作品タイトル不明
第11話 婚約者の配点
さて、あまり長居するのは良善寺家も迷惑だろうということで、由弦と愛理沙はそろそろ退散することにした。
聖は石畳の階段を下りながら、頭を掻いた。
「いや、なんか、悪いな。……てっきり、爺さんは留守にしていると思っていたんだが」
聖としては本当に由弦と愛理沙に家を案内しお茶をご馳走して帰ってもらうつもりだったのだ。
良善寺清の出現は想定外だった。
「若い女の子が来たってことで、興奮しちまったみたいで……すまんな。愛理沙さん」
聖はそう言って愛理沙に謝った。
一方で愛理沙は苦笑する。
「いえ、大丈夫です。……何というか。いろいろと大変なんですね」
最後の由弦と清のやり取りが意味することは、愛理沙には分からなかった。
だが何らかの、言外の意図が込められていることははっきりとしていた。
「まあ、何だ。そう難しく構える必要はない。……愛理沙の受け答えは十分、合格点だったと思うよ。……抜き打ちだったことを含めれば、満点以上だった」
由弦はそう言って愛理沙を励ました。
一方愛理沙はそうでしょうか? と不安そうに首を傾げる。
「はぁ……俺はああいう、くだらない頓智バトルみたいなことはしたくねぇけどな。……特に友人とは」
聖はそう言って首を傾げた。
それに対して由弦は小さく笑みを浮かべた。
「同感だな。お前とは普通に仲良くしたいものだ」
もっとも現時点では聖が後継者になるかどうかは定かではない。
清が敢えて孫たち、という表現をしたのはそういうことである。
由弦としては聖の叔父や従兄が相手の方がやりやすい。
……良くも悪くも手心を加えずに済む。
と、そうこうしているうちに山を下った。
「ここまででいいよ」
「今日はありがとうございました」
「おう、じゃあな」
聖と別れる二人。
すでに日は落ちかけており、空は夕焼け色に染まっていた。
「……あの、由弦さん」
「どうした?」
「私の受け答えは正しかった、とのことですが。……どの部分がどう、正しかったのでしょうか?」
正しかった。
つまり間違った答えもあり得たということだ。
愛理沙が答え合わせを求めるのは当然のことだった。
「うーん、まあ、そうだな。……実際のところ、あれは、『自分の方から挨拶に出向くのが筋』ってのは愛理沙の性格を図る意図での質問だから、絶対に間違った答えとかはないとは思うけどね。……良善寺の爺さんが過度に遜ってたのは分かったか?」
「はい。……何というか、少し困惑してしまいました」
現代日本で目上の老人に遜られるというのは、そう滅多にない体験だ。
愛理沙が困惑するのも無理もない。
「君の方から挨拶に行く、と、そう言わなかったこと……それが正解だ」
「それは……高瀬川の方が良善寺よりも上、だからですか?」
「……少し違うかな。あの爺さんは少しでも高瀬川と対等に持ち込みたいだろうから」
良善寺清としては、愛理沙に「私の方から挨拶に行きますよー」と軽く言ってくれた方が嬉しかっただろう。
しかし由弦としては、高瀬川としては、そして今後の愛理沙の立場を考えると、必ずしもそういうわけではない。
「あれで君が自分の方が挨拶に行くべきだと、まあそういう趣旨のことを言わなかったことで、君が高瀬川の方が良善寺よりも上と認識していることが相手に伝わった。それで十分だ」
謙遜は美徳だ。
しかし時に謙遜のし過ぎは侮られることに繋がる。
「良善寺程度、というと失礼な話になるが……高瀬川の謙遜は決して安くない」
例えば、そう。
いつだかの地方議員の子息程度に、侮られるようなことがあっては絶対にならないのだ。
「……実はもっと偉そうにした方が良かったり?」
「いや……どうかな。あまり露骨だとそれはそれであまり良くないからな。まあ、君の場合はあの程度がいい塩梅だったと思うよ」
挨拶に赴きますはダメ。
しかし挨拶に来るのを待ってますもダメ。
だから「私も高瀬川さんのところに挨拶に行くので、ついでにお会いできたら嬉しいですねぇー」という回答は丁度良いだろう。
愛理沙が高瀬川に挨拶に行くのは特におかしなことではない。
「う、ううん……難しいですね」
不安そうに、自信なさそうに愛理沙は呟いた。
今後も偉い人に会うたびにそんなやり取りが求められるとするならば、自信がなくなってしまう。
学校のテストとは異なり答えがなく、しかも抜き打ちなのだから。
「言っておくが、愛理沙。……あんな面倒なことを言ってくるやつは、そう多くない」
「……そうですか?」
「そりゃあ、人によってはああいう面倒でまどろっこしいのを嫌う人もいるからな」
「そう、ですか。……そうですよね」
「そうだ。そもそもあの爺さんは、一番面倒臭いタイプだからな」
あんな爺が何人もいたら、気が滅入ってしまう。
そもそもああいうやり取りは相手がしっかりと、意図を読み取ってくれることを前提にするものだ。
ぽかーん、とされてしまったら本末転倒である。
「俺が側にいる。君は堂々としてくれれば、それで大丈夫だ」
そう言って由弦は安心させるように愛理沙の手をギュッと握った。
愛理沙は僅かに頬を赤らめ、小さく頷く。
「由弦さん……」
愛理沙もギュッと、手を握りしめた。
そしてそっと距離を縮め、由弦の腕を抱くようにして体を密着させた。
意図してか、それとも意図せずか……
愛理沙の柔らかい胸が、由弦の腕に押し付けられる。
僅かに由弦の血流が早くなった。
「……好きです」
愛理沙は小さく呟いた。
そして由弦を見上げ、ふっと小さく笑った。
「俺も……うん、好きだよ」
由弦が呟くように答えると、愛理沙は少し不満そうに唇を尖らせた。
「もう少し、大きな声で言えませんか?」
「い、いや……愛は声量じゃないだろ?」
恥ずかしそうに由弦はそう返した。