軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4

「……鉄錆の山脈に、黒き災いの火が起こる。

火は燃え広がり、あるいは、この地の全てを焼きつくすであろう」

会議用の大きな丸テーブルがある部屋に、沈黙が落ちた。

「《ヒイラギの王》は確かにそう言っていました」

「ああ。……《森の王》の発言だ、軽々には無視しかねるぜ」

色々と報告を受け、引き継ぎを済ませ、こちらの冒険について報告する頃には、子どもたちの相手を終えて、ちょっと服がよれよれになったメネルも合流している。

この場に居るのはレイストフさんに、あと幾人かの文官を兼ねた神官さん。

アンナさんはメネルと交代で、シャノンちゃんを含む子どもたちの相手をしにいった。

そして発されたのが、件の予言だ。

「……《 鉄錆山脈(ラストマウンテンズ) 》か」

レイストフさんが唸るように言う。

あれからまた少し顎髭を伸ばして整えたこの人は、とても威厳があって、僕より騎士らしい。

風采のよさから、色々と格好もつく。判断も冷静だし、いざとなれば腕も立つ。

おまけに妻子持ちで危険な場所にも駆り出しかねる……ということで、ここ数年、何かあるとやいつも彼に留守居をお願いしている。

おかげでレイストフさんこそが《最果ての聖騎士》だと誤解していて、仲間に物笑いの種にされてる職人さんがいたくらいだ。

「どんな場所なんですか? 誰かご存知の方は」

「少々ですが、存じております」

と、小さく挙手したのは、知識神エンライトの神官である、ノアお爺さんだ。

アンナさんと一緒にバグリー神殿長に預けられた神官さんの一人で、祝祷術こそ使えないものの、豊富な人生経験から説法は上手いし、とても物知りだ。

普段は行政関係の書類をさばいたり、礼拝堂で説法をしたり、平安日……つまり休日に子供向けの無償の学問教室を開いたり、とても多彩に働いている。

「《鉄錆山脈》は二百年前には、《 くろがね山脈(アイアンマウンテンズ) 》と呼ばれておったそうです。

そこには炎と技巧の神ブレイズの眷属たる山の民、ドワーフたちの一大王国、《くろがねの国》が存在しました」

当時の《 大連邦(ユニオン) 》にも名を連ねる、精強な国であったらしいとノアお爺さんは語る。

「ですが、二百年前の大乱でそれも失われました。

悪魔たちの侵攻を押しとどめるため、岩の館のドワーフの 大君(たいくん) は、多くの精強なる戦士たちとともに、山を枕に討ち死になされたとか。

……そして多くの血が流され、多くの武器が散乱し、《くろがね山脈》はいつとも知れず、《鉄錆山脈》と呼ばれるようになったそうです」

それは 黒鉄(くろがね) の成れの果て。

流れる血の錆の臭いと、血の錆に侵された武器とに満ちた、かつての栄光の無残なる残骸。

「その際の戦で何があったか、細かい話は私も存じません。学者や、詩人たちさえ知らぬそうです」

「それは、なぜ?」

「山を枕に戦った、ドワーフ戦士と人民が、文字通りに全滅したため。そして……」

ノアお爺さんは、一つ息を継いで、

「……国を逃れたドワーフの民の運命が、あまりに過酷であったため」

ゆっくりと、言葉を続けた。

「ご領主も、ドワーフの民を保護なされた。ご存知でしょう」

思い出す。

泥に汚れて、酷い臭いを漂わせて、こけた頬とボサボサの頬髭で、疲れきった目をした彼らを。

「しかし、だからこそ彼らは、故郷と、その最後の戦いについて語りたがりませんでした。

かつての栄光。それは彼らが誇りと絆を保つための、唯一無二の……何よりも大切な大切な 寄(よ) す 処(が) なのですよ」

だから、それは彼らの内にだけ秘められたもの。

滅びし《くろがねの国》の民ならぬ人々は、それを知らない。

「以上が、私の知る全てです」

「…………分かりました、ありがとうございます」

誰もが、口数が少なかった。

山の民の、その王国の隆盛と滅び。そして、その後の運命について。

誰もが思いを馳せていた。

「明日にでも、新顔の方々との顔合わせで、ドワーフ街に向かう予定です。

そこで、今の話について伺ってみたいと思います」

「…………それが良いでしょうな」

ノアお爺さんはゆっくりとうなずき、レイストフさんやメネルも賛意を示す。

「《森の王》の予言については、いたずらに不安を振りまいてはいけません。

この場に居る面々のみの秘密にしてください」

「……良いのか?」

レイストフさんが問いかけてくるけれど、この件については僕も考えてある。

「《ヒイラギの王》は、『 遠からず(・・・・) 』とも言いましたが、今年の秋について、『 豊かな実りを約束(・・・・・・・・) 』しました。」

あれらの発言から、少なくとも秋までは問題ない、と僕は当たりをつけていた。

ヒイラギの王は確かに『遠くはない』と示唆したけれど、『近い』とか『すぐそこ』とは、けして言わなかったのだ。

「まだ夏の小麦の収穫も終わっていません。

秋になれば冬麦の作付けをして、家畜を森の木の実で肥やし、果実を収穫してお酒造りも待っています」

夏から秋は、もっとも多くを占める農民さんたちが忙しい時期だ。

皆、やっと魔獣の脅威から解放されて、安定し始めた生活の中、実りと収穫を心待ちにしているのだ。

……こんな時期に不穏な噂を流して、不安を煽りたくはない。

「魔獣か妖魔か、何かあるようだけれど、いつもどおりに《聖騎士》と《はやき翼》が動いていると。

彼らで対処できる事案だから。いつものことだから、と。そういう風に振る舞ってください」

了解を示すように、全員が頷いた。

これでこちらは問題ない。

あとは問題は、《鉄錆山脈》についてどこまで聞くことができるかだ。

彼らは僕に、どこまで語ってくれるだろうか。

――ドワーフたちの厳つい顔を思い浮かべながら、僕は他の細かい話についての検討に移った。

その晩、僕は夢を見た。

あの懐かしい、死者の町の夢だ。

「よいか、ウィル。……そも、精霊とは何か」

青白い姿をしたガスが、顎を撫でる動作をしながらゆっくりと語る。

「創造神は最初、言葉を発し、しるしを刻み、太陽と月をつくって昼と夜を分け、水を集めて海と大地を分けられた。

火が生まれ、風が生まれ、木々が生まれた。――神々よりも、人よりも先にのう」

ブラッドも、その骨の体を壁際にもたれさせて、ガスの授業を聞くともなしに聞いている。

そんな、穏やかな午後の一時。

「その水や、土、火や、風や、木々には、始祖なる神の偉大な《ことば》が宿っておる。

それらは単なる現象ではなく、明確な意志を持っておった」

「意志を持つ現象……?」

「想像がつかんかもしれんが……ううむ、この場には妖精使いはおらんしのう。

連中がいれば、シルフでも踊らせて、簡単に説明できたんじゃが」

ガスはまぁ良い、と首を振った。

この「まぁ良い」は、「まぁどうでも良い」ではなく、「まぁどうせそのうち出会うから、とりあえず頭の隅にとどめておけば良い」の「まぁ良い」だ。

「この精霊は、その後、意思もつがゆえに二つの系統に分かたれた。

一つは、眷属たる妖精たちとともに、不安定な現象に寄り添いながら、永く在り続ける在り方じゃ。

……例えば今でも火の山にゆけば、妖精使いの目には、無数の火の妖精たちを従えた精霊、《火の王》の姿が見えよう。

大海の渦の深くには《海の王》がたゆたい、山脈や峡谷には《山の王》が聳え、樹海の深くには《森の王》が静かに佇む」

妖精使いというのは、現世と二重写しの精霊の世界に在る、精霊や妖精を知覚、交信できる連中じゃ。

つまりは 巫覡(シャーマン) じゃな。

そんなガスの言葉を聞きながら、僕はメモを取る。

物事を覚えるとは、とにかく聞いて、考えて、書くことにつきる。

「しかしもう一派は、異なる道を選んだ」

「異なる道って?」

「永く在り、そして掠れ揺らぐように消える、どこか曖昧で生死の不分明な精霊の生き方ではなく。

クッキリと明らかに生き、明らかに死ぬ、肉の身を持つものたち……人間の生き方じゃ」

幽霊のガスがそれを語るというのは、少し皮肉めいていて。

ガスもそれをわかっているのか、肩を竦めた。

「連中は、人間に恋をしてしまったわけじゃ」

ガスのロマンティックな物言いに、ブラッドが「ぶふ!」と吹き出した。

瞬間ガスがブラッドに向けて、念動で小石を吹っ飛ばす。

「イテッ! 何すんだよ爺さん!」

「うるさいわ! 黙っとれ!」

まったく、とガスはぷんすか怒りながら言葉を続ける。

「肉の身をもつ生命に憧れた精霊のうち、風や水、木に属するものは、親しき女神レアシルウィアに相談しにいった。

この女神は享楽的で、気まぐれじゃったが、じゃからこそ移り変わる現象たる、それらの精霊たちとは親しかったのじゃな」

そして女神は、この精霊たちの願いをよしとした。

「そうして女神レアシルウィアの眷属として、エルフ族が生まれた。

彼らは木々のように長い寿命をもち、はやてのように俊敏で、流れる清水のように優雅な種族じゃった。

恋多き女神は、人間に憧れた精霊達の想いを汲んで、彼らを人間とも番えるようにした。

……人間とエルフの間に、混血児が生まれるのはそのためじゃと言われておる」

そこまで言って、ガスは肩を竦めた。

「じゃが、昔から『隣人の麦はよく実って見える』と言うように、手元にないからこそ憧れる面もある。

人に積極的に混じってゆくエルフもおれば、思ったよりも不自由な肉の身に、精霊の時代を懐かしむものもおった。

……焦がれるままに人に混じっていった上古のエルフは、混血と寿命により時とともに自然と姿を消した。

今でも時たま、人の親同士からハーフエルフが生まれることがあるが、これは彼らの名残じゃな。

一方で精霊の時代を懐かしみ、森深く、仲間同士で閉鎖的に生きておったエルフたちはその純粋性を保った」

「…………えっと、それは」

「別にどちらが良いとか、何がどうという話でもないわい。

ただ、それぞれそういう選択をした連中がおったと、そういう話じゃな」

何だか少し考えこんでしまいそうな話だったけれど、ガスは割合あっさりした調子だ。

「んな調子なんで、現存するエルフ連中は結構閉鎖的だ。

……親しくなってみりゃ気のいい奴らなんだが、その身内認定がけっこう遠いんだよな」

ブラッドが、補足するように言葉を繋ぐ。

「連中は細っこいが素早い戦士で、腕のいい射手だ。

もとの筋をたどれば精霊だからな、妖精使いの素養を持つ奴も多い。

……まぁ森のなかでエルフと喧嘩はやめとけ。マジ怖ぇから」

妖精使いを極めに極めて、肉の身を捨ててまた精霊に戻ったりするような意味不明な奴もいるらしいぜ? とブラッドは言った。

「少々、怪しい話ではあるが……ま、それでも肉の身でありながら精霊に転化しうる存在なぞ、エルフの他にはおらんじゃろうな。

彼らは森の女神の眷属、もっとも精霊に近きものたちじゃ。人に近くもあり、遠くもある。偉大な連中じゃよ」

そんな風にしてガスはエルフの話を締めくくる。

「……じゃが、彼らと違う形で肉の身を得たものもおった。土や石、火の精霊たちじゃ。

不変の属性を司る土や石、破壊と創造を司る火、彼らは女神レアシルウィアとあまり仲がよくはなかった。

そもそも彼らは、人間の生き方に憧れたわけでもなかった」

「そうなの? じゃあ、なんで肉の身を?」

「彼らが憧れたのは人間の技術じゃ。土の中から鉱石を取り出し、火にかけ、精錬し、金属とする。

そういうものを、ひどく面白そうなものだと捉えたのじゃな。

一般に精霊や妖精は 金気(かなけ) をあまり好まぬというから、相当の変わり者どもじゃ」

ガスは肩をすくめる。

「彼らは火炎と技巧の神、ブレイズの元へと相談にいった。

ブレイズは寡黙で頑固で、物を作り工夫することを好み、しかしひとたび激すれば、凄まじい破壊をもたらす怒りと戦いの神でもあった。

彼は工芸に興味を示した精霊たちに、一言だけその意志の強さを確認すると、無言で頷き、おのが眷属として肉の身を与えた」

ここまでの流れはエルフと同じじゃな、とガスは言う。

「……そうして炎神ブレイズの眷属として、ドワーフ族が生まれた。

ドワーフは土や岩のように頑強で、長命で、火のように暗闇を見通し、炉の扱いに長けておった。

じゃが精霊の嫌う金物を扱うという宿命から、彼らの性質は純粋な精霊のものから乖離してゆき、妖精たちは遠ざかった。

そういうわけで、連中に、エルフのような妖精使いはおらん」

僕は無言でその話を聞いていた。

けっこう聞き応えのある、面白い話だ。

エルフに、ドワーフ。人に似て、人に異なる種族たち。

……いつか、外の世界で会えるだろうか。

「代わりに彼らは、祖神であるブレイズを信仰し、古き《ことば》を探り、それを冶金や彫刻の技術と混ぜあわせた。

物に《ことば》を込める――つまり、しるしを刻むことにかけては、彼ら以上の職人はおるまい。

ドワーフたちは多くが鉱山に住み、土や石の精霊を祖とすることから穴蔵暮らしを好む。その関係で背は低いが、樽のようにがっしりした体格じゃ。

大酒飲みで、力は強く、多くが髭を伸ばす。そして優秀な職人であるとともに、優れた戦士でもある」

そう言われて、僕の視線はしぜん、ブラッドに向いた。

「ああ。――連中は、本物だ」

ブラッドは言葉少なに頷いた。

僕はびっくりした。

この声音は、ブラッドの本物の賞賛だ。

「も、もっと詳しく教えてっ」

「もっと、と言われてもな。本物は、本物なんだが……」

むぅ、とブラッドは少し考えこんだ。

「連中は朴訥で……そして、戦うことの意味と、勇気ってものを、ちゃんと心得てる。

心のなかに、一本の芯が、しゃんと伸びた背骨のように通っているんだ」

この時ばかりはガスも茶化さなかった。

ブラッドの語りを、優しげな眼差しで聞いている。

「常日頃から、あいつらは考えている」

「……何を?」

「自分の命をなげうつに足る、戦う理由とは何かってことを、だ」

ブラッドの眼窩で、青白い鬼火が轟々と燃えていた。

「そして、それを得た時」

一息。

「――奴らは魂を燃やし、勇気の炎とともに戦いに臨む。けして死ぬことを恐れない」

ブラッドはそう言った。

あのブラッドに、そう言わせしめた。

……凄い、と僕はゾクゾクした。

ドワーフというのは、とてつもない戦士なのだ。

「俺は、ドワーフ戦士に敬意を表する。

少なくとも俺が出会い、ともに戦ってきたあいつらは、真の戦士だ」

僕は、ドワーフと出会う日が、とても楽しみになった。

どんな顔をしているんだろう。

しゃんと伸びた背、編み上げた髭、ぴかぴかの斧に、誇りに満ちたまっすぐな目。

そんなものを想像し、彼らと肩を並べて戦う日を空想した。

「……ワシは、連中はあまり好きではない」

と、ふとガスが、ぶすっとした声で言った。

意外な台詞だった。

「そうなの?」

「うむ……無論、連中が素晴らしい知識や技術を持っとることは認める。

覚悟のある戦士揃いであることも認めよう」

ガスはそう言って、一つため息をついた。

「じゃが……連中はどうしてあんなに偏屈でカネに汚いんじゃ! 信じられんわい!」

僕は目をぱちくりさせ、思わず横を向いて、信じられねぇ、という顔をしたブラッドと視線を合わせ……

それから二人で、なおもブツブツ言ってるガスに向き直って、声を合わせて叫んだ。

「お前が言うな!」

どう考えても同族嫌悪だった。