軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九十八話

「神の魔力の運用、やはり難しいですね」

額から流れる汗を拭いながら、私は今までにない技術修得の難しさを実感していた。

古代魔術の技術である、魔力の増幅。こちらについては慣れているから、退魔術の技術である魔力の一点集中を練習をしています。

「アリスさんやエルザさんからコツは教えてもらいましたが、一筋縄ではいきません。あっ!?」

バチンと大きな音を立てて指先に集中した魔力が爆発する。光のローブを身に纏わせて練習していましたので、爆発から身を守れましたが、指先だけでこの有様です。

全身に神の魔力を充実させて運用するのは骨が折れそうでした。

「フィリア殿! 今の音はなんだ? 凄い音がしたぞ」

破裂音を聞いたオスヴァルト殿下が慌てて私の近くに駆け寄ってきました。

驚かせてしまいましたか。それに心配もさせてしまいました。

困ったような表情でこちらを見ているオスヴァルト殿下は何かを言いたげに見えます。

「ちょっと失敗しただけです。先日、伝えましたとおり。このように光のローブを纏いながら練習をすれば魔力の暴発による怪我を防げますから。リスクは最小限に減らせます」

色々と調べた結果、神の魔力を修得しようとして致命傷を負うケースのほぼ全てが魔力の暴発によるものだと判明しました。

それならば光のローブで全身を覆い、身を守りつつ練習をすれば暴発にも対応が出来るのでは、と考えてそれを実践しております。

案の定、練習開始早々に魔力が暴発してしまいましたが、怪我をせずに済みました。

「うーむ。あまり根を詰めすぎないでくれよ。無理ならば、別の方法を考えれば良いのだから」

「いえ、無理ではないですよ。自信があります。必ず神の魔力を運用して“神の術式”を使いこなしてみせますから、お待ちください」

「フィリア殿から無理って言葉を聞いたことがないから、心配しているのだが」

そうでしたっけ? 思えば、頑張った結果として何とかなったことが多かったので殿下の前で弱音は吐かなかったかもしれません。

ですが、苦手なことは沢山あります。お料理や面白い話をするのは無理と言っても過言ではないです。

「指先の魔力を増幅。そして、一点集中に圧縮。神の魔力へと変換します」

「おおっ!? な、なんだ、この光は! ま、眩しい! た、太陽みたいだ!」

まばゆい光を発して、指先の魔力が神の魔力へと変換します。

その光は徐々に淡くなり、七色に輝きました。

コントロールがやはり難しいです。しかし、成功しました。

“神の術式”を使うには全身までこの魔力を行き渡らせなくてはなりませんが、第一段階成功です。

「ふぅ……、少しだけ疲れました」

「おっと。前に登山に行ったときより疲れているじゃないか。休憩した方がいい。張り切ると後々大変なことになるぞ」

足元がふらついてしまった私を抱き止めてくださったオスヴァルト殿下。

休憩ですか。オスヴァルト殿下の仰る理屈も理解出来ます。

集中力を失うと効率が悪いですし、効率が悪い中で危険の伴う練習をするのは如何なものかと注意しているのでしょう。

以前の私なら、それでも曲げずに練習を強行したかもしれません。

「殿下の言われるとおり休憩しますね」

「うむ。そうした方がよかろう。どうだ? 気分転換に先日、クラウス殿が案内してくれた公園でも散歩しないか?」

素直に殿下のアドバイスに従うと彼は私を散歩に誘いました。

今日は雲一つなく晴れていますし、風も涼しくて気持ちがいい日です。

休むという発想はパルナコルタに来たばかりの私にはありませんでした。リーナさんやレオナルドさんに随分と心配をかけたのを覚えています。

立派な聖女になるためのスパルタ教育を受けたおかげで体力は自信があるのですが、それを過信し続けるのは危険だと気付きました。

知らないうちに私には余裕がなくなっていたのです。ですから、笑うことも感情を表に出すことも忘れてしまっていたんだと思います。

「良いですね。是非、ご一緒してください」

「ああ、それでは馬車を用意させよう」

いつもの何よりも明るい笑顔を見せるオスヴァルト殿下に手を引かれて、私は馬車に乗りました。

ダルバート王国も良い国だと思います。広々とした記念公園は国民が皆、のんびりとしたひとときを過ごすことが出来、町の人々にも笑顔が多いです。

でも、だからこそ。この国の笑顔を守ってきたアリスさんにはこれからもこの国で聖女としてのお務めが出来るようにして欲しいと願っています。

「早く戻らねばなりませんね。先日、マモン殿がアリス殿を連れてパルナコルタに行ってしまわれました。外堀は確実に埋められています」

大破邪魔法陣の効果が切れることを懸念して、私はマモンさんに一時的な帰国を頼みましたがそれは許されませんでした。

困った私たちにアリスさんは自分が私の代わりとして臨時でパルナコルタの聖女をすると提案してくださったのです。

頼る者がいなかった私は彼女に必ず戻れるようにすると約束をしてパルナコルタ王国を任せました。

『ボクはずっとフィリアさんに恩返しがしたかった。お気になさらないでください。フィリアさんを信じていますから』

微笑みながらマモンさんの開いた扉の中へと消えてしまったアリスさんを見送り、私は彼女の期待に応えようと誓いを立てました。

もう何度も決意を固めていますが、いくら固めても固め足りないと思っていますからこれで良いのです。

「焦らないことだ。焦って、体を壊すことをアリス殿は望んでいまい」

「すみません。どうも、休憩や気分転換になれていなくて」

「フィリア殿のその独特の言い回しは好きだが、早く慣れた方が良いな」

「ど、独特の言い回しなんてしていますか?」

どうやらオスヴァルト殿下には私の話し方が一風変わっているように聞こえているみたいです。

普通に会話しているのに、よくそんなことを言われてしまってドキッとしてしまいます。

「いや、悪かった。俺はそのフィリア殿らしさが好きだから、そのままで良いな」

「で、ですから、私らしさって何ですか?」

「何にでも真面目すぎる可愛らしさのことだ。前にも言ったじゃないか」

「えっ?」

分かりません。確かに前にも似たようなことは言われたような気がしますね。

いえ、でもあの時はプロポーズもされていたので、その雰囲気の中で聞き返せなかったのを思い出しました。

真面目と可愛げなんて正反対だと思うのですが、オスヴァルト殿下の趣向は変わっているような気がします。

「まぁ、休んだ方が良いときは俺が誘えば良いか。よく考えると俺には誘う楽しみが出来るし、その方が得だな」

「ふふ、それでは私は誘われる楽しみが増えるのですね」

「うむ。その通りだ。フィリア殿はこのままで良い。はっはっは」

苦手なことを補ってくれる人がいる。信頼出来る人を頼りにするのは決して恥ではない。

今の私はそれを知っています。ですから、こうして殿下の優しさに甘えて幸せを感じるようになれたのです。

「ほら、公園に着いたぞ。足元に気を付けて」

「ありがとうございます」

オスヴァルト殿下の手を取って、私は馬車から降りました。眩しい太陽の光を噴水が反射して、きれいな虹の橋をかけています。

それをつい私はジッと見ていますと、オスヴァルト殿下も静かに私に寄り添って同じ光景を眺めてきました。

「やはり良いところだな。パルナコルタにも噴水を作ってみるか」

「それでしたら、設計図を作ってみます」

「それはフィリア殿の聖女としての務めか?」

「いいえ、殿下とこうして癒やされたいという欲もありますから。聖女のお務めとは言えないでしょう」

そんな会話をしながら今度は殿下と二人で公園を歩きます。

今日は先日来たときよりも人が多いですね。見慣れぬ格好の方もいらっしゃいます。

「大陸の外からも観光客が来ているんだな。ダルバート王国は遠く国とも交流があるから」

「危険な海の航海に耐えうるだけの造船技術を確立させているみたいですね。この国も大きな船を作って大陸外に留学生を送ろうという話もあるみたいですが」

海にも魔物が出ますから。航海するには結界を船上でずっと維持し続けるようなシステムが必要です。

聖女を同伴して外海に出ようという話もありましたが、それを実践したのは後にも先にもフィアナ様だけでした。

貴重な人材である聖女を海に出すなどどこの国も許さなかったからです。

外海の国には何らかのシステムによってそれに近いことを可能にする技術があるみたいですが、それはトップシークレット扱いされ我々には伝わっていませんでした。

「このフィアナ様は凄いな。世界中を旅したんだから」

「フィアナ様の記憶の断片を見たことがありますが、凄かったですよ。何年もかけて、あらゆる国で悪魔を追い払ったのですから」

大聖女フィアナ様の銅像を見ながら、私は彼女の武勇伝について語ります。

アスモデウスたちによって危機に陥ったのはこの大陸だけではありません。フィアナ様は大陸の外の国をも救うために大冒険をしたのです。

「世界を旅したというのは羨ましくもある。子供の頃はそういうのに憧れたものだ」

「フィアナ様のお仲間の一人にも殿下のように正義感が強く、素直でまっすぐな方がいました。彼も海に出るのが夢だったみたいです。男性とはそのような冒険に憧れるものなのでしょうか?」

「ああ、そうかもしれないな。兄上にもそういう時期があったし」

「ライハルト殿下もですか!?」

びっくりしました。あの穏やかなライハルト殿下が冒険したいと口にしていた時があったなんて。

少年時代のオスヴァルト殿下とライハルト殿下はどんな兄弟だったのか興味が出て来ました。

「兄上は王になるための教育を受ける前は俺よりも暴れん坊だったんだぞ。おっと、この話を俺から聞いたというのは内緒にしてくれよ」

「はい。誰にも申し上げません」

「エリザベス殿と仲良くなったのも、子供のときからだ。病気がちだった彼女はそんな兄上に惹かれて二人は恋に落ちた。婚約した頃はもう優等生になっていたけどな」

「そうだったのですか」

人には色々な過去があります。

私とオスヴァルト殿下はまだ知り合って一年も経っていませんから二人の歴史という面で見れば短い。

思い出話をするにはエピソードは少なすぎるかもしれません。

こうして、殿下と二人でいることがいつかは過去になって楽しい思い出として振り返ることが出来るかどうかは、この先の未来にかかっています。

「ライハルト殿下にも興味がありますが、私はもっと殿下の幼い頃に興味があります」

もっと殿下について知りたい。殿下のこれからの時間を独り占めするだけでは、もう満足出来なくなるほど、私は彼に惹かれていました。

未来も過去も共有して、思い出を話せるようになりたいと貪欲に願ってしまっているのです。

「いくらでも話すよ。そのあと、フィリア殿の小さいときの話も教えてくれ」

フィアナ様の銅像の前のベンチに座って互いの昔話をし合う私たち。

好きな相手について知ることがこんなにも満たされるなんて知りませんでした。

「こうしてフィリア殿と共にいて、あなたの顔を見て話せることが何よりも幸せだ」

「ふふ、オスヴァルト殿下、私がそれを先に言おうとしましたのに。取られてしまって、少しだけ悔しいです」

「おっと、すまなかったな。レディファーストを怠るとは、兄上に知られたらまた怒られてしまう。ははは」

二人で笑い合う時間。そんな時間を一分でも長くしたい。

それは私たち二人の望みです。

こうして見つめ合って、感情を共有して、同じときを過ごす。愛する人との一瞬を永久に感じたい。そう願えば何でも乗り越えられる気がしていました。