軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13:若者をからかう

「お会いできて光栄です、伯爵」

「却下だ。この場でそう呼ばれたくない理由は分かるだろう」

「何と呼べば?」

「……シャドウ、そう呼べ」

そう名乗った 商業国(マルケイド) の領主は、刺すような視線でリゼルとジルを見た。

連れて来られたのは薄暗いレストラン、洞窟のような作りになった其処は伯爵が訪れるような上流志向のレストランではない。

一般の商人服を着ているシャドウは違和感無くその場に馴染んでいる。

運ばれて来た食事を前にワインを飲む姿は上級商人のようで、自ら領主だと主張するつもりは全くないようだった。

レイと同じぐらいの年齢だろう。彼とは真反対の光を吸収するような闇色の髪を持ち、赤く鋭い瞳の下にはしっかりと濃い隈が居座っている。

御世辞にも良い人相とは言えないが、相貌はそれを凌ぐほど美しかった。

その年齢独特の色気を感じさせる顔立ちは、レイが男女問わず良い印象を与える快活そうな美形ならば、シャドウは女性の老若問わず視線を釘付ける冷たい美貌だろう。

美形には美形が集まるのだろうか、と元教え子の事を思い出しながらリゼルはひっそりと思った。

「そちらは“一刀”のジルか」

鋭い視線は変わらないまま、リゼルの隣へ座るジルへと向かう。

ジルはその視線に目を細めるだけで返し、同じくワインへと口を付けていた。

ガラの悪い顔は余計に恐ろしくなったが、シャドウは微塵も動揺しない。

「パーティを組んだと聞いたが性格はぬるくなっていないらしい」

「流石です、情報が早いですね」

「却下だ。賛辞などいらない」

なかなか気難しい人だ、とリゼルは苦笑しながら目の前の料理へとフォークを伸ばした。

美しく盛りつけられたパスタは、この店がただのレストランでは無い事を示している。

フォークに巻き付け口に含めば、鼻を抜ける香草の薫りと程良い辛さのソースが印象的なパスタだ。

少しだけ高めだが良い料理を食べられるレストラン、という事だろう。

自ら出店場所の許可も出すと聞いていたので予想していたが、本当に この国(マルケイド) の地理どころか出店箇所も把握しているらしい。

リゼルにたかられて、迷いもせずに真っ直ぐに此処に来たのがその証拠だろう。

今の格好のシャドウやリゼル達が浮かない場所の中では最上位。忌々しそうな顔をしておきながら詫びの気持ちはしっかりと持っているようだ。

「ジル、このムニエル美味しいですよ。今度作って下さい」

「出来るか。おいこれ瓶でもう一本」

それならば遠慮する事は無いか、とリゼルは出された料理をパクついている。

ジルもそれを察して酒類の注文に余念が無い。いくら金を持っていようと他人の奢りは嬉しいものだ。

たとえ目の前の貴族から殺意の籠った視線を受けようと二人は気にしない。

「……早く用件に入れ、本題は何だ」

「これが本題でも良いんですが」

「却下だ」

思い切り顔を顰めたシャドウに笑い、リゼルは一通の手紙を差し出した。

シャドウは受け取ろうとせず、睨みつけるように封筒を眺めて何だと言いたげにリゼルを見る。

その視線にゆっくりと微笑んで差し出した手紙を裏返して見せた。

封を閉じた赤い封蝋を見てシャドウの眉が顰められたが、ようやく手に取った。

「どうやって取り入った?」

「出されてた迷宮品の納品依頼を受けて、その迷宮品を納品する時に完璧にラッピングしたらお気に召して頂けたみたいです」

「あいつは本当に馬鹿だな……」

取り入ったという言葉を欠片も否定しないリゼルに微かにシャドウは片眉を上げた。

シャドウとレイは(シャドウからすれば全力で否定するが)旧知の仲だ。レイが名前を隠して冒険者に迷宮品の依頼を出している事も知っているし、取り入ろうとする輩を簡単に近付けるような愚か者では無い事も知っている。

そんな彼が手紙を渡して此方へ接触させる程のリゼルが何故否定しないのか。

可能性の一つは、リゼルがその取り入る意思をレイに対して巧妙に隠していたこと。

レイもああいう性格をしているが王都の貴族社会で生き抜く男だ、偽りにも悪意にも鼻が利く。

それを騙せるのならば余程腹芸に秀でているのだろう。

もう一つは、レイが取り入る意思に気付いていたがそれを許容したこと。気付いていても引き入れておきたい人材だと判断したか。

どちらにしても共通するのは“絶対的に優秀である”という一点。

「(では手紙の内容も引き込めという事か……全く、迷惑な)」

「おいそこのワイン売り物? じゃあ一本」

「あれって相当良いやつじゃないですか? あ、このマリネひとつお願いします」

「別に良いだろ、どうせ奢りだ」

思わず封筒を持つ手に力が入った。

噂の“一刀”も目の前のリゼルも、今の所遠慮無い男だという事しか分からない。

シャドウはちらりとジルの頼んだワインを見た。明らかにビンテージもののワインは、開ければ金貨が十枚単位で飛んでいくだろう。

殺されかけたとは云え、結局は全く危なげも無く対処したのだから遠慮ぐらいしろというのが本音だ。

チッと舌打ちして手紙を取り出し、広げる。

“敵に回すな”

書かれていたのは一言だけだった。

いつもは迷宮品の自慢がひたすら書かれた後に、やはり本題がひたすら書かれているにも拘らず。

その一言だけが手紙の真ん中に書かれていた。

筆跡は確かにレイのものだ。確信を持てるからこそシャドウは信じられなかった。

取り入れるでもなく、ただ敵に回さないこと。

それはつまり内側に入れるのが危険なのか、それともそれすら出来ない程に相手が巨大なのか。

シャドウが集まる情報から知るリゼルは冒険者だ。確かに姿も仕草も品に溢れているし、その所為で貴族だと間違われて襲われた。

しかしリゼルは確かにどの国の貴族でもなく、持っている地位はEランクの冒険者というだけ。

どこかの国の貴族であったらとっくにレイに対処されているだろう。

「どうされました?」

「どうして私が領主だと分かった」

手紙の中身を知らせるわけにもいかない、静かに封筒に仕舞いながらシャドウはとりあえずの疑問を出しておいた。元々聞こうと思っていた事だ。

シャドウが領主だと知るのはずっと仕えている側近のみ。

先々代より大きくなりすぎた影響力を抑える為、そして 商売(かね) が絡むと起きやすい厄介事を隠されないようにするためだ。

「ひとつはやっぱり外見ですね、ある本に先々代の事が書いてありまして」

リゼルは一冊の本を取り出した。

“マルケイドの興り”と表紙に書かれたそれは、先々代の偉業でマルケイドが国と呼ばれるまでの事が詳細に書かれている。

実際それに立ち会った内の一人が書いた書物は誇張はされているだろうが事実に基づいているはずだ。

「“艶やかな漆黒の髪と鮮血のような瞳、ひどく整った顔で現れた彼は商取引の場を全く別の空間へと―――”」

「そこまでで良い」

本を開くでもなく一節抜きだそうとするリゼルをジルが止めた。

止めないときりが付くまで話し続けたあげく、本の品評にまで流れ込む事を知っているからだ。

ちなみにジルは流れ込もうとした瞬間逃げるので、リゼルは常に語り合いに飢えている。

変わらないペースで黙々と酒を消化しているジルを横目で見て、リゼルはしぶしぶ本を片付けた。

「却下だ。 外見(それ) だけ知っていても私には辿り着かない」

「大きな手掛かりであることに変わりはありません」

シャドウの言葉は正しい。黒髪赤眼を持つ人間は多く無いが皆無ではないのだ。

今まで何人が“マルケイドの興り”を読んだのかは分からないが、その読んだ人間が一人たりともシャドウとすれ違った事が無いなんてことは無いだろう。

厳しい追及を投げかける視線を受けながらも、リゼルの微笑みは変わらない。

「もうひとつはやっぱり状況でしょうか」

「状況だと?」

「先程の騒動ですよ。あの時最初は遠巻きで見ていたけど、俺が領主だと思われていたと判明した瞬間前に出てきてましたよね」

一応自領の騒動には顔を出すかと思って外見が一致する人を何人か目を付けておいたんです、というリゼルにジルは心底呆れている。

あの自分が殺されかけている状況で、丁度良いかと領主探しをする人間が何処に居るというのか。

慣れたジルだからこそ呆れるだけで済んでいるが、シャドウはいっそ警戒すら滲ませてリゼルを見ていた。

確かにシャドウはちょうど近くに居た為、騒動の原因を知ろうと遠巻きに様子を眺めていた。

騒動の中心から離れた場所はその会話こそ聞こえなかったが、周囲の噂話で領主への復讐に男が暴走している事を知りどういう事だと近寄ったのだ。

その際リゼルが領主である事をしっかり否定していた事を確認して名を騙っている可能性を排除し、完全な男の勘違いだと理解した。

勿論リゼルが周囲を味方につけ男を揺さぶり、注意を引きつけその矛先を自分で受ける形にしたのも見ている。

早急な決着をつける為とはいえ無茶をする、とその時はジルへと同情したものだ。

「騒いでいた方じゃなくて俺の方を見ていたのは、貴方だけでしたよ」

微笑みながら指摘され、シャドウは鋭く舌打ちをした。

確かに的外れな主張ばかりする男の言い分を聞く気は無く、それ以上に絡まれているリゼルの存在が気になっていたからだ。

貴族然としたリゼルは、訪問の知らせも何も受けていないシャドウにとって全く心当たりが無く、そして絡まれながらも余裕がある様子は普通では無い。

冒険者だと知った今は(そうは見えないが)腕に自信があるのだろうし、隣に“一刀”が居るのなら心配する必要は無いと理解しているが、その時はまさか噂の風変わりな冒険者だとは思ってもいなかった。

「後は会話の節々の反応を見たりですか」

「却下だ。分かりやすい反応をした覚えは無い」

「そういうの見るの、得意なんです。わざわざ前に出てきてくれたのも、心配して頂けたからですよね」

「却下だ。勝手な想像をするな」

領主がわざわざ自分の話題だからと危険に近寄る真似をするはずがない。

むしろ領主として直ぐにでも憲兵を呼ぶ方が手っ取り早いのに、シャドウは騒動の中心へと近付いた。

だからこそリゼルには割と確信があったが、本人が否定するならと口を閉じる。

「あとは本人に話しかけて確認しただけです」

「却下だ。私は何も言っていない」

「貴族とかって独特の空気があるでしょう?」

その独特の空気を冒険者が知るはずはない。

全く真意を掴ませないリゼルに対して、シャドウは苛立ちすら感じてきていた。

リゼルの正体について不明なのは言うまでもなく、思えばリゼルが自分に声をかけた目的すら分からないのだ。

話してみればただ安易に取り入ろうとする男では無い、そう判断したからこそ余計に。

話せば話す程人は相手の人となりを理解するものだが、リゼルに関してはその逆。話せば話す程分からなくなる。

「それで、私に話しかけた目的は何だ」

「そうですね……一つはその手紙です。必要ならば使えと頂きましたが、預かり物をいつまでも持っているのも気が引けるでしょう?」

それを聞いたジルは薄っぺらい理由だと睥睨した。

そもそもリゼルが領主に接触しようとした時、もしその手紙が無かったとしても接触を可能にしたはずだからだ。

通常冒険者として生きていれば会う機会など全くない貴族に対し、しかしリゼルならば出来るとジルは確信を持っている。

今回も特に手紙が必要な事態では無かった。リゼルが意識的に借りを作るのを避けたのか、それとも別の目的があるのかは分からないが。

それでも手紙を差し出したのはシャドウの警戒を解く為か、またはその 逆(・) か。

「それで、真実の目的は何だ?」

シャドウもそう考えたのか、先程の目的はメインでは無いと判断したらしい。

一応立派な理由のひとつだったのだが、と苦笑してリゼルはフォークを置いた。

ジルもそれを横目で見て、最後の一杯であるワインをぐっと呷る。高いワインも型無しな飲み方だ。

「マルケイドには三日間滞在するんですが、観光に充てようと思っているんです」

「却下だ。何の関係がある」

余計な手間を掛けさせるなと言いたげな視線に、リゼルはにこりと微笑んだ。

「折角の滞在初日なんですから、美味しい夕食を食べたいじゃないですか」

御馳走様でした、と頭を下げてリゼルはジルと共に立ち去った。

後には愕然としたシャドウと、リゼルがジルから受け取ってシャドウの前に置いたビンテージワインの入ったグラスのみ。

そのワインにゆるりと手を掛け、ジル同様呷るように口にする。

濃厚すぎる風味がじわりじわりと脳を溶かしていくようだった。

ようはリゼルはシャドウに観光ガイドの真似事をさせたのだ。

この国に一番詳しい人物が案内するレストラン、それは言うまでも無く素晴らしい料理を出すだろう。

美味しい夕食が食べたい、それだけの理由で領主であり貴族であるシャドウへと接触した。

そんな馬鹿な事があるかと激昂してしまいたい。しかしシャドウにはそれが出来なかった。

その時、唐突にレイの手紙の真意を理解した。

「…………却下だ。言われなくとも敵に回すつもりはない」

ただ一人の冒険者に何を言っているのかと思う。

戦闘になればジルの方が余程脅威だろう。リゼル一人で何が出来るのだと鼻で笑ってやりたい。

だがそう理解していても、無意識は完全にリゼルを警戒してしまっている。

それと友好を結ぼうなどと、レイはとても図太いのではとすら考えてしまう。自分にはとても無理だ。

恐ろしいと、彼が帰り際見せた遙か至高に存在する視線に思ってしまった自分では。

シャドウはその美麗な顔を剣呑に歪め、リゼルの正体を思う。

彼がレイにわざわざ取り入るような真似をする人物であるとは到底思えない以上、自分達に接触した理由も知っておかなければならない。

情報の集まるマルケイドでもどこまで出来るか、とシャドウは思案する。

敵に回すつもりは無いが野放しにするべき人物でもないだろう。

「お皿御下げしてもよろしいでしょうか」

「会計もだ」

店員によって持って来られた会計票を、殺意すら持って握りつぶしたのはまた別の話だ。

「やけに煽ってたな。何かあんのか」

「初対面で印象に残ろうと思えば、とりあえずインパクトじゃないですか」

「わざわざそんな真似しなくても印象には残るだろ」

「そうですか?」

まるで貴族のような冒険者。貴族の真似事をする冒険者はジルも知っているが、リゼルは真似事ではなく本質から貴族なのだと強制的に理解させられる。

ちなみにリゼルは立派に冒険者出来ていると思っているので気付いていない。

冒険者にしてはやっぱり振舞いが丁寧になっちゃってるかな、ぐらいにしか思っていないのだ。

「領主様が一人でぶらつくなんて、顔を知られてないとはいえ危険だと思いません?」

「一人付いてた」

「え、気付きませんでした。強そう?」

「そこそこじゃねぇの」

宿屋への道をゆったりと二人は歩いていた。

既に夜にも拘らず、大通りは明かりが灯り人々の往来は途切れそうにない。

しかし客層はガラリと代わり、呼び込みは恰幅の良い婦人からピシリとした軽い正装に身を包んだ所謂“大人の店”の呼び込みへ。

食に関する露店は数を減らし、土産物に関する露店が増えている。

「ジルの言うそこそこっていうのが分からないんですけど」

「俺より弱ぇけど、そこら辺の奴らには負けねぇぐらい」

「ふぅん」

ジルより強いともなればリゼルも興味を示しただろうが、今回はそうはならなかったようだ。

その興味は既に周囲の露店へと移っており、食後だと言うのに温かそうなスープを眺めている。

「兄ちゃんら綺麗な顔してんなぁ。どや、うちの姉ちゃんら喜ぶで寄ってかんか」

シャドウによって管理されている以上、著しく風紀を損なう店は恐らくないだろう。

それにも拘らず何とも胡散臭い呼び込みの声がかかる。

ジルは完全に無視していたが、リゼルは購入したスープとそれに絡めて食べる野菜のフライをさくさくと食べながら呼び込みを見ていた。

胡散臭い割に綺麗な服を着ているあたり、やはりちゃんとした店なのだろう。

「ジル、行って来ても良いんですよ」

「あ?」

「俺は少しぶらついて帰ります」

リゼルは、自らと出会う前のジルの様子をスタッドから聞いている。

本人もリゼルの女に困る事は無いかの問いを否定しなかったあたり、女遊びは激しくは無いものの時折手を出していたらしい。

リゼルと出会ってから夜中出掛けている様子も無さそうなので、そろそろ遊びたくなっているのではないかと思ったのだ。ジルが気配も無く出掛けたらリゼルは恐らく全く気付かないので、もしかしたら息抜きに遊んでいるのかもしれないが。

ほくほくと湯気を上らせるスープにジュワリと野菜を浸しながら、リゼルは窺うようにジルを見た。

それに対し、ジルは心底嫌そうな顔を浮かべて野菜をかじるリゼルを見た。

清廉そうな顔で“女遊びしておいで”と言われて、どこに乗り気になる男がいるのか。

それにジルは決して女に持て囃されて酒を飲む事を楽しめるタイプではない。むしろ静かに飲みたい。

客待ちで路上に立つ後腐れの無いプロの女性と一晩楽しむならまだしも、姦しく話しかけられながら特に上等でもない酒を飲んで、酒代にしては高い金を払う趣味は無い。

「趣味じゃねぇ」

「そうですか」

また今度は寄ってや!と声をかける呼び込みは逞しいとしか言いようが無い。

スープを飲み干したリゼルが器を屋台へと返し、再び歩き始める。

たびたびリゼルが露店で売られる古書につられて足を止めたが、些程遅くならない時間に宿に辿り着いた。

少し路地の中を歩くと見えてくる宿だが、その扉の前に数人が立ち止まっているのが見える。

「あ、リゼルさん!」

夜だからか少し抑えた様子で呼ばれた声と、駆け寄ってくる高い身長は間違いなくジャッジだ。

今朝別れたばかりのジャッジが何故ここにとその後ろを見ると、見覚えのある憲兵服を来た男性達が此方へと歩み寄ってくる。

リゼルは納得したように頷いた。

「そういえば放ってきちゃいましたね」

「ああ、絡まれた時のか」

先程絡まれた時、駆けつけた憲兵に呼び止められたのを思い出す。

また今度、と適当な事を言って騒動から抜けて来たのだが、見逃しては貰えなかったようだ。

「あの、突然斬りかかられたって聞きましたけど、大丈夫でしたか……?」

「大丈夫ですよ。ジャッジ君はどうしてここに?」

「貴族みたいな人が襲われたって聞いて心配してたら、憲兵の方がうちに来てリゼルさん達の居場所を知らないかって……僕と一緒に入国したから、こっちに来たんだと思います」

「折角の家族水入らずに申し訳ないです」

苦笑したリゼルに、ジャッジはぶんぶんと頭を振って否定する。

ジャッジにしてみれば心配して確認に行こうかどうか迷い続けていた時の事なので、渡りに船同然だ。

怪我が無いとは思っているが、実際に無事な姿を見てほっと肩から力を抜いている。

その腕をぽんぽんと叩いて礼を言い、リゼルは此方を窺っている憲兵へと向き合った。

「こんな夜更けまで探して頂いたなんて、何か問題でもありましたか?」

「……いえ、双方の事実確認が必要ですので」

めんどくせ、と呟いたジルに苦笑する。

確かにリゼル達が新しく話せる事など何もないだろう。あの時最初から最後まで見物していた人々も多くいたのでリゼル達に非が無いことは伝わっているはずだ。

まあそれだけじゃないだろうけど、とリゼルは改めてギルドカードを取りだした。

「冒険者のリゼルです。畏れ多い事に領主様と間違えられて斬りかかられましたが、それだけですよ」

「そうですか……いえ、お手数おかけします」

二人組の憲兵の内の一人が、気が抜けたように肩を落とした。

ようは疑っていたのだ。リゼルが本当に周囲に姿を知られていない領主ではないかと。

事実確認の必要性も嘘では無いだろうが、もしリゼルが本当に領主だったのなら早めの確認で仕事をきちんとこなしているアピールをしなければいけない。

あの騒動に憲兵が到着したのが若干遅かったのもあって、名誉挽回といきたかったのだ。

「事情は分かりますが、ジャッジ君をこんな夜更けに連れまわすのはどうかと思います」

「リ、リゼルさん……僕は、別にんぐ」

「黙ってろ」

「君たちなら普通に調べても明日の朝にはこの宿に辿り着いたでしょう?」

ジルに頭を抑えつけられたジャッジをちらりと見て、再び憲兵へと視線を戻す。

ジャッジとてたった数日の敬愛する祖父との再会を邪魔されたくは無いだろう。知らなかったとはいえ自分達の都合で連れまわして良いとは思えない。

それがリゼルに関する事だったら実の所ジャッジに文句はないのだが。

「早急な対処の為に仕方ない事でしたので」

「すでに事情は全て判明している騒動の為に早急な対処ですか?」

「それは、」

そこで憲兵は言葉に詰まった。

いざこざがあれば双方に話を聞くこと、というのは基本だが絶対ではない。

そもそも双方に話を聞くまでもなく責任がはっきりしている時は、加害者のみ拘束して事情を聴くのが普通だ。

今回も刃物沙汰になったとはいえ被害は無し、そこまで無理をしてリゼル達に話を聞かなければならない事態ではない。

特に今回は完全に巻き込まれた形だ。むしろ事情などリゼル達が知りたいと言っても良いほどに。

ジャッジは相手を追い詰めようとするリゼルを珍しそうに目を瞬かせて見ている。

リゼルとてただ責めたくて責めている訳ではない。ジャッジの件については一言言っておこうと思ってはいたが。

原因はひとつ。今リゼルに対面して弁解している憲兵の後ろに居るもう一人のほう。

「……あんたは守られてただけなんだ。文句ばっか立派に言ってんじゃねぇよ」

「おい!」

若い憲兵の暴言に、弁解していた憲兵から焦ったように言葉が飛ぶ。

先程からじっとリゼルを睨みつけていた青年は、変わらぬ目付きのまま目上の憲兵の叱咤を受けている。

「何だ、あいつ」

「ジルのファンですよ、大人気ですね」

先程から青年はリゼルを睨みつけていたが、さりげなくジルを見てはその瞳を尊敬に染めていた。

恐らくジルとパーティを組んでから度々絡まれる人種の一人だろう、とリゼルは思っている。

冒険者のようにジルと組んで依頼を有利に進めたいなどという下心ではなく、純粋にその強さに憧れているだけのようだが。

煽っただけで突っかかって来るなんて若いなぁ、なんて思いながらリゼルは未だに叱り続けている憲兵を止める。

「それで、君達の聞きたい事はあれだけで良いんですか?」

「あ、はい、確認だけ出来れば良いので。一応の確認ですがお怪我は無いですよね」

「はい、大丈夫です」

「“一刀”がついてて怪我なんてある訳ねぇだろ」

ぼそりと呟いた青年に、顳顬に血管を浮き出させた憲兵がひくりと顔を引き攣らせる。

中々教育が難しい青年だ、とリゼルは気にしていないと小さく首を振って微笑んだ。

でも、と後ろで未だに此方を睨みつける青年へと視線を送る。

「私情を公務に挟むような人、ジルは嫌いですよ」

「!?」

からかう様に言うリゼルに、青年はびくりと肩を跳ねさせてジルを見た。

ジルは青年に視線を投げる事はない。つまらなさそうに未だにジャッジの頭を掴んでいる手に戯れに力を込めては彼を半泣きにさせている。

それを茫然と見ている青年が何を思っているのかは分からないが、これで少しは態度を改めるだろう。

感謝するような憲兵の視線に首を傾げて答えてみせた。

「ほらジル、ジャッジ君をあまりからかわないで下さい」

「リゼルさぁん……!」

ジルから解放されたジャッジが近寄って来たので、慰めるように頭を撫でる。

ジャッジはその手を甘受しながら、ジルに苦言を強いた(ようにみえる)リゼルを再び睨みつけている青年をちらりと見た。

先程のリゼルの言葉があるからか口に出して文句を言うような事はしないが、その目はまだ敵意に溢れている。

ふわふわとした髪に差し込まれたリゼルの掌が優しく慰めてくれる感触にうっとりとしながら、ジャッジはおもむろに口を開いた。

いくらおっとりとしたジャッジとはいえ、商売中でも客でも無いのなら人に対して気に入らないという思いを抱く事もある。

「リゼルさんになにかしようとしたら、ゆるしません、よ」

びしりと場が凍りついた。

憲兵二人はジャッジを迎えに行った際、彼の家がどのような家か知っている。

マルケイドを代表するような大商会。それがジャッジの祖父の持つ称号だ。

そんな彼を祖父に持つジャッジの発言は、マルケイドに常駐する憲兵の今後を決定づける一声になるだろう。

例え良い年して頭ナデナデされてうっとりしていようとも。

例え良い年して頭掴まれただけで半泣きになっていようとも。

「ジャッジ君、あまりそういう事は言わない様に」

「……はい」

撫でた手が離れた事で、周囲の視線が自分に集まっている事に気付きジャッジは赤くなってうつむいた。

視線が集まっている理由は決してそこでは無いのだが、本人は気付いていないだろう。

ちなみにリゼルは冗談だと思っているが、ジャッジは至って本気だ。

その証拠に憲兵二人は固まったままだし、ジルは中々気の強い発言が出来るようになったなと真顔で考えている。

何故リゼルは気付かないのか。素直で内気な可愛い年下は、素直で内気な可愛い年下のままでいて欲しいからだ。

「じゃあしっかりジャッジ君のこと、送ってあげて下さい」

「あの、おやすみなさい。リゼルさん、ジルさん」

「はい、おやすみなさい」

「おう」

平然と別れの挨拶をする三人は気付いていない。

先程の発言の直後にジャッジと三人きりにされる憲兵達の助けを乞う視線を。

ただ気弱にしか見えない青年を怖がる憲兵、憲兵としての威厳など欠片も無い。

暗雲を背負う二人と手を振るジャッジを見送って、リゼル達はようやくだと宿へ入って行った。

その後青年はすっかり職務に忠実になったらしいが、その理由を知っている者は少ない。