軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

29

口減らし、ということは――

「どこか、お悪いんですか?」

前世の姥捨て山のお話しかり、ふつう口減らしと言ったら、労働力にならないものから切り捨てるものだ。

そうして食料供給と食料消費の釣り合いを取り、全体を生き残らせる。

前世でも今生でも、飢饉となれば老人や病人から減らし、健康なものや役畜なんかを生き残らせる……のだけれど。

目の前のディネリンドさんは、多少顔色が悪いけれど、どうにも健康そうに見える。

「違うわ」

「へ?」

「ウィル、そりゃエルフの思考じゃねぇ」

メネルが眉間にしわを寄せつつそう言うと、ディネリンドさんが頷いた。

「そうね。その通り」

「……えっと、どういうこと?」

どうもこうもねぇ、単純な話だと、複雑そうな顔をしてメネルは言った。

「 気高きエルフは(・・・・・・・) 、 弱者を見捨てない(・・・・・・・・) 」

確信を伴った声だった。

「いくら暮らしていけなかろうが、エルフが老人や病人を捨てるわけがねぇ。

見たとこ周りは危険域だらけの、完全孤立した集落だ」

辺りには淀んだ川と、泥湿地ばかりが延々と続いている。

「食料が減産するたび、動けて戦える連中が志願して、自発的に外に向かってるんだろ。

……どの方面かに脱出して、人里に到達して救援を呼べれば最上。そうでなくても口は減る、と」

違うか、とメネルは言った。

「そうね、その通りよ。――ていうか、弱った人を追い出すとか馬鹿じゃないの?」

ディネリンドさんは真顔でそう言った。

弱いものは守られるもの、強いものは先に身を削るもの。

それが当然のことだと、ごくごく自然にそう言った。狂信や盲信の気配もなく、本当にどこまでも、自然な調子で。

「つくづくエルフだよなぁ……」

「なにそれ。褒めてるの? 貶してるの?」

「褒めてるんだよ、ったく」

メネルの視線は、まるで眩しいものを見つめるようだった。

「…………」

エルフは誇り高い。

そう何度も聞いていた。皆が口を揃えてそう言った。

なるほど、こういうことなのだ。

「……エルフは、変わらんのう」

ゲルレイズさんが、ぼそりと呟いた。

彼の顔についた古傷が、口の端がつり上がることによって歪んでいた。

それから幾つか細かい話をすると、僕は改めて話を切り出す。

「ディネリンドさん、集落に案内して頂けませんか? 山に向かう道筋を教えて頂ければ、こちらも出来る限りのことをします」

「ディーネでいいわ」

彼女はヒュドラにやられて解けっぱなしだった金の髪をかきあげ、首の辺りでくくり直すと、

「願ってもないことよ。助かるわ」

そう答えて、頷いた。

それからしばらく船を進め、湿地の中、狭い支流を進んでゆくと……日が暮れる頃になって、森が見えてきた。

けれど、それはゲルレイズさんの話にあったような、美しい森ではなかった。

重病に侵された末期の患者のような、濃密な死の気配。

森の木々の幹は、ところどころ不気味に変色し、力なくしおれた枝からは、半ば茶色く枯れた葉が垂れ下がっている。

流れに沿って、森の中へ、船に乗ったまま漕ぎ入ってゆく。

「…………」

とても薄いけれど、毒気を感じる靄。

あちこちから殺気めいた、凶猛な生命の気配。

皆が眉をひそめた。

予想はしていたけれど、明らかに正常な状態ではなかった。

「ひどいものだな」

「ええ、実際ひどいものよ」

舵棒を取るレイストフさんの率直なつぶやきに、あっさりとディーネさんは返した。

「森はすっかり穢れて、年々、壊死するように縮退してゆく。

獣は狂ったような気質の、奇怪なものばかり。

泥地に囲まれて、どこに行けば他のまともな勢力と接触できるかもわからない。

おまけに唯一、目印になる山は、悪魔と竜の巣よ」

そう彼女が呟いた瞬間。

再び西の方角から、竜の唸りが響く。

ギャアギャアと怪鳥が飛び回り、森のなかの奇怪な獣たちが、恐れて縮こまる気配がした。

「……おまけに最近は、あの調子。もう終わりなんじゃないかって言うものもいたわ」

「これは、《忌みことば》の影響――だけじゃねぇな」

「ええ。邪竜の瘴気よ」

「……邪竜の?」

竜は山の中にいるはず。なぜこちらに――

「ドワーフたちが地下に張り巡らせた隧道よ」

その答えに、ルゥとゲルレイズさんが、顔を歪めた。

「私たち《花の国》のエルフと、《くろがねの国》のドワーフとは、良くも悪くも隣人だった。

地上にも地下にも、たくさんの道があったわ。そして漏れ出る竜の瘴気は、隧道を伝って森の各所から流れ出した。

――そして今も、流れ続けている」

「それは……」

「…………」

「……気にしないで。別にドワーフの貴方たちに含むところがあるわけじゃあないの。ただの現状の説明。それだけよ」

さっぱりとした調子で手を振ると、ディーネさんは語り続ける。

「このあたりは妖精の力も薄れているし、水も空気も食べ物も毒気を含んでいるわ。

……長く生きているものほど、その蓄積にやられて死んでゆく。もう、臥せって動けなくなっている者も多い。

麗しの《花の国》なんてはるか昔。滅びを受け入れるつもりも、誇りを失うつもりはないけれど……それでも今は、いいとこ半死人よ」

船が進んでゆく。

いくつかの柵が見え、家々が見えてきた。

汚れ、くたびれ、くすんだ白亜の家々。

見慣れぬ船を見て、よろよろと、幾人かのエルフたちが姿を現す。

「――だから、邪竜を討とうとする勇者が、外から来るなんて思わなかったわ」

夢みたい。

ディーネさんが呟いたその言葉には、色々な想いが滲んでいるように聞こえた。

今まで、僕たちが来るまでに。

病に侵されて、幾人が死んだのだろう。

縮退する森と、減少する食料に、外の世界との接触を求め、幾人が帰らぬ旅に出たのだろう。

――間違いなく、彼女の知る人たちも、そのなかにいたはずだ。

邪竜の問題が顕在化するより早く、もっと探検の手を進めていれば。あるいは、救えた人もいたのだろうか。

僕がそんな、埒もないことを考えた瞬間――ディーネさんはふわりと、体重を感じさせない動作で舳先に歩を進めると、くるりと僕たちに向けて振り向いた。

「ようこそ《 花の国(ロスドール) 》へ」

右の手のひらを左の胸に。

そっと足を引き、頭を下げる古式の挨拶。

「――歓迎いたしますわ、勇者さまがた」

浮かべた笑みは、咲きほころぶ花のようだった。

それからしばらくは、慌ただしくなった。

ディーネさんの事情説明もそこそこに、僕はとにかく重症者を治療させてほしいと願い出た。

――いきなりやってきた見知らぬ人間に、弱っている同胞たちを晒して良いものか。

エルフの集落の主だった人たちも悩んだ様子だったけれど、ひたすら頭を下げ、どうか治療させて欲しいと頼み込むと――

「ごほッ……これほどの武具を持つ戦士が、ごほ、ごほッ、そこまで言うのだ。恥をかかせるな」

古傷のある、真っ白な髪のエルフの長老が、僕たちの武具を見て許しをくれた。

何度も何度も、ひどく咳き込みながらだった。

「その咳。治しましょう」

「ゴホっ。待て。私よりも、まず治癒が必要な者が――」

「すべて治します」

後か先かの問題だ。

目についたところから片っ端から治すつもりだった。

「馬鹿をいうな。祝祷術による治療は、気力、集中力を著しく削る。そう何人も――」

「百人や二百人でしたら問題ありません」

「ひゃく……っ!?」

ディーネさんを含め、一堂に会していたエルフの里の面々がぎょっと目を剥いた。

「全て癒せますし、癒やします」

言いながら祈る。

軽く目を伏せると深く集中し、灯火の神様の助力を請う。

次の瞬間には、ぼんやりと光が浮かび、長老の咳は消えていた。

だいたい数秒のそれに、エルフさんたちがどよめき、あるいは絶句した。

一呼吸のうちに深い祈りに達する。マリーの教えを受け、そして日々の祈りを繰り返し、自然に達した境地だ。

たとえ奇跡を授かった神官といえども、鍛錬を繰り返し、それができるようにならなければ、戦いのただなかには身を置けない。

「――症状の重い人を集めて下さい。集められない人は順に出向きます」

辺りを見回して言う。

「大丈夫。すべて癒やします。――グレイスフィールの、灯火にかけて」

胸に手を置いてそう告げると、エルフさんたちは頷き合い、動き出した。

それぞれに分担を決めて、集落の各所に走ってゆく。

……そうして僕が集落の全員を癒やしきる頃には、すっかり日が暮れていた。

「はー……」

そうしていま僕は、集落の外れ、淀んだ水の流れの前で息をついていた。

里の方からは、かすかに楽の音が聞こえてくる。

衰弱で死の床につき、手足さえ麻痺していたような重症者が、次々と起き上がったのだ。

みな手足がふたたび動くことに涙を流して喜び、友人知人誰かれ構わず抱き合い、歓声をあげれば、そのまま食べ物と飲み物と楽器を持ち寄り、宴が始まるのも自然の流れだ。

僕も主賓として、すっかりもみくちゃにされて、幾度も果実酒を飲まされた。

ゲルレイズさんやルゥも、エルフさんたちに何やら盛んにしゃべりかけられていたし、レイストフさんもエルフさんたちのお酒に静かに付き合っていた。

メネルなど、すっかり酔っ払ったディーネさんに引っ張り回されて、焚き火の前で慣れない踊りを踊っていた。

薄曇りの空に月もおぼろな、良い夜だった。

「…………」

けれど――自分に《毒消しの祝祷》をかけて血中からアルコールを抜いておく。

この地域では、いつ戦いになるかわからない。

完全に酒精に身を委ねることは、できない相談だ。

……と、ふと、羽音がした。

ばたばたと翼をはためかせ、僕の傍のねじくれた木に、一羽の大鴉がとまる。

艷やかな黒の羽に、どこか不吉な紅の瞳。

【――旅は順調かね?】

不死神の、《 遣い鴉(ヘラルド) 》だ。

「ええ、とりあえずは……って、イタタ……」

鴉がしゃべるたび、脳裏に灯火の神さまの警告が、ガンガン鳴り響く。

――すみません、落ち着いて下さい神さま、大丈夫です。

【ハハハ。君は本当にグレイスフィールに愛されているな。……私にも愛されてみないかね?】

「ご冗談を。――それで?」

真紅の瞳を見据える。

……真っ黒な鴉は、なに、警告さ、と前置きしてこう言った。

【引き返すなら、おそらくここが、最後の機会だ】

同時。大地が、揺れた。

地の底から響くような、唸りが聞こえる。

――ォォォォォォオオオオオオオ……

西の山脈から、唸り声が聞こえる。

魂を鷲掴みにされるような、恐ろしい響き。

唸りが終わるとともに、沈黙が落ちる。

エルフの里の楽しげな楽の音も、音に怯えるように止まっていた。

【もう一度だけ言う。――挑めば、死ぬぞ】

紅の瞳が、射抜くように僕を見つめた。