作品タイトル不明
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「ここ、いい?」
「勝手にしろ」
彼の隣に座る。
「……綺麗な眺めだね」
「見てるぶんにはな」
「……?」
「アンデッドの巣窟なんだよ、あの都市。今まで無数の冒険者を呑んできて、帰った奴はいな……」
「えっ? こないだ普通に一泊しちゃったんだけど」
そうか。そんなに危険な場所だったのか。
「は?」
メネルが目を見開いてこっちを見た。
が、頭を左右に振り、頭痛をこらえるように額を手で押さえる。
「いや、いい。お前の非常識ぶりには慣れた……あー、くそッ」
はぁぁ、と盛大なため息。
「お前と居るとペース乱れっぱなしだ。
もうちょっとこう、自分じゃ冷めた人間のつもりだったんだが……」
「ハハハ、諦めるといいよ。あんなに盛大に泣き喚いたら今更だって!」
「おま……っ! それ持ち出すか!? 今っ!? 明らかに落ち込んでる人間に!?」
「たいへん人間的な慟哭だと思いました」
「忘れろっ!!」
「いいじゃないか、恥ずかしがるなよ」
わざとらしくニヤニヤと笑ってみせると、うわあああ、とメネルが顔を覆う。
……意外といじりがいがあるというか、リアクション面白いな。
割と、なんというか、メネルと話していると発見が多い。
いい奴かと思ったら、こっちを躊躇なく殺しに来るところもあるし、ねじくれているかと思えばまっすぐで、冷徹かと思えば面白い。
……多分メネルだけに限らないのだろう。人間というのはずいぶん多面的で重層的だ。
エグい部分もあるし、微笑ましい部分もある。
目を向ける意志さえあれば、色々な部分が見えてくる。
……人と関係を構築するっていうのは、こういうものと向き合っていくってことなのだろうか。
そんなことを考えながら、僕はメネルとぎゃあぎゃあふざけあった。
こんな風に同年代の相手と戯れるなんて、前世の子供時代以来かもしれない。
ひとしきり騒いでから、
「……それで、マープルおばあさんって、どんな人だったの?」
そう問いかけてみる。
◆
メネルは肩をすくめた。
「あの通り、変わりもののばあさんでな」
日は落ちかけている。
世界は茜色から赤紫、そして夜闇の色へと変化してゆく。
「…………俺は北の、 草原の大陸(グラスランド) のエルフの森で生まれたんだ。
母親がこう、若い頃は好奇心旺盛な性格で、森の外に飛び出した挙句に数年後、誰のとも知らない子を孕んで帰ってきてな。
そのまま早くに死んじまったらしい。
んで、こっちは周りと成長のペースは違うわ、母親の件が糸引いて里の面汚しだなんだで周りと馴染めないわで、結局森を飛び出してと……」
まぁ、 雑種(ハーフ) お定まりのコースだ、とメネルはぽつぽつと語る。
……初球からかなり重たい。
「人の世界も無論、楽園じゃなかった……っつーかエルフの森があれでもまだヌルい場所だったってのを出てから知った。
ただ幸い、弓やナイフも扱えたし、何より妖精が見えたしな」
メネルの伸ばした指先に、妖精が止まり、戯れ、また去ってゆく。
「こっちを食い物にしようと襲ってくる相手を、ぶっ殺すくらいの力はあった。
……でなけりゃ、今頃どっかの路地裏で男娼でもやってたんじゃねぇかな」
「きれいな顔だからなぁ……」
「オイそこは適当に否定しろよ」
「その筋の人に大人気になったんじゃないかと」
「殺すぞ」
実際きれいなんだから仕方がない。
僕は同性に欲情する性的嗜好はないので「きれいな顔してるな」と思うまでだけれど。
「んで、まぁ、なんやかんやあって冒険者になった。
ファータイル王国の開放政策の流れで、まだ遺跡の多く残る 南辺境大陸(サウスマーク) に渡ってきてな……」
メネルは遠い目をする。
「んで、パーティメンバーの1人に裏切られて毒盛られてぶっ殺されかけた」
「…………」
……凄絶だ。
「潜った遺跡からの戦利品がいい感じでな……独占欲が出たんだろうな。
食事に毒混ぜられて、俺はあんまり手を付けなかったもんで症状軽くて、何とかソイツをぶっ殺したんだが……」
これがこの世界、この地域のスタンダードか……
殺伐としすぎていて、ちょっと前世とのノリの違いにくらくらする。
……ブラッドあたりならガハハと笑って大暴れしそうだけど。
「当時の他のメンバーは全員泡吹いて死んじまうし、俺も毒と傷で朦朧としててな。
どこをどう彷徨ったのか辿り着いてぶっ倒れたのがあの村の傍。
……前置き長くなったな。それで、マープルばあさんに拾われたんだ。まぁ当時はばあさんっつーよりはおばさんだったが」
メネルは遠い目をしたまま、語り続ける。
「ホント、変なばあさんでな。
怪しげの愛想もねぇ行き倒れに、飯食わせてくれるし寝床使わせてくれるし、まっとうに生きろとか説教してくるし。
経緯は違えど似たようなノリで、ばあさんに拾われて村に居着いた奴、大勢いたよ」
「…………何者だったの?」
「さあな、分かんねぇ」
メネルは首を振る。
「本人は無学な農婦だとか言ってたがゼッテー嘘だろうし。
ま、いずれにせよ死んじまったから、真相は闇の中だけどな。
……この大陸じゃよくあることだ」
人に歴史あり、という前世の言葉をふと思い出した。
そして、残念ながら僕はすべての歴史を紐解くことはできない。
「そんで拾われて、まぁ説教くさいばあさんとはいえ世話になったからな。
害獣狩って肉捕ってくるくらいは出来るから、狩人の真似事を始めたんだよ」
壊れてしまった宝物をいつくしむように。
懐かしげに、メネルは語る。
「 獣の森(ビースト・ウッズ) は厄介な獣や魔獣が多い。
それなりに重宝されて、居場所もできて――」
そして。
「――何の前触れもなく、失っちまった」
毒霧の撒かれた村。
マープルおばあさん。
納屋の子供。
「んで、残ったモンを守るために、俺も人から大事なもんを失わせた。
……そういう場所なんだよ、ここは。そうしないとやってられねぇんだ」
メネルの声には、疲れきった老人のような疲弊と諦めが滲んでいた。
「そして、そういう場所で長く生きるってのはさ……苦しいんだよ。死にたくなる」
◆
メネルの言葉に……僕は、何を言っていいのか分からなかった。
前世のことや、不死神の言葉でどん底に落ち込んだ時を思い出す。
なんと慰めればいいのだろう。
なんと励ませばいいのだろう。
……分からない。
マリーのようには、いかない。
マープルおばあさんの幽霊と出会った時に、つくづく実感したことだ。
この世界には確かに神さまがいる。
神さまの加護を受けた 代理人(しんかん) になれば、傷を癒やしたり病を治したりもできるようになる。
ちょっとした、漫画みたいなスーパーパワーだ。
でも、人生経験が増えるわけではない。
誰かの胸に響く言葉が、支えになる言葉が、口に出せるようになるわけでもない。
身体を癒せても、心を癒やすことはできない。
結局、それは自分で掴み取らなければならないのだ。
そして……
「…………」
僕は、何も言えなかった。
何を言えばいいというのだろう。
彼とはまだ会って数日だ。
誰か教えて欲しい。
こんな時、いったいどうすればいいのだろう。
僕は前世で何も積んでこなかった。
今生の経験も、浅い。
あるいはブラッドや、マリーや、ガスであったら、何か言えるのかもしれない。
でも、今の僕の全てを逆さにして振っても……うまい言葉なんて、ひとつも出てこない。
「あ、あの……その、えと、なんていうか……」
もごもごと口ごもり、何か言おうか言うまいか。
ああ。
なんだか本当に、前世に逆戻りした気分だ――
でも、何か。
何か言わないと……
そう逡巡していた時だ。
「…………よっし」
メネルが一つ息をつくと、ぐぅっと伸びをした。
凝った身体をほぐすように、腕のストレッチ。
「けど、ま、そろそろ調子戻さねぇとな!」
――へ?
と思ったら、メネルがこちらを見て首を傾げた。
「ん、なんだ。百面相はもういいのか?」
「え……? えっ、えっ?」
混乱する。
え、いや、待って。
さっきまで、あんなに落ち込んで……あれ?
「……おーおー、狼狽えてる狼狽えてる。
お前、ホントに『神官サマ』やってる時と普段の落差すげぇな」
「う、ううううるさいよ!?」
「『生きてから死ね』とか、神官サマ入ってる時はすげーカッコつけるのになぁ」
「いや、あれは、その……」
からかい調子の声。
メネルは反動をつけて、ひょいと軽い動作で立ち上がると……
真剣な瞳で、僕を見た。
「……ウィル、ウィリアム。灯火の神グレイスフィールの使徒よ」
彼は胸に手を当て。
その場にすっと片膝をついて、頭を垂れた。
「私はあなたを仲立ちに、灯火の女神の守護を願う」
その言葉に。
その真剣な声音に。
僕は打たれるようにして、慌てて立ち上がって彼と向き合う。
これは、この言葉は。
……己の守護神と誓いを改める際の、その決まり文句だ。
「了承して頂けますか?」
「……わたしが仲立ちとなり、貴方と神の絆を取り持ちましょう」
マリーに昔教えられた、古い決まり文句で返す。
そっと、跪くメネルの頭に手を当てて、女神へと祈った。
「あなたのために祈ります。
これより灯火の女神グレイスフィールが、あなたを愛し、あなたを照らし、あなたの道行きとともに在らんことを」
夜闇の中。
ぼうっと、僕の背後に薄い灯火が、暖かく光るのが感じられる。
「……それでは、我が新しき守護神に誓います」
顔を上げ、その灯火を仰ぎ見るメネル
「この生が終わるまでに、俺は6人の命を救う。かなうなら、もっと」
その言葉に、僕は目を見開いた。
聞き覚えのある言葉だった。
――――君はこれから、6人の命を救え。
――君はいま生きてるし、
「……未来はそのためにあるんだろ?」
なら、そうするさ、とメネルは微笑んだ。
力強い微笑みだった。
「メネル……」
「きっついことは多いし、打ちのめされもするし、倒れたまま死にたくもなるけどな。
だけど、倒れたままで居る気はねぇよ。なんとか立ち上がって……」
また、メネルの印象が変わる。
「んで、ばあさんの言うとおり、前向いて、やることやるさ」
前世の僕はついに一人では立ち上がれなかった。
今生の僕はマリーが叱咤してくれるまで、立ち上がれなかった。
メネルはたった今、自力で立ち上がった。
僕ならたぶん立ち直れないような状況から、一人で切り替え、一人で気持ちの落とし所を見つけて、過去の行いに対する筋の通し方を模索して、一人で立ち直った。
たぶん虚勢だってあるのだろう。マープルおばあさんの言葉の助けもあるだろう。
でも、それでも、これは僕にはできないことだ。
何か言わないとだなんて、なんて傲慢だったんだろう。
彼は、強い。
僕より。僕が思っていたより、ずっと強い。
……前世の僕に、こんな強さがあれば。
あるいはもしかして、何か違っていたのかもしれない。
そう思うと、やり場のない後悔に、少し胸が詰まった。
「メネル。……君は凄いな、尊敬するよ」
「なんだよ気持ち悪ぃ、凄ぇのはお前だろ。
冒険者時代にもお前みたいな戦闘力の権化、みたことねぇよ。マジでなにもんだよ」
感嘆と敬意を込めて言うと、立ち上がったメネルに肩を小突かれた。
「僕が凄いわけじゃないよ。先生たちが凄い人だったから」
「…………やっぱどっかの高位貴族の家出息子か?」
「ん、何か言った?」
「いんや別に。分かってる、詮索はしねぇよ」
「???」
「それよりそろそろ戻るか、いい加減、飯も出来上がる頃だろ」
「……っと、そうだね。これ以上は心配されちゃう」
そうして僕たちは連れ立って、村に戻った。
村ではちょうど、弔いと帰還の宴が始まる頃で。
小さな宴だったけれど、僕は皆にずいぶんと杯を勧められた。
メネルは隅に居ようとしたので、引っ張りだして巻き込んだら抵抗されて変な攻防になったり。
張り合ったり、ふざけあったり、村の亡くなった人たちの思い出話をしんみりと聞いたり。
しめやかで、でも楽しい宴だった。
……ブラッド、マリー。
その。
たぶん。
たぶん、だけれど。
どうやら僕には、友だちといえる相手ができたのかもしれません。