軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

40 今も残る心の傷

エリック様の後妻は、なかなか妊娠出来ない事に焦るあまり、托卵を画策したのだ。

種を貰う相手は、誰でも良いと言う訳じゃ無い。

もしも夫に全く似てない子が生まれてしまえば、それこそ離縁だけでは済まされないだろう。

だが、彼女は、自身の直ぐ近くに、とても適任な人物がいる事に気が付いた。

彼女の夫の息子である、クリストフ様。

───そう、私の旦那様だ。

エリック様と確実に血の繋がりがあり、容姿もそっくりなクリストフ様ならば、絶対に托卵に気付かれる事はない。しかも若く健康な男性の子種ならば、妊娠の可能性も高いのではないか……と、後妻は考えた。

それまで義親子とは名ばかりで、交流は皆無だったので、後妻は彼の性格など全く知らなかった。

しかし、女性に興味を持ち始めた年齢の男の子なら、体で籠絡してしまえば、口止めする事も簡単だと思っていたらしい。

随分な自信家である。

それにしても……当時まだ精通を迎えて間も無い十四歳の少年だった義理の息子と、無理矢理肉体関係を持とうとしていたのだ。

いくら追い詰められていたとは言え、気持ち悪い。

完全に彼女は狂っている。

そして、ある夜、その悍ましい計画は、とうとう実行に移されてしまう。

「深夜、ぐっすり眠っていた私は、嗅ぎ慣れない強い香水の匂いにふと目を覚ましたんだ。

すると、自分のベッドの脇に全裸で立っている女がいた。

驚きで固まった私に、女はニタッと気味の悪い笑みを浮かべながら覆いかぶさって来た。

月明かりで女の金髪がキラッと光ったのを、今でもよく覚えてる。

女は私に口付けをした。

生温かい舌が無理矢理口内に侵入して、吐き気を催した。

口の中を蹂躙しながら、女は私の下半身に手を伸ばした。

そこで我に返った私は女を突き飛ばし、大声を上げ、慌てて駆けつけた護衛達に女は取り押さえられた」

固唾を呑んで話を聞いていた私は、漸く震える息を吐き出した。

未遂で済んだ事は不幸中の幸いだったけれど、そんな経験をすれば女性が怖くなるのも当然だろう。

「あの女が触れたのが気持ち悪くて袖口で唇を拭うと、白かったシャツの袖には真っ赤な口紅がベッタリと付いた。

女の行動は、直ぐに父に報告され、邸を追い出されたけれど……。

この時から、私は、あの女に似た雰囲気の女性には触れられなくなった」

強い香水、金の髪、赤い口紅。トラウマの完成だ。

思い出すだけでも辛いであろう過去の出来事を、旦那様は何の感情も見せずに淡々と語った。

それが、余計に痛々しく感じて───。

私は彼の手を握りたい衝動を、必死で我慢していた。

慰める方法を他に思い付かなかったのだが、それは逆効果になると分かっていたから。

「今迄も色んな所から結婚しろって圧力が掛かっていたんだが、どうしても出来なかった。

あんな最低な女は滅多に居ないと分かっているが、全ての女性が苦手だし、出来る事なら近付きたくない。

それに、もしもジェレミーが私と同じ被害に遭ったらと思うと……」

「あっ……、では、私がジェレミーにハグをするのとかは、もしかして不快でしたか?」

ちょっとベタベタとスキンシップをし過ぎている自覚があった私は、サッと血の気が引いた。

「あ、いや……、本音を言えば、最初は少しだけ警戒してしまったのだが、今は君のジェレミーに対する愛情は親が子に向ける類の物だと分かってる」

知らない内に旦那様のトラウマを刺激していたかもと心配になったが、理解を示して頂けてホッとした。

「それなら良かったです。

あの……、旦那様。私、新しい侍女はもう必要ないです。

社交は好きではないので、出ないで済むならその方が嬉しいですし。

あ、勿論、旦那様が出ろと仰る物には出席しますが、その時はグレースとチェルシーが手伝ってくれれば充分です。

私は普段の生活では、コルセットが必要なドレスは着ませんので、社交の時以外なら自分で着替えも出来ますよ」

「だが、貴族女性は湯浴みや髪の手入れ、マッサージなど、様々な世話を侍女にさせるものなのだと聞いたが?」

「私は元孤児ですよ? 湯浴みも髪の手入れも、やろうと思えば自分で出来ます。

当然、プロに任せた方が、美を保つ為には良いのでしょうけど……。

元々美容にもあまり関心が無いのです。侯爵夫人としては失格ですが」

私のその言葉に、旦那様は意外な反応を示した。

「そんな事は無いっ!!

君はジェレミーの相手も良くしてくれているし、家内の仕事や騎士達の治癒までしてくれているではないか。

君は誰よりもこの邸の女主人として相応しい」

ガバッと半身を起こした彼は、私の手を強く握ってそう言ったのだ。

「えっ、あの……有難う、ございます」

まさかそんな風に言って貰えるなんて思っていなかった私は照れてしまって、一言お礼を返すだけで精一杯だった。

彼が私の手に触れるのを躊躇わなかった事も、信頼されているみたいで、とても嬉しい。

「それに、君は、手入れなどしなくとも、」

───コンコンコン。

何かを言い掛けた旦那様を、突然響いたノックの音が遮る。

「………誰だ?」

不機嫌に誰何する旦那様に、呑気な声が答えた。

「レオです」

「ハァ……。入れ」

小さく溜息をついた旦那様は、パッと私の手を離し、レオに入室を促す。

扉を開けて入って来たレオは、ベッドサイドにいる私を見て、少し困ったような顔をした。

「もしかして、タイミング悪かったっすか?」

「ああ、最悪だ」

旦那様は話を遮られた事が余程気に入らなかったのか、レオの問いに不愉快そうな表情でボソッと答えた。

「済みません。早くお伝えした方が良いかと思いまして。

あの女が吐きました」

吐いたと言うのは『犯行を認めた』って意味の方だろう。

えっ、もう? 早くない?

「流石だな」

「お褒めに与り光栄です」

微笑み合う二人の間に黒い空気が漂っているのは気のせいだろうか?

取り調べの具体的な方法については聞かない方が良さそうだと、私は本能で感じ取った。

世の中には知らない方が幸せな事も沢山あるのだから。