軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18:手は繋がなかった

スタッドが新人の受付を担当している理由は幾つかある。

ひとつは当ギルドで最も接しづらい彼に最初に強制的に当て、冒険者に慣れてもらおうということ。

逆にギルド職員を舐めてかかる冒険者を此処で徹底的にぶち折り、以降職員に歯向かおうという気を起させない為でもある。

もうひとつは数多いギルド規定を完全に覚えている事から、例えどんな質問をぶつけられようと淡々と返せるということ。

更に幾ら 王都(パルテダ) といえど日に何件も新人冒険者が来る訳ではないので、空いた時間に臨機応変に他のどの手伝いも出来る有能さを持っている事もある。

「説明は以上になりますが何か質問が、」

常に変わらず淡々と仕事をこなす彼だが、最近になって少し変化が出てきた。

威圧するような無表情でひたすら新人冒険者を見ていたスタッドの瞳が、新しくギルドに冒険者が入って来た事を確認してすっと動く。

幾ら人が出入りしようと視線を固定され続けて怯えるしかなかった冒険者が違和感に気付く前に、その視線は再び彼へと戻った。

「質問は無いですか無いですよね無いでしょう無いと言いなさい言え」

「は、」

「あるのならさっさと言えと言っているんです聞いていますか」

淡々とした抑揚のない声がまるで圧力を持って襲いかかる感覚は、このギルドで登録をした者が一度は通る道だ。

言葉を失う冒険者を笑う者は当然存在せず、むしろ通常より強い圧力に周囲からは同情の視線が集まっている。

もはや肯定も否定も出来ない冒険者の肩に、恐らく彼を引き入れただろう現役冒険者がぽんっと手を置いた。彼らは別の国で登録した冒険者だが、このギルドで職員に一度強く出てしまった際にスタッドの洗礼を浴びている。

無言の励ましを受け、新人冒険者は意を決したように顔を上げた。

「無い、です」

当然質問など出来るはずはない上に、語尾は小さく敬語になってしまった。

スタッドはその様子を見て本当に無いようだと確信する。流石に自分の仕事を疎かにするつもりはない。

その冒険者が立ち上がるより先にスタッドは席を立ち、わき目も振らず依頼完了受付へと去って行く。

そして閉まっている受付を空け、先程ギルドに入って来た事を確認した人物へと真っ直ぐに視線を向けた。

「予定より早いですね」

「順調だったので。ただいま、スタッド君」

優しく髪を撫でる手を享受しているスタッドにそれを目撃した新人冒険者は失神しそうになったが、慣れろと掛けられた言葉に何とか椅子から転げ落ちずに済んだ。

「フォーキ団ですか。馬鹿みたいな名前ですが最近良く聞きますね」

「馬鹿みたいというか……いえ、何でも無いです」

「襲われたんですか。分かりましたギルドの総力を挙げて殲滅へと動き出します」

「大丈夫、襲ってきた人達は殲滅しちゃいましたから」

淡々と頷くスタッドの後ろで一人のギルド職員が大きく手でバツを作って必死に首を振っているのを確認し、リゼルはやんわりとなだめた。

スタッドがすると言うのなら間違いなく出来るのだろうが、恐らくギルドに多大なる負担がかかるのだろう。野放しにするのも危険だが、その為にギルドが被害を受けてしまっては元も子もない。

そうですかと頷いたスタッドだが何処か不満そうな雰囲気を出して依頼終了手続きをしている。

「盗賊っつうんなら国の担当だろ」

「拠点を掴ませないので国も兵を出しようが無いようです。兵を出しておいて捕まえられなかったらそれこそ威信に関わります」

「移動型の拠点ですか、夜盗というには用心深いです」

フォーキ団と名乗った彼らの活動地点は多岐に渡るらしい。

パルテダール(本来の国名はパルテダだが今では王都を指してパルテダと言うので、王都・商業国・魔鉱国・その他の街などを全てまとめてこう呼ばれている)で主に活動しており、パルテダール内の東西南北を問わず姿を現し盗賊行為を行っている。

リゼル達とやり合った時に二十人弱を簡単に捨て駒にするのだから、盗賊というには過ぎた規模だろう。

盗賊達から引き出した情報によると、あの場にまさに頭領が居たようなので今は王都・商業国間を狩り場にしているのか。

「引き際も弁えてるし、不意打ちにも通じてるしで、国の騎士じゃちょっと相性悪いかもですね」

「いざとなりゃ頭だけ逃げさえすればまた増えるしな」

「まぁ当分遠出はしないつもりなので関係無いですけど」

いざとなればジル一人を放り込めば何とかなるんじゃないか、なんて割ととんでもない事を考えながらリゼルは依頼終了手続きが終わるのを待つ。

依頼は終了手続きのが時間がかかるのだ。充分な働きをしたか、依頼主の評価はどうか、仕事によって報酬が変動する依頼で幾ら渡せばよいのか。

十全に配慮して出された結論に、文句を付ける冒険者も決して少なくない。

ふとスタッドがリゼルのギルドカードから表示された情報を見て動きを止める。

「ん、何か至らない所でもありました?」

「いえ、地底竜を倒しているならランクアップしても良いのではと思っていただけです」

「倒したっていっても、ジルが一人で斬り伏せましたけど」

「その魔物を倒す為に充分な貢献をしていれば討伐数にカウントされます」

貢献といえばブレスに風穴を開けたり着地に一役噛んだりと、地底竜にほとんど関係の無い所で地味に役に立っていただけだったのだが、とリゼルは苦笑した。

しかしギルドカードがそう判断したのなら事実なのだろう。最新技術の結晶の評価を疑っては冒険者などやってられない。

恐らく、リゼルがいなければ無事地底竜に辿り着く事さえ困難だったという判断か。

地底竜と言う文字を見ても淡々としているスタッドとは裏腹に、ギルド内で聞こえる範囲にいた冒険者達は唖然としている。

「こんなすぐ上がっちゃって良いんですか?」

「地底竜とやりあえる冒険者がEランクというのもギルドからしてみれば不本意です」

ランクを上げる為にはただ闇雲に依頼を達成していれば良いというものではない。

例えば討伐依頼ばかり受けていても多様な依頼を達成出来ないとみなされて上がらないし、逆に様々な依頼をまんべんなく受けていても上位ランクの魔物に太刀打ち出来ないと判断されれば上がらない。

その点リゼルは何事も経験だと誰もやりたがらない依頼にも(ジルとは別れて単独行動中に)手を付けるし、実力も地底竜討伐に貢献出来る程にある。ランクアップの条件は充分に満たしていた。

「あまり早くランクアップしちゃうのも色々複雑ですけど」

「つってもDランクだろ」

「確かに」

一般的にDランクまでは全員行き詰る事は無い。

上がるのが困難になるのはCランクからで、DからCに成れずに伸び悩む冒険者は多い。

それならば問題は無いかとひとつ頷いたリゼルを確認し、スタッドはランクアップ作業に移った。

Bランクまではギルド職員の判断で上がれるが、それ以降はギルド長クラスの許可が必要になる。

ジルはそれと以前話にも出た講習が面倒でBランクから上がっていない。

「こういう時って冒険者の人達は飲みに行くんですっけ」

「大抵祝いに託けて飲むが、別に義務じゃねぇ」

「俺飲めないですしね。でも折角だから今日ジルが飲みに行くのに付いて行って良いですか?」

「飲むの」

「飲みませんけど。雰囲気だけです」

わざわざ冒険者らしい事をしなくても良いのだが、折角のパーティだかららしい。

ジルはそんな事をしても冒険者には見えないと言いそうになる口を閉じて、了承の言葉を返す。

基本的に一人で飲むのが好きなのだが、柔らかい声と会話をしながら飲むのもたまには悪くないだろう。

おめでとうございますという淡々とした声と共にリゼルがギルドカードを受け取った。

「パーティ入れてくんないッスか!」

その時の事だった。

突如声をかけられたリゼルが其方を向くと、一人の青年が此方を見て駆け寄ってくる。

燃えるような赤い髪が一つに結ばれ、まるで蛇のようにしなって揺れていた。

その髪以上に特徴的な個所がひとつ、片頬に存在する数枚の鱗が彼が獣人であることを示している。

リゼルの元居た世界にも獣人と呼ばれる人々は普通に生活していたので特に驚く事は無かったが、恐らく爬虫類系だろう獣人には出会った事が無かった。

彼の目の前にはリゼル達しかおらず、間違い無くリゼルに向かってパーティ入りを申し入れたのだろう。

切れ長の目を更に細めて笑みを浮かべ、愛想の良い顔でニコニコと笑っている。

細身の体を強調させるような服を着ており、しなやかそうな体躯は駆け寄ってくる時にドタバタとはせず軽い音を立てただけだった。腰に二本付けた短剣が隠されもせず存在を主張している。

チラリとジルを窺うと一見ただのしかめっ面した通常通りの顔だが、何処か胡散臭そうな顔で彼を見ている。

確かに、いきなりパーティ入りを望む年若い(とはいえ二十歳は越えていそうな)青年を誰しも胡散臭くは思うだろうが。

「自己紹介と、志望動機」

「名前はイレヴンで冒険者ランクはソロCッス! 長所は毒に強いトコと正直なトコ! 短所は朝に弱いトコと寒さに弱いトコ! 地底竜倒せるとかマジカッケーと思ったんで志願したッス!」

「長所と志望動機が矛盾してます、またどうぞ」

「また来るッス!」

ジルがリゼルを諫める間も無く、怒涛の勢いで初対面が終了していた。

微笑んだままイレヴンの話を聞いていたリゼルから下された却下に彼は唇を引き上げて笑い、めげる様子は欠片も見せず軽い足取りでギルドを出て行く。

何処か機嫌の良さそうな背中を見送り、リゼルはジルの諫めるような視線を受け流しながら笑った。

「なんか色々な意味で色気のある子ですね、雰囲気があるっていうか」

「見た通りの奴じゃ無さそうだがな。分かっててホイホイ相手にしてんじゃねぇよ」

「ちょっと気になったので。今回はアピールでしょうね、“正直だけど利益のある嘘は平然とつける”っていう」

平然と言うリゼルが何を気になったのかは周囲には分からなかった。

ただジルは嫌そうな顔で溜息をついただけで、それ以上の追及を止める。イレヴンがジルも敵わないような強者なら話は別だが、そうでは無いのだからジルの興味を引いた存在では無い。

リゼルは何処か不快そうにイレヴンを見ていたスタッドに向き合い、宥めるように微笑んだ。

「スタッド君、彼は?」

「……ほとんど彼が言ったとおりです。ソロでCランクまで登りつめた実力者ではありますが気まぐれで、あまり熱心に依頼を受ける方では無いので其処で止まっています」

「獣人で……ヘビかな。毒に強いのも寒さに弱いのも種族の特性ですよね」

「自己申告では蛇の獣人です、珍しい獣人ですが過去の冒険者に前例が無い訳では無いので間違いは無いかと」

獣人はそこかしこに存在する。

何の変哲も無い基本の 唯人(ただびと) に比べると身体能力に優れている事が多いので冒険者にも多いし、リゼルの世界ではその身体能力を生かして建設業などに腕を奮っていた。その分魔力の扱いは不得手だが。

獣の特徴がどれだけ現れるかは完全にランダムだが、イレヴンの場合は見る限り鱗が表面に現れているだけのようだ。特徴が大きければ大きいほど該当する獣の恩恵も強いので、獣人の中では尊敬されている。

爬虫類の獣人をあまり見ないのはただ単に数が少ないだけで、更に寒いのが苦手な彼らは温帯の地域に住んでいる事が多く、リゼルが元の世界で見た事が無いのは完全に生活圏が違っていたからだ。

「パーティに入れるんですか」

「んー、ちょっと難しいですね」

問いかけに首を振ったリゼルにどういう意味かと思ったが、とりあえずパーティ入りする事はなさそうだとスタッドは内心で安堵した。少し思案し、リゼルを見上げる。

「もし今夜飲みに行くんでしたら御一緒しても良いでしょうか」

職務中という事を配慮してやや小さめの声の懇願に、リゼルは微笑んで頷いた。

了承した後にジルを見ると、仕方なさそうに頷き視線を逸らしている。自分の変化に開き直っているスタッドとは別に、ジルは以前の自分だったら即拒否していただろうと自覚しているからこそ多少やりづらいのだろう。

そんなジルに小さく笑い、リゼルは了承してもらえた事に実は浮かれているらしいスタッドを窺う。

「迎えに来ましょう、何時くらいが良いです?」

「そうですね……八時には上がれるかと」

「じゃあその頃に来ますね」

いつまでもスタッドを拘束するのも駄目だろうと立ち去ろうとしたリゼルがひらりと手を振ったので、スタッドも小さく手を上げる。

手を振った事など無い為にどうすれば良いのか分からずそのまま手を下ろしたが、リゼルが微笑んでくれたので良いかとスタッドは仕事を再開した。

バーの雰囲気を出しながらもしっかりとした食事が出る少し賑やかな馴染みの酒場に、四人は一つの机を取り囲んで座っていた。丸い机にリゼルとジルが向かい合い、スタッドとそしてジャッジが向かい合って座っている。

何故ジャッジが居るかというと簡単で、護衛依頼終了後の報酬を納めに来たジャッジとスタッドを迎えに来たリゼルが偶然ギルド前で出会ったからだ。

二人とも仲が良いのでどうせならと誘うと、ジャッジは嬉しそうに頷いて付いて来た。

「一応名目としては俺のランクアップ記念なので、今日はおごっちゃいます」

「何でてめぇが奢るんだよ」

「あれ、違いますっけ」

貴族社会では祝い事があると自ら金をかけてパーティーの準備をし、招待客に配慮し、要は見栄を張る為に盛大に祝ったりするものだ。だからこそのリゼルの発言はこの場では完全に的外れとなる。

そういえば違うのだったとリゼルが納得しつつも、まぁ良いかと頷く。

「とにかく今日は俺の奢りなので、いっぱい食べて下さいね」

「あの、僕が出しても良いんですけど……」

「私が出しますからジャッジは黙っていて下さい」

「何で僕に当たりが強いの……!」

「年下におごらせる気は無いですよ、注文何にします?」

はい、とメニューを手渡され二人は取り敢えず言い合いを止めた。

実際代金がどれ程かさもうとジャッジは有名商店の主、スタッドは 王都(パルテダ) ギルドでギルド長に次ぐ二番手という事もあり出せないはずがない。

ちなみにスタッドなどひたすら仕事に明け暮れている癖に散財の予定が無いので、ただでさえ高給取りなのが貯まりに貯まっている。

しかし年下に奢らせないと断定したリゼルに、無理やり押し切って恥をかかせる訳にはいかないと二人は引き下がる。

「とりあえずエール、ペールで」

「え、と……僕もエール、ブラウンを」

「辛口でそこそこのものを適当に」

「三人とも飲めるんですね。あ、サラトガを」

慣れたように頼む三人に感心しながら、リゼルも通常通りアルコールの入っていないものを頼む。

時々飲めもしないのに訪れて食事だけして帰るリゼルに全く嫌な顔をしないマスターは、相変わらず寡黙そうな顔で頷いた。スタッドの曖昧な注文にも完璧に答えて見せる腕の持ち主だ。

適当に食事も注文して去って行くマスターを見送り、ジャッジは意外そうな目でリゼルを見た。

「リゼルさん、飲めないんですね……。ちょっと意外です、ワインとか似合いそうなのに」

「こればかりは体質ですね、一口でも酔い始めちゃいます」

「……ちなみに、酔うと?」

「残念ながら覚えて無いんです。ただ元教え子からは飲まない方が良いと言われているので、碌な酔い方をしていないんだと。彼が言うには普段と真逆になるとか」

お恥ずかしい、と恥ずかしげも無く言ったリゼルが初めて酔ったのは実家での事だ。

酔って記憶を無くすなど、口約束でさえ馬鹿に出来ない貴族社会であってはならない事なのでそれ以来自制している。

リゼルの父は酔っている間に別に変な事があった訳ではないのだから別に気にしなくて良いんじゃないかと笑っていた。ちなみに独特の感性を持つ自らの父の言葉をリゼルはいまいち信用出来なかった為、何か変な事をしたのではないかと思い酒を断ったのだ。

ずっと自制していたリゼルが再び飲んだのが元教え子現国王がどうしてもと言った事がキッカケなのだが、彼も翌日酔いが醒めた後のリゼルに酔っている間にどうなったのか教えてはくれなかった。

ニヤニヤと笑いながら唯一聞けた言葉が“真逆”、やはりリゼルは酒を断ち続けている。

「(普段性欲なんて欠片も無い顔してるから)色狂いになんのか」

「(普段すごく優しいから)態度が冷たくなる、とか……」

「(普段とても甘やかしてくれるので)甘えるようになるんですか?」

「今日はジルのおごりになったので、ジャッジ君もスタッド君も遠慮はしないように」

しまったと顔を顰めたジルが舌打ちを向けて来るのにリゼルはにっこりと笑った。

流石に自分の記憶が無い間に色に狂っているなどという事態は考えたくもない。ジルも分が悪いと感じたのかそれ以上不満を出すことは無かった。

ジャッジはびくびくとジルを窺っているが、スタッドはこれで思い切り頼めるとばかりに早速メニューを開いている。

そうこうしている内に四人分のジョッキやグラスがマスターによって運ばれ、机へと並べられた。

「一応乾杯とかします?」

「やりてぇならやれば良いんじゃねぇの」

「折角の祝い事ですしやりましょう。ランクアップおめでとうございます」

「スタッド……もうちょっと、なんか」

淡々とした音頭にモノ申したげなジャッジは途中で諦め、自分もジョッキを持ち上げた。

あまり煩い雰囲気が似合う店でも無いので静かに合わせるだけだが、チンッと透き通った音にリゼルは嬉しそうに目を細める。全員何だかんだ言いながらも本心からリゼルを祝っているのだ。

それが理解できるからこそ喜びを隠さないリゼルに、やはりやってよかったと三人は内心で思う。

ぐっと一口で飲みきる勢いのジルと、意外にもごくごくと途切れることなく飲み続けるジャッジ。スタッドはゆっくりと出された酒を口に含み、そしてじっとグラスの中を見詰めた。

「美味しいです」

「それは良かった。マスター、常連が増えるかもしれませんよ」

「……そうか」

丁度横を通りがかったマスターにリゼルが声をかけると、相変わらずの様子で頷いている。

呼び止めたついでにと続々食事を頼んで行く三人を見て、ジルは相変わらずだが働いた後の若い二人もお腹が減っているようだと微笑んだ。

続々と注文していく彼らを見て、飲みながら良くそれ程食べれるなと感心してしまう。

「今回の護衛依頼はどうでしたか。この愚図が色々ご迷惑をかけたでしょうが恐らく道中は他と比べると快適だったと思います」

「また、愚図っていう……」

「何ですかでかい図体に似合いの動きの遅さをしておいて、まさか全然迷惑をかけていないとでも言うつもりですか」

「う、」

思わず言葉に詰まったジャッジに、スタッドは淡々と無表情のまま鼻で笑った。

リゼルは苦笑しながらも小さく首を傾げる。

「ジャッジ君に迷惑なんかかけられてませんよ。でも、やっぱりジャッジ君の護衛の待遇は破格なんですよね」

「お前……あれだけのもてなし受けといてそれが普通だとでも思ってんのか」

「確認ですよ、確認」

「リゼルさんに頼むんだから、それぐらいは普通だと思って……」

照れた様子のジャッジに、その点ばかりはスタッドも真顔で同意している。

しかしリゼルにしてみればEランクの冒険者なんだけど、という意識が強くてあまり同意出来ない。

勿論待遇が良いのと悪いのでは当然良い方をとるが、自分の何処が彼らの琴線に触れて高貴な扱いを受けているのか。

呆れたような顔をしているジルもそう思っているのだろうとリゼルは考えているが、実際思っていることは“気持ちは分かるがやりすぎだ”だ。

「やっぱり一回ぐらい一般的な護衛依頼を受けてみるのも良いですね」

「依頼人に気ィ遣わせそうな冒険者だな」

ニヤニヤ笑うジルに拗ねてみせ、リゼルは喉を潤した。

普通の果実水よりは辛口の口当たりで、リゼルにとっても更に飲みやすくなっている。何度か飲みに来ている内に好みを覚えてくれていたのかと思うと感謝するしかない。

何やら深刻そうな顔をしたジャッジが恐る恐るリゼルを見た。

「普通の護衛依頼って、荷物と同じ床に座って、狭い場所に無理やり押し込められるっていう……」

「依頼を受けるからには無理やりって事は無いと思いますけど」

「駄目です! そんな、リゼルさんが……そんな扱いされるなんて……!」

タンッとジョッキを机に置いて、何を想像したのかふるふると震えながらジャッジが言った。

空になったジョッキにとりあえず追加を注文してやりながら、これは酔っているのだろうかと考える。

酒に強いイメージは無いが、弱いのならば遠慮するだろうジャッジが酒を注文しているのだから素面なのだろう。

そうは言ってもランクアップの為には色々な依頼を受けるのが手っ取り早いのだが、とスタッドを窺う。

「勿論私も反対です。数を稼ぎたいのならジャッジが何度も依頼を出すのでそれを受けて下さい」

「ギルド職員の台詞とは思えねぇな」

「実績があれば良いんです。貴方だってほとんど討伐依頼だけでBまであがった異例なんですからそういう事もあります」

「僕、リゼルさんが望むなら、何度も依頼出します……!」

「大丈夫だから、とりあえず二人とも落ち着きましょうか。はい、ロールキャベツきましたよ」

皿を渡すと、二人はもぐもぐと食べ始めた。素直だ。

溜息をついたジルが酒を追加し、マスターが空き瓶をどんどんと下げて行く。

次第に瓶で頼み始めたジルに触発されるように、若い二人はどんどんとグラスを空にしている。

どれだけ飲めるのかと面白がってグラスを空ける度にリゼルが瓶を持って酌をしているという事もあるのだが。飲むこと自体が久々だというので、ハメを外したいのだろう。

何杯目かのエールを飲み干してさらにワインに手を出していたジャッジは、ほんのりと染まった頬でふにゃりと笑った。

「そういえば僕、スタッドに自慢する事があったんだ」

「貴方の自慢が私にとっての自慢になるとでも思っているのですか」

全く変わらない表情で答えるスタッドは、顔色すら変わっていない。

二人とも結構飲んだはずだが口調はしっかりとしており、意外と強いなんてリゼルとジルは揃って思った。ジャッジなどは直ぐにヘロヘロになるイメージがあったのだが、多少は酔いつつも全く潰れる様子を見せない。

「僕リゼルさんと隣同士で寝て、寝顔もしっかり見れちゃった……羨ましいでしょ?」

いきなり話題に出され、リゼルは目を瞬かせてジャッジを見た。

どこか得意げな様子に、自分の寝顔など見て何か楽しいのだろうかと思いながら言葉をかけられたスタッドを窺う。護衛任務なのだから当然だと馬鹿にした様子で無表情に一笑する、という予想は大きく外れた。

三人は間違いなく無表情のままのスタッドの背後にピシャーンッと雷が落ちた光景を見た。

「隣同士っていうのはどれくらい隣なんですか羨ましい愚図のくせに」

「帰りはちょっと狭かったから、セミダブルぐらいかな……しかも手も繋いで貰ったんだぁ」

これが子供とは云えない年齢である男同士の会話だというのだから面白い。

話題にされているリゼルはもはや見守る体勢で全てを受け止める微笑みを浮かべているし、ジルは笑いを堪え切れずに小さく咳き込んでいる。

手繋ぎ発言でスタッドの背後に二度目の雷が落ちたのを確認し、ジャッジは大きな体で小さく胸を張った。それに苛っときたのか、スタッドがすっと姿勢を正して淡々と目の前のジャッジを下から見下す。

「貴方ちょっと可愛いこぶり過ぎなんじゃないですか商人なんて皆腹黒いくせに」

「それ差別……それを言うならスタッドだって、リゼルさんの前では大人しいくせに……!」

「私は自分に素直なだけなんです。という訳で今晩貴方の部屋に泊まりに行っても良いですか」

「俺は良いですけど、一人部屋なのでベッド一つしかないですよ?」

「一緒に寝ます」

脈絡無く振られた会話と無表情のドヤ顔、リゼルはこの時ようやくスタッドが酔っているのだと理解した。

普段ならばスタッドも甘えはするがリゼルに迷惑はかけないよう配慮した行動をとるので、こういった行動には出ないだろう。迷惑だとは思わないが、果たしてスタッドは明日の朝記憶があるのだろうかと自分を棚に上げて考えてしまう。

男二人が並んで寝られるだろうかと普段世話になっているベッドを思い浮かべる。いっそ二人部屋に今日だけ移動した方が良いのではないか。

「一緒に寝るっつってんだから一緒に寝てやれよ」

「面白がっているでしょう、ジル」

ニヤニヤと見てくるジルが横目でスタッドを見る。その視線を追ってそちらを見ると、淡々とした無表情がじっと此方を見ていた。

瞳の中にあるのは懇願、良く良く見ても普通ならば気付かないそれに気付けるリゼルは苦笑した。

寝床が狭くなる以外に断る理由は無い。そっちの方がずるい……と拗ねているジャッジを宥めて了承の返事を返すと、スタッドは一度頷いたその直後ガクリと崩れ落ちた。

咄嗟に手を差し出したジルによって顔面を皿に突っ込ませる事は無かったが、崩れ落ちたままぴくりとも動かないと流石に心配になってしまう。

「飲み過ぎかな。スタッド君、大丈夫ですか?」

「スタッド、限界まで飲むといつもいきなり寝るんです。だから、心配ないと思います」

「てめぇのが強いとか、意外だな」

ジルの視線を受けて、良く言われると照れたようにジャッジがはにかんだ。

謝りも怯えもしないあたりジャッジも酔っているらしい、とそろそろお開きを考える。

スタッドは共に宿に向かう事になったがジャッジは一人で店まで帰るのだ、此処から然程遠くないがあまり酔いすぎても遅くなりすぎても心配だろう。

「マスター、御馳走様です」

「……ああ」

ひとつ頷いたマスターが、すっと伝票をジルへと差し出した。

冒頭の会話を聞いていたのか、この面子ではジルが払うべきだと考えたのか。しかめっ面で代金を支払うジルは全く酔った様子が無い。

いつか酔っぱらいきったジルが見たいものだとリゼルは笑いながら、スタッドの肩を揺すった。

「スタッド君、ほら、一緒に帰りましょう?」

「一緒に帰ります」

呼びかけると一瞬の間の後に、小声だがしっかりした声が返ってくる。

これは酔いが醒めるのも早いのかもしれないと思うが、返事とは裏腹にその体は机にすがったままぴくりとも動かない。

ぽんぽんと背中を優しく叩くと、甘えるように片手がその手を掴んだがどうにも体は持ち上がりそうになかった。

普段しっかりしている彼はギルド職員の間の飲み会でもこう成ることは滅多に無いのだが、今日に限ってはどうやら気心の知れた相手ばかりなせいかハメを外してしまったらしい。

「ジルに運んで貰いましょうか」

「嫌です」

今度は即答で返って来た。

ゆっくりと立ち上がる体はふらつきはしないが、いつも機敏なスタッドなので珍しい。

何度か見ているから意外と大丈夫だと分かっているジャッジが、扉を開けながらスタッドを見る。

「スタッド、大丈夫?」

「貴方に心配される謂れはありません」

「だから何で僕には冷たいの……!」

開けられた扉を潜ったスタッドに、ジャッジは眉を下げながら肩を落とす。

会計を済ませたジルが最後に店を出ると、扉が閉まり店内の浮ついた空気は完全に遮断された。

すっかり闇に包まれている街はほとんど人通りが無く静かで、酔っていないリゼルも気分がすっと落ち着くのを感じる。

「じゃあ僕、こっちなので……」

「本当に送らなくても大丈夫ですか?」

「はい! その、また、誘ってくれると……嬉しいです」

恐る恐る問いかけたジャッジに微笑みながら頷くと、嬉しそうな様子で小さく手を振り去って行った。

リゼルも完全にとは言わないが自分の行動範囲の治安ぐらいは把握している。此処でジャッジの店までの間に治安の悪い地域があれば無理にでも送るが、良い立地のおかげで綺麗な町並みは治安が良い。

間違い無く何事も無いだろうと安心して見送る。スタッド曰く“ただ黙ってやられる人間じゃない”らしいので、それも安心だろう。

「行きましょうか」

「お前は本当に年下に甘いな」

「可愛いじゃないですか」

分かんねぇ、と呆れるジルがスタッドを見下ろした。

常に出す冷え切った空気は鳴りを潜め、淡々としながらも何処か呆っとした雰囲気を出している。

その違いが分かる程度には近い存在になったのかと思うと複雑だが、リゼルが目を留めた以上常人より遙かに優秀なのだろうと思えば否定するつもりはない。

仲良くなれるかなりたいかは別として、同じ存在に引き込まれたこの感情は引き込まれた者にしか理解できないのだから、良い言い方をすれば同士なのだろう。言い方を変えれば同じ穴の狢か。

「そういえばスタッド君は珍しくジルに喧嘩腰ですね」

ふとリゼルの声がかけられた。

確かに興味が無い者には淡々と無感情なスタッドが、ジルに対しては少々噛みつく事がある。

リゼルと出会う前は単純に大した会話を交わさなかっただけに変わりは無いが、話す機会が増えたからとジルに対する対応を変えるような人間ではないだろう。

ジルはああ、と面倒そうに頷いて言葉を続けようとしたが、ふっと視線を家々の屋根の上に向けた。

直後、リゼルの隣から淡々と歩いていたはずのスタッドの姿が掻き消える。

「ん?」

「想像はしてたが速ぇな」

ギャリッという音と共に何かがキラキラと月明かりを反射しながら宙を舞う。

スタッドが周囲の空気を凍らせるような殺気を微かに洩らしながら地面を蹴った。リゼルには消えたとしか判断できなかったスピードで弓矢が飛んできた民家へと無音のまま肉薄し、壁を蹴りつけ伝う様に屋根へと立つ。

宙に舞う何かが地面へと落ちて、それが完全に凍らされた矢であると判断するまでの刹那の瞬間に行われたそれを、リゼルは目で追う事は出来なかった。

ジルは完全に目で追えたのか感心したような声で言いつつも、その立ち位置はリゼルを守るものへといつの間にか変えている。

「あいつが俺に突っかかって来る理由なんてお前と一緒に行動してる俺に対する嫌味と、」

「と?」

「同族嫌悪だろ。言うとすげぇ嫌がるだろうが、どっか似た部分がある」

似ているとは思えない二人の似ている部分、とリゼルは考えかけてすぐに納得した。

屋根の上で舞う赤。静かに行われた粛清は淡々と終わりを告げる。何が似ていると具体的に言える訳ではないが、確かに二人は何処か似ていた。

手に持っていた氷のナイフを溶かし、それを血だまりに捨てながらスタッドがやはり音も無く屋根から降りる。

「早く一緒に寝ます」

「そうですね、色々話すのは明日にしましょう」

何事も無かったかのように微笑むリゼルも似たようなものだ、とジルは一度血だまりの向こう側を見て溜息を吐いた。