作品タイトル不明
07 市場へ
私とリーフェルトくん二人の暮らしが始まった。
といっても神父様や村の人たちとも協力しながらだ。
私が生活魔法を使えることはすぐにバレたけれど、そこまで騒ぎにはなっていない。
どうも見るからに都市部から流れてきた人物だとわかるようだし、農村にだって生活魔法が使える人がまったくいないワケではない。少ないけどね。
というわけで、まだまだ畑の整備期間。
荒れ果てていた原因の雑草は駆除した。
畑とは除草だけでなく土もどうにかしないといけないものである。
叔母さんに割り当てられていた畑の一区画を麦に。
その他に豆区画、芋区画、薬草区画と分ける作業。カブとか根菜も育てたいわよねぇ。
普通は同じ畑で違う時期にそれぞれを育てるのだけど、私の場合は【植物魔法】による実験も兼ねている。
細かい作業はありこそすれ、やろうとしていることは結構、前世のゲーム寄りかもしれない。
少なくとも本格農業でこんな妙な畑作りはしないだろう。
薬草は奇をてらったものではなく、この世界に一般流通しているものを村の人たちに相談して生成するつもりだ。その方がイメージも正確だし、ハズレがない。
変に高価な薬草とか作ってもうまく利用できないし、すぐに使えなかったら意味もないだろう。
地に足を付けて地道な考えでやっていきたい所存。
『ゲーム寄り』と考えて思い至ったのだけど。
とくにこの世界がどこかのゲームや小説の世界って知識は私にない。
仮にここがそういった世界であったとしても私はモブとかだろう。
ついでに言うとこの国には身分を問わない貴族学園なんてものもない。
貴族子女はだいたい家庭教師に勉強を学ぶものだ。
なので、どこかの男爵令嬢と王子様が学園でラブロマンスしている線もないのである。
あ、でも。ミシェルとは、ちょっぴりヒロインと悪役令嬢っぽい関係だったかも?
私の一つ年下の義妹、ミシェル・リンドブルム。
リンドブルム公爵家の次女。あの家で一番、私に干渉してきた人物だ。
一番嫌がらせをしてきた人物でもある。
公爵である父は私を道具として見ていた。
公爵夫人は私を無視していて、いないものとして扱った。
長男も私を他人として。
長女は生理的嫌悪があるのか、私との距離が遠かった。
ある意味で一番、あの家の中で私に干渉してきたのがミシェルだ。
嬉しくないけど。
「……どうなったかしらねぇ、いろいろと」
私とウィリアム様が離縁したことは伝わっているだろう。
もう彼らのもとから去った身だ。
できれば二度と関わりたくないものである。
家を掃除し、食料事情を整え、近隣に挨拶を済ませ、今後のために畑を整備する。
これで長期的な村での過ごし方は決まった。
あとは細かいところね。生活していくために必要な物を整えていくの。
具体的に言うと 市場(いちば) への買い出しよ。
芋やカブなどの根菜、麦は手に入る。大雑把な食事には困らない。
なので、必要なものはちょっとした道具類に衣類。それから。
「……?」
私は視線をリーフェルトくんに向ける。
七歳。いろいろと教育を受けさせてあげたいところよね。
打算もありとはいえ、自ら保護者役を買って出たのだ。
彼の今後には責任がある。
「リーフェルトくん、明日は市場に行こうか。一緒に来てくれる?」
「うん、行く!」
だんだん元気が出てきたかな。
生活魔法による手品で笑ったのが大きいかも。
リーフェルトくんは金髪に淡い青色の瞳をしている。
私が茶髪で茶色の瞳だから、とくに家系的な色のつながりは感じない。
叔母さんも私と同じ色合いだったから、この色は父親譲りなのか。
金髪碧眼は、別に特別な色合いではない。
前世よりもカラフルな髪色が多い異世界とはいえ、わりと一般的な色合いだ。
ここから父親を特定するのはきっと無理ね。
「じゃあ、明日は一緒におでかけね!」
「……うん!」
農村から市場へ向かう乗合馬車に私たちも乗せてもらう。
リンドブルム領、モルセル地区に市場は開かれている。
特別な日に開くような期間限定じゃなくて日頃から市場で 賑(にぎ) わっている場所ね。
近隣の村に暮らす人々が必要な物の売り買いをするところよ。
前世基準だと総合スーパーとか複合商業施設に近い役割だ。つまり、〇オンである。
市場では食品に日用品、衣類なども取り扱われている。
ちょっとした都市部になると民家は二階建て、三階建てのものが多くなる。
このモルセル地区の家もそうらしい。
街の中の主な道は、石と砂利を敷き詰めて整備されている。
買うだけじゃなく売ることもできるけど、今は売るものがないわね。
着なくなった衣類などを売って、別に中古の衣類を買うこともあるのよ。下取りね。
「台所用品と足りない食器、衣類ね。私も最低限は揃えなきゃ」
でも、ドレスを買うわけではないから、ぞんぶんに安物を買いましょう。
節約、節約。
ちなみに今回は鍋などを買うつもりだけど、村には鍛冶師がいるのよ。
鍛冶師!
そんな存在が身近に居ることにちょっと感動する。
だいたい 鋏(はさみ) や 鎌(かま) 、 鉈(なた) や 鍬(くわ) といった農具の整備をしてくれる人ね。
生活用品もお願いしたりする。
鍋も同様だ。でも、今は直す前のモノがないのでまずは購入。
「人、いっぱい……」
「あら。もしかして市場に来るのは初めてなの、リーフェルトくん」
「うん……すごい」
まだ七歳だものね。わざわざ市場にまで連れてこないか。
「わぁ」
楽しそうだ。初めての経験なのだろう。
きょろきょろと市場を見回している。
こういう経験は、たくさんさせてあげた方がいいわよね。
心豊かに育ってほしい。
「これは?」
「これはねぇ……」
リーフェルトくんは市場にあるいろいろなものに興味を示していた。
いろいろと初めての経験なのだろう。
楽しそうだけど、すぐ疲れちゃうかもしれないわね。
細かく休憩を入れていこう。
前世でいうならフードコート的な屋台並びに向かう。
空の木箱などが乱雑に置かれていて、皆が適当にその上へ座って休憩している。
「ちょっと休憩して、ごはんにしましょうか」
「うん!」
リーフェルトくん、元気! いいわ、子供は元気が一番。
お昼に食べるのはパンで、薄く切って焼かれた肉を挟んだもの。
どこの世界でも似たような食生活になるものなのねぇ。
あとは卵焼きがあった。
日本風ではないけど。どちらかというと、そうね。
アイスに二本の棒が刺さっていて、引っ張ると二つに分かれるタイプと同じ形。
焼いた卵をそうして二本の棒に刺して売ってくれるのだ。私も新鮮だわ。
食事を済ませて、休憩を挟みつつ、必要な物を購入していく。
リーフェルトくんの服はちょっと大きめのものを用意しておいた方がいいよね。
「……ねぇ、聞いた? 最近、魔獣の被害が増えているらしいわよ」
おや? 聞き慣れない単語が耳に入る。
魔獣とは何かというと……ここは魔法のある世界だ。
では、魔法を使えるのが人間だけかというと残念ながらそうではない。
獣が魔法を使うこともある。
魔法を使う獣のことを総称して魔獣と呼ぶ。
彼らは本能なのか、或いは生物的な習性か、人とは違う種族特有の魔法を使うらしい。
「アラド地方近隣の村に被害が出たんだって。まだ遠いけど、こっちにも被害が出ないかな」
「心配ねぇ」
アラド地方ね。頭の中で地図を思い浮かべる。
市場があるのがモルセル地区。
アラド地方はここから北東の方にある地域一帯のことね。
隣領となるバルナーク伯爵領の領内だけど、領地間の境にあるのは森だ。
前世のように一歩移動したらそこが県境というイメージとは大きく異なる境界となる。
私たちの暮らす農村はモルセル地区からは北東だけど、やや真北寄りの位置。
つまり件の話は、森を一つ挟んだだけの場所の出来事ということだ。
ちょっと心配ね。
「どうしたの、アーシェラお……姉さん」
「ううん、ちょっと気になっただけ」
リーフェルトくんに手を引かれ、私は買い物を続けることにした。