軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2-20

ベッドの上に身体を起こしたサルジュは、この状況を理解しようとしているのか、周辺を見渡していた。アメリアが彼の元に駆け寄ると、ほっとしたように表情を緩ませる。

「ああ、無事でよかった」

アメリアはサルジュに駆け寄り、手を広げた彼の胸に縋った。

抱きしめてくれる温もりに、張り詰めていた気が緩んで泣き出しそうになる。

けれど、伝えなくてはならないことがたくさんある。

特に、あのアロイスがベルツ帝国の皇弟であること。自分に気が付いたかもしれないことを、ちゃんと告げなくてはならない。

「サルジュ様、実は……」

この町に来た経緯と、親切にしてくれた人達。

そして、険しい山脈を切り崩してでも、山越えをして戦争を仕掛けようとしている皇弟アロイスのことを伝える。

「そうか。大変だったね」

サルジュは頷いた。

「わたしに気が付いた様子でした。もしかしたら、追ってくるかもしれません」

そう言って怯えるアメリアを宥めるように、サルジュはその黒髪を撫でる。

「大丈夫だ。誰も入れないように、魔法で施錠しておこう」

その言葉と同時に、サルジュの魔力が部屋を包み込むのがわかった。馴染みのある魔力で守られていることを感じて、ようやく安堵する。

「私が魔力配分を誤ったせいで、アメリアには苦労をさせてしまった。もう一度移動魔法を使う分には、問題ないはずだったのだが」

「わたしは大丈夫です。でも……」

ひとりでいる時間が長かったサルジュは、誰かに相談することや、頼ることが苦手だ。

だからこそ言葉にして伝えることが大切だと、アメリアは思った。

「とても心配しました……」

正直にそう伝えると、思わず涙が零れそうになる。

「すまない。一度アメリアに叱られて、きちんと考えていたはずだったのに、結局心配をかけてしまった」

彼はアメリアの予想以上に狼狽えて、そう謝罪してくれた。

アメリアとしても、サルジュに謝ってほしい訳ではない。自分のことをもっと大切にしてほしいだけだ。

「今度から気を付ける。だから許してほしい」

「はい。約束ですよ」

そう答えて笑顔を向けると、サルジュはほっとした様子だった。

「カイドは?」

そうしてサルジュは、アメリアにそう問いながらベッドから立ち上がる。

そのしぐさはいつも通り優雅で、もうどこにも不調を抱えていないことがわかり、ほっと胸を撫で下ろした。

「ベルツ帝国軍の武器の管理をするように言われているようで、仕事中です」

「武器か。本気でこの山脈を越えるつもりなのか?」

サルジュは窓から見える険しい山脈を見つめる。

「はい。火薬を使用した武器が大量にあると言っていました」

「……火薬か。そんな武器など、アメリアひとりでも無力化できるというのに」

彼の言うように、攻撃特化ではないアメリアの水魔法でも、兵器を使えなくすることは簡単だ。

ベルツ帝国は身近ではないだけに、魔法の力を侮っているのかもしれない。

それに、とサルジュは続けた。

「ベルツ帝国の皇帝には妹しかいないはず。アロイスという男は、本当に皇弟なのだろうか」

「え?」

サルジュの疑問に、アメリアは思わず声を上げてしまう。

「クロエ王女の恋人に成りすましていたくらいなら、皇帝の弟と偽って行動することも可能かもしれない」

「あ……」

たしかにサルジュの言うように、アロイスはジャナキ王国の王女クロエの恋人に成りすましていた。そしてビーダイド王国第二王子、サルジュの異母兄であるエストとクロエの婚約を、解消させようとしていたのだ。

「魔導師のなり損ないとは、どういう意味なのでしょうか」

属性魔法は使えずに、人の記憶や意識を少しだけ操作することができると言っていた。だがそれも、相手の魔力が彼自身よりも少ない場合だけだと。

アメリアの疑問に、サルジュは答えてくれた。

「魔力や属性は、血族に受け継がれていく。おそらく彼の先祖には魔導師がいたと思われる。魔力は遺伝したものの、素質は属性魔法を使えるほどではなかったのだろう。だが、それが人の記憶や意識を操作するものなら、あるいは……」

サルジュはそう言いかけて、ふいに口を閉ざした。

「あの、サルジュ様?」

憂いを帯びた顔を見て、何だか不安になってしまう。

「いや、何でもないよ。ただ、ベルツ帝国には魔導師がいないと聞く。彼はこの帝国では唯一魔力を持った人間であり、だからこそどんな人間でも操れることになる」

「危険、ですね」

この戦争を引き起こそうとしているのはベルツ帝国ではなく、たったひとりの人間だとしたら、恐ろしいことだ。

「そうだね。ビーダイド王国には通用しなくとも、クロエ王女のように周辺の国の王族を操られたら、少し厄介かもしれない。でも、自分よりも魔力の低い者にしか掛からない魔法は、解除も簡単だ。クロエ王女の洗脳も、すぐ解けていただろう?」

「はい。この町で出会ったベルツ帝国の人々は、とても親切でした。できるなら戦争に巻き込まれないで欲しいです」

そう言うと、サルジュは優しく笑った。

「そうか。ならば、すぐに行動しよう。この部屋にいれば安全だが、アメリアはどうする?」

「……行きます」

「わかった。アメリアは必ず守るから、心配しなくてもいいよ」

サルジュはそう言うと、黒に偽装していた髪を元の色に戻した。

久しぶりに見た、輝くような金色に思わず目を細める。

手を差し伸べられて、そっと握った。

「ああ、その前にカイドも拾っていこうか」

「はい」

サルジュは思い出したようにそう言うと、アメリアの手を引いて部屋から出た。

アロイスが待ち構えているかと思って身構えたけれど、扉の外には誰もいなかった。

むしろ人の気配はまったくなく、静まり返っている。

アメリアに与えられた部屋は、兵士達の寄宿舎の隣で、彼らの世話をするために働く人達の寮のひとつだった。古びた三階建ての建物にはそれなりに人が多く住んでいて、交代制で働く者もおり、昼夜問わず、誰かは起きているような場所だった。

それなのに、誰もいない。それだけで異常な事態だ。

「カイドはどこに?」

「町外れに武器庫があります。そこだと思います」

「わかった。向かおう」

こんな事態でもサルジュは冷静だった。そのお蔭でアメリアの気持ちも、少しずつ落ち着いてきた。

寮の外に出ると、町の広場に兵士達がずらりと並んでいるのが見えた。中にはアメリア達を助けてくれたローダンの姿もある。

けれど彼らは皆、自分の意思などないような無表情な顔で立ち尽くしている。身じろぎひとつしない。

「おそらく洗脳されているのだろう。今、解除すると、混乱した兵士達が暴走する恐れがある。まずカイドと合流してから、アロイスを探すことにしよう」

「……はい」

少しだけ彼らのことが心配だったが、サルジュの言うように、今はこうして静かに集まっている方が安全かもしれない。

もし彼らが強制的に戦闘させられてしまうようなことがあれば、サルジュが止めてくれるだろう。

武器庫に向かって歩いていくと、町の中心に向かおうとしていたカイドと会う。彼はすぐにこちらに気付き、走り寄ってきた。

「サルジュ殿下。お目覚めになったのですね」

「ああ、すまない。世話を掛けた」

サルジュはカイドにそう声を掛けて、手を引いて歩いていたアメリアを見た。

「アメリアが、アロイスに見つかってしまったらしい」

「ごめんなさい。せっかく忠告してくれたのに。窓の掃除をしていたら、真下にあの人が立っていて。でも彼は、ベルツ帝国の皇弟ではなかったのかもしれないの」

「それは、どういう……」

サルジュがカイドに説明すると、彼は手にしていた剣を握り直して難しい顔をした。

「そういうことでしたか。その洗脳は解けますか?」

「問題ない。今すぐに魔法を解除しても構わないが、向こうには、彼らを切り札だと思わせておいた方がいい」

自分の洗脳が解除されていると知れば、その悪意が彼らに向けられてしまう可能性がある。サルジュはそれを懸念していたのだ。

「まず、武器庫を無力化しておく。そうすればアロイスも姿を現すだろう」

「はい。了解いたしました。武器庫はこちらです」

カイドの案内で、アメリアとサルジュはこの町に集められた武器が保管してある場所に急いだ。