかも」

「……不安ですか? 俺が浮気をするかもって?」

「うーん、まあ、それよりも、あなたに捨てられるかもってところじゃない?」

由弦は思わず首を傾げた。

もちろんだが、由弦は他の女の子に現を抜かした経験はない。

そして愛理沙には普段から、ちゃんと愛を囁いているつもりだ。

「うーん、俺は愛理沙を不安にさせるようなことはしてないつもりですけどね」

「別に男の方が何かしてなくても、女の方が勝手に不安になるってことは、よくあることよ」

そういうものだろうかと、由弦は思わず首を傾げる。

「……過去の経験から、ってことですか?」

「まあ、そうね。……昔、刺されかけた経験からね」

「それはあなたが三股したからでしょう」

由弦は半眼で広海を見た。

一方、広海は手をヒラヒラとさせる。

「まあ、そういうことだから。気を付けて。ああいう溜め込みやすい感じの子は、急に爆発するから。何かおかしいと思ったら、いつでも相談してね?」

「はぁ……まあ、その時は、そうですね。相談させていただきます」

人生の先輩からの言葉に対し、由弦はそんな適当な返しをするのだった。