軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

60 そして、夫婦になる

その日の深夜、私が寝支度を終えて寝室に入ると、窓ガラス越しに星空を眺めていた旦那様が振り返った。

何か思い詰めた様な表情。

いつになく緊張した空気が漂っている。

ジェレミーの昼間の言葉をお互いに意識している事は明白だった。

私が寝台の縁に座ると、旦那様もその隣に静かに腰を下ろし、私の手をそっと握った。

「今夜は……、君に触れても、良いだろうか?」

微かに頬を染めた旦那様に真剣な瞳を向けられて、私の心臓が大きく跳ねた。

「……ジェレミーの願いを、叶える為……、ですか?」

私の問いに、旦那様は緩く首を横に振った。

「それは違う。

情けない事に、ジェレミーの言葉に背中を押して貰ったのは事実だが、これは誰の為でもなく私の為だよ」

「旦那様の為?」

「そう。

本当は、ミシェルの心の準備が整うのを待とうと思っていたのだが……。

済まないが、そろそろ限界みたいなんだ。

君に、触れたい。

もし嫌なら無理強いはしないが、出来れば頷いて欲しい」

「……」

もしも彼が私と体の関係を持つ事にまだ不安があるのなら、白い結婚のままでも構わないと思っていた。

世の中には星の数ほど夫婦がいて、その形も様々だ。たとえ一般的な形ではなくとも、当人同士がそれで納得しているのならば問題は無いはず。

私にとっては、彼に愛されているのだと信じる事が出来ただけでも充分に幸せだったから、それ以上は望んでいなかった。

それに、私達の間に子が生まれれば、ジェレミーの立場を危うくしてしまうのではないかという心配もしていた。

だけど、当のジェレミーが、弟妹が欲しいと言ってくれたのだ。

きっとあの子なりに私達に気を遣ってくれたのだろう。その気持ちに応えたい思いもある。

なにより、旦那様が私との関係を先に進める事を望んでくれたのだ。

その事が、とても嬉しくて───。

少しの沈黙の後、私は小さく頷いた。

大きな手が優しく頬に触れ、美しい青の瞳が近付いてくる。

ドキドキしながら目を閉じると、ちょっとぎこちなく唇が重なった。

角度を変えながら何度も繰り返される口付けは、段々と深くなっていく。

「…ん……はぁ……」

意識が遠くなりかけた頃に漸く解放された私の唇から、自分の物とは思えないくらいに甘い吐息が漏れた。

蕩けた顔をしているであろう私を見詰めて、旦那様はふわりと微笑む。

「前から思っていたのですが……」

「何?」

「どうして旦那様はそんなに余裕があるんですか?

私はすごく緊張しているのに」

こんな時でも通常モードに見える旦那様が悔しくてそう言うと、彼は困った様に眉を下げ、フッと小さく笑った。

「余裕そうに、見える?」

「はい」

「まあ、そう見せたくて頑張ってるからな。

本当は今にも心臓が壊れそうだよ。……ほら」

旦那様は私の右手を取ってその手の平を、自分の心臓の上に押し当てた。

(えっ!? これ大丈夫なの?)

私の数倍は早くドクドクと脈打っている心臓に、思わず目を見開いて旦那様の顔を凝視した。

「ちょっと、あんまり見ないでくれる? 恥ずかしいから」

そう言った彼の顔から先程迄の余裕ぶった表情は消え失せ、見る見る内に頬が真っ赤に染まって行く。

「嫌です。その顔、もっと見ていたい」

「ミシェルは意外と意地が悪いな」

拗ねた様にそう言った旦那様は、朱に染まった頬を隠す様に、私の肩に顔を埋めた。

ハァ……と、吐き出された熱い息が首筋にかかり、再び私の心臓がうるさく騒ぎ出す。

彼のその吐息は、微かに震えていた。

翌朝、浅い眠りの中を漂っていた私は、寝返りを打とうとして何かに拘束されている事に気付いた。

「……ぅん……?」

身動きが取れない状況を不思議に思いながら目を覚ますと、逞しい腕が背後から私の腰にガッシリと絡み付いている事に気付く。

「……~~~っっ!!!」

思わず悲鳴を上げそうになって、ギリギリの所で自分の口を押さえた。

(ああ、そうだわ。昨夜は私───)

漸くしっかりと目が覚めた私は、自分の状況を思い出し、一気に全身がカッと熱くなった。

「ミシェル、起きたのか?」

少し掠れた色っぽい声が耳を擽る。

「……お、おはようございます。旦那様」

「違う。クリスと呼ぶようにって言っただろ?」

そう咎めながらも旦那様……いや、クリス様は、私の頭頂部にキスを落とした。

甘い。甘過ぎる。

つい最近まで女性をあんなにも嫌悪していた旦那様と同一人物だとは、とても思えない。

中の人、変わった?

「ミシェル、こっちを向いて」

耳元で甘く囁かれると、全身に電気が走ったみたいにゾクゾクする。

腰を拘束していた腕はとっくに緩んでいるが、クリス様に顔を見られるのが恥ずかしくて、私は振り返る事が出来なかった。

「す、済みません、今は、ちょっと……」

「恥ずかしい? 首まで真っ赤だな」

そう言ってフッと笑ったクリス様は、私の亜麻色の髪を指先で払い、首筋をペロリと舐めた。

「ひゃぅっっ!?」

驚いて思わず振り返ってしまった私に向けられていたのは、幸せそうな青の瞳。

その双眸が、ゆっくりと弧を描く。

「私はこういう欲は失ってしまったのだと長年思っていたんだ。

でも、違った。

自分も好きな人の肌に触れる事で幸せを感じられるのだと分かって、すごく嬉しい」

強いトラウマを抱えていた彼が、そんな風に言ってくれた事がとても嬉しくて、私の視界がジワリと滲んだ。

しかし、クリス様の次の一言で、その涙はあっという間に引っ込んでしまう。

「───だから、ミシェル。もう一回、いい?」

「はっ? ……っ!?」

私の返事は、クリス様の深い口付けに飲み込まれた。