軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10:同い年コンビ

リゼルは今日、一人街の中を歩いていた。

通常の露店が並ぶよりも少し良い店が並ぶ通り、“鑑定に自信あります”と自信無さげに書かれた小さな看板を目印にその店に入る。

中では相変わらず一人だけの店員が腰を落ちつける事無く、せっせと商品の並びを整えていた。

此方に気付いていない一生懸命な様子が微笑ましい、と静かに扉を閉める。

「ジャッジ君」

「リ、リゼル様……!」

「じゃなくて?」

「リゼル、さん……」

うう、と唸りながら呼び名を改めたジャッジに良く出来ましたと微笑んだ。

迷宮に潜って迷宮品を手に入れる度に訪れているのだから、いい加減慣れて欲しいものだ。

細身ながら高い背を見上げ、それでも可愛い年下なのだからとリゼルは何度でもチャンスを与える。

どうでも良い人物相手ならば名前を呼ぶ事すら嫌がるのだから。

「あ、パーティ結成、おめでとうございます……!」

「ん、君の耳にまで入ってるんですか?」

「はい、……今日は一緒じゃないんですね」

「いつも一緒って訳でもないですよ、良い大人なんだから」

冒険者向けの店とは云え、その店員にも知れ渡っているとなると、思った以上に噂が広まっているようだ。

偏(ひとえ) にジルの知名度の高さゆえだろう。リゼルが単体でいても誰もその噂の中心人物だと気付かない。

一目見て冒険者だと分からない所為でもあるのだが。

おかげでリゼルの事を知らない冒険者達は、遂に出来たジルのパーティメンバーがとんでもない手練だと信じ切っている。

「……大丈夫、ですか?」

「ん?」

「その、結構ジルさんに憧れてる冒険者って多いんです。変に絡まれたら……」

ジャッジの言う通り、パーティを組んで以来ジルに言い寄る冒険者は増えた。

大半がパーティに入れてくれという申し入れで、ジルは日々鬱陶しそうにそれらを無視している。

その際リゼルが隣にいる場合も多々あるが、大抵リゼルと目が合った瞬間気が引ける者ばかりだ。

並んで立つのは何となく畏れ多い、低ランク冒険者が一様にそう語っている事などリゼルは知らない。

普通に自分みたいな弱いのとパーティを組むのを不安がっていると思っている。

「まあ、ある程度なら自衛出来るし大丈夫ですよ」

「そうですか……?」

納得の言葉を返しながら、語尾が微妙に上がったところを見るといまいち信じ切れていないらしい。

いかにも強そうな見た目はしていないので、ジャッジがそう考えてしまっても仕方が無い。

ジャッジからして見れば、リゼルが冒険者をしている事すら信じられない上に、戦っているシーンが全く想像できないぐらいだ。

良く接してくれるお得意様に対し心配するなと言う方がおかしい。

それでもリゼルが持ち込んで来るのは立派な迷宮品だ。

昔から本当に稀に顔を合わせているだけだが、ジルが何も出来ない人物と組むような人物では無いことも知っている。

そういえば最近少しジルも変わったな、と思いながらジャッジは差し出された迷宮品を受け取った。

最初に二連発でテディベアを持ちこんだリゼルも、それ以降多種多様な迷宮品を持ちこんでいる。

今回は綺麗な装飾がされた手の平サイズの砂時計だった。

「……“ 不狂(くるわず) の砂時計”、ですね」

「何か特殊な効果とかあります?」

「何度使っても、きっちり三分を計ってくれます」

凄いのか凄く無いのか、リゼルは複雑そうな顔で砂時計を見つめる。

最近は中層や深層にも度々潜るリゼルだが、いまいち迷宮らしい特殊効果を発する迷宮品に出会えない。

テディベアから始まり、迷宮の魔物フィギュア、汚れないティーセット、盗られても戻ってくる財布など。日用品の枠から出ないものばかりだ。

そのため最近では、ジルはリゼルが宝箱を見つける度にニヤニヤと意地悪く笑っている。

周りもそうなら文句は無いが、時々一人で出掛けたジルが希少魔獣のキバや希少鉱石など持ち帰ってくるので納得がいかない。

「もうちょっと、こう……出ないものですね」

「ぼ、僕としては珍しいものをたくさん見れて、嬉しいです……よ?」

「ジャッジ君はいい子です」

慰めるように少し背を屈めたジャッジの頭を優しく撫でた。

直後ぴんっと伸びる背筋に笑いながら、鑑定の済んだ砂時計を受け取る。

多くの冒険者は鑑定後、よっぽど使えるもので無ければそのまま売ってしまうが、リゼルは何時か使えるかもしれない精神で持ちかえっている。

そのおかげでレイに対するお土産も出来たことだ。

「そう言えば以前のラッピング、やっぱり好評でしたよ」

「あ、そ、そうですか……!」

まだ微かに照れた様子で頭を押さえていたジャッジが、リゼルの言葉に嬉しそうに笑った。

些程大きい店でも無いのに何故か何でも揃っているこの店に、前回レイの家を訪ねる前に寄ったのだ。

もちろん目的は黄色い瞳のテディベアを飾り付けるため。

ジルがやはり理解出来ない目で見つめる中、二人であーでもないこーでもないと話し合いながらテディベアを包み込んだ。

「また、納品依頼だったんですか?」

「いえ、前回のはレイ子爵へのお土産です」

「そうですか…………、……え、あの」

「大喜びでした」

にっこりとほほ笑んだリゼルに、ジャッジはそれ以上考える事を止めた。

考え始めると怖い。鑑定書の字は綺麗だったかとか、もっと高級な包装紙にしておけばだとか、そもそも鑑定結果にすら自信が無くなってくるだとか。

店の主として他でやってくれれば良いのに、とは決して思わないが。

リゼルは自分で“ただのEランク冒険者”だと言うが、ジャッジは元々信じていないそれを更に信じられなくなった。

「子爵の家に迷宮品の絵画がたくさんあったんですよ」

「あ、結構多いみたいです、絵画コレクターの方」

「ジャッジ君の店にも良く持ち込まれるんですか?」

ジャッジの店は買い取った迷宮品も取り扱っている。

冒険者向けの道具屋だからか実用性に長けたものがほとんどで、ちょくちょく流通している迷宮品ばかりだ。

実用性のある迷宮品は中~深層で出るが、その種類は然程多く無いので特別珍しいものは滅多に出ない。

だからこそレイは店で買うのではなく、決して店では取り扱われない低層の迷宮品を求めるのだろう。

実用性のない絵画は売れないからか、ジャッジの店には置いていなかった。

「鑑定は、時々します」

「子爵のところにジルの絵画があったんですけど、凄く高いみたいです」

「ジルさんの、絵画」

ジャッジは想像してみた。

迷宮内の光景が現れるのだから、恐らく魔物と戦っているところだろう。

どう考えても怖い。ジャッジにはとても飾るような真似は出来そうに無い。

その点リゼルならどうだろう、とジャッジはそちらを見る。

出会った当初の畏れ多さは鳴りを潜めているが、無くなってはいない事は対面すれば分かる。

髪を耳に掛ける仕草も、目を細めて微笑んだ顔も、それこそ絵画にするに相応しい光景だろうと思う。

そんな彼が穏やかな顔で清廉さを醸し出したまま魔物と向かい合っている光景が絵画になったのなら、自分は幾らの値段を付けるのか。

鑑定士としての誇りはあるが、思い浮かべた値段に身内贔屓が入っていないと断定する事は出来なかった。

「子爵は俺の絵画も欲しいなんて言ってましたけど、どう考えても恥ずかしいですよね」

「そっか、なら、この値段でも売り先……」

「ジルも心底恥ずかしがって面白……ん、ジャッジ君?」

「え!?」

小さな声でぽつりと呟いたジャッジに問いかけると、はっとしたように彼は瞬いた。

一瞬自分が何を呟いていたのか分からず、そして思考が口から洩れてしまっていた事に気づく。

仰ぎ見るように此方を見上げるリゼルにはどうやら聞こえていなかったようで、青くなった顔をほっと安堵に緩めた。

何でもないと首を振るジャッジにリゼルはそれ以上追及せず、微笑む。

「じゃあ絵画は鑑定だけで買取はしないんですか?」

「あ、いえ、店に並べないだけで卸し先があるので、買取もします」

「卸し先?」

「迷宮品の絵画取り扱いが専門の店が、一応あるので其処に」

何と云うか、とてつもなくマニアックな店だ。

レイは喜びそうだが。というか既に知っているだろう、あれだけの絵画があるのだから。

祖父の友人がやっているのだ、というジャッジ。この店の人脈は先代のおかげでかなり広そうだ。

「この国にあるんですか?」

「いえ、 商業国(マルケイド) の方です」

商業国、名前の通り商人の聖地と呼ばれているその国は、先日レイの屋敷で名前を聞いたばかりだ。

王都(パルテダ) 、 商業国(マルケイド) 、 魔鉱国(カヴァーナ) 、この三つの国は実は一国内の街でしか無い。

ただその性質上それぞれ独立した国としての機能を持っているため、それぞれ“国”を名乗っているのだ。

商業国は王都の南に位置しており、行こうと思えば馬車で五日程かかるだろう。

絵画専門店がある通り、商売の名のつくもので無いものは無く、また新しい商売も次々と生まれている。

それゆえ商人同士の競り合いが激しいのも特徴で、それぞれの商店がしのぎを削り合っているらしい。

賑やかで活気溢れる国のようだ。ジルに言わせると煩くて落ち着きの無い国、だが。

「……リゼルさん、マルケイドに行く予定があるんですか?」

「ん、どうしてですか?」

「その、実はマルケイドに、僕の爺様がいるんです」

「ああ、ジルが言ってた先代ですね」

リゼルの言葉にジャッジはこくりと頷いた。

身長は長身のジルを越える程の高さだが、その仕草は小動物に似ている。

やっていて違和感が無いのはジャッジが童顔だからだろう、爺に似なくて良かったと常々ジルは言っている。

何か躊躇うように視線を彷徨わしていたが、やがておずおずとリゼルを見た。

「今度、爺様に会いに行く予定があるんです。それで、出来ればで、いいんですけど……」

徐々に自信を失っているジャッジを、リゼルは静かに待っていた。

何となく言いたい事は分かるが、全てフォローしてやる程リゼルも甘く無い。

「リゼルさん達がマルケイドに行く予定があるなら、是非、護衛として一緒に来て欲しいです……!」

「護衛依頼、俺やった事ないですよ? もう少しきちんとした所に頼んだ方が良いと思いますけど」

リゼルの正論に、うぐっとジャッジは押し黙った。

護衛依頼としては問題がない。リゼルはジルとパーティを組んだ事で、個人のランクはEだがパーティランクはDに上がっている。

護衛依頼が出て来るCランクの依頼は問題無く受けられる。

個人的な依頼でもギルドを通すのは、ギルドを通した依頼でないと冒険者の達成依頼数に数えられないからだ。

だから個人の依頼も一度ギルドに依頼され、そして名指しで冒険者へと渡る事になる。

リゼルとしても依頼を受けるのは問題がない。

いつかマルケイドに行ってみたいと思っていたし、商店らしく馬車も自分で持っているジャッジの護衛は気心が知れているのでやりやすいだろう。

だがジャッジの為を思うなら、やはりもっと護衛に慣れた者が良いのではと思う。

ジルも元々ソロの制限もあって、あまり護衛依頼は受けないと言っていた。知らない人物と何日も寝食を共にするのが嫌だ、というのもあるだろうが。

「嫌、ですか……?」

「嫌じゃないですよ。ほら、そんな顔をしない」

背中でひとつに纏めた栗色の癖っ毛を心なしかしおしおさせて、ジャッジがションボリとリゼルを見た。

その頬に手をあてて、ゆっくりと撫でる。

今にも泣きそうな眼元が熱を持って少し赤くなっているのを冷やすように親指を当てると、気持ち良さそうに目を細めた。

「いつもはどうしてるんですか? 買い出しの時もあるでしょう」

「爺様の頃から知り合いの冒険者の人たちが、時々来るので頼んでます。でも、いつも頼むのも、いつまでも爺様に頼っているようで……」

「ギルドに依頼を出さないのは?」

「……店の名前につられる人とか、嫌です」

ジャッジの祖父は一代でこの店を繁栄させた生粋の商売人だ。

品の悪い物は決して扱わず、だからこそ値段もそれなりにする為に低ランクの冒険者がこの店を利用する事は滅多に無い。

さらに正確な鑑定と、頼めば何でも揃ってしまう事もあって知る人ぞ知るこの店の評価は高い。

ジャッジはそれが祖父のおかげだと思っているようで、自分に自信が持てないようだ。

リゼルに言わせれば、ジルに聞いた先代の性格を考えると可愛い孫とはいえ無能に店を継がせる人物だとは到底思えないので、胸を張って良いと思うのだが。

「そうですね、気持ちは分かりますけど」

そんなジャッジが祖父に頼らず彼の元を訪れようとしているのなら、自分が立派に商売人としてやっていると証明したいのだろう。

ならば尚更頑張って冒険者を雇うべきだと思うが、そこまで言うのは厳しいだろうか。

ぽんっと優しくその頬を弾いて手を離す。

「どうしても、他の冒険者は無理?」

「どうしても、じゃないですけど……」

「けど?」

優しい問いかけに、まだ温かな感触を残す頬に触れながらジャッジは顔ごと視線をそらす。

少しの間を置いて、逸らした顔はそのままに視線だけでリゼルを見下ろした。

「リゼルさん達が、いい」

絞り出した声は僅かに甘えを含んでいて、小さく震えていた。

ジャッジは心底穴があったら入りたいと思いながら赤くなる顔を覆う。

ふらりとまともに立つ事すら難しくなる程の恥ずかしさに机に片手をついて支えながら、顔を覆ったもう片方の手の隙間からリゼルを見た。

一瞬驚きの表情を浮かべたその顔が、しかしすぐに仕方無さそうな笑みに変わるのを見て、ジャッジはこれだから仕方が無いと座りこみそうになる体を必死で支える。

あの甘やかすような視線がいけない。

あの甘やかすような空気がいけない。

甘えても、すべて許してくれそうな、そう思わせるリゼルがいけない。

客相手に何を思っているのかと思うが、そうでも思わないと自我を保ってはいられなかった。

もう子供でも無い男がまるで子供のようにと、そう思われても仕方が無い。

「そんなに恥ずかしがらなくても」

「すみ、ま……ッ……ッ…………!」

喋れなくなる程の恥の中で、唯一の救いはリゼルが何も思っていない事だろう。

顔を覆う手が震えているのを可笑しそうに笑って、ジャッジの背中に手をあてる。

「今日のところは帰ります。護衛の件は受ける事を前提にジルと相談してきますね」

「……ッ」

コクコクと頷くジャッジに、リゼルは微笑んで机に置かれた銀のトレーに銅貨を数枚置いた。砂時計の鑑定代だ。

この後客が来たらどうするのかと内心首を傾げながらリゼルが店を出たのを確認し、ジャッジはずるずると机に縋るようにしゃがみ込む。

震える息をゆっくりと吐き、冷たい机に熱い頬を冷ますように押しつけた。

そのままぼうっと扉を見つめて、嘘すら見抜く自らの商売人の勘と鑑定眼が弾きだしたリゼルの姿を思う。

「ただ優しいだけの人では、無いと思うんだけど……」

自分には偽りなく優しいから別に良いか、と沸騰して使い物にならない頭でぼんやりと思った。

「という訳で、その内ジャッジ君が俺達宛てに依頼を持ちこんでくると思います」

「ジャッジがですか」

ジャッジの店を出た後、他に予定も無いリゼルが向かったのはギルドだった。

ちょうど昼も過ぎて冒険者が減る時間帯、穏やかな日差しが入るギルド内ではスタッドの隣に座る依頼受付の職員が、暇を持て余してうとうとと船を漕いでいる。

リゼルが一人でギルドに入った時に淡々と新人受付から依頼窓口に移動したスタッドが、視線を逸らす事無くじっと此方を見ていたのでリゼルは彼に話しかけた。

「あれ、知り合いですか?」

「ギルドで大量に鑑定が必要な迷宮品が出た場合、彼に協力してもらう時があります」

どうやら先代の時代に、先代が幼いジャッジを代わりにギルドに送り込んだのが始まりらしい。

鑑定が正確で有名な先代だからこそ頼んだギルドは最初戸惑ったが、すでに鑑定の才能が開花していたジャッジがその先代以上の正確さと速さで鑑定を行ったものだから、今でもずっと彼に頼んでいるのだとか。

ジャッジが初めて来た時すでにギルドに居た同じく幼かったスタッドが、彼と良く話すようになったのも必然だろう。

「一応同い年なので何かと話す機会がありました」

「仲が良いんですか?」

「あの自信の無い態度に苛々する程度には仲が良いと思います」

つまり、ジャッジの鑑定の正確さを認めているという事だろう。

だからこそ自信のないジャッジに対して苛立ちを感じるのだ。淡々としているので分かりづらいが。

「貴方はマルケイドに行くんですよね」

「ん?」

問い返したリゼルに、スタッドはふと言葉をきる。

ぽんぽんと反射のように返事を返す彼にしては珍しい事だろう。

スタッドはじっと手元を見ていたが、ゆっくりと顔を上げてリゼルと視線を合わせた。

相変わらずの無表情なので分かりにくいが、リゼルには何かを決心したように見える。

「拠点を移すという事でしょうか」

逸らされる事の無い視線に、リゼルは拠点、と心の中で呟いた。

どうやらスタッドはリゼルがマルケイドへ移ったまま戻って来ないのでは、と思っているらしい。

確かに冒険者がずっと一つの国に居る事は少ないが、リゼルはまだ移動する気は無い。

この 国(パルテダ) で充分に活動出来たとは到底思えないし、何より此処はリゼルが転移してきた場所だ。

簡単に余所に移動して帰る機会を逃す、なんて事はしたくない。

「いえ、ちょっと観光して来るだけですよ。行った事が無いので」

「そうですか」

表に出さないものの安堵しているらしいスタッドの頭を撫でる。

無表情でそれを受ける様子は見ようによっては怖いが、リゼルは彼が嫌がっていない事を知っているので問題はない。

何か考えているらしいスタッドのサラリとした短髪を手で梳いていると、スタッドがぽつりと何かを呟いた。

「それでもしばらくは会えなくなるという事ですよね」

「スタッド君?」

「今日は依頼を受ける予定はありますか」

何か言ったかと問いかけるリゼルに、何でも無いというように逆に問いかける。

尋ねつつもリゼルがジルを連れていない時点で予定は無いと確信しているが。

予想通り何も無いと言うリゼルに、スタッドはすくっと立ちあがった。

「これから休憩時間なので付きあって貰いたいのですが」

「俺でよければ良いですけど」

後ろからぎょっとスタッドを見ている職員に、良いのかと視線を向ければ頷かれた。

それなのに何故驚かれたのかと言うと、スタッドが普段休憩時間など無いとでも言うように働いているからだ。

本人曰く疲れていないのだから必要無い、らしい。

他の職員が休憩するよう促しても首を振るスタッドが自発的に休憩をとるのが信じられないのだろう。

それでも多くの職員はスタッドの前に立つリゼルを見て、納得したように温かい視線を送っている。

スタッドがリゼルに懐いているのは周知の事実だ。気付いていないのは本人だけだろう。

幼い頃からギルドに所属し、子供らしく無く淡々としていたスタッドが他人に興味を持った事を、昔から付き合いのある古株の職員は素直に祝福している。

ちなみに比較的新しい職員はスタッドの変化を面白がっている。

先程まで船を漕いでいた隣のギルド職員などはあからさまにニヤニヤしているが、リゼルに見えない位置から放たれたスタッドの足に椅子を蹴られて青い顔でスミマセン……と謝っていた。

「外に出ましょう、少し待っていて下さい」

「ゆっくりで良いですよ」

淡々と速足で奥へと引っ込んで行くスタッドを見送る。

感情が出ないだけで素直なんだよね、と思いながらリゼルは受付から離れた。

いくら冒険者がほとんど居ないとはいえ、何時までも占領するのも気が引ける。

依頼でも見ていようか、とボードの前へと移動する前に早くもスタッドは姿を現した。

「お待たせしました、行きましょう」

ギルド職員の制服は変わらないが、いつも胸に付けているバッジは取れている。

そういう規則なのだろうと納得し、姿勢良く歩くスタッドの後についてギルドを出た。

「何処に行くか決まってます?」

「すぐそこにコーヒーの美味しい店があります、良いですか?」

「それは楽しみです」

じっとリゼルを見ていたスタッドが、くるりと前を向いて再び歩き出す。

これは喜んでいるのだろう。ある意味分かりやすいとリゼルは思うが、そもそもスタッドが感情を動かす事などリゼルの前以外ではほとんど無い。

なのでリゼルが「スタッド君は素直で可愛いですよね」などと言っても周囲からの同意は得られないのだ。ジルなどは凄い顔をして否定していた。

すぐそこ、とスタッドが言った通りその店はギルドから歩いて五分の近場にあった。

木造の造りが情緒を醸し出しており、わずかに薫るコーヒー豆の香りが扉の前に立つと届いてくる。

どうぞ、と扉を開けて待っているスタッドに礼を言って店内へと足を踏み入れた。

昼時を過ぎたからか決して広く無い店内はあまり混んでおらず、客もまばらに座っている。

二人掛けのテーブルに向かい合うようにして腰かけ、各々コーヒーを注文した。

「ギルドの外で見るスタッド君は新鮮ですね」

「業務外で話すのは馴れ馴れしかったでしょうか」

「いえ、嬉しいですよ」

にこりと笑うリゼルにそうですか、と頷きスタッドはじっとリゼルの手を見つめた。

その視線に気づいたリゼルが組んでいた指を離し、両手を上に向けて開いて見せる。

スタッドの片手が伸びて、その内の片方の手の平から手首の奥まで指を這わせた。

くすぐったさを感じながらもやりたい様にやらせるリゼルをちらりと見て、心なしか満足げなスタッドは露わになった手首に視線を落とす。

「アザ、消えましたね」

「元々ジルも本気じゃ無かったですしね」

「あの“一刀”が本当に泣き付いたのなら見てみたかったです」

二つのコーヒーが運ばれて来た事で、スタッドの手は離れた。

その言葉に笑うだけのリゼルはやはり真実を話す気は無いのだろう。

通常ならば否定しないのならば本当なのかと思うが、リゼルに関してはどちらの可能性もあると思わせるのだから不思議だ。

そう考えながら、スタッドはコーヒーに口を付けるリゼルを見た。

「美味しいですね」

「気に入って頂けたのなら良かった」

リゼルの言葉に自分の機嫌が上がって行くのを感じながら、スタッドもコーヒーを飲む。

夜まで続くギルドだからこそ、スタッドは頭がスッキリするように好んで此処のコーヒーを嗜んでいるが、今まで誰かを此処に連れて来たことなどない。

それでもリゼルを連れて来た事に勿論後悔は無く、不思議な感覚に疑問を覚えながらもスタッドはそれを享受していた。

気分が悪くなるなら拒絶するが、それこそ感じた事の無い心地の良い感覚なのだから。

「おい、お前が一刀とパーティを組んだ奴だって?」

だからこそ、こういう邪魔が入ることはスタッドにとって不愉快極まりない事だった。

「どんな強者だと思ってたが、これはなぁ」

「金で雇ったんなら止めといた方が良いぜ、坊っちゃんが見せびらかすには分不相応だ」

カラン、という音と共に来店した三人組は真っ直ぐにリゼルへと歩いて来た。

恐らく陽を取り込む大きな窓から見えたのだろう。ジルと行動を共にする事が多いリゼルの顔を覚えていて、ジルが居ないのを確認した上で絡みに来たらしい。

リゼルは店内をちらりと見て、何もこんな所でと溜息をつく。他の客も居るのだ。

「言いたい事があるなら外で聞きましょう。スタッド君ごめんね、また今度……」

「嫌です私は貴方と過ごしたいんですから」

立とうとしたリゼルを、スタッドが止める。

その声は淡々とした表情とは裏腹に、不機嫌さを隠そうともしていない剣呑なものだった。

手は立とうとしたリゼルを引きとめるように腕を掴んでおり、リゼルは困ったように苦笑する。

今までで一番素直な様子は可愛らしいが、巻き込むつもりはない。

「スタッド君、今度必ず一緒に来ますから」

「今じゃないと嫌です」

「言う事を聞いて下さい、ね?」

「貴方が此処にいてくれるならどれだけでもわがままになります」

淡々と言葉を紡ぐスタッドに、冒険者の男達は信じられない物を見たかのように目を剥いた。

そう、実際に信じられないものを見ているのだ。

だがそれも衝撃が薄れればなんて事なく、むしろ自分達を完全に無視して話しあう状況に苛立ちを感じて、ガンッとリゼル達の座る机へと拳を叩きつけた。

「随分なついてんじゃねぇかオイ! だが俺達を無視して―――」

「ええ懐いていますよ、ですから」

次の瞬間、ザワリとスタッドの周りを魔力が巡る。

リゼルへと向けた感情の籠った淡々とした視線では無い、絶対零度の視線がゆっくりと男を射抜いた。

視線だけではない。巡る魔力が熱を奪うように周囲の温度を下げて行く。

「邪魔をするなら命の保証はしません」

「――――ッ!!」

スタッドの手が触れている部分から机が凍り始め、ついには机に触れていた男の手を氷が覆う。

徐々に浸食するように腕へと登って行くそれに、男が引き攣ったような声を喉から出して急いで手を引いた。

パキリと音を立てて離れた腕は肘まで完全に凍りついており、腕で払おうにも触った指まで凍りそうな程の冷気を出している。

もはや動きもしない指に顔を青ざめる男に対し、スタッドはやはり淡々と言った。

「早く溶かさないと腕を切り落とす事になりますよ」

茫然とする男達へもう関係ないとばかりに視線を向けないスタッドに、リゼルは苦笑した。

「急に温めると危ないですよ。徐々に温めた方が良いと思います」

リゼルの言葉にはっと我に返った男達は、声にならない声を上げながら店を慌ただしく出て行った。

冗談でも無く本気で自分の腕が危機だと自覚したらしい。

実際あの程度ならば問題無いだろう、とリゼルは大きな窓から走り行く男たちを見送る。

それでも放置したら危険だろうが、あの様子を見ればすぐに溶かすのだろう事は分かる。

店の隅で行われたやり取りは周囲に伝わる事無く、リゼルが申し訳なさそうにぺこりと頭を下げると、ほっとしたように普段の雰囲気へと戻って行った。

スタッドはパッパッと机の上の氷を払っている。

「危ない事はしないように、スタッド君」

「嫌いになりますか」

「ならないですよ、君が心配なだけ」

「嬉しいです」

懐いた、と自覚したスタッドはもはや遠慮が無かった。

以前も遠慮していなかったが、自覚した事でより一層好意を素直に表してくる。

どこか得意げなスタッドに、リゼルは仕方が無いと微笑んでその手を伸ばした。

「どうしてか年下の子に好かれる事が多くて」

「お前それ無意識とか引くぞ」

たまたま夕食の時間が重なったので、リゼルは遠慮なくジルと同席して食事していた。

今日の事を思い返しながら疑問を打ち明けると、ばっさりと切り捨てられる。

そんな事言ったって、出来れば仲良くなりたいとは思っているものの具体的に何かした訳ではないから仕方が無いとリゼルは溜息をつく。

「まあ、気に入った子には多少甘くなっているかもしれませんが」

「……突っ込むのも面倒くせぇな」

「何ですか、それ」

顔を顰めるジルにリゼルも不満そうに返しながら、そう言えばとジャッジの護衛の事を相談するのだった。