軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九十話

待つこと数分、静かに扉が開き長い白髪を後ろで縛った老人が現れました。

おそらく、いえ間違いなくあの御方がオルストラ大司教なのでしょう。

「オルストラ大司教、注文どおり大聖女さんを連れてきたわ。あとその婚約者のパルナコルタの第二王子さんも一緒に来てもらったから」

エルザさんが私たちを紹介しようとしたのと同時に私たちは立ち上がりました。

ここは差し出がましいかもしれませんが、私が殿下よりも先にご挨拶をすべきでしょう。

「お初にお目にかかります、オルストラ大司教。パルナコルタ王国の聖女、フィリア・アデナウアーでございます。お会いできて光栄です」

「パルナコルタ王国、第二王子オスヴァルト・パルナコルタだ。こちらのフィリア殿と婚約している身ゆえに、今日は共に挨拶に参らせてもらった」

私とオスヴァルト殿下が挨拶を終えるとオルストラ大司教はこちらにゆっくりと近付きます。

感じられる魔力の量は私やエルザさんよりも多いように見えます。

退魔師としての長いキャリアがあると聞いていますし、歳を重ねて魔力が少なくなることはありませんから、大司教の鍛錬の賜物なのでしょう。

「遠路遥々、ようこそおいでくださった。大聖女フィリア殿の話はエルザやクラウスからよーく聞いとりますじゃ。一度、お目にかかりたいと思っておったがまさかこのような形になるとは思わなんだ。オスヴァルト殿もよく来てくださった」

オルストラ大司教は穏やかな口調で挨拶をしながら、私たちに握手を求められました。

どうやら私の話を部下であるエルザさんやクラウスさんから聞いているみたいです。

「ということで、大司教。婚約中の二人が仲睦まじく生活出来るようにダルバート国王に伝えておいて貰えないかしら?」

エルザさん、急にこちらの国王陛下に要求なんて難しいと思うのですが。

元々、別々に生活をしていましたし。一緒に暮らすのもなんだか緊張してしまいますし。

ご無理をしなくとも、私たちは何の文句も言うつもりはありません。

「その手配なら問題なかろうて。フィリア殿には一人で住まれるには十分すぎる広さの屋敷を用意しとるし。自由に使って良いと陛下にも了解を得とる。誰が一緒に住もうと文句を言われることはあるまい」

なんと、そんなお家まで用意して貰えているとは思いませんでした。

急ぎで来ましたし、てっきり簡易的な住居なのかと。

「遅ればせながら、フィリア殿にオスヴァルト殿。ご婚約おめでとうございますですじゃ。オスヴァルト殿にはパルナコルタ王族に相応しい地位をお約束するように陛下に進言して参りますゆえ、ご安心くだされ」

オスヴァルト殿下のように他国の王族の扱いは通常なら難しくなるはずです。

しかも殿下は政略結婚や亡命とは無縁の理由でこちらにやって来ています。

相応しい地位というのがどの程度なのか予測は出来ませんがかなり厚遇する意志があることは間違いないでしょう。

「待ってくれ。オルストラ殿にそのような手を煩わせる必要はない」

「これはまた、オスヴァルト殿下は謙虚な方なのですかな? 次期教皇となられるフィリア殿の配偶者となる方を冷遇するなど本部としてはあり得ないと考えておりますでのう。万事こちらにお任せ下され」

どうやら、オルストラ大司教はオスヴァルト殿下の言葉を謙遜と受け止めているみたいです。

殿下の言葉の真意はそこではありません。私たちはこの国の地位を欲しない理由はもちろん他にあります。

「俺はフィリア殿と共にパルナコルタに帰るつもりでいる。今回の訪問はその意志を伝えるためだ」

「な、なんですと!? お二人ともフィリア殿が次期教皇に決まっておることに承知しておらんとでも仰るおつもりか!?」

オスヴァルト殿下の宣言を聞いたオルストラ大司教は驚いた顔をしています。

まさか私たちが全てをひっくり返すためにこちらに来ているなどと夢にも思っていなかったみたいです。

それだけ私たちのしようとしていることは常識を外れていますから、その反応は無理もありません。

「オルストラ大司教が驚かれるのも無理はありません。しかし、私は教皇としてではなく、聖女として……いえ“パルナコルタの”聖女として一生を終えたいと願っているのです」

迷いなく私は自分の意志を大司教に伝えます。

とんでもない我儘を目上の方に面と向かって言えるようになるとは思いませんでした。

その変化に戸惑いを覚えたこともありましたが、今はそんな自分すら肯定することが出来ます。

こんな私のことを愛らしいと言ってくれた人がいるから。だから、私は今の自分が好きです。

ここで引き下がるという選択肢はありません。

「教皇様の遺言は絶対ですじゃ。住み慣れた場所を離れるのはお辛いかと存じますが、それを覆すことはまかり通らんて」

大司教ならそう答えるのは当然です。クラムー教の最高権力者である教皇様の決定なのですから、教皇に次ぐ大司教という立場で私たちの主張を受け入れられるはずがありませんから。

「オルストラ大司教、これは一つの可能性ですが。もしもその遺言が書き換えられたものならばどうですか?」

「――っ!? な、何を仰っている!? 遺言が書き換えられたじゃと!? フィリア殿はユニークなことを主張される。誰が何の目的でそんなことをするのですかな。あの遺言状はヘンリー大司教が厳重に保管しとりました。何人も指一本触れられますまい」

書き換えられた遺言状という主張には無理があると思われているオルストラ大司教。

これも想定の範囲内です。そもそも全てを納得してもらおうとも思っていません。

こちらの主張が荒唐無稽な話だと受け取られるだろうことは承知しておりますので。

「エルザさんにはお話しましたが、私はヘンリー大司教が遺言を書き換えたと疑っています。その根拠ですが――」

私は先程、エルザさんに話したのと同様の説明をしました。

オルストラ大司教は時々、「ふむ」や「うーむ」と相づちは打ちましたが最後まで特に口を挟まれることなく聞いてくださっています。

そして、私が話し終えると彼は短くため息を付きました。

「はぁ……、一応それらしく筋が通っとるように聞こえますが、無理があるのう。ヘンリー大司教には教皇にならない理由がありませんのじゃ」

エルザと同じくヘンリー大司教には教皇になることを拒否する理由がないとするオルストラ大司教。

ヘンリー大司教の動機。この部分に納得出来る要素がないと、私の持論には説得力がありません。

「ヘンリー大司教が遺言を書き換えられた理由ならある程度は想像が出来ています」

「「――っ!?」」

ですが、私も六日間何もしていなかった訳ではありません。

ヘンリー大司教の動機については考え尽くしました。

ヒマリさんに頼んで情報を集めてもらって、それに基づいた推測から一つの可能性についてかなりの説得力があると自信が持てるようになったのです。

「ちょっと大聖女さん、理由まで分かっているの? だったら何故それを言わないのよ」

「もちろんお話することは出来ますが、まだ一つの可能性に過ぎませんから。実際にヘンリー大司教にお会いして確信を深めたかったんです」

どちらにせよ、漠然とした話をすることにはなるのですが、ヘンリー大司教に実際にお会いしてどのような方なのか知り得たあとに説明をした方がより自信を持ってお話が出来ると思っています。

ですから、私は一旦お話を区切ることを選択しました。

「ヘンリー大司教は聖地で教皇様の葬儀の準備をしておるはずじゃ。アポを取れば葬儀のあとなら会えるでしょうな。フィリア殿の面会希望は断りますまい」

「それでは、お会い出来るように手配して頂くことは可能でしょうか?」

「ワシにはにわかにヘンリー大司教がそのようなことを企てたとは信じられませぬが、フィリア殿が納得されるのでしたら、手配しておきますじゃ」

「ありがとうございます」

「恩に着る」

良かった。オルストラ大司教の口利きでヘンリー大司教に会うことが叶いそうです。

教皇様の葬儀に出席したあとにお会い出来ることになり、私とオスヴァルト殿下は顔を見合わせて互いに頷き合いました。

「エルザ、フィリア殿とオスヴァルト殿下を用意した屋敷へとお連れするのじゃ」

「はいはい。ここからそんなに離れていないから歩いて行くわよ。明日には馬車も用意させておくから」

オルストラ大司教は私たちがヘンリー大司教について調べることに関しては反対されませんでした。

エルザさんの案内で私たちがこちらに滞在するために用意してもらったお屋敷に向かいます。

大聖堂からかなり近くでしたので、確かに馬車などは必要ありませんでしたね。

「あ~、フィリア様~! フィリア様~! おかえりなさい~!」

「り、リーナさん!? どうしてこちらに?」

「リーナじゃないか。驚いたな、これは一体どういうことだ?」

屋敷に案内された私たちを出迎えたのはリーナさんでした。

聞き慣れた声と共にこちらに駆け寄る彼女の登場に私もオスヴァルト殿下も、思わず顔を見合わせてしまいます。

「フィリア様、オスヴァルト殿下、お疲れでしょう。食事の準備は済ませておりますぞ」

「フィリア様、この周辺に怪しい者の影はありませぬ。引き続き警戒を続けますのでご安心召されてください」

さらにレオナルドさんとヒマリさんも現れました。

これは一体、どういうことでしょうか。

「マモンに命じて、あなたの屋敷の使用人を置いてもらえるように許可を取らせに行かせたのよ。そして、三人を迎えに行かせたってわけ。出来るだけ、向こうと同じ環境の方が過ごしやすいでしょう?」

いつもと同じ声が聞こえるだけで、こんなにも心が落ち着くのは何故でしょうか。

パルナコルタ王国に戻ったわけではありませんし、不思議です。

帰ったという感覚は出迎えてくれる人が大事なのかもしれません。

「せめてあなたの居心地を良くしてあげたかったの」

「エルザさん、ありがとうございます」

「俺からも礼を言わせてくれ。エルザ殿って本当に優しいんだな。フィリア殿の言っていたとおりだ」

「べ、別に優しくないわ。あたしが負い目をなるべく感じたくないだけだから」

私たちがお礼を言うとエルザさんは急に照れたような表情をして、顔を背けました。

彼女の優しさにどれだけ助けられたか。どれだけ感謝しても感謝し足りません。

「おおっ! ひと仕事終えて帰ってきたら、姐さんが可愛い顔してるじゃん。ぐえっ!」

マモンさん、こちらに立ち寄った瞬間に首をはねられてしまいましたね。

異国の地でこんなにものんびりした感覚になれるなんて思いもよりませんでした。

こうして、私たちのダルバート王国での新生活が始まりました。