軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第2話 練習(一回目)

「……練習?」

「は、はい」

愛理沙は頬を赤らめながら小さく頷いた。

「その、最初から唇は……は、恥ずかしいので……」

「それは……うん、そうだね」

由弦は頬を描きながら頷いた。

そして内心で独り言つ。

(あ、焦り過ぎたな……)

冷静に考えてみれば、普通はもっと軽いスキンシップから入るものだ。

いきなり接吻に持って行こうとすれば、拒絶されるのも当然の話だ。

(だ、ダメだな……少し余裕がなかった……)

余裕を持っての行動を心掛け、そして実際に余裕を持っていたつもりではあったが……

実際は気付かないうちに冷静な判断力を喪失していたようだった。

「由弦さん? どうかされましたか?」

黙ってしまった由弦に対して愛理沙が声を掛けた。

由弦は我に返る。

「いや、少し考え事を……練習というのは、具体的にはどんな感じのことなのかなと」

慌てて由弦は誤魔化した。

一方の愛理沙は由弦の問いに対して、頬を赤らめたまま小さな声で答える。

「えっと、その……最初は唇以外から、例えば、そう……ほっぺとか」

反射的に由弦は愛理沙の頬へと視線を向ける。

白く柔らかく滑らかだ。

触れればきっと、プニプニと柔らかいだろう。

「うん、そうだね。じゃあ……頬から……」

由弦はできるだけ自然に愛理沙を抱き寄せた。

愛理沙はそれを受け入れるように、瞼を閉じる。

そして……

「や、やっぱり顔はダメです!!」

愛理沙のそんな言葉に、由弦は動きを止めた。

由弦が唇を押し当てようとしたその頬は、紅く色づいていた。

恥ずかしそうに愛理沙は身を捩り、それからすぐにハッとした表情で由弦を見上げる。

「いや、その……由弦さんが嫌というわけじゃなくて……」

「大丈夫、分かっているよ」

愛理沙が単純に恥ずかしがっているだけということは分かっている。

……そうでなければ、立ち直れない自信が由弦にはあった。

「唇が上級者向けなら、頬は中級者向けって感じだもんね」

「そ、そうです。私たちは初心者なので、最初は初心者向けのところからしましょう」

果たして接吻に初心者も上級者もあるのか、分からなかったが……

由弦と愛理沙の間ではそういうことになった。

「しかし初心者向けのキスというのは……どういうのだ?」

「それは……えっと……」

頬と唇以外に接吻をする場所など、恋愛経験が少ない由弦と愛理沙には咄嗟に浮かばなかった。

うんうんと悩む二人だったが……

「そうだね。こういうのは、どうかな?」

何かを思いついた由弦はそっと、愛理沙の手を取った。

愛理沙はきょとんと首を傾げる。

「由弦さん?」

由弦は愛理沙に対して微笑んで見せてから、愛理沙の白い手へと視線を向けた。

普段、洗い物などの家事をしているにも関わらず、愛理沙の手にはあかぎれなどはなく、とても綺麗だった。

きちんと短く切られた爪も、艶々と輝いている。

ほっそりとした指には産毛一本すら生えていない。

薬指には由弦がプレゼントをした、銀色のリングが光っていた。

毎日、きちんと手入れをしていることが伺える。

そんな白雪のように神聖な少女の手の甲へ……

「あっ……」

由弦はそっと唇を落とした。

唇の感触に愛理沙は小さな声を漏らした。

「どうかな?」

「これなら……大丈夫です」

愛理沙は僅かに顔を逸らし、片方の手で胸を抑えながらそう言った。

それからそっと、視線だけを由弦へと向ける。

「その……もう一度、お願いできますか? ……今度は姿勢を変えて」

「姿勢を?」

愛理沙は小さく頷くと、そっと立ち上がった。

そして由弦の方へ、手の甲を差し出した。

「その、こういうの……憧れてて……」

「あぁ……なるほど」

由弦は立ち上がり、愛理沙へと向き直る。

それから片膝をつき、愛理沙の手を優しく取った。

そして唇を愛理沙の手の甲へと、押し当てた。

「如何ですか?」

「……すごくいいです」

愛理沙はもう片方の手で胸を抑え、恍惚とした表情でそう答えた。

瞳を蕩けさせ、その体を快感に震わせているその姿はとても扇情的だった。

由弦はそんな愛理沙を見つめながら、再び接吻をする。

「んぁ……」

小さな吐息を漏らし、愛理沙は体を悶えさせた。

プルプルと足を震わせ、そしてへなへなと崩れ落ちるように倒れ込む。

由弦はそんな愛理沙をそっと、抱きとめた。

脱力した様子の愛理沙を支え、ゆっくりと腰を下ろさせる。

愛理沙はペタンと割座で座り込んだ。

腰が抜けてしまった様子だ。

「……そんなに良かった?」

顔を俯かせて震えている愛理沙に由弦は尋ねた。

前髪で隠れているため表情は伺えないが、髪から覗く耳は真っ赤に染まっている。

「……はい」

両手で体を支え、息を荒げながら愛理沙は答えた。

そしてゆっくりと顔を上げる。

「また今度、お願いします」

「分かった。……でも、その前に愛理沙もしてくれ」

そう言って由弦は手の甲を差し出した。

すると愛理沙はこくんと小さく頷くと、由弦の手をそっと取った。

そしてゆっくりと、体を震わせながら……

僅かに唇を押し当てた。

「どうですか?」

「悪くないね。……君は?」

由弦は目を細めて答えた。

もっとも……腰が抜けてしまう程ではないが。

「私も……悪くないです」

一方の愛理沙も、手の甲に接吻されることと比較すると、接吻するのとでは、前者の方が好きな様子だ。

何か思ってたのと違う。

そんなことを言いたげに愛理沙は首を傾げていた。

「まあ、これから練習を重ねていこう」

「そう……ですね。はい、私も調べてみます」

一先ず、接吻の練習はここでお開きとなった。

愛理沙も力が戻ったのか、姿勢をピンと正した。

「ところで由弦さん。もう桜の季節じゃないですか」

唐突に愛理沙は話題を変えた。

由弦もそれに乗る形で相槌を打つ。

「もう咲き始めてるね」

見頃になるまではもう少し掛かるかもしれないが。

すでにちらほらと、蕾が開き始めている。

「春期休暇、お花見に行きませんか? ……二人で」

珍しく、愛理沙からのデートのお誘いだった。

ギュッと、愛理沙は両手の拳を握りしめて見せる。

「美味しいお料理を作りますよ」

「それはありがたい。だけど……」

由弦は春期休暇の予定を思い出し、頬を掻いた。

「ダメですか?」

「春は予定が……家族で海外旅行に行く予定があってね」

毎年、春期休暇の時期には家族で海外旅行に行くのが高瀬川家の恒例行事だった。

すでに飛行機やホテルの手配は済んでいるため、それをキャンセルするわけにはいかない。

それに愛理沙といる時間も大切だが、家族と共にいる時間も無下にはできない。

「そう、ですか……それなら仕方がないですね……」

しょんぼりと、愛理沙は肩を落とした。

本当は由弦の方から春期休暇は予定があることを切り出し、デートはできない旨を伝えるつもりだったのだが……

不可抗力にも愛理沙の誘いを断るという形になってしまい、少し傷つけてしまったことを由弦は反省した。

「まあ、春期休暇中ずっとというわけではないから……始めと終わりの方のどこかの日なら、空けられるよ」

「……いえ、それでも準備があるでしょう? 帰って来てからはきっと疲れていると思いますよ。無理にはお誘いできません」

愛理沙はそう言って首を左右に振った。

由弦を気遣ってのことだが、しかし愛理沙とのお花見をしたい気持ちもある由弦としては少し残念だ。

「いや、まあお花見くらいならそんなに……」

「四月にしましょう。由弦さんが帰って来てから。万全の状態で」

愛理沙の提案に由弦は頷いた。

「うん、それが良いね」

桜は逃げない……

というわけではなく、時期には限りはあるが、しかし春期休暇にしか花見に行けないというわけではないのだ。

「それにしても、旅行……ですか。どこに行かれるんですか?」

「今回はニューカレドニアに」

「……へぇ」

どうやら“ニューカレドニア”と言われても、いまいちどういう場所か想像できなかったようだ。

愛理沙は何と答えれば良いのか分からなかった様子で、微妙な生返事をした。

「……その、寂しいのでお電話をいただけますか? 少しで良いので」

愛理沙の可愛らしい要求に対し、由弦は頷いた。

「分かった。……俺も寂しいしね。それに君の声も聴きたい」

「ふふ……」

由弦の言葉に愛理沙は小さく笑った。

そして小指を突き出す。

「約束、ですからね」

「ああ、約束だ」

そっと、由弦と愛理沙は指を絡めた。