軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

トリスと妹弟たち

モモが鼻先をひくひくさせ、尻尾をピンと立てながら空を見上げている。

「雨が降りそうですか?」

そんな問いかけに対し、モモはこっくりと頷く。早めに店を片づけたほうがよさそうだ。 店じまいをしていたら、背後から声がかかった。

「ああ、もう全部売り切れなのか!?」

振り返った先にいたのは、幼い妹と弟の手を引いたトリスだった。

「トリスさん、来てくださったのですね」

「ああ」

謝肉祭の準備期間中に一度、私はトリスのもとへ足を運んだ。そのさい、出店することを伝えたら応援すると言ってくれていたのだ。

妹さんと弟さんは薬局での買い物を楽しみにしてくれていたらしい。がっかりした様子を見せていた。

「割れた薬草クッキーならありますが、いかがですか?」

「いいのか?」

「ええ。売り物にならなくて、余っていたものですが」

トリスの妹と弟は薬草クッキーを受け取ると、嬉しそうにしていた。

「お代だ」

「いいえ、必要ありません」

「きちんと払いたいんだ」

「トリスさん……」

真面目な表情で訴えるので、私はトリスさんからお代をいただいた。

「ほら、あんた達、イーゼンブルク公爵サマにお礼を言うんだ。この前の病気を治してくれたのも、この人なんだよ」

「わあ、そうなんだ。ありがとう!」

「ありがと!」

愛らしいお客さんを前に、ほっこりとした気持ちになる。

弟さんが私に露店で売っていた揚げ豆を差しだしてきた。

「どうぞ!」

「こら! そんな安っぽいものを渡すんじゃないよ!」

「いえ、いただきます」

ご丁寧にも、弟さんは「あ~ん」と言って揚げ豆を食べさせてくれた。

「どう?」

「とってもおいしいです」

そう答えると、弟さんは弾けんばかりの笑みを浮かべた。

「謝肉祭って、こんな揚げただけの豆を売るだけの店に長蛇の列ができているんだ。しょーもないだろう?」

「ふふ、でも、弟さんも妹さんも喜んでいるようです」

「まあ、そうだな」

弟さんはトリスにも「あ~ん」と揚げ豆を持った手を伸ばしていた。

「うちは肉を買う金なんてないからさ、あんな豆で喜んでくれるのは助かっているんだけれど」

なんでも今年は露店の肉料理の価格が安くなっているらしい。

「謝肉祭を主催している〝ココロト商会〟が、隣国に交渉して、大量に肉を買い付けたらしいんだ。ただそれでも、うちらが気軽に買える値段じゃないんだけれど」

ココロト商会の商会長はかなりのやり手らしく、買い取り価格に上乗せして家畜が好む牧草をおまけにつけて、たくさんの肉の買い付けに成功したらしい。

「もしかしてトリスさんがしていた牧草刈りの仕事って、謝肉祭のお肉を買うために使われた牧草なのですか?」

「ああ、そうだよ」

王都の郊外には広大な牧草園があるという話を聞いていた。まさか謝肉祭にそんな計略があるとは夢にも思っていなかった。

「まあ、こんな日くらい肉を食べさせてやりたい気持ちは山々なんだが、なかなか踏ん切りがつかなくって」

肉の串焼き一本の価格が、一日三食相当の食費だというので、手が出ないらしい。

一緒にお肉を食べに行かないか、と誘おうかと思ったが、各家庭によって謝肉祭の楽しみ方がある。邪魔しないほうがいいのだろう。

トリス達が去ると、すでに店じまいが終わっていた。

「ムクとモコ、モフ、それからモモ、ありがとうございます」

皆、とんでもないと首を横に振っていた。

ウッド氏にも声をかける。

「ああ、もうお帰りになるのですね」

「ええ」

雨が降るかもしれないと教えたものの、もう少しだけ粘るようだ。

最後に、ウッド氏が販売していたお守りをひとつ購入した。

なんでもありとあらゆる災いから身を守るものらしい。せっかくなのでエルツ様の分と二つ購入した。

「よろしいのですか?」

「はい。神様のご加護があるように、お迎えさせていただきたいです」

「ありがとうございます」

代金は寄付という形で受け取っているらしい。禁欲を強いられている聖職者がどうやって商売をしているのかわからなかったのだが、謎が明らかとなった。

「ではまた」

「はい。どこかでご縁がありましたら嬉しく思います」

風が強くなってきた。雲の流れも早くなってくる。雨が降るのも時間の問題だろう。みんなや荷物と共に、エルツ様の研究室に転移する。

そこにはクルツさんがいて、私達を歓迎してくれた。

「わー、ベアトリスさんだー! 今日、先生の機嫌が悪いので、きてくれて嬉しい!」

「そ、そうなのですね」

「たぶん、朝からベアトリスさんに会えなかったからなんだよー」

なんでも今日も私のところへ行ってから仕事に向かう予定だったそうだが、患者が押し寄せたため行けなかったそうだ。

「昨日夜会があって、お酒を飲み過ぎて倒れたり、お腹を下したり、外で長時間過ごして風邪を引いたり、体調不良を訴えるお偉方が多かったみたいで」

大きな夜会があった翌日はだいたいこんな感じだという。

「あ、そうそう! 魔法プリンを食べた子ども達の容態がよくなったって、病棟の人達が言ってた。みんな、ベアトリスさんに感謝していたよ」

なんでも苦い魔法薬を飲みたがらない子どもが多く、そういう子達の症状が悪化していたらしい。

「プリンって聞いて、みんな大喜びで食べていたってさ。魔法薬の苦みにも気づかなかったみたい」

「よかったです」

それを聞いてホッと胸をなで下ろす。同時に、魔法プリンを作ってよかった、と思ったのだった。

「いやはや、ベアトリスさんがやってきてから、いいこと尽くしだ。これまで休んだほうがいいって言っても絶対に休まなかった先生も、ベアトリスさんに会いにいったらどうかって助言したら快く休んでくれるようになったし」

「そ、そうだったのですね」

「定期的に休まないから、ずっと体調がよくなかったのに、絶対に違う、患者から移っているだけだって聞かなくって」

クルツさんにとんでもない理論で言い返すエルツ様の姿が、ありありと想像できた。

「本当に感謝しているよ」

「いえいえ」

「先生にとってベアトリスさんは癒やし、心の安寧、救世主なんだ」

「大げさでは?」

「とんでもない。いつもありがとう!」

まさか別の方向から感謝されるなんて、夢にも思っていなかった。

せっかくの休日に私と過ごしても体が休まらないのでは、と考えていたのだが、これからは遠慮せずに会うようにしよう。