作品タイトル不明
20 好戦的な人々
数日後、私は再び旦那様の執務室に呼び出された。
「婚姻の手続きは恙なく済んだ。
だが、やはり王家からは君を返せとの書簡が届いた」
その言葉に緊張感を覚えた私は、ゴクリと喉を鳴らした。
「それで、どうなりました?」
「『ふざけるな』と返信しておいた。
タッチの差で入籍が間に合って良かったよ」
「ふざ……っ!? まさか、それ、そのまま国王陛下への手紙に書いたのですか?」
「いや」
そりゃあそうよね、いくら何でも、もうちょっとソフトな表現を使うわよね……と、安堵したのも束の間。
「具体的には『国王陛下の麗しいかんばせが張り付いた立派な頭の中には、一体何が詰まっているのでしょう? 凡庸な私には想像もつきませんが、きっと光り輝く宝石でも詰まっているのでしょうね』と書いた」
「余計悪いっっ!! 大丈夫なんですか、それ。
不敬罪とかになりますよね?」
それって要するに、『その立派な頭はお飾りか? 脳みそを何処かに捨てて、代わりに無駄な物でも詰め込んであるのだろう』って意味ですよね?
「大丈夫だろう。
まあ、いざとなったら、シャヴァリエ領も巻き込んで国から独立すれば良いさ」
優雅にお茶を飲みながら、サラッととんでもない事を言い出した。
旦那様は国王陛下に対して、思った以上にご立腹だったらしい。
「やめて下さいね。ウチの義両親は本気でやり兼ねないので」
「へえ。今迄シャヴァリエ夫妻とは、挨拶程度の付き合いしかなかったが、なかなか興味深いご家族なんだな。
折角縁が出来たのだから、今後は交流を深めるのも良いかもしれない」
旦那様の言葉に私は曖昧な微笑みを返した。
普通ならば、婚家と実家が仲良くしてくれるのは喜ばしい事の筈だが、何故か『混ぜるな危険』の臭いがプンプンする。
「とにかく、陛下の申し出を断ってくださって、ありがとうございます。
本日のご用件は、そのご報告ですか?」
「いや、まだある。
正式に入籍した事で、おそらく今後は、君宛てに大量の招待状が届くと思う」
「ああ、きっとそうなりますね」
なんと言っても『好色侯爵』と『悪虐聖女』の婚姻だ。
社交界の紳士淑女達の興味を引きまくるに違い無い。
元々旦那様は社交にあまり顔を出さない方なので、尚更私宛ての招待状は多くなるだろう。
「以前言った通り、社交への参加は強制しないが、君が出たいと思う物があれば、出て貰って構わない。
ただし、私はエスコートが出来ないので、パートナーが必要な夜会の参加は難しい。その点は理解してくれ」
「かしこまりました」
「それで、茶会などに参加する為には、流行を知っている若い侍女が必要かと思って、追加で二名雇う事にした。
一応は侯爵夫人なので、恥ずかしくない装いをせねばならんだろう?
チェルシーはまだ若いが、グレースもチェルシーも女主人が長年居ない邸に勤めているから、社交界の最新情報には疎いんだ」
「はあ。それは、ありがとうございます」
何とも気の抜けた返事になってしまったのは、私自身、社交に出たいという思いが全く無かったからだ。
私の為に、新たな使用人を雇ってもらうなんて、申し訳ないという気持ちも、少なからずあった。
だが、よく考えれば、現在二人しかいないこの家の女性の使用人の内の一人が、常に私の担当をしてくれているという状況である。
グレースもチェルシーも、きっと私の世話以外に、やらねばならない仕事が沢山あるのだろう。
ならば、使用人が増えるのは、彼女達の為にもなるのかも知れない。
「明日から勤めて貰う予定だ。
当面は仕事を覚えさせる為、新人の二人の内、日替わりでどちらか一人を君の担当にして、グレースかチェルシーが指導者として付く形になる」
「はい」
「慣れて来たら新人の二人が君の専属になる予定だ」
「分かりました」
新人指導の期間中はグレースとチェルシーの負担は今と変わらないが、新人が育てば少しは楽になるだろう。
「新しい侍女を君に紹介するのは、フィルマンに任せてある。
私は出来るだけ、彼女達とは顔を合わせない様にするつもりだ」
「あ、済みません。旦那様は女性がお嫌いなのに、私のせいでこの家の女性が増えてしまうのですよね」
急にその事に気が付いて、私は申し訳ない気持ちで一杯になった。
「いや、少しずつ慣らすには、良い機会かも知れない。
自分でも、ずっとこのままで良いとは思っていないんだ」
「そうですか?
……ですが、ご無理はなさらないでください」
心理的なストレスは、外傷よりもある意味厄介だ。
目に見えないし、治癒魔法も効果が無い。
小さな心理的負担が積み重なって、取り返しのつかない状態になる事だってあるのだ。
「ああ、ありがとう。
ところで……、君はいつも、食事は自室で取っているのか?」
「………はい。出来るだけ旦那様とお会いしない様にするお約束ですので」
急に話題が変わり、話の流れが読めなくなった私は、首を傾げる。
「それはそうなのだが……。
その、ジェレミーが、家族とは毎日一緒に食事をするものだと言い出したのだが……、君はどう思うだろうか?」
「まあっ、ジェレミーが?
私としては、ジェレミーと一緒にいる時間が増えるのは大変嬉しく思いますが、旦那様は私がご一緒するのはお嫌では?」
「君は、いつも適切な距離を保ってくれているし、何度かこうして会話をしても不快感は全く無いから、私としては問題無い。
君さえ良ければ、ジェレミーの要望を叶えてやりたいと思っている」
私に気を遣ってそう言ってくれている可能性もあるが、ここで固辞するのは失礼に当たるだろう。
「分かりました。喜んでご一緒させて頂きます」
「では、今後は食事の準備が整ったら、誰かに呼びに行かせるから、ダイニングに来て欲しい」
「はい」
「今日の用件は以上だ。長く時間を取らせて済まなかったな」
「いえ、とんでもないです」
『長く時間を取らせた』だなんて、その殆どの時間が私の為の話だったではないか。
そう思ったら、ついフフッと笑ってしまった。