軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

87:元ネタとは思うまい

ジルはその日、何となく外をブラついていた。

普段は一人の時にやる事が無ければ迷宮に潜るか依頼を受けるかしているが、毎度毎度国の外に出て元気に剣を振り回している訳ではない。何処かで煙草を燻らせている時もあれば必要なものを買いに店を回る事もあるし、良い剣は無いかと武器屋を回る事もあれば良い酒とツマミが欲しいと酒屋を巡る時もある。

最近はリゼルの部屋に行けば何だかんだで何冊かの本が積まれているので、外に出る気分にならなければ部屋で過ごす事もあった。本の内容を見ればジルが読んでもつまらないと思わないものばかりなので、頼んだ覚えは無いが“良かったらどうぞ”の意図があるのだろうと遠慮せず持って行っている。

ここ数日リゼルは王宮に入り浸りだ。恐らくそれは教育熱心という訳では無く、自分の読書欲求に正直なだけだろうと容易に想像がついた。

相手にしている王族も気付いているようだが教えて貰えるならばそれで良いと思っているようだし、元の世界ではほとんどの本を読んでしまったリゼルが数多の興味湧く未知の本を前に酷く嬉しそうなのでジルもそれで良いと思っている。

特に何かを話し合った訳でもないが必ずどちらかはリゼルについているので、今ごろはイレヴンが退屈そうに書庫で過ごしているだろう。大抵は何があっても自分で対処できるしお守りが必要な男だとは思っていないが、それでも王宮に付いて行くのはジル達の自己満足だ。

昼食を食べ終え、必然的にしばらくギルドに顔を出せていないリゼルの代わりに依頼にでも目を通して来ようかと賑やかな通りを歩いている時だった。

「ん? あ、ちょい待て」

偶然見つけたからと言わんばかりの声は何処かで聞き覚えのある声だったが、特に接点も無い自分を呼び止めている訳ではないだろうと足を止める事は無い。呼び止めていても止めるつもりなど無いが。

「おい、待てっつってんじゃねぇかコンニャロ。そこのガラ悪ィの!」

ジルは気にも留めず歩を進める。話しかけるなという拒絶では無い、ただ興味が無いのだろうと思わせる空気に普通ならば声をかけた人物は気が引けるだろう。

そもそも本来ならば容易に声などかけようと思えないのだが。

「てめぇが私に関心無ぇのは知ってるけどな! あの品のある奴に関係あんだから止まれ!」

そこでようやくジルは足を止めた。

振り返ると、ぼさぼさの髪とサイズの合わない眼鏡が特徴の劇団“ Phantasm(ファンタズム) ”の団長が駆け寄って来る。温暖な気候のお陰で額に少しばかり汗を浮かばせ、なかなか足を止めなかったジルに盛大に不満そうな顔をしながらも何処か神妙に親指で道の端に寄るよう促した。

当然の事だがただ見知った顔を見つけたから声をかけた訳では無いらしいと、微かに眉を寄せながら並ぶ露店の後ろへとさっさと歩く相手に続く。露店の後ろは心なしか涼しく、数歩歩けば人混みだというのに少しばかり静かだった。

「てめぇ足長ぇから歩くの速ぇんだよコンニャロ、あっちぃな」

団長は熱が籠った髪を鬱陶しそうに掻き上げながら、独り言のようにブツブツと呟いた。リゼルが居ればやはり普段の彼女らしい覇気が無いと気付き、どうかしたのかと尋ねただろうがジルが気に留める訳が無い。

何も言わず見下ろしてくる相手に団長はバツが悪そうに顔を歪め、掻き上げた手でそのままガシガシと髪を掻き混ぜる。元々ボサボサだった髪なので少しばかり乱れようと大した違いは無い。

「その、余計な事したかって思ってだな……てめぇんトコのが好きそうだから紹介したけど断ったらしいじゃねぇかコンニャロ」

「あ?」

話が見えない。

隠そうともせず怪訝そうに顔を歪めるジルに、団長も何かが噛み合っていないと気付いたようだ。ぴくりと眉を上げて不可解そうに腰に手を当てる。

「指名依頼来ただろ、小説家から。昨日断られたっつってたぜ。私の紹介で依頼させたし、いくらてめぇらでも内容聞かずに断るっつうのは無ぇだろコンニャロ」

気に入らない依頼だったならば悪かった、と団長は言いたかったようだがジルの様子に違うのかと眉を寄せる。

確かに全く知らない人間からの指名依頼だったらリゼルは断る事もあるが、団長からの紹介と聞けば内容はきちんと確認するだろう。その上で断るならば詫びの一つもする筈だ。

いくら王宮に入り浸りとはいえ行く前や後にギルドを覗く時間は幾らでもあるし、指名依頼のことを聞いて断ろうと思えば出来る筈だが、ジルが知らないならばそれは有り得ない。

本人がどうする事も出来ない部分で冒険者らしさからかけ離れるリゼルだが、彼は意外と真面目に冒険者をやっている。変な所で欠ける知識は仕方が無いとしても、冒険者らしくを心掛けているリゼルがリーダーとしてメンバーに何の相談も無しに指名依頼を断る事は無い筈だ。勿論例外はあるが。

「……確認しとく」

「別に受けろっつってんじゃねぇぞコンニャロ!」

わざわざ詫びを入れに来たのだからそれぐらい分かっていると、思いつつも口には出さずにジルは人通りの多い通りへと踵を返した。返事は期待していなかったのか当然のようにそのまま解散していく団長の足音が逆方向へと遠ざかって行く。

ジルはギルドへ向かおうとしていた足を王宮へと変えた。確認するならば早い方が良いだろう、恐らくリゼルも早めに耳に入れておきたい筈だ。

それは何故こんなすれ違いが起きているのか想像が付かなくは無いからで、リゼルがそれを好まないだろう確信があるからに他ならない。こういった時、何より早く事態を把握したい男だとジルは良く知っている。

「(時期も悪ィし、変なことやらかさなけりゃ良いけど)」

ジルは溜息をつき、白亜の王宮へと向かって歩を進めた。

リゼルは読んでいた本をパタンと閉じた。

机の向かい側では布の塊にしか見えないアリムが机に広げられた楽譜を眺めている。所々音が抜けているその楽譜は今まで繰り返し聞かせていた音楽では無いが古代言語の音色に近い曲で、リゼルがどれ程音色に慣れたか把握するために用意したものであった。

布の隙間から差し出された褐色の肌を持つ細く長い指がペンを握り、抜けた音を埋めていく。これが身についていれば古代言語の習得に少しずつだが入れるのだから一心不乱だ。

普段ならば有り得ない筈のジルの途中登場に気付いているかも定かではない。

「昨日どころか、ここ数日ギルドには行ってない筈なんですけど」

閉じた本を静かに机へと横たえ、表紙を覆う様に手を置きながらリゼルはゆるりと首を傾け微笑んだ。

ジルが聞いたという団長の話、指名依頼、小説家、そしてその拒否など全く以って身に覚えが無い。有り得ないとは分かっているものの隣に座るイレヴンに視線をやれば、心当たりなどないとばかりに肘をついたまま肩を竦められる。

「団長さんの知り合いの小説家というと……あ、ヴァンパイアの本の方でしょうか」

「ヴァンパイア?」

「この国の迷宮“黒き影の館”にしか出ない魔物ですよ。蝙蝠の集合体であるマントが本体らしいですけど、その魔物をモチーフに恋愛小説を書いて今話題の小説家みたいです」

「へー、訳分かんねぇ」

そもそも魔物と恋愛からして意味が分からないし、マントが本体の相手にどう恋愛するのかも全くもって分からない。

この国の人間って趣味悪いんじゃねぇのと内心の一致を果たすジルとイレヴンの反応は正常だろう。リゼルとて団長から“ぼくのかんがえたさいきょうのびけい”像が完全創作された事を聞いていなければ全くイメージが湧かなかった。

とりあえず誤解を解いてみるが、どうにもピンと来ていないようだ。恋愛小説など一度も読んだ事が無くこれからも読む予定なんて無いのだから仕方が無いのかもしれない。

「これで全く興味のない依頼なら別に問題は無いんですけど」

苦笑するリゼルはどうやら興味があるらしい。

リゼル自身全く読むことのないジャンルの小説家とはいえ団長の紹介でもあるし、わざわざ自分達を指名して依頼したい事が何なのかも気になる。冒険者ものが書きたいのだろうかと考えているリゼルは、冒険者ものを書きたいと思って自身へと接触する時点で盛大に間違っているとは微塵も思っていない。

何はともあれ、誰も断った覚えが無いのならばそれはギルドの独断という事だ。

「んー……」

何かを考えるように触れている本に視線を落とすリゼルを、ジルもイレヴンも何も言わず眺めていた。この件についての方針を決めるのは自分達では無いと二人は自然とそう考えているし、リゼルが何を言おうと従うのだから意見しようとは思わない。

ただ何となく気にいらないのだろう事には気付いていた。

「ギルド側からしてみれば親切なんでしょうけど、こういうのは困りますね」

「困る時点で親切じゃねぇじゃん」

「一理あります」

リゼルは可笑しそうに笑い、さてどうしようかと本の海に視線を流した。

ギルドが勝手に依頼を断ったのはこちらに対する気遣いなのだろう。最近は王宮に入り浸りという事もあり他の依頼を受ける様子を見せてはいないし、王族への教育という重大な責務を前にすれば他の指名依頼など些細な雑事に過ぎないと考えるのが普通だというのは把握している。

しかしリゼル達にとってもそうかと言われれば否と言わざるを得ない。

「もしギルドが、何かを勘違いしているようだったら」

本に置いていたリゼルの指が一本持ち上がり、トントンとその表紙をノックした。

その音にふいに正面に座っていた布の塊がごそりと動き、アリムが顔を上げたのだと伝える。布の隙間から覗いていたペンを握る手は動きを止め、するすると布の中へと消えていった。

完全に布に包まれている筈のアリムからは確かにリゼルの姿が見えていた。伏せていた視線をゆるりと持ち上げ、頬にかかる髪を耳にかけながら向けられた瞳に宿る高貴な色が深みを帯びるのをただじっと見つめた。

「残念です。こんなに魅力的な場所はなかなか無いのに」

言葉の割に惜しそうな様子を見せず悠然と微笑まれ、アリムは視線を逸らす事無く目の前の瞳を見つめ続けた。

それはつまり、この勉強会も終わりだということ。もう此処に訪れる事は無くなるということ。ギルドと王族の関係が悪化しようが些事だということ。

両者の関係を最善へと持ち込む方法を用いて始まったはずの古代言語の教授だというのに、それを容易に捨てる思考は例え元々大した思惑が無いにしても捉えどころが無さ過ぎる。今回は、ギルドの落ち度だ。

「……、…………うん、分かった、よ」

こくり、とアリムは一度頷いた。その唇には笑みが浮かぶ。

それを自分に告げると言うことは嫌なら王族から苦言を呈せという事だろう。単に向こうから出向かせろという事かもしれないが。

「今すぐ、呼ぶよ」

告げると、まるで褒めるように目を細めて微笑まれた。

そのまま何事も無かったかのように読書を再開するリゼルを眺め、アリムは布の中でゆっくりと目を瞬かせる。昔から学者として名を馳せた彼は王族として称賛の意味で褒められたことは多々あれど、まるで高位から褒賞を賜るような感覚など今まで感じたことは無い。

それはただの喜びではなく誇らしさを含み、一時の感情ではなく忘れる事が出来ないままに再び欲しいと願ってしまうようなもの。王族として生まれたからには与える事はあっても決して与えられなかった筈のそれを、相手が冒険者だと忘れて自然と受け入れてしまうのは何故か。

「(欲しがられて、応えて、これが貰えるなら分かる、かも)」

以前聞いたイレヴンの言葉を思い出し、うふふと呟いてアリムは楽譜とは別の羊皮紙を取り出して遺憾の意を記し始めた。

筋骨隆々なギルド職員は、今人生で初めて心臓が止まりそうな感覚を体験していた。

ギルド長は「件の冒険者への対応は任せた」と言いながら国王の元へとご機嫌伺いに向かい、一人通されたのは入った事もない王宮の奥に存在する書庫の一室。そこで待ち受けていたのは本棚に凭れて気だるそうにしている一刀と机の上で唇を愉悦に歪めて肘をつく獣人、そして開いていた本を閉じた冒険者らしくない冒険者から向けられる視線だった。

昼間、急に王宮から届けられた書面がギルドを騒然とさせたのはつい先程の話だ。内容を要約するとつまり“王族の名を用いて冒険者の権利を蔑ろにするとは何事だ”と記されており、良く良く調べてみればとある職員がリゼル達への指名依頼を王族への教育があるからと断った事が判明した。

その判断を間違いだと断ずるのはギルドにいる誰もが出来ず、むしろ自分が対応していれば同じ判断を下したかもしれないと思えば責めることなど出来はしない。しかしやはり逃げ出したい、ギルドナンバー2の立場が憎い。

「流石ギルド、行動が早いですね」

王宮の書庫という普通の人間からしてみれば異質な場で浮かべられたのは、普段荒くれ者が溢れるギルドで見ていたものと同じ微笑みだった。常と何も変わらない様子に気を抜くどころか緊張が増す。

「最初に謝罪しておく、お前たちの依頼を蹴っちまって悪かった」

「本当です、折角の団長さんからの紹介だったのに」

残念そうに言う姿は心からそう思っているようで、そこに躊躇いは一切無い。

下手をすれば王族より依頼人を優先させたと取られるような言葉を王宮内で吐いているというのに、それを知りながらも平然と告げるのはそう取られても問題がないと思っているからか。問題が無い筈がないだろうにと、ただ自分達の他に誰もいない状況に感謝する。

「元々、冒険者の活動と並行して古代言語の指導は行うって言ってありましたよね」

「あぁ、だが今はそっちを優先するだろうと」

「それは 貴方達(ギルド) の事情でしょう?」

職員は言葉に詰まる、リゼルの言う通りだ。

リゼル達が王宮に通いつめているからと言って、それが指名依頼をギルドが断る理由には確かにならない。通常であっても冒険者が確実に拒否すると予想がつく指名依頼であろうと必ず冒険者の耳に入れるようにしている。

王族を優先するのが当たり前で、冒険者にとってもそれが一番利益のあることだからと全く疑問に思わなかったが、確かに言われてみればギルドが勝手に依頼拒否をしたに他なら無い。気遣いという言葉では片付かない。

ギルドとして、早々に教授を終えて友好を確かなものにして欲しいという理由も全く無いとは言い切れなかった。

「その点については、本当にすまんとしか言いようが無ぇ」

職員はぐっと頭を下げて止め、謝罪を示す。

しかし次に見せた表情には厳しさが乗っていた。

「だがな、王族動かすのはやり過ぎだ」

どうやって取り入ったなどと言うつもりはない。

ギルドへ届いた書面には王族として、というより学者として教授を受ける妨げとなる行動は控えるようにと綴られていたのだからリゼルや王族両者共に権威を振りかざしたい訳ではないのだろう。

そこにあったのは純粋な冒険者としての不満。しかしだからこそ、言ってしまえばその程度の事に王族を使うなどあってはならない事だ。

「お前なら分かってんだろ、むしろ知ってて今の状況作ったんじゃねぇか? ギルドと国が友好的にってよ」

職員の言葉にリゼルは微笑んで小さく首を傾けるだけだった。

否定も肯定もしない仕草に、しかし職員は何となく自分の予想は外れていないのだろうと確信を持っている。急なこととはいえ成立した両者に利益のある取引はまるで誰かに化かされていたかのようで、その誰かなど王族に古代言語をギルドの代わりに習得させる案を出した目の前の穏やかな男以外にいない。

ならば何故今更その友好を取り消すような真似を、と不可解に思う職員の前で今まで静かに話を聞いていたリゼルの唇がゆっくりと開いた。

「最初に訂正だけしておきましょうか」

静かな書庫に落とされた声は、波紋のように広がりその場にいる者に届く。職員は思わず口を閉じた。

「王族の方を動かすなんて畏れ多い真似、していませんよ」

殿下の御厚意だと、あっさりとそう告げるリゼルに職員は曖昧に頷くしか出来なかった。

リゼルが書面を用意していた方が幾らかマシだった。王族が直々に用意したのならばそれはつまり、王族の不興を少なからず買ってしまった事に他ならないのだから。

それ程に古代言語の習得に熱心だというのは心強いが、それを喜ぶ心の余裕は残念ながら今の彼には無い。

「後は大体貴方の言った通りです」

王族からギルドへの抗議が独断だという事は、リゼルも両者の関係悪化は望んでいないという事だ。

ならばこれからも問題無く古代言語の指導を続けてくれる筈、と安堵する職員にリゼルはにこりと笑う。

「ギルドにはいつもお世話になっていますし、恩恵だけ受けて何も返さないのは俺としても不本意なので」

それは常にリゼルが抱いている意識だ。

働きには相応の対価を、他者から恩恵を受けることがあればリゼルは必ずそれを返す。借りを作りたくないというのではなく、純粋にそうしたいと思っているからそうしているだけに過ぎない。

だからこそ有益な情報をくれたアインには迷宮品を渡し、大侵攻でエルフへ声をかけてくれた少年には 商業国(マルケイド) を去る前に礼の品を贈り、指示に従い動いてくれた精鋭達には彼らが喜ぶ褒美も与える。

今回も例に違わない。書庫に行きたいという個人的な目的ではあったし、全部用意して貰って楽をしたいという気持ちも確かにあったが、それだけならばギルドに関わりなく事を進める事も出来た筈なのに国との対等な協力関係を用意してみせた。

「なら」

「だから」

言いかけた職員の言葉を遮るようにリゼルは言う。

「どうしてもという訳じゃないし、俺個人としてはどちらでも良くて」

「何を……いや、ちょっと待て」

「古代言語の指導を止めることに、躊躇いは無いんです」

職員は絶句した。今それを止められたら本当に洒落にならない。

穏やかに微笑む顔に敵意は無く、苛立ちは無く、不満すら無いのだから職員はその言葉の意味を理解するのに時間がかかった。しかし焦る職員に畳みかけるようにリゼルは言葉を止めない。

「だからってお前、こんな重要な事を勝手に……!」

「重要かもしれませんが、あくまで此れは情報提供です。ギルドの職員だったら知っているでしょう? 迷宮についての情報提供はあくまで任意だって」

王族が関わろうと何だろうと、これは情報提供の延長だ。

迷宮に関する情報、それは隠し部屋の発見や裏ボスの情報と同じようにギルドへの報告義務は無い。情報提供で金を得られる為に報告する冒険者が大半なだけで、幾つもの迷宮を踏破しながらも一度も情報提供など行った事が無いジルのようにあくまで冒険者側の任意で行われる。

“人魚姫の洞”の最深層の扉を開ける為の情報を、本来ならばギルドへ渡すべきだがギルドではそれが困難な為に代理で王族に提供している。いわばそれだけの事で、言ってしまえばリゼルの好意でしかない。

「それなのに“勝手に決めるな”なんて」

リゼルの瞳がゆるりと色を濃くする。

微笑みは穏やかなまま、人を従えるような静けさと清廉さを帯びて深まった。

「弁えて」

ジルは職員に対して牽制を強めるかのように目を細め、そしてリゼルへと視線を向ける。イレヴンは唇を吊り上げながら上目でリゼルを窺い、職員へと隠さぬ嘲笑を向ける。

従えているつもりだというのなら勘違いだと、強く主張する三人に職員はごくりと喉を鳴らした。指一本動かせない空間に、逃げようと言う意識すらも浮かばない。

しかしその緊迫した空気も、ふっと悪戯っぽい笑みを浮かべたリゼルによって霧散する。リゼルはその手を持ち上げ、緩く自らの首へと指を回してみせた。

「俺に首輪をつけられるのは、一人だけですよ」

いるのかと、職員がそう思ってしまったのはほぼ無意識だった。

急激に変わった空気について行けずポカンと口を開ける職員へとひらりと手を振り、リゼルは閉じていた本を持ち上げる。いかにも話は終わったので読書を再開しますと言いたげだ。

「という訳で、今度からは俺達のことを勝手に決めないで下さいね」

「お、おぅ」

ぎこちなく頷く職員を一瞥しジルはリゼルの元へと歩み寄る。

思った通り時期が悪かったと溜息を吐き、普段より些細な動きすら少ない姿を見下ろす。イレヴンもそれに気付いているのか頬杖を付きながらその顔を覗き込んだ。

「リーダーさァ、今日なんでそんなピリピリしてんスか。具合悪ィの?」

「悪くは無いんですけど、今って一番スポットが近いじゃないですか。だから最近あまり外に出ないようにしてたんですけど、今日はやけに影響が出るのでもどかしくて」

「風無ぇからだろ。今日は特に海風無ぇっつうのもあるかもな」

職員は思わず顔を引き攣らせた。

まさか数日王宮に籠っていたのがスポットの影響でどちらにせよ国の外へ出たくないからだとは。教育熱心でないのならば余計にギルドが指名依頼を教育を理由に断ったのが気に入らないだろう。

意外な所で発覚した真実に職員は盛大に肩を落とし、件の指名依頼の依頼人に謝罪する事を約束して簡単な挨拶と共に心なしか力無い足取りで書庫を出て行った。その背を見送り、扉の向こうで待機していた衛兵を伴い去って行く足音を聞きながらリゼルは微笑みと共にポツリと呟く。

「それに、流石は王族の方っていうのもありますね。ついつい癖で仕事モードに入りやすくなっちゃって」

元の世界では、自らの国の王族以外に接する時など大抵が全力で貴族をしている仕事モードになっていた。その所為かアリムを相手に教えている時でも時折それが出そうになる。

こういう時、王族の影響力は凄いと感心せざるを得ない。そう思いながらリゼルが机の向かい側へと視線を向ける。

「すみません、殿下。御前で騒いでしまって」

「良い、よ。使ってって言ったの、おれ、だしね」

椅子の上に鎮座する布の塊の中から低く甘い声でうふふ、と笑いが零された。

「あいつ最後まで気付かなかったな」

「ふっつーに王族動かすなとか言ってたッスね。リーダーさりげなくフォロー入れてたけど」

ぼそり、とジルとイレヴンが何やら話しているリゼル達を見ながら言葉を交わす。

アリムは最初から最後まで普通に椅子に座っていた。そして普通に本を読んでいた。

しかし傍から見れば椅子の上に凄い量の布が積んであるようにしか見えず、しかも本を捲るなど多少は動いたかも知れないがまさかその中に人が入っているとは誰も思わないだろう。職員も全く意識を向けることすら無かった。

それで良いのかと思わないでも無いが、本人が気にしていないのだから良いのだろう。

「という訳で殿下、明日は来れなさそうです」

「依頼、頑張って、ね」

内容も知らない指名依頼はどうやら受ける事になったようだと、二人は何処となく機嫌良さそうな王族の笑い声を聞きながら各自暇を潰し始めた。

翌日、リゼル達はとある喫茶店に三人揃って座っていた。

席は店の中でも一番の端、隣に大きく開いた窓があるお陰で閉塞感は無い。この店と席こそ依頼人により指名されたもので、今はその依頼人の登場を待っている。

先日、王宮からの帰り際にギルドに寄って指名依頼を確認して依頼を受け、そして直ぐ翌日に会おうというのだから流石団長の友人だけあって活動的なのだろう。ギルドで待ち合わせた方が確実なのではと思ったが、それは依頼人の方から入り辛いという理由で却下されたようだ。

「“小説のインスピレーションを貰いたい”って何をすれば良いんでしょうね」

「店に集まれっつうんだから話でもすんじゃねぇスか」

サービスで出された水に入っている氷を噛み砕きながらイレヴンが言う。

確かに某魔物研究家のように「冒険者の活動を生で見たいから迷宮に連れて行ってくれ」などとは言い出さないだろう。席まで指定しているのだからこの場で話すだけに留まりそうだ。

冒険者の話を聞きたいのなら他の冒険者でも良い気がするが、団長が何と言って紹介したのかが気になる。そんな事を話していると、ふいに店の扉が開いたことを知らせるベルの音が聞こえた。

そろそろ時間だし依頼人かと視線だけをそちらに向けると小さな子供が一人、どうやら違うようだと話に戻ろうとしたリゼル達は近付いてくる小さな足音に言葉を止めた。

「あ、あのあの、冒険者の方、なのかな………………だよね?」

座った状態で、尚も見下ろさなければいけない少女を見下ろす。

肩で切り揃えられた髪と、大きな布のカチューシャが特徴的な少女は未だ幼さを残した顔をしていた。盛大に自信がなさそうに此方を見上げる瞳は大きく、前髪を整える仕草が少しだけ大人びている。

まさか、と盛大に複雑そうな顔をしながらジルとイレヴンがリゼルを見ると、人当たりの良い微笑みを浮かべたリゼルが相手を安心させるようにゆっくりと問いかけた。

「こんにちは。依頼人の方ですね」

「は、はい」

「子供が小説家とか出来んの?」

「イレヴン」

リゼルに促されるままに腰かけ、依頼人の小説家である少女はペコリと頭を下げる。

無遠慮に言葉を挟むイレヴンへと窘めるようにリゼルが声をかけるが遅かったようだ。少女はやや不満そうに唇を尖らせ、じっとりとイレヴンを睨むように見た。

「私、絶対君より年上かなって、そう思うんだけど」

「は?」

「だって、君達を紹介してくれた子と一緒だし、そうかなって」

それはつまり、かの団長と同い年という事だろう。

団長も小柄だが、しかし年齢相応の体つきはしている。イレヴンの母親もやけに若々しいがスレンダーな大人の体型をしている。

しかし目の前の少女はまさにそうとしか思えない幼さの残った容姿をしているというのに、リゼルやジルとそう変わらない年の団長と同い年。つまり二十後半。

「…………ッややこし!」

「私の所為じゃないかな!」

顔を顰めたイレヴンに、少女は投げやりのように言う。そんな事は今まで散々言われているのだろう。

傍から見れば凄い奇妙な組み合わせだろうと、盛大に顔を顰めているジルは窓の外を見ながら全力で他人のふりをしている。同じテーブルについているのだから無駄だろうに。

「小説家さん、先日はギルドと俺達の間で行き違いがあったようですみませんでした」

「え、ううん、私こそ変な依頼だし受けて貰えただけ儲けものかなって」

「それなら良かった」

微笑むリゼルに、少女はこんな冒険者も居るのかと感心している。

誰かが聞いていれば全力で居る訳がないと言えただろうが、口には出なかった為に少女の中には間違った冒険者像が増えてしまった。

「あ、そうそう何か頼んで良いよ、私のおごりかなって」

「酷ぇ絵面じゃん」

幼い少女に奢らせる冒険者の男三人、通報によりナハスが飛んできてもおかしくない。

「良いの良いの、行きつけの店だから大丈夫かなって。ちゃんと店の人達分かってくれるから」

直後、怒涛の勢いで頼み始めるイレヴンを少女は必死で止める羽目になる事は知らない。

メニューの端から端までをまさかリアルに体験する事になるとは思わなかった、と後に彼女は団長に語る。小説のネタには成るけどと考えてしまう彼女は立派に職業病を患っているだろう。

「それで、インスピレーションをという話でしたが……」

「あ、うんうん、今度王宮を舞台に逆ハーレムものを書きたいかなって思ってて」

「なにそれ」

早速運ばれてきたサンドイッチを続々と消化しながらイレヴンがリゼルを見た。

しかしリゼルも良く知らない。えーと、と今の所分かっている情報を頭の中で探していく。

「俺もこの国に来て初めて聞いたんですけど、彼女はその“逆ハーレム”ってジャンルの第一人者みたいです。若い女性の間で人気みたいですよ」

「へー、悪趣味な女多いんスね」

「え?」

「は?」

予想外の言葉に固まる少女と、その反応にまさか良い趣味だとでも思っているのかと嫌そうな顔をしているイレヴンを眺めながらリゼルは二人の間に盛大な勘違いがある事に気付く。

正直今の今までリゼルもイレヴンと同じ意見だったが、彼女の反応を見る限りどうやら酷い誤解をしていたようだ。興味を引く分野の本では無かった為に読んだ事が無かったから知らなかった。

「周りに嫌われる話、じゃないみたいですね」

「違うかな!」

違うのか、とイレヴンも頷いている。複数人に好意を寄せられるのがハーレムなのだから、その逆というと複数人に嫌悪される物語だと思っていた。

そんな小説が若い女性の間で大人気。怖い。

「じゃあ逆っていうのは……あ、性別ですか?」

「うん、そうそう。女の子のロマンって奴かな」

少女はごそごそと鞄から一冊の本を取り出した。

それを受け取り、リゼルはパラパラと目を通していく。成程、タイプの違う男性の何人かに好意を寄せられて基本的にはそれに気付かない少女の物語のようだ。

隣のイレヴンも肩を寄せて本を覗きこんでくる。基本的に誰もが最低限の文字は学ぶものの、それだけで生活には苦労しないのだから自らそれ以上に学ぼうとするものは少ない。

とはいえ本を読もうと言う人間が少ない訳では無く、読んでいる間に徐々に慣れていく者が多い。このアスタルニアでは本は知識を取り入れる為というより娯楽の意味合いが強く、それ用の簡易な書物も多い為に取っ付きやすいと比較的識字率は高いようだ。

「良く分かんねぇけど、一人の女取り合ってんスよね」

「そうですね。不思議と取り合ってるというほど険悪では無いようですけど」

「何で? 邪魔なやつ全員殺しゃ良いじゃん」

いきなりの物騒な発言に少女はドン引いた。

「え、えっと、そしたら女の子に嫌われちゃうかなって」

「別に良いんじゃねぇの、取られるよかマシだろ」

「そ、そうなの?」

そうなのだろうかと混乱する少女と訳が分からんと言いたげなイレヴンに苦笑する。

そもそもイレヴンに恋愛小説が致命的に合わない。欠片も理解出来ないだろう。

リゼルも全く共感は出来ないが、恋愛小説はこういうものだと理解は出来る。ジルは言うまでも無いし、依頼の人選を間違えているのではと思わずにはいられない。

「すみません、団長さんからの紹介らしいですが小説家さんはどんな人を望んで依頼されたんですか?」

「え、えっと、“とにかくキャラが濃い人”って言ったら即答されたかな」

キャラが濃い認定されていた。

「結構男キャラって出しちゃったし、そろそろネタが尽きて来ちゃって。だから何か良いキャラクターが浮かんだら良いかなって」

そう言って、少女はパッと顔を輝かせた。

今度書きたいのは王宮もの、登場するキャラクターには勿論王子も考えている。実際本物の王子に会う機会など滅多に無いが、先日の依頼受諾問題で目の前のパーティが実は王族に顔を合わせているという事を知る事が出来た。

正直彼女が想像する王子像は目の前のリゼルなのだが、もっと普段ならば考え付かないような王族が浮かべば面白いかもしれない。

「君達って、王族の方に会ったんだよね。変わり種の王族とか面白そうだし、参考になるかもしれないからちょっと聞きたいかなって!」

変わり種と言えば全力で変わり種なのだが正直に言って良いものかと顔を合わせる。

まさか布の塊だと言えるだろうか。目の前の期待しきった顔をした小説家に、いや王族に敬意を払うアスタルニア国民にそんな正直に言える筈が無い。

言ったとしても信じないだろう、とリゼル達は数秒考えて口を開く。

「身長の高い方でしたね」

「甘ったるい声してんな」

「布の塊」

イレヴンはダンッと足を踏まれて机へ突っ伏した。

無言で痛みをこらえるイレヴンへ今何てと疑問を浮かべる少女の視線を逸らすように、さり気なく話題を転換した。

「王族以外には、どんなキャラを考えているんですか?」

「え、うーん、やっぱり王道に騎士とか、司書とかも良いし、あっ、世話をしてくれる執事とか良いかなって! 前に出した本で執事ブームとか作っちゃったこともあるし」

テンションの上がりきった少女は意気揚々と鞄から紙とペンを取り出した。

そして何かを凄い勢いで書き殴っていく姿は台本に向かう団長を彷彿とさせる。仲が良いんだろうなぁとそれを眺めていたリゼルへ、ふいにジルが視線を向けた。

そういえば高位の出の割にすんなりと冒険者生活に入った目の前の男は、世話役など腐る程にいただろうに自分の世話が自分で出来ないなどという事は無かった。確かに最初の頃は色々やらかしたし着替えが遅かったりとその片鱗は見せるものの、ジルの手を多大に煩わせることは無かった。

何かブツブツと呟きながらペンを動かし続ける少女を横目で確認し、此方が見ていることに気付いたリゼルへと問いかけてみる。

「お前も執事とかいたのか」

「いましたよ」

いきなりどうかしたのかと、可笑しそうに笑うリゼルにまぁそうだよなと頷く。

ようやく痛みから回復してきたイレヴンが、机に額をつけたままリゼルを見上げた。ついでに恨めしげにジルへと視線を送ることも忘れない。

「へー、世話されてたんスか」

「そうですね、小さい頃は着替えでも何でも手を借りていました。ただ最近は新入りの指導に当たることが多くて……世話を焼いてくれたのは専ら警備軍の総長でしたね」

「警備軍が世話焼いてて良いのか」

「屋敷の警護が役割でしたし、ちゃんと役目は果たしてたので」

執事同様、幼い頃から面倒を見てくれた彼は元気にしているだろうか。

年の離れた兄のような存在で、リゼルが初めて戦場に出た時もずっと隣にいてくれたし誘拐された時も父親と一緒に助けに来てくれたしで感謝してもしきれない。助けに来てくれた時は怖かったが。

懐かしそうに目を細めるリゼルを見上げ、身を起こしてイレヴンは皿に載っているサンドイッチを平らげる。

「どんな奴?」

「そうですね……ジルの真反対、みたいな感じです」

「あ?」

「白い軍帽と白い軍服、何より凄く爽やかでした」

イレヴンはサンドイッチを噴き出しかけて何とか耐えた。堪え切れず震えるその背を撫でてやり、リゼルは盛大に嫌そうな顔をするジルを見て笑いながら水を差し出す。

噎せるイレヴンに流石に気付いたのか、少女がきょとんとその様子を見ていた。何でも無いと告げ、どうやらメモも一段落したようだと微笑みかける。

依頼中だと思い出したのか慌ててペンを置く様子に、どうやら話す価値のある相手だとは認識されているようだと一つ頷いた。流石に小説の参考になる話が出来るかどうかなどリゼルには予想出来ない。

「どうでしょう、俺達が何か役に立ちそうですか?」

「うん、間違いなく大丈夫かなって! 想像以上にキャラ濃いし!」

果たしてそれは褒め言葉なのだろうか。

三人はそう思いながら、求められるままに質問をされては返答を繰り返した。

それはまだ後の話になるが、彼女がリゼル達に依頼をした小説が店頭に並んだ日の事。リゼルの手には一冊の本があった。

昼時だから人に溢れる店内で、リゼル達は三人そろって昼食をとっていた。とはいえ食事中なのは誰よりも量を食べながら未だに食べ続けるイレヴンのみで、ジルとリゼルはとっくに食べ終わっている。

リゼルは手に持っていた本をパタンと閉じる。かの小説家から記念にと贈られたその本を読み終えたようだが、しかし再びパラパラと本を流し見ては頷き見比べられているのは何故なのかとジルは怪訝そうに眉を寄せた。

そして何かを企むような笑みを浮かべたリゼルが、とあるページを開いてジルへと掲げて見せた。その指はとある一つの台詞を指差している。

イレヴンが何だ何だと覗きこみ、そして十数秒後に盛大にニヤニヤとしながらジルを見た。ジルは嫌そうに顔を歪めていたが、ふいに鼻で笑いその一文を読み上げた。

「『そういう顔すんなよ。お前のこと……壊しそうだ』」

片手で顔を覆うサービス付き、リゼルとイレヴンは噴き出した。ジルは意外とノリが良い。

小説の中では王宮に属する騎士の一人が自らの持つ力に苦悩しながら、耐えきれず少女を抱きしめ苦しげにそう言っている。明らかにジルを意識したそのキャラクターに、リゼルは普段読んでて余り魅力を感じない恋愛小説だというのに酷く面白かった。

「ふっ、ジル、もっと苦しげに……ッ」

「ニィサン愛! 愛込めて!」

笑う二人にアホと告げ、ジルは目の前にある本をひょいと奪った。

そのままパラパラとページを捲って流し読む。それが止まり、開いたページが仕返しとばかりにリゼルへと示された。

笑い過ぎて涙まで浮かび始めた目元を拭い、リゼルは本を支える指がトンッと示した一文をどれどれと覗き込む。直ぐに「んっ」と咳払いをして、作中の数多の知識を持つ司書を真似て切なげな笑顔を浮かべてみせた。

「『貴女は私に何でも知っていると言ってくれますが……貴女を振り向かせる方法だけが、私には分からない』」

「あー言いそう言いそう!」

「お前なら分かりそうだけどな」

大好評なようで何よりだ。ニヤニヤ笑うジルに笑い返し、その手から本を抜き取る。

そしてページを選び、爆笑しているイレヴンへと開いて見せた。イレヴンは笑いを湛えながら身を乗り出すように本を眺める。

蛇のようにしなる赤い髪を指で弾き、完全に笑みを消してみせた。

「『アンタを手に入れる為なら何人だって殺す。だから…………ッ頷けよ』」

「ちょっと過剰です、イレヴン」

「過剰だな、萎える」

「えー、こんなもんっしょ」

王宮に忍び込み少女に出会った暗殺者の慟哭は、面白そうなリゼル達に容赦なくこき下ろされた。三人でじゃあ此れは此れはと楽しんでいる。

ジル達が本を覗くと、何人か他にも見知った雰囲気のキャラクターが登場していた。リゼル達が話したのは自分達の事では無い、何か他の知り合いでも良いからと請われた為に問題の無い範囲でジャッジ達のことも話していた。

読む人が読めば分かりそうだが、しかし予めリゼルが関わっていると知る者で無ければ気付くのは難しいだろう。小説家の少女もそこら辺は考慮しているのか容姿はまるで違う。

そもそも文章で読むのと実際にリゼル達を見るのでは、まさに本と同じ行動を取らない限りイメージが繋がらないだろう。

「でもこれさァ」

「そうですね」

「無ぇだろ」

本を眺めていた三人は、若干複雑な思いをしながらその本を閉じた。

『僕は貴女の為に、何が出来るのかな……何かしてあげたい』

『良しとりあえずベッドで一晩好きにさせてくれれば良いと思うぞ』

『貴女と接していると私が私自身も知らない誰かになったようで酷く不安になります』

『そんな不安アタシが一晩で忘れさせてやるから取り敢えず服を脱げ』

『何でそんなに質問ばかりって? 君に興味があるからに決まってる。……悪い?』

『ならもっと知る為に一晩愛の肉体言語で話し合おうぜ』

「何でメディさんを参考にしたんでしょうね」

「これ恋愛小説っつーの?」

イレヴンの疑問は尤もだろう。何万の本を読んだリゼルにもこれが何かなど分からない。

自分達の所為だろうかと本を見下ろしている三人は知らなかった。

国で今一番話題となっている小説家の新刊の発売日、店に居る少女達の手にはしっかりとその本が握られている。持たずとも既に読んだ者も多い。

そんな彼女らが感想に花を咲かせ、奇抜なヒロインにこれは有りか無しかと話し合っている横で自分達が好んでいる小説をネタにからかう様に盛り上がる男三人に咄嗟に嫌悪の視線を向けたが、しかし小説のイメージにピッタリと当てはまる彼らに視線をくぎ付けにして動きを止めていた事を。