軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24:多すぎた

箱の洞窟(通称ボックス)は、洞窟内部が真四角の空間を連ねて作ったような作りになっている。名の通り箱を連想させる空間は、やはり迷宮らしく照明など何処にも見当たらないのに明るい。

石なのか何なのか、良く分からないツルリとした表面をしている壁は、少しも欠けている事が無い。空間も比較的広いので歩きやすくて良い、と評判の迷宮だ。

「白ゴーレムが出るのは二十階以降ですよね、ジルってこの迷宮来た事あります?」

「ああ、最下層まで行った」

「じゃあ魔法陣で……あ、でも」

「俺もだいじょぶッス」

この迷宮は上に登って行く全60階層の迷宮で、リゼルの言う20階以降の適正ランクはBとされている。

勿論一般的な六人パーティを組んでいる事が前提の適正だが、ジルは言うまでもなくイレヴンもソロで潜っているらしい。

ランクCの冒険者が適正ランク以上の場所にソロで潜るなど自殺行為に他ならないが、彼ら二人には当てはまらないようだ。

それを言うならリゼルもだが、しかしリゼルの場合は一人で潜る事はしない。自分自身で高位ランク地帯でソロは恐らく無理だろうと思っている。

完全に未知数なイレヴンの実力だが、大丈夫というなら大丈夫なのだろうとリゼル達は魔法陣に乗った。

パーティを組んでいない為に同時に移動出来ないが、イレヴンも直ぐに続いて起動させる。

何の苦労も無く二十階層に到着し、相変わらず代わり映えの無い四角形の道を眺めた。

広い空間を持つ通路はゴーレムが充分に暴れられるだろう広さで、かなり見通しが良い。

「本当に整然とした空間ですね、柱の一本も無いし。俺こういう所好きです」

「だろうな」

「イメージ通りッス」

洞窟というには整理されすぎているが、扉も何もない迷路のように枝分かれする通路はまぎれも無く洞窟のものだ。

さっさと歩きだす二人を、イレヴンはえーと眺めた。

何の特徴も無い道は距離感すら掴めず、自分が何処にいるのかも分からなくなりそうなものだ。

通常地図を買い、更に進路をメモしながら歩くものだが二人にそんな様子は全く見えない。イレヴンだって帰れなくなるのは嫌なのでメモぐらいとる。

「なんか書かなくて良いんスか、帰る時迷うのイヤなんスけど」

「え?」

「は?」

果たしてそんなに変な事を言ったか。むしろ常識的な事を言ったつもりだが。

イレヴンはひくりと顔を引き攣らせた。

豊富な知識量に反して、リゼルの常識は時々ぽっかりと抜けおちる。冒険者に関しては特にそうだ。

原因は隣で我関せずと立っているジルに他ならない。

なぜならリゼルの冒険者に関する知識は殆どがジルから仕入れているのだから。

「あ、そこ罠あるッスよ」

「これですか?」

「ちょ、何で踏んッ……でぇ!?」

イレヴンが指差した先の床を、リゼルは進路を変える事無く踏んだ。

直後抜けそうになる床をイレヴンがギリギリ避けるのを感心したように見る。

「え、俺言ってねぇ!? 言ったよね!? 何で踏んでんの!?」

「前もって罠があるって分かったのは初めてで、つい」

「つい、じゃねぇよ! 今まで一度も罠無かったとかねぇでしょ!」

「だって罠が何処にあるかとか見ただけで分からないじゃないですか。ジルはあっても教えてくれないし、発動しちゃっても何とかなるし」

「教えて欲しけりゃ言え」

それで何とかなってしまうから駄目なのだ。ジルが居ればリゼルに危険は無い。

床が抜けても回避し、矢が飛んできても掴み、魔物が溢れようと斬り伏せ、天井が落ちてこようと受け止める。

普通の冒険者はまず迷宮に入って一番に罠を警戒するはずなのだが、道理でスタスタと歩いて行くはずだとイレヴンは溜息をついた。罠によって全滅というのも決してあり得ない事では無いのだから。

教える立場のジル自体が一般的な冒険者とは言いづらい事もあり、リゼルの常識は時々ずれる。

「そういえば、どうして君は罠があるって分かったんですか?」

「勘ッス。ありそうだなーってとこ良く見ればあるし」

ちなみに勘で罠を見つけるイレヴンも充分一般からは外れる。

何処に仕掛ければ効果的か分かっているからだろう。人の嫌がることを的確に察知できる男だ。

口を開けた床がゆっくりと戻って行くのを確認し、再び歩き出した。

白ゴーレムの出る階層だからといって、白ゴーレムばかりが出る訳ではない。

歩いていれば当然様々な魔物に遭遇するが、訪れた事のない迷宮なので当然リゼルの知らない魔物も姿を現す。

“ 空飛ぶ宝箱(フライングボックス) ”や“ 殺人人形(マリオネット) ”、何処となく無機質な魔物がこの迷宮の特徴らしい。

何匹かの集団で襲ってくる魔物たちを相手にして此処で初めて、リゼル達はイレヴンが戦う姿を見た。

「何ていうか、独特ですね」

「短剣とはいえ両手持ちなんざ余程のモノ好きでもねぇとしねぇよ」

地を這う様に駆けたかと思えば宙へ飛び、全方位から行われる隙間無い攻撃を防ぐのは難しそうだ。

ジルのように一撃必殺の攻撃ではないが手数は多く、的確な狙いは確実に相手を追い詰める。

手数が多いとはいえ彼にとって此処の魔物はさして強敵でも無いらしく、数発で仕留めていた。

例え囲まれようと不利にはならない様子は、イレヴンも余程の実力だろう事を伝えて来る。

本人にしてみれば望んだ刺激にも満たない物足りない魔物たちばかりで、少しつまらなさそうなのだが。

ちなみに動きが独特な上に速いのでリゼルは既に目で追えていない。

赤く長い髪が動きの余韻でしなるのを見て、ようやく「ああ攻撃してるんだな」と思うぐらいだ。

手をイレヴンとは別の方角にいる魔物へ向け、撃ち抜く。流石にあれ程予想がつかない動きをしているイレヴンの周りの魔物を狙って、彼を誤射したら申し訳ない。

遠くから近付きつつある魔物を片付けて 銃(ライフル) を消すと、片が付いたのかイレヴンがくるくると手元で短剣を回しながら近づいて来た。

「やっぱ一刀のニィサンと比べられると見劣りするッスね」

「俺にとっては正直、動きが派手な分君の方が凄そうに見えます」

「あんだけ避けてりゃ派手にも見えんだろ」

イレヴンは基本的に攻撃を剣で受けない。

ジルのように数多の加護がついている剣は実の所何本も存在せず、そのほとんどが迷宮品だ。

迷宮品の剣は実は、その殆どが出回っているものに一つ二つ加護がついた程度の代物でしかない。

その加護もただ錆びないだけの物が多く、不壊や研磨不要などは滅多に無い為に使っていると普通に欠けたり疲労したりする。

イレヴンの剣も迷宮品だが最上級品ではなく、気に入った剣の劣化を防ぐためになるべく使用しないようにと襲い来る攻撃は避けるのだ。

「不劣化と切れ味の加護は付いてるけどいちいち受けてたらすぐ刃が欠けるし、避けれるもんは避けるっしょ」

「避けられるだけ凄いですけど」

魔物に囲まれて全て避けきれる者はそうそういない。

簡単そうに言うイレヴンの実力は推して知るべし、だろう。

そもそも毒が効く相手ならば刃先を掠めるだけで勝負がつくのだ。もちろん魔物の中には毒が効かないものも多いので、彼の実力を疑う要因にはならない。

この迷宮だとまさに毒が効かない魔物の宝庫なので、純粋な剣勝負となるだろう。

今の戦闘を見る限り全く問題なさそうだと内心で思いながら、ジルは手合わせするのも悪く無いと感じ始めている。

「独学とはいえ綺麗な動きでしたね」

「関節が柔らかいんだろ。可動域が広いから互いに邪魔しねぇで二本の剣を振れる」

「双剣使いとか、やっぱり見た事ないからつい見ちゃいます」

「アンタの得物よかよっぽど普通なんスけど」

その言葉に笑うリゼルに、イレヴンは肩をすくめて見せた。

改めて見ても便利な武器だ。リゼルが魔力を補充して渡せば誰でも使えるだろうが、イレヴンは決して使いたくない。反動が強すぎるのだ。

リゼルは軽く使っていて忘れがちだが、銃の反動はとてつもなく強い。

最低でも肩が外れ、下手をすれば砕けて二度と腕が使い物にならなくなるだろう。

改めてその威力を見てみると、良く避けたものだと初めて出会った時の事を思い出してイレヴンは自画自賛したくなる。

迷宮内で雑談という緊張の無い様子で歩を進めていると、ふとジルが足を止めた。

それに続いて訳知り顔で平然と足を止めるイレヴンに、分からないものの察してリゼルも同じくする。

ゴゴ、と僅かに岩同士がぶつかり合う音が、少し先にある曲がり角の向こうから徐々に近づいて来た。

見なくても分かる程の存在感、流石にランクB~Aの依頼ともなると難易度が跳ね上がる。

ゆっくりと曲がり角の向こうから姿を現したゴーレムは、リゼルが今まで出会った中で特殊な出会いであった地底竜を除き、普通に迷宮の中で出会うには最大級の魔物だった。

「大きいですね」

「ボスでもねぇ魔物の中じゃでかい方か」

「でもトロいッスよ」

ゴーレムは幾つもの岩を重ね合わせ、表面を滑らかにした見た目をもつ。

全身が白い白ゴーレムはゴーレムの中でも上級で、魔法も効かなければ剣も通らない。

属性持ちの色付きゴーレムだと正反対の属性の魔法は効くが、白ゴーレムはどの魔法も駄目なのだ。

その動きの遅さから冒険者達は走り抜けて振り切る事が殆どで、まともに戦うとなると非常にやっかいな相手だろう。

ゴーレム類の核は魔道具の魔力核となるので需要はあるが、そのほとんどが色付きゴーレムのもので白ゴーレムの核は数が出回らない為に滅多に用いられない。

ギルドの魔物図鑑に書いてあった情報では、大きさは二メートルから最大十メートル。

十メートルにもなるとこの通路では満足に歩けそうもないので、恐らく確認されたのはボスか別の場所なのだろう。

リゼル達の前に現れたのはおおよそ四メートルが一体、三メートルが二体だ。

それでもかなりの威圧感があり、両手を振り上げた姿に思わず茫然と見入ってしまいそうになる。

「で、どうすんだ」

「ちょっと実験です」

「だって魔法効かねんスよ」

すっと銃を構えたリゼルが、銃口を四メートルのゴーレムに向ける。

ゴーレムに急所というものは存在しない。

唯一核が壊れればゴーレムは壊れるが、そもそも核を壊すにはゴーレムを壊す必要があるので本末転倒だろう。その核も体の何処に埋められているかは完全にランダムで、素直にゴーレムを壊した方が早い。

リゼルは適当にゴーレムの頭に狙いをつけて、風属性の魔力を撃ち出した。

パァンッという音と共にゴーレムの頭のど真ん中に穴が開く。

「……何で効くんスか。それ魔力じゃねぇの?」

「ゴーレムって受けた魔法の魔力を核で吸収して無効化してるらしいって図鑑に書いてありました。普通の魔法は狙い……というか魔力の対象を魔物に設定するでしょう? だからゴーレムにとっては核目がけて魔力を流し込まれてるようなものなので吸収できます」

わずかなヒビと共に貫通した穴程度ではゴーレムの動きを止められないようだ。

変わらずズシンと重い音を立てて此方へと向かって来るゴーレムに、リゼルは続けて撃ちこみ続けた。

ヒビを広げる様に何発も命中させている内にヒビはどんどんと広がり、やがて耐えきれなかったようにゴーレムの頭が崩れ落ちる。

そうしてようやくゴーレムはその大きな体を前に倒して動きを止めた。

「俺の銃は魔力をそのまま後ろに撃ち抜くので、吸収されないんですよ。もちろん核に当たったら吸収されちゃうでしょうけど」

「満足か?」

「はい、予想があたって何よりです」

貫通は銃特有の特性で、通常魔法には無い為に白ゴーレムには魔法が効かないとされているようだ。

満足気に微笑んだリゼルに、ジルはなら良いと頷いて剣を構えて近付いてきたゴーレムへと駆けた。

細身の大剣はまともにゴーレムと当たれば簡単に折れてしまいそうだが、フォンッと風を斬る音と共にゴーレムの体は胴で真二つに分かれる。

さて残り一匹はとそちらを向くと、今まさにイレヴンがその両足を砕いたところだった。

両者共に切れ味の加護がついているから出来る芸当だろう。ジルが力に物を言わせている事に対して、イレヴンは完全な関節狙いという違いはあるが。

「核、どれでしょう」

「これだ」

「……真っ二つなんですけど」

「場所が悪かったんだろ」

魔法が通じるとかそういう問題じゃないし、どうしてそんな予想してるのかとか、そもそも核を探すのに足でゴーレムを踏み抜いて砕くなんて人間業じゃない。

何か色々言いたそうにして諦めたように溜息をついたイレヴンを放って、リゼル達は早速依頼品であったゴーレムの核を探す。

ジルが倒したゴーレムは丁度斬った部分に核があったらしく、見事な断面を晒していた。依頼品は無傷じゃないといけないので使い物にならないだろう。

ジルがガコンガコンとリゼルが倒した分のゴーレムの体を踏み砕いているのを見ながら、リゼルはぽいっとその真っ二つになった核を放った。

「何捨ててんスか!」

「え、だってジルもこれじゃ売り物にならないって」

「アンタのその信頼の根拠って何なの!? モノ自体珍しいんだから真っ二つだろうが売れるッスよ」

真っ二つになろうと魔力を吸収できる機能は残っているし、白ゴーレムの核の魔力含有量は多く重宝されやすい。完全な状態から比べれば値は落ちるだろうが、普通の冒険者だったら喜んで売りに出す代物だ。

しかし面倒がってボスの素材しか剥ぎ取らないジルは、道中の魔物の素材に目を向ける事は無い。

そうなのか、と捨てた核を拾ったリゼルがまじまじとその核を見る。

魔力を流し込んでみると、成程どんどんと魔力が溜まっていくのが分かる。

「割れても機能を失わないんですか、へぇ」

「おい」

「あ、はい」

新事実の確認に余念がないリゼルと、そんな彼を放置して淡々と核探しをしているジル。

慣れきった様子で核を投げて寄こすジルは、まさしく慣れているのだろう。

慣れる以前に楽しんだ方が楽そうだと考えるイレヴンは、ようやく彼らしさを取り戻して来たらしい。

初めて自制を覚えたイレヴンは、自覚は無かったようだが今までどこか本質を見失っていた。

切れ長の目を楽しそうに細め、軽い足取りでゴーレムへと近付く様子はどこか力が抜けたように思える。

「ゴーレム踏み抜くとか非常識ッスよ。蹴りだけでも倒せんじゃねぇスか」

「さぁな。てめぇの分はてめぇで解体しろ」

「ゴーレム解体とかハンマー必須なの知らないんスか」

「知らねぇ」

パネェっす!とケラケラ笑うイレヴンに、リゼルはゆったりと微笑んで核を仕舞い込んだ。

ちなみにリゼルがゴーレムの解体をやってみたいと言うと、二人に真顔で無理だと言われたので若干寂しくなったのは秘密だ。

それからのイレヴンは絶好調だった。

何かが吹っ切れたかのように斬る、とにかく斬る、何でも斬る。

ゴーレム相手だろうと鉄鎧相手だろうと斬り刻む姿は生き生きとしており、リゼル達が手を出す隙を与えない。

普段単独で潜っているだけあって危機を感じる場面など全く無く、苦労して潜っている六人パーティが見ればふざけるなと喧嘩を売るかやる気を失うか、それ程の勢いで一人無双していた。

二十階から三十階まで、一通りゴーレムを倒して核を集めた結果、結構な量の核が集まる。

「これだけあれば良いでしょうか」

「実際こんないらねぇと思うけどな」

「え?」

数にして五十弱、朝から昼過ぎまでに集めた数としては上等だろう。

五階層進む為に一日かけるパーティも少なくない。むしろ殆どが一日で新規の五階層分すら進めない。

そう考えてみれば異例の成果だ。

ただジルにしてみれば遅いぐらいで、そのジルが基準なリゼルも同じく。

イレヴンも二人に比べて常識人ぶってはいるが規格外であることに変わりなく、まぁこんなものだろうと思っている。

ちょうど魔法陣のある三十階層なのでそれを用いて入口まで戻り、三人は迷宮から出た。

迷宮内が明るいとはいえ、本物の太陽の下はやはり違う。

各々伸びをしたり深呼吸したりと気を緩めて、迎えの馬車を待つ。

早朝は迷宮へと向かう冒険者が多いので十分や十五分おきに馬車が姿を現すが、それ以外の時間帯は疎らとなるので、タイミングが合わなければ一時間以上待つのも珍しく無い。

しかしそれでも歩いて帰るよりは馬車の方が速いので、誰も文句は言わないが。

「あと三十分ぐらいッスね」

イレヴンが迷宮の門に取り付けられた砂時計を見上げた。

馬車の御者が到着する度に逆さにするそれは、前の馬車が着いてからどれぐらい経ったかが分かる。

大体一時間か一時間半おきに馬車が来るので、二時間分の大きめな砂時計は重要な目安となる。

今は半分程砂が流れているので、イレヴンの言う通り遅くても三十分以内には馬車が来るだろう。

門の近くとはいえ国の外なので魔物の危険はあるが、迷宮程積極的に襲いかかって来ないのでずっと警戒している必要もない。

「もう昼過ぎですし、流石にお腹すきましたね」

「お前は迷宮で食べてねぇからな」

「チョコあげるッスよー」

今日はかなり早朝に起きて動いているリゼル達なので、当然昼食の時間になる前に空腹になる。

迷宮内ではのんびり食べる暇は無いが、大抵の冒険者は一日かけて潜ることも珍しくないので何らかの食物を持って迷宮へと赴くのだ。

それはイレヴンのようにエネルギーの高いチョコレートだったり、余程簡単なものに限るが、リゼル達の場合は宿の女将が用意してくれた弁当を普通に食べる。

基本的に魔物が襲ってきてもジルが気付き、リゼルが座ったまま撃破できるからだ。

慣れるより楽しもうと決めたイレヴンでさえ、それには呆れてしまう程のんびりとした休憩タイムだった。

ちなみにリゼルの弁当(肉と野菜たっぷりのサンドイッチ入り)はイレヴンに上げてしまった。

良いなー良いなーと隠しもせず口を開けて待っていた為、弁当ごと譲ったのだ。

元々食が細めのリゼルなので特に空腹感を感じておらず、また激しく動く方でも無いのでそれ以降も支障が出る程の空腹に襲われる事もない。

流石に昼食の時間の今は空腹を感じるので、イレヴンから差し出されたチョコレートを有難く受け取って食べた。

「あ、そういや時間あるしどッスか」

ぽいぽいとリゼルの手の平にチョコレートの包みを乗せていたイレヴンがふとジルを見た。

以前言っていた手合わせのことだろう。先程まで絶好調で体を動かしていたイレヴンだが、まだまだ動き足りないらしい。

しかしそれはジルも同様だ。迷宮に来たら大抵ボスと戦って帰るジルにとって、ランクB地帯は物足りなかったらしい。

ちらりとリゼルを窺って、どうぞと促されると何処か楽しげに剣を抜いた。

手に積まれたチョコレートを落とさない様にそっと門に寄り、剣を構えた二人を見る。

細身の体を引き絞るように折って短剣を持った両手をぶらりと下げるイレヴンと、そのまま持てば地面についてしまう大剣を手首だけで支えて自然体で立つジル。

合図、とジルから声を掛けられて、リゼルは包みを開いている手を止めた。

静かな森の中、門の前の開けた空間が果たして無事に済むのかと若干思いながらも止めない。

「はじめ」

これから起こる事への合図にしてみれば穏やかな声は、不思議と透き通って二人の中を通り抜けた。

トントンッとつま先を弾ませたイレヴンが声に聞き入りながらも瞬時に駆ける。

低空を飛ぶかのような移動は鋭く、ジルの目の前に肉薄した途端そのスピードを更に上げた。直後、背後から訪れた襲撃をジルが剣で受け止める。

同時に訪れるもう一本の短剣を手首を掴んで止めようとするが、受け止めたはずの短剣が横薙ぎにそれを遮った。

初撃が失敗に終わったにも拘らず、イレヴンは鋭い牙を露わに笑みを浮かべた。

瞬時に距離をとり、もう一度斬りかかる。金属と金属が打ち鳴らされる甲高い音が重なって聞こえる程の連続した攻撃をジルはすべて防いでいるらしい。

開けた空間を使い切る勢いで攻防を繰り返す二人は、リゼルにとっては目で追うのも難しい。

右で斬り合ってたと思えば左にいるし、左にいると思えば右の木肌が削り取られるのだ。最終的に微笑んだリゼルはチョコレートを食べる事に集中した。

「ハッ、なんでそんな大剣使ってて速いわけ、ッ」

「てめぇこそガチで首狙うの止めろ。手加減しにくい」

ジルの言葉に舌打ちしながらも、イレヴンの心は高揚していた。

望んでいた戦いだ。敵わないような相手に、全力を持って挑んで行く事に対する喜び。

敵わない魔物相手では確実に命を落とすような真似が、理性ある人相手ならば確実に死なないままに頼めば幾らでもして貰えるのだ。

刺激としては些か足りないが、手段を問わず強者を攻略していく快感は何物にも代えがたい。

強者を倒す事自体に興味が無く、ただ自分が強くある為に戦うジルとは似ているようで全く異なる。

ジルの剣を紙一重でかわす度、自分の剣が平然とかわされる度にイレヴンの動きは速くなっていく。

最初から速いとしか分からないリゼルには速くなっているかなど分からないが、風切り音がどんどん洒落にならないものになっている事だけは分かった。

そして、周囲の木々に影響が出ているにも拘らずリゼルがいる方向には全く影響が無いことも。

ジルが配慮しているのか、それとも理性を飛ばしかけているイレヴンも無意識に避けているのか。もしそうならば、と悠然と微笑んだリゼルの隣でゆっくりと門が内側に開いた。

「あーやっぱ後一個が出ねぇなぁ。殺人人……ッうお!」

「馬車が来るまで長くて二十分ぐらいですよ。此処なら安全なのでどうぞ」

どうやらリゼル達以外にも潜っていた冒険者達がいたらしい。

迷宮の法則で決して中で出会う事は無いが、出入りの時などは勿論様々な冒険者を見る。

ようやく迷宮から出た直後の異常な空間に顔を引き攣らせた冒険者達だが、リゼルに微笑まれ呆然としながらも安全という言葉に釣られて近くに行く。

多少の間を空けてリゼル曰く安全な地帯に集まった冒険者達が、唖然として目の前の攻防を見つめていた。

「ただの手合わせなので心配しなくて良いですよ。ジルが上手くやってるようなので、最悪の事態にはならないと思います」

「て、手合わせ? つーかその名前、い、い、一刀?」

ジルの名前を聞き、剣撃の音が連続する空間に視線を絡め取られていた冒険者達の視線がようやくまともにリゼルを見た。

パルテダのギルドに所属する冒険者で、リゼルとジルのパーティを知らない者はもぐりだと言われている。当然冒険者達も何故かチョコレートを立ち食いする、品のある貴族のような冒険者に見覚えがあった。

集まる視線に気づき、リゼルは折角だからとまだ多く残る手の平のチョコレートを差し出した。

「疲れたでしょう。良ければ皆さんでどうぞ」

「あ、ああ……」

差し出されたチョコレートを、恐らくパーティリーダーだろう男が受け取ろうとした時だった。

空いた隙間を埋めるように伸ばされた男の手のその指の先、それこそ爪を削ったかどうかの近さをビュッと音を立ててナイフが飛んでいく。

男は自分の指が落ちたと思ったし、そのパーティ全員も同じく顔を白くしている。

リゼルだけは小さく苦笑してすみませんと謝罪し、ナイフが飛んできた方角を見て困った様に眉を下げた。

「今のは危ないですよ」

「だってそれ! 俺がっ、アンタにッ、あげたのに!」

迷宮でひたすら動いた時も然程息を切らさなかったイレヴンが、ぜぇぜぇと肩で息をしながらこちらを見ている。

研ぎ澄まされた空気が霧散したのを感じたジルが呆れたように剣を振り上げ、その腹をイレヴンの頭に振り下ろした。ガンッと音を立てて脳天を直撃した衝撃にイレヴンは頭を抱えてしゃがみ込む。

リゼルはその様子に笑いながら、可哀想になるほど慎重に手を引いて行く冒険者に向きあいポーチを漁った。

怒っても良い立場だろうに、可哀想に彼らは完全にその意気も無くして脅えている。

「あの通りきちんと叱ったので、許してあげて下さい。悪気は無いし、当てる気も無かったんです」

「え、」

「これ、お詫びに」

引かれて行く手を呼びとめるように、その手に取り出したものを乗せる。

穏やかなリゼルの顔とそれとを茫然としながら見比べていた男が、離れて行く冒険者らしくない指を見送ってようやく意識を取り戻した。

急いで何か重さを感じる手の平を見て、目を見開く。

“殺人人形”のリボン、彼らが先日から受けている依頼で、今日まさに指定の数のあと一本が見つからなかった魔物素材だ。

「ね、許してあげて下さい」

「あ、ああ、そりゃもちろん」

微笑んだリゼルに、冒険者達は呆然としながらも揃って頷いた。

手の平にあるリボンは十本近い。殺人人形がまれに髪に付けて現れるそれは、必ずしも倒せば手に入るものではないからこそ後一本が手に入らなかったのだ。

それが一本と言わず十本。

「本当に良いのか…?」

「あれ、一本で良いんですか? ギルドにあった依頼ですよね。あの依頼だったら本数追加ごとに追加報酬が出たと思うんですけど」

毎朝一通りの依頼に目を通しているリゼルは、当然依頼内容も覚えている。門から出てきた時の会話からそうだろうと思っていたが、当たっていたようだ。

分かっていながら差し出したリゼルに、冒険者達は怒りや怯えを忘れて感謝すら覚えながらただ受け取った。

交渉成立を察したのか、リゼルは一度頷いてジル達の元へと向かう。

そんなリゼルの背中を見ながら、かなりの得をしたのでは……?と冒険者達は未だに上手く動かない思考で頷き合った。

「……別に、パーティでもない俺の事、庇わなくても良いんじゃねッスか」

しゃがんだままブスッとした表情をしているイレヴンが、拗ねたようにリゼルを見上げる。

冒険者同士良い関係を築く重要性は(実践しないものの)知っているし、リゼルのやる事がなんの意味もないはずがない事も知っているが、咄嗟に動いてしまった。

迷惑をかけた事を悔やんでいるのか、自分の為にリゼルが許しを得る事が嫌なのか。

態度はふてぶてしいが何処か落ち込んだ空気を出している様子に、リゼルは少し申し訳なさそうに微笑んだ。

「俺が悪いんですよ。折角もらったのに、人に分けるのは失礼でしたね」

「……」

「一緒に食べましょう、ね?」

包みを開き、一粒口に含んで微笑む。ちなみにジルは甘い物を食べない。

そのままもうひとつも剥いて手に持つと、そっとイレヴンの口元に差し出した。

少し尖った唇にちょん、と付けるとそのまま口が開いたのでゆっくりと口に差し込んで行く。

指が唇に当たってようやくチョコを噛んだイレヴンは、そのままリゼルの指も唇で挟んだがもぐもぐと気にせず口を動かしている。

離れて行く指を目で追って、イレヴンはしゃがんだまま腕に顔を埋めた。何故か今は顔を上げたくない。

「五分、持ちましたね」

「それでお前を気にする余裕があるならもうちょい行けるだろ。今度はもう少し攻めてみるか」

頭上から聞こえる雑談に耳をすませ、埋めたままの顔を緩ませる。

今度があるのなら、自分はまだ共に居ても許されるのだろう。実力も認められただろうか。

直後にふと頭に乗った重さに、彼は目を見開いた。

「あ、馬車来ましたよ」

温かい手の平の温度と、優しく叩く指の感触。

ゆるりと離れて行くそれを惜しむように顔を上げると、リゼルは穏やかに微笑み馬車が来ただろう方角を向いていた。

まさかジルのはずがないだろう。彼はむしろ剣の腹でコブが出来る程強く殴りつけた相手だ。

それを気遣うように撫でられた仕草は忘れようも無い程にイレヴンの心をくすぐっていった。

馬車に乗り込むリゼル達を眺め、イレヴンはゆっくりと立ち上がった。

ぐしゃりと片手で頭を掻きまわし、同じく馬車へと乗り込む。

この時間帯に帰る冒険者は少ないらしく、リゼルもジルも馬車内の椅子へと座れたようだった。

どこか気が引けたように同乗する冒険者達を笑い、イレヴンもリゼルの隣へと無理やり腰かける。

「狭ぇよ」

「良いじゃないッスか! それより何でリボンあんなに持ってたんスか?」

「とある方のプレゼントの包装に今度使ってみようと思ってたので」

「あー……」

納得したようなジルに、イレヴンはニヤニヤ笑いながらも何それ何それと問いかけた。