作品タイトル不明
下町の惨状
「え、あの、どうしたのです――」
「あんた達、そいつらに近づかないほうがいいよ!! 病気が移るからね!!」
民家の中から声がかかる。
「病気が、移る?」
「そうだよ! 百年前にもあったんだろう? 肌に黒くうっ血したようなものが出てくる、人から移る病気が!」
黒死病のことだろうか? たしかに、あれは数万人の死者を出した感染症だ。
けれどもこれは人から人へと感染するような病気ではない。その辺も魔法医であるエルツ様が診察済みだ。
「もしや、感染症の病気ゆえ、このように患者を外に放置しているのか?」
「そう、かもしれません」
もっと詳しく状況を調べる必要があるが、患者を見て見ぬ振りなんてできない。近くにあった古着店で服を購入し、布団に見立てて横になってもらった。
アライグマ妖精の姉妹やモモを召喚して、手伝ってもらう。
ただこれは応急処置で、外に置いたままにはできない。
「どこか彼らを収容する場所が必要だな」
下町の患者だけでもかなりの人数がいるだろう。王宮にある病棟では寝台が足りない。
「簡易的な診療所を作るか」
「時間がかかります」
「ならば、どこかの屋敷に収容するしかないだろう」
そこで私はピンと閃いた。
ヴィンダールスト大公家の屋敷を開放するというエルツ様に、私は待ったをかける。
「エルツ様、最適な収容施設がございます」
「どこだ?」
「イーゼンブルク公爵家の屋敷です!」
使用人や魔法薬師が使っていた寝台が数百単位である。布団はなくなっていたのでどこかで借りる必要はあるが、十分な施設として機能するだろう。
「わかった。では、クルツに布団と寝間着などを手配させる。それ以外に人も必要だな」
「ギルドに依頼して参ります」
「ヴィンダールスト大公家からも人を送ろう」
エルツ様と別れて行動を開始する。私はまず、ギルドへ向かった。
熊獣人の受付係と再会を果たし、事情を説明する。
「なるほど、お屋敷を診療所として開放なさるのですね」
「ええ、そのために、部屋を掃除する人や患者さんのお世話をする人など、豊富な人材が必要となるのですが」
「ええ、すぐに募集をかけましょう。一時間もすれば、集まるはずです。ただ――」
「ただ?」
「患者は下町の者達なのでしょう? そんな人達を助けても、お金にならないのでは?」
「今はお金のことなんて、考えておりません。命を助けることだけを先決します」
こんなことを何度もしていたら、破産してしまうだろう。
わかっているが、下町の人々を見捨てることはできなかったのだ。
熊獣人の受付係は眉尻を下げ、困った人だと言わんばかりの表情を浮かべている。
「その、完全に無償というのはよくないと思います」
「ええ……」
ただ医者や薬を頼らない者達が、療養と引き換えにお金を払ってくれるのかが疑問であった。
苦渋の表情を浮かべる私に、熊獣人の受付係がある提案をしてくれた。
「別に、報酬はお金である必要はありません。たとえば、元気になったあとの労働などを提案してみては?」
「労働――!」
それを聞いてピンと閃く。
診療所で働く人員として、下町の人達を雇えばいいのだ。もしも病気が収束したら、屋敷の修繕をやってもらったらいい。
「ありがとうございます。いい案が浮かびました」
「それはよかった」
熊獣人の受付係に深々と頭を下げ、募集についてお願いしておく。
「どうか頼みます」
「わかりました」
その後、着々と準備が進められる。
アライグマ妖精の姉妹とモモに、下町の人達に治療を目的とした診療所について伝えて回るようお願いした。
彼女達は歌や踊りで下町の人達を集め、診療所について紹介してくれたのだ。
「うちの人も酷い熱と咳で……でも、お金がかかるんでしょう」
『大丈夫!』
『お代は労働だよ!』
『すぐに屋敷で働いてくれる人も歓迎!』
労働と引き換えだと言うと、診療所での治療を依頼する人達が殺到した。
患者はエルツ様が転移魔法を使って送ってくれる。
魔力が心配だったが、一日に数百人まとめて転移させたこともあるようで、この程度であれば問題ないらしい。
ギルドで募集をかけた人員や患者の家族も大勢屋敷にやってきて、掃除をしたり寝台を整えたり、とよく働いてくれている。
病人食について考えていたら、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ベアトリス様~~!」
「お待たせしました!」
振り返った先にいたのは、ギルドの依頼で探していた庭師達だった。
ただ庭師だけでなく、料理人やメイドの姿もあった。
「私達にも、お手伝いさせてください」
「ベアトリス様のお力になりたいんです!」
「みなさん」
涙で視界がぼやけてしまう。けれども首を横に振ってなんとか耐えた。
泣いている場合ではない。病気を治すために、調査をしなければならないのだ。
現在の収容人数は百五十名ほど。今後も増えるだろう。
名簿を探していたのだが、トリスの家族の名前はなかった。
彼女達の様子を見に行こうと思い、アライグマ妖精の姉妹を連れ、下町へと向かったのだった。