軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第17話 トイレは神様

「い、いつからそこにいらっしゃったんですか!?」

「変な場所の件から。……子供もいるから、やめてよね」

天香の言葉に、愛理沙は縮こまりながら小さく「はい……」と答えた。

「思ってたよりも普通だな」

「当たり前じゃない。普通の健康ランドなんだから」

由弦の言葉に天香は腰に手を当てながら答えた。

何を隠そう、この健康ランドは天香の関係者が運営している。

責任者の名前は異なるが、実質的な経営者は凪梨の家だ。

どこか泳げるような場所はないかと、探していた由弦と愛理沙に天香が紹介してくれたのだ。

それだけでなく、案内も買って出てくれた。

「本日はよろしくお願いします」

「えぇ、分かったわ」

天香の先導で二人は奥へと進んでいく。

なお天香の友人ということで料金はタダだ。

至れり尽くせりである。

「ここで働いている人って、やっぱり君のところの信者か?」

「全員が全員じゃないけどね」

由弦の質問に天香は答えた。

一方、愛理沙はパンフレットを見ながら感心の声を上げる。

「へぇ……ここ以外にも、何店舗かあるんですね。やっぱり、天香さんのお家もそれなりにお金あるんですか?」

「まさか」

愛理沙の問いに対して、天香はため息をつくように呟いた。

「割とカツカツよ……愛理沙さんのお父様の会社の方が、ずっと儲かってるわ。……最近、凄く景気が良いみたいじゃない」

「えぇ……まあ、おかげ様で」

愛理沙の養父、天城直樹の会社は最近までは資金難だったが、高瀬川家とその関連からのマネー、設備投資、仕事の受注により業績が好転している。

比例して天城家の家計も潤っているようだった。

「うちはね、カツカツなのよ。……これも門徒の方を食べさせてあげるためにやってるようなものだし」

「本業の方はあまりよくないのか?」

由弦が尋ねると、天香は肩を竦めた。

「……ギリギリ運営できている感じかしらね。まあ、元々儲けを出すのが目的じゃないし、商売でやってるつもりはないから、いいんだけど」

「立派な心掛けだな……上西家と違って」

由弦にとって“宗教”と言えば上西家である。

そして上西は金に五月蠅く、ガメツイことで(高瀬川一族の間では)有名だった。

千春も本当に神社の娘なのか、酷いもので「お守りの中身なんてただの紙切れですよぉー」などと以前、大笑いしていた。

「上西家さんは……まあ、地主業の方が本業だし」

天香はそう言って曖昧に笑った。

凪梨としては「上西批判」はしたくはないようだ。

「天香さんはご実家を継がれるんですか?」

愛理沙がそう尋ねると、天香は大きく頷いた。

「勿論……そのつもりよ」

「……何か、理由はあるんですか?」

愛理沙の問いに天香は少し唸ってから答えた。

「理由……まあ、人の役に立てる仕事だと、私は思っているから」

そして照れくさそうに笑った。

一方、愛理沙はどこか尊敬するような眼差しを天香へと向けた。

「凄いですね……立派だと思います」

「……そう?」

「はい。将来への具体的な展望があるのは、とても立派なことだと思います」

「そ、そんなんじゃないわよ」

愛理沙の賞賛に、天香は恥ずかしそうに頬を掻いた。

「将来の夢とか、就きたい職業がないし、親の仕事は嫌いじゃないから……ってだけの話だし」

他に夢があるわけでもなく、そして家業に対してマイナスイメージがあるわけでもない。

親の仕事を継ぐ理由は、それだけで十分だろう。

日本人の多くはサラリーマンだが、サラリーマンの大多数はサラリーマンにどうしてもなりたくてなるわけではないのと同じだ。

「せっかくだし、将来の教団の指導者さんにお聞きしたいことがあるんだが」

「何? 由弦君」

「君は神とか、信仰ってのはどういうものだと捉えてるんだ?」

由弦がそう尋ねると、天香は首を傾げる。

「それはどういう意図? 入信したいわけでは、ないわよね?」

「単なる雑談。哲学談義だ。……家業を継ぐなら、そういうことに関する上手い話ができたりするのかなと」

由弦がそう尋ねると、天香はなるほどと顎に手を当てた。

そして少し考え込んでから答える。

「電車に乗っている時、急に漏れそうになったとして……」

「……随分な例え話だな」

とはいえ、分かりやすそうな話なので由弦と愛理沙は黙って聞くことにした。

「お願いだから、早くついて欲しい。助けて欲しい。漏れないでくれ。……そう思うじゃない?」

由弦と愛理沙は揃って頷いた。

誰だって漏らしたくはない。

「でも別にそう思ったところで、電車が早くついてくれるわけでもない。誰かが助けてくれるわけでもない、どんなに念じたところで、肛門や膀胱が気合いを入れてくれるわけでもないのよね」

確かにその通りだ。

そもそも、本当に助けて欲しいなら心の中ではなく、声に出して言うべきだ。

「これこそが祈りなのよ。私たちは危機が迫ったら、存在しない何かに祈らざるを得ないの。その対象が神よ」

神様なんて信じていない。

そういう人も漏れそうになったら、無意識に神頼みする。

神が実在しようが、しなかろうが……

人は生きていく上で神に頼らざるを得ないのだ。

と天香は由弦と愛理沙に語った。

「……なるほど、分かりやすい」

「……興味深いですね」

由弦と愛理沙は揃って感心の声を上げた。

一方、天香は少し気恥ずかしいのか、やや大げさに肩を竦めた。

「……長話しちゃったわね。デート、楽しんできて。私はマッサージを受けてから帰るわ」

天香はそう言って二人に別れを告げ……

マッサージルームへと足を向けるのだった。