作品タイトル不明
第13話 婚約者の実家訪問
さて、ゴールデンウイークの初日。
由弦は天城家を訪れていた。
「お久しぶりです。天城さん」
玄関で出迎えてくれた、 天城直樹(あまぎ なおき) に対して由弦は軽く頭を下げた。
由弦が天城家を訪れたのは、愛理沙を迎えに行くためと、直樹に挨拶をするためだ。
婚約者とはいえ、大切な娘さんを預かる以上はちゃんと顔を見せた上で許可を得るのが道理というものだ。
「ああ、お久しぶり。由弦君」
淡々と義務的な声音で直樹はそう言った。
そんな彼の隣では愛理沙が立っており、小さく由弦に会釈した。
「折角だ。……どうぞ、上がって欲しい」
「では、お言葉に甘えて。お邪魔します」
由弦は靴を脱ぎ、家に上がった。
愛理沙の家に上がるのは、愛理沙が風邪を引いたとき以来である。
「由弦さん……こっちです」
「あぁ、ありがとう」
応接間へと、愛理沙に案内してもらう。
そして勧められるままにソファーへと座った。
「あぁ……そうだ。どうぞ、これを。父からです」
厳密には父親から振り込まれたお金で購入したお菓子を、由弦は直樹へと渡した。
直樹は相変わらずの無表情でそれを受け取る。
「ありがとう、由弦君」
そして冷淡な声でそう言った。
それと同じタイミングで愛理沙の養母――天城絵美――が応接間に入ってきた。
手にはお盆、そして三人分の紅茶を持っていた。
「これは……お久しぶりです」
「……ええ、お久しぶりです。愛理沙さんがいつもお世話になっています」
絵美はそんな社交辞令を口にしてから、紅茶をテーブルに並べた。
「ありがとうございます」
「いえいえ……ではごゆっくり」
そして軽く頭を下げて退室した。
由弦はそんな彼女を見送ってから、紅茶を口にした。
そこそこ良い茶葉を使っていることが分かった。
まずは愛理沙を交えた上で軽く談笑し……
それから由弦は本題に入った。
「直樹さん。愛理沙さんとの正式な婚約を許してくださり、ありがとうございます」
そう言って由弦は直樹に頭を下げた。
今日、ここに来たのは正式な婚約を結んでからの挨拶も兼ねている。
もっとも……直樹が許可をくれなかったら強引にでも略取するつもりだったので、ただの社交辞令でしかないのだが。
「……愛理沙が由弦君と結婚したいというならば、私としては反対する理由はない。愛理沙を……よろしくお願いします」
直樹はやはり冷淡な声でそう答えた。
が、しかし少しだけ口元が緩んだように、由弦の目には見えた。
と、そこで強くノックする音がした。
ガチャッ! と勢いよくドアが開く。
現れたのは十二、三歳程度の年齢に見える少女だった。
その女の子はニコニコと人懐こそうな笑みを浮かべてから、丁寧に一礼した。
「初めまして、天城芽衣です。……高瀬川先輩――彩弓さん――にはいつもお世話になっています」
天城芽衣。
愛理沙の従妹で中学一年生。
そして由弦の妹である高瀬川彩弓の後輩だった。
「君が芽衣さんか……いや、いつもうちの妹がお世話になっているよ」
そう言って由弦が手を伸ばすと、彼女は笑みを浮かべて由弦の手を握った。
「……どうかな? うちの妹の学校での様子は」
せっかくなので、由弦は妹の後輩から直接、妹の様子を聞くことにした。
この質問は想定通りだったのか、芽衣は特に考える様子もなく答える。
「私だけでなく、みんな先輩をしたっています。本当に頼りになる先輩です」
「へぇ……それは良かった。てっきり、後輩をパシらせたり、女王様をやっているのかと思ったんだが」
由弦が意地悪半分でそう言うと、芽衣は表情を一瞬だけ引き攣らせた。
そして少し考える様子を見せてから答える。
「……そんなことはないですよ」
どうやら由弦の予想はそれほど外れているわけではないようだ。
彩弓の性格と芽衣の立場を考えれば、子分にされるのは不可避だろう。
「まあ……あまり酷いようなら言ってくれ」
さすがにいじめまではしてはいないだろう。
由弦としては妹を信じたいところだ。
と、婚約者の妹に気遣いの言葉を口にした由弦だが……
「ご心配は無用です。……私は高瀬川先輩のようになりたいと、思っています。目標ですから」
にこり、と芽衣は笑みを浮かべてみせた。
どうやら彼女は彩弓卒業後の次期女王の座を狙っているようだ。
見た目と人懐っこい笑顔には似合わず、強かな性格をしているらしい。
愛理沙とは全く似ていない……
ように見えて外面と内面に大きなズレがある部分は似ているところは、従姉妹同士というのは納得だ。
「……由弦さんは、高瀬川先輩に大変似てらっしゃいますね」
「ふむ。……どのあたりが?」
由弦がそう尋ねると芽衣は一瞬、「やべっ」という表情を浮かべた。
どうやら今のは芽衣にとっては失言だったらしい。
つまり“悪い意味”で似ているということだ。
「……目の色とか、とても似ているなと思いました」
妥当な誤魔化し方をする芽衣。
由弦はその父譲りのブルーの瞳を細めた。
「容姿以外はどうかな?」などともう少し突っ込んで聞いてみようと思った由弦だが……
ぐいぐいと、服を引っ張られた。
「由弦さん。……あまり芽衣ちゃんを困らせないでください」
そう言って愛理沙は由弦を咎める。
一見すると芽衣への助け舟のように見えるが……同時に婚約者が従妹と話し込んでいることに嫉妬し、拗ねているようにも見えた。
「そうだね、悪かった」
「……私にではなく、芽衣ちゃんに言ってください」
婚約者に促され、由弦はホッとした表情を浮かべている将来の義妹へと再び向き直る。
「すまなかった。……妹には、君が尊敬していたと、伝えておくよ」
「……ありがとうございます」
ペコリ、と芽衣は由弦に頭を下げた。
さて、あまり長居するのも失礼だ。
ということで由弦は立ち上がり、改めて直樹に礼を言う。
それから愛理沙のキャリーバッグ(お泊りセット)を受け取り、玄関まで向かう。
「あっ……」
と、そこで青年と鉢合わせした。
彼は由弦を見るなり小さな声を上げ、それから少し気まずそうに表情を歪めた。
ゴールデンウィーク中ということで、丁度帰省してきたところのようだ。
「これはお久しぶりです。大翔さん」
「あ、あぁ……由弦君。うん、久しぶりだね」
丁寧に対応した由弦に対し、大翔は生返事気味に挨拶をした。
そして愛理沙と、由弦が持つ愛理沙のバッグを見てから何とも言えなさそうな表情を浮かべ……
「では僕はこれで」
「おい、大翔」
直樹の制止も聞かずに家の奥へと消えてしまう大翔。
何なんだと、眉を顰める直樹。
一方で芽衣は小さくため息をついた。
そして由弦と愛理沙に向かって言った。
「ちょっと傷心中なんです。許してあげてください」
由弦と愛理沙は顔を見合わせ……
何も言うことができず、取り敢えず肩を竦めた。