軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十話

「やはり少々派手な気がしますが……」

鏡の前で私は自分の姿を見て、身につけている衣服が似合わないのではないかと疑問を述べます。

見苦しくなければ何でも良いと考えていたのですが、リーナに選んでもらった衣類はいつもと系統が違いました。

「さすがミア様です~。フィリア様がどんなファッションが似合うか、流行も考慮して百点満点のものを選んでいます~」

ミアがこちらの国に来たとき、以前プレゼントした髪飾りのお礼にと衣服を渡してくれました。大事なときに着れるようにフォーマルなドレスだと聞いていたのですが……。

私が買い物して絶対に選ばないタイプの色合いで、身につけてみると……とにかく違和感しかありません。

ミアが着れば栄えると思うのですが、私はこういう感じのドレスを着ると笑われるのではないかと不安です。

「オスヴァルト殿下もきっとフィリア様に見惚れて食事どころじゃありませんね~」

「リーナさん、からかわないでください。……しかし、殿下は本当に変だと笑わないでしょうか?」

リーナさんはニコニコしながらオスヴァルト殿下の反応を予想します。

そう、これから私は殿下と食事をします。

聖女世界会議(セイントサミット) が終わったら行こうと約束しておりましたが、王宮が半壊してしまったので、すぐには行けませんでした。

殿下も復旧作業の指揮に忙しくされていましたので。

あれから一月が経過してようやく少しだけ落ち着いた、ということでお誘いを受けたのですが……。

どうしましょう。とても緊張します。

何故、食事をするだけでこんなにも鼓動が早くなるのでしょう。

それに着ていく衣服もこれで大丈夫なのか気になるのでしょうか……。

「笑うはずがないじゃないですか~。お似合いだとお褒めになるに違いありませんよ~」

「そ、そうですかね? 本当にオスヴァルト殿下は似合うと仰せになりますか?」

「はい! 絶対に大丈夫です~。ミア様のセンスを信じましょう~」

私の質問に対して自信満々に頷くリーナさん。

彼女がここまで仰るのでしたら、大丈夫なのでしょう。

ミアもオシャレだと周りの方に言われていましたし。あの子のセンスは信頼出来ます。

安心して良い。安心するべきなのですが――。

「やっぱり不安です。玄関がいつもよりも遠く感じます」

「はっはっは、フィリア様も青春されていますなぁ。楽しそうで何よりです」

「レオナルドさん、笑い事ではありません」

着替えが終わって出発しようと足を向けるのですが、足取りが途端に重くなります。

オスヴァルト殿下には会いたいですし、食事もしたいのに、矛盾しているのです。

これはどういうことなのでしょうか。レオナルドさんは微笑ましいものを見るような目でこちらをご覧になっていますが。

「これは失礼しました。フィリア様が年相応の顔をされたのが珍しくて、安心したのです。いつも達観されておられましたから」

「年相応の顔ですか?」

レオナルドさんは私が年相応だと安心したとよく分からないことを述べます。

年齢とかけ離れた顔をしていたなんて考えてもみませんでした。

今の私は年齢に相応しい表情なのでしょうか。

「ええ、そのとおりでございます。大事な殿方との食事を前に緊張されるのは至極自然なことです。このレオナルドも昔は――」

「フィリア様、レストラン“バーミリオン”までの道中、曲者の姿は見当たりませんでした。何かありましたら、この私が排除するゆえ、今日はごゆるりとお楽しみ召されて下さい」

レオナルドさんの声に被せるようにヒマリさんが現れて、怪しい人が居なかったことを報告します。

いえ、そういうことを不安がっていたワケではないのですが、彼女の気遣いは嬉しいです。

とにかく行きましょう。勇気を振り絞ってというのもおかしいですが、とにかく私は殿下の待つレストラン“バーミリオン”へと向かいました。

「オスヴァルト殿下、お待たせして申し訳ありません。時間どおりだと思ったのですが……」

約束の時間より少し早めに着いたつもりでしたが、既に殿下は到着していました。

もしや時間を見間違えていた? いえ、何度も手紙は読み返しましたし、それはないのだと信じたいのですが。

「いや、俺が早く到着しすぎてしまっただけだから気にしないでくれ。……おっ!? なんか新鮮な感じがするな、フィリア殿の格好」

「やっぱり変ですよね?」

時間には遅れていなかった様子なのでホッとしましたが、オスヴァルト殿下は私の衣服に違和感があるみたいです。

リーナさん、どうしましょう? 変みたいですよ。

ミアが着れば似合うと思いますけど、私にこういったのは――。

「はっはっは、変なはずあるか。とても似合っている。まぁ、フィリアはいつもきれいだけど……、思わず見惚れてしまったよ」

「えっ? そ、そのう。見惚れたっていうのは」

「フィリア殿は美しいってことだ。楽しい食事になるのは間違いないな」

オスヴァルト殿下はいつもと同じように笑って私の衣装を褒めてくださいました。

大袈裟に仰って頂いたのだと思いますが、その言葉は心に強く突き刺さり、足の指先まで熱くなります。

体調でも悪いのでしょうか。病気にはなったことがないので分かりません。

「この店は大陸中で手広く商売をしているアーツブルク王国の貴族の店でな。今年からこの国でオープンしたんだが、ジルトニア料理もパルナコルタ料理も、評判が良いんだ」

「バーミリオン財閥ですよね。貴族にも関わらず特例で商人になったという。今は五代目でしたっけ」

他愛もない話をしながら私たちはコース料理を楽しみます。

何でもない会話が楽しいと思えるようになったのもこちらの国に来てからでした。

無駄な時間と捉えていた以前の自分を今は勿体なく感じます。そして、変化した心境に慣れません。

その後、ライハルト殿下から、自らの求婚を取り下げたいと言われたことについて話すと、オスヴァルト殿下はそれもご存知だったみたいで、頷きながら聞いていました。

求婚を取り下げた理由は「自分よりも相応しい人がいる」というものでしたが、どういうことなのでしょうか?

オスヴァルト殿下に聞いてみようと思ったのですが、彼は別の話題を口にしました。

「マモン殿が言っていたとおり、ジルトニアの牢獄にユリウス殿とアデナウアー夫妻は戻っていたそうだ。疑ってはいないだろうが、一応報告しとく」

マモンさんからは彼らが元居た場所に返して来たと聞いていましたが、その辺りの裏を取ったのでしょうね。

ユリウスの極刑は既に決まっていたとのことですから、そう遠くないうちに刑が執行されるでしょう。

「フィリア殿、聞きたいことがあるのだが」

「聞きたいことですか? どうぞ、何でも仰ってください」

メインの皿が下げられた頃、オスヴァルト殿下は改まって、私に質問があると言われました。

いつも以上に真剣に、それでいて迷っているような表情をされています。

どうしたのでしょう? そんなに聞きにくいことなのでしょうか。

「あのとき、ユリウス殿を恨んでいないと言っていたが本当なのか? この国に来る運命になったことを嫌だったとか思わなかったのか?」

殿下はアスモデウスを討伐した直後のユリウスへの言葉について言及しました。

そのことについて、何故オスヴァルト殿下が? そういえば、殿下は最後まで私の件について反対していたとヨルン司教が言っていましたね。

彼の琥珀色の瞳が微かに潤んでいるように見えます。

ここは私なりの回答をきちんとしなくては。

「恨んでいませんよ。もちろん、最初にユリウスからその話を聞いたときはショックでした。でも、今はパルナコルタが好きですし、オスヴァルト殿下が負い目を感じる必要は全くありません。むしろ止めてください」

あの日、ユリウスから婚約破棄されて隣国に売り渡すと言われたときはかなり心が沈みました。

ずっと頑張ってきたことを全否定された気がしましたから。

ですが、この国に来て、大切な人たちが出来ました。

それは私にとって劇的な変化です。そして、今ではパルナコルタ王国の聖女としてこの身を捧げたいと心から願っています。

「そうか、ありがとう。フィリア殿が来てくれて、本当に感謝している。……よしっ!」

「えっ? オスヴァルト殿下?」

殿下はグラス一杯のワインを一気に飲み干しました。

何やら決意したような声を出していましたが、どうして一気飲みをされたのでしょう。

空のワイングラスをテーブルに置いて彼は呼吸を整えていました。

「一気飲みは体に悪影響らしいですよ。前に本で読みました」

「あ、そうなのか? はは、じゃあ気を付けなきゃな。これに頼るのも格好悪いし」

苦笑いしながらオスヴァルト殿下は私の言葉を受け止めます。

何かズレたことを申したのかもしれません。殿下はワインをもう一度グラスに注いで、それに頼ろうとしていたと声に出しました。

「大切な話があるんだ」

その声は低くて静かでしたが、迫力がありました。

先程からオスヴァルト殿下が迷いながらも何らかの覚悟を決めようとしていたように見えたのですが……。

私はオスヴァルト殿下をまっすぐに見ます。そうしなくてはならないような気がしたのです。

「フィリア殿、俺はフィリア殿のことを誰よりも大切な人だと思っている。……君のことを一人の人間として愛しているんだ。フィリア・アデナウアー、頼む、俺と結婚してほしい」

「…………」

このとき私はどんな顔をしていたのでしょう。

頭の中は情報の整理で追いつかず。体温はグングン上がって更に混乱が増して、気付いたときには目から涙がこぼれていました。

呆然と言葉も発せずに時間だけが経過します。

何か、何か言わなくては――。

「あ、あの、フィリア殿!? ご、ごめん、悪かった! まさか、泣かせてしまうとは……。そりゃあ、いきなりすぎたよな。兄上じゃないんだし。今のは忘れてくれ!」

オスヴァルト殿下は焦ったような表情で今の求婚の言葉を忘れて欲しいと仰せになりました。

泣いていますよね。私、涙が出ていますから。

何故、こうなってしまったのか。答えはもう出ています。

「違います。オスヴァルト殿下、違うのです。これは嬉しいから泣いてるんだと思います。恐らくですが……。人は嬉しくても涙腺が刺激されて涙を流すと、書物で読んだことがあります」

私はオスヴァルト殿下からの求婚が嬉しくて仕方がなかったのです。

だから私は泣いています。嬉しくて涙を流したのは初めてですが、きっとそうに違いありません。

「嬉し泣きを冷静に説明する人を初めて見た。だけど、フィリア殿らしいな。俺はそういうところが好きなんだ」

「へ、変なところをお好きなのですね……」

「人を好きになるってそういうもんだと思うけどな。……フィリア殿、改めて言わせてもらうぞ。俺と結婚してくれ! 同じ人生を、同じ未来を、一緒に過ごしたいんだ!」

今度は私の側まで歩み寄り、跪いてオスヴァルト殿下はプロポーズしました。

もう一度、求婚の言葉を述べた殿下の顔を見たとき、自分がどんな顔をしていたのか、鏡を見ていなくても分かりました。

このとき、私は笑っていたのです。人生でこんなにも嬉しいと思ったことがありませんでしたから。

「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」

世界が変わったような気がしました。

私もオスヴァルト殿下のことが好きですから。

好きな人から好意を持って頂ける幸福を知った私は何もかもが輝いて見えました。

オスヴァルト殿下、私もあなたと共に未来を歩んでいきたいです――。