軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九十三話

葬儀が終わり、参列者たちは神殿から退出されました。

私はエルザさんに言われて、ここに残っています。

オルストラ大司教が今日、葬儀が終わったあとにあの方とお話が出来るように取り計らってくれたのです。

「教皇様の魂もこれで眠りにつけるんだな」

「ええ、神の血にその功績を刻み込み、次世代へとバトンを渡す準備が出来ましたから」

神の血には歴代の教皇の経験が刻まれています。それを代々継承することで、過去を忘れることなく未来へ進化をし続けることが可能なのです。

私たちが先人たちの教えを学び続けることが出来るのは、教皇という存在が過去と現代を結ぶ重要な役割を果たしてくれているからでした。

「これで残すは教皇継承の儀式のみね。このままだと、あなたが聖杯から神の血を受け継ぐことになるわ」

「分かっております。ですが、何度も申していますが、そうならないためにここに来ました。エルザさんには、そのために動いて頂いて感謝しております」

「なんてことないわよ。あたしも知りたくなっただけだから。あの男が何の目的であなたを教皇にさせたがっているのか」

教皇継承の儀式を受けてしまったら、私は死ぬまで教皇という立場を辞することは出来ません。

そうならぬためには急いで私が次期教皇に選ばれたことを不当だと証明する必要があります。

そしてその為にはあの方に自らの行いを認めさせる必要がありました。

「ヘンリー大司教、会うのはエリザベス殿の葬儀以来だが。中々、頑固な男だぞ。あの日も兄上と――」

「オスヴァルト殿下! お久しぶりですな。まさかこのような場で再会するとは思いませんでした」

「「――っ!?」」

そのとき、背後から低い声が聞こえた。

私たちが振り返ると茶髪の眼鏡をかけた白いローブを着た男性がこちらに向かって歩いてきている。

若い――私がその男性に抱いた最初の印象がそれでした。

ヨルン司教の先輩で、私よりも十歳は年長のはずなのですが、その見た目は私や殿下とさほど変わらない二十歳前後の青年という感じに見えます。

「ヘンリー大司教、わざわざ来てもらって悪かったわね。うちの上司があなたによろしくって」

「いえ、お気になさらずに。私も今日の出会いを待ち望んでいましたからなぁ。むしろ待たせてしまって申し訳ない、ふふふ」

ヘンリー大司教は微笑みを浮かべながら私を見ます。

矢のように鋭い視線。表情は笑っているように感じられるのですが、目は一切笑っておりません。

どことなく、従兄妹であるグレイスさんやエミリーさんの面影もあるようにも見えますが、彼女らの柔らかい雰囲気とは真逆の印象でした。

「フィリア・アデナウアーでございます。お会い出来て嬉しく思います」

「ヘンリー大司教、久しいな。元気そうで何よりだ」

私とオスヴァルト殿下はヘンリー大司教に挨拶をします。

葬儀が終わったあとにこの会場で待ち合わせをするとのことでしたので、ここまでは予定通りです。

オルストラ大司教は約束を守ってくださいました。

「新たな教皇となるフィリアくんにお会い出来て、誠に嬉しく思いますよ。先代の教皇様もきっとお喜びでしょう。フィリアくんのように才能豊かで! 美しく、能力も高く、そして何より若く健康な! 完璧すぎる聖女が後継者となるのですから!」

すごく褒められました。

目を見開いて両手で天を仰ぎながら、興奮ぎみに大げさな表現をされるヘンリー大司教。

その口元は釣り上がり、笑みを浮かべていますが相変わらず目は笑っておりません。

彼の感情は一体、どうなっているのでしょうか。

「まだまだ完璧とは程遠いと自負しておりますが、お褒めに預かり光栄です」

「ふふふ、ご謙遜をされる。歴代最高の聖女と呼ばれ、大聖女の称号まで手に入れたあなたです。きっとこの世のすべてを手にした気分を味わっておられるはず」

「そ、そんな。滅相もありません。私はそのようなことは一切……」

「気にしなくとも大丈夫です。聖女は神に仕えし美しき心を持つ者。謙遜せねばならぬことは存じていますから。おまけにパルナコルタ王族であるオスヴァルト殿下という最高の伴侶も得ているなんて。なんとも羨ましがられることでしょうなぁ」

羨ましがられるなんて、考えてもみなかったことです。

ヘンリー大司教は本気で私にそのような印象を抱いているのでしょうか。

確かにオスヴァルト殿下は私には勿体ないほどの男性ですし、殿下が婚約者であること自体は自慢出来ることかもしれません。

ですが、他人からこのようなことを言われたことがありませんでしたので、何だか気恥ずかしくなってきました。

「マスター・ヘンリー。そろそろお迎えが参る頃合いですが」

「――っ!? こ、この気配は」

ヘンリー大司教の後ろに立っていた黒いフードを目深くかぶる屈強そうな方々が二名。

この人でも魔物でもない、異様な魔力にはよく覚えがあります。

この二人はまさか。いえ、間違いなく……。

「悪魔を連れられているのですか?」

マモンさんやサタナキアさん、それにアスモデウスといった悪魔たちと同様の気配を漂わせるその二人組について私は言及しました。

大司教の従者が悪魔だなんて。しかも、その魔力が大きい上に流暢に会話が出来ることからマモンさんの言い方を借りるなら上級悪魔だと思われます。

「フィリアくん。ひと目でそれを見抜くとは流石ですなぁ。しかし、何も私は悪いことはしていませんよ。悪魔を使役するのは退魔師だけの専売特許ではありますまい」

「それはそうですけど。危険はないのですか?」

「これはこれは、フィリアくんらしくない偏見ですなぁ。ご心配なく、きちんと契約を結んでおりますから。彼らは私に絶対服従でございます」

絶対服従、ですか。

エルザさんとマモンさんには信頼関係のようなものが見えていましたが、ヘンリー大司教と悪魔たちの関係は無機質なもののように感じられます。

しかしながら、ルールを破っている訳でもありませんから私はこれ以上の言及を止めました。

「聖女、退魔師、やはりこの大陸を、世界をより良くするためには力が必要です! 私もフィリアくんやエルザくんのように大いなる力を得て理想の世界を創るために邁進していきたいものですなぁ!」

大きな力によって、世界を創るという考えは間違っていないように聞こえました。

何かを成し遂げる為にはそれなりの力は必要ですから。

しかしながら、ヘンリー大司教の言い回しにはどこか違和感を覚えます。どこかどす黒い感情が吹き出しているような、そんな感覚がするのです。

「フィリアくん、あなたが教皇になられた暁にはどうされます? 楽しみではありませんか? 大陸中の信徒はあなたに従いますよ。この世界がより素晴らしいものへと変化するだろう、と信じて疑わないでしょう!」

私が教皇になったとして、世界がどう変わるかなど想像したこともありません。

ヘンリー大司教はそんなにこの世界を変えたいと願っているのでしょうか。

「力さえあれば、人々の記憶に残る大英雄になりますから。その偉業に力なき者の成した事は上書きされ、人々の記憶から淘汰され、そうして皆はただただ大英雄に惹かれるのです」

「――っ!?」

ヘンリー大司教の魔力はアスモデウスよりもずっと小さく、私たちと同じく人間なのでずっと馴染みが深いモノです。

ですが、この瞬間に彼から感じられた気配は何と言いましょうか、アスモデウス以上に恐るべきものだと捉えられるような得体の知れない感覚でした。

悲哀とも呼べますし、慈愛とも取れる、複雑な感情が入り混じった気配が私には何故か怖いと感じてしまったのです。

「さて、これ以上ここで立ち話をしてもなんですから。私の屋敷でゆっくりとお話しさせてください。よろしければ、ディナーもご馳走させてください」

得体の知れない気配が消えました。私の思い過ごしでしょうか……。

人間同士ですから話し合いで解決出来ると信じていましたが、ヘンリー大司教の人となりに少し触れるだけでそれが揺らいでしまいました。

この方を説き伏せるのは至難かもしれません。

迷いが一切ない強い光。ヘンリー大司教の瞳から感じられた最後の感情は強靭な意志の強さでした。

「ああ、せっかくだしご馳走になろう。フィリア殿もそのつもりだろう?」

「え、ええ。もちろんです」

「………ああ、良かった! 断られるのでは、とヒヤヒヤしましたよ。ふふふふふ」

変な間を開けてしまった私をフォローするようにオスヴァルト殿下が先に返事をしてくれて、我々はヘンリー大司教の屋敷で夕飯をご馳走してもらうことになりました。

助かりました。つい、ボーッと考え事に没頭してしまいましたから。

さて、どのタイミングで切り出しましょうか。彼が教皇の遺言を書き換えたと疑っていることを。

そのようなことを考えながら馬車に揺られること数時間。ヘンリー大司教の屋敷に到着しました。