軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二話

「ママ、ほしー」

命を救ってもらった礼を、小さな子供に決めさせようとしたのが間違いだった。反省はしたが、時既に遅し。期待に満ちた瞳で見上げられ、竜は、困惑を通り越し、逆に慄いている。

「俺が、ママだと?」

力強く頷かれ、竜は困った。彼は、黒竜と言う竜族を束ねる資質を持った、生まれながらの王者。その体を一口食せば百年、二口食べれば二百年生きながらえると言われ、生まれてから六百年、人間に追われ続けていた。それ故に、兎に角、人が憎い。

今回だって、見たこともない兵器に撃ち落とされて、危うく死ぬところだった。槍や剣で攻撃してくるのとは、訳が違う。怪我さえ治せば、今度こそ全人類を殲滅させようと思っていた。

しかし、目の前の小さな子供は、命を救ってくれた上に、キラキラとした瞳で自分を見つめてくる。

「ママ〜」

と伸ばされた両手を叩き落とせるほど、竜は、冷酷ではない。本来は、思慮深く、愛情豊かで、小動物が大好きな生き物だ。

「ママか?」

「ママ!」

ポプン

足元には勢い良く抱きつかれ、黒竜は、胸の中に温かな気持ちが広がるのを感じた。抱え上げると小さな手を竜の首元に回してしがみついてくる。

「ふふふ、ママ〜」

スリスリと頬と頬を擦り合わせる幼女に、黒竜の小さい物好きな本能が擽られる。娘の姿を見れば、服はボロボロ。髪は、ボサボサ。臭くはないが、大して良い生活を送っているわけでもなさそうだ。

「あっち!」

指さされた方を見ると、自分が破壊した荒屋があった。申し訳無さに、自然と眉が下がった。

しかし、

「ちゃーの!(違うの!)」

「痛た」

プーッと頬を膨らませた髪の毛を引っ張られ、彼女が見せたいのは別のものだと気づく。

瓦礫の中、辛うじて残された一角に、小さなベッドがあった。 そこに横たわるのは、生命力のオーラを感じない女性。きっと、もう息すらしていないのだろう。美しい花に囲まれ、微笑んでいるようにも見える。

「あ………」

竜は、事情を察した。 ここは、『呪われた森』。魔物も多く、滅多な事で人は足を踏み入れない。子供ごと捨てられたのか、連れて逃げてきたのか。どちらにしても、夫は、ろくでなしだろう。

「少し、待っていろ」

竜は、ムーを下ろすと、ワームワームの方を見た。

「穴を掘れ」

命じると、我先にと地面に穴を掘り出す。逆らえば、彼の魔力で水分が蒸発するような呆気なさで消し飛ばされるだろう。そうなれば、無限再生を誇るワームワームですら消滅するのだ。

「うひょ〜」

地の底まで掘り進めてしまいそうなワームワームの勢いに、ムーは、楽しげに手を叩いて踊りだす。

タッタカタッタカタッタカタッタカ

すると彼女の周りに、フワフワとした金色の粉が舞った。

竜は、一瞬驚いた顔をしたが、今は、先に終わらせなければならないことがある。

「遺体を埋葬するだけだ。そんなに深くなくていい」

竜の指示で、ワームワーム達は、穴の中から這い出してきた。既に、縦横三メートル、深さ三メートル程の綺麗な正方形の穴が出来ている。

竜は、ムーの母親の元まで行くと、シーツで包み、穴の所まで連れてきた。そして、ムーが見やすいように屈んでやる。

「お前の母親を、ゆっくり眠らせてやろう」

「ゆぅくぃ?(ゆっくり?)」

「土の中は、静かで暖かで心地良いからな」

竜の説明に、ムーは、首を傾げた。土の中に埋めるのは、食物の種くらいだ。それと同じなら、ママは、根を張り、茎を伸ばし、葉を付け、実をならせるのだろうか?

鈴なりになった小さな母親が枝いっぱいに増殖するところを想像し、ムーは、緩む口元に手をやった。

「たくしゃー、うれちぃね〜(沢山、嬉しいね)」

「何の話だ?」

言葉足らずな竜とあらぬ方向に想像を広げる幼児。相性としては、あまり宜しく無いかもしれない。

ムーが母親を野菜と同じように栽培できると勘違いしたことに気づかぬまま、竜は、穴の中に飛び降り、遺体を地面に寝かせた。三メートルの深さは、竜にとっては大した事ではないらしく、ヒラリと飛び上がると、再びムーの横に立った。

そして、竜は、『ママ』の魂を弔うために、600年の竜生の中で見てきた『葬式』を真似ることにした。両手を高く上に上げた後、両膝を地面について額づく。何か間違っているようだが、何が間違っているのか指摘できる者は、ここには居ない。

ムーも、見様見真似で、両腕を高く上げた。その状態で膝つくのは、なかなか難しく、ガツンと膝を打って悶絶した。

「いちゃい(痛い)」

ムーの膝から、血が出ている。竜は、慌てて抱き起こし、服についた土を払った。

「大丈夫か?」

「あぃ、チュバちゅければ、なおりゅのよ(はい、唾付ければ、治るのよ)」

ムーは、しゃがみ込むと、ペペッと唾を自分の膝に吹きかけた。すると、一瞬にして傷は消え去り、ツルツルの皮膚に戻る。

「お前……」

絶句する竜を前に、今度は、ゆっくり膝をついたムーが、両手を上げて土に額づいた。その姿は真剣そのもので、心の中で、『ママが上手く育ちますように』と祈っていた。

黒竜を死の淵から救った幼子がいるなど夢にも思わない各国の重鎮達は、王の命令を受け、出撃準備を整えつつあった。

もし、彼らが、『叫び草』を栽培する人間がいるなど知っていたら、竜よりも先に捕獲に走っただろう。

黒竜の肉は確かに得難いが、自分達の口に入るかは、王の胸三寸だ。なにせ、食えば食うほど寿命が伸びるのだ。出し惜しみするのは、目に見えている。

しかし、叫び草は、違う。栽培量を増やすことさえ出来たら、高い確率で自分達の口に入る機会がある。死にかけた人間すら蘇らすと言われる奇跡の薬草。しかも、生育者の唾まで薬になると知られれば、ムーは、確実に永久監禁だ。どれだけ泣き叫ぼうと、奴らは、彼女が死ぬまで働かせ続けるだろう。

だが、この事実を知るのは、竜とムーとワームワームのみ。しかも、竜以外は、まともに話せない。

「お前、森から出るなよ」

「あぃ」

ムーは、墓穴に土を放り込みながら、真剣に頷くが、『もり』が何なのかは、分かっていない。

竜に、パンを拾いに七日ごと森の入口まで行くことを知られ、オシリペシペシの刑に処せられたのは暫く後の話だ。

結局、埋葬するのに一時間かかった。ワームワームは、掘るのは得意だが、埋めるのは苦手らしい。竜とムーが墓穴に土を落とす横で、新たな穴を掘って怒られていた。

そして、なんとか無事に埋葬が終わると、一呼吸置いた竜は、ムーの前で腕組みをし、顎を上げた。

「俺は、ママではない」

わざわざ宣言する程の事でもないのだが、男が子供を産めないことは、知らしめねばならない。

そんな竜のプライドを小さな子供が理解できるはずもなく、

「はぅ」

ムーは、短く息を吐き絶望に打ち震えた。そして、ヨロヨロとした足取りで前進し、ポフッと竜の足にしがみつく。

竜は、大きくため息をついた。六百年生きてきて、人間の子供に抱きつかれたのは、今日が初めてだ。どう対処すれば良いのか、全くわからない。

プルプル震える幼女の背中を、竜は、ゴツゴツした大きな手で恐る恐る撫でた。すると、不思議なことに、体内の魔力が癒される気配がした。

愛おしい。

自然とその思いが湧いて出てきた。竜には、運命の相手『番』が存在すると言われているが、もしや、この少女がそれなのか?

ただ、こればかりは相手が稚すぎて分からない。なにせ、この子の体は、まだ子を産める準備が整っていない。初潮を迎えた『番』からは、蜂蜜のような甘い香りがするらしい。

ランバルトは、自分の直感を信じることにした。

「俺の名は、ランバルト・ボゴゴゴメス・ルクシオール・サラマンカ・フレデリック・ロンバルディア・……」

何故か竜が長い、長い、長い名前を唱え出し、ムーは、何度も瞬きを繰り返した。しかも、まだまだ終わりではないらしく、黒竜は、口を動かし続ける。最初は、ムーも必死に覚えようと耳をそばだてた。

でも、眠気に勝てなくて頭がグラグラ揺れ始める。竜が背中を撫でてくれるのも、心地良すぎでフワフワしてきた。

くぅーくぅーくぅー

いつの間にか、ムーは寝てしまっていた。竜の鳴き声に集まっていた小動物も、ワームワームすら、深い眠りについてしまった。子守唄以上の効果があるロングネームである。

しかし、竜は、名乗るのをやめない。やっと言い終わった時には、空には、なんと月が登っていた。

グーーーーーーーーーーッ

お腹が鳴って、ムーは、目を開けた。鼻先に、黒竜の目があり、ジーッと自分を見ている。

「もう良い。俺の事は、ランと呼べ」

諦めたように妥協したランバルトに、

「あい」

ムーは、勢い良く頷く。ランバルトも、笑うしかない。竜が真名を名乗るという事は、家族と認めたということ。彼も彼なりに、幼女を受け入れた現れでもあった。

「お前の名は?」

聞かれて、ムーは、月を指差した。

「ムー!」

「ムー?・・・ 月(ムーン) のことか?」

コクコクコクコク。

自分の名前を正しく発音してくれて、ムーは、嬉しくなった。彼女は、どうしても『ン』が発音できない。ムーの本当の名前は、ムーン・シルバー。ふり注ぐ月光の下、銀色だった髪が七色に輝き出した彼女は、月の女神の愛し子だった。

再び、何処からともなく現れた金色の微粒子が、暗い森を照らしている。ムーンが手を伸ばすと、光は集まり、クルクルと回転して球体となった。癒しの波動を放つソレは、月の女神が得意とする治癒魔法。まだまだ力は、微弱なものだ。本人すら気付いていないだろう。

しかし、この力を人間に知られれば、少女はただでは済まない。この小さくて愛らしい存在を守らせる為に、自分はここに引き寄せられたのだとランバルトは思った。

時を同じくして、ムーンの父、ダークの住む屋敷で、一人のメイドが祈りを捧げていた。その胸には、ムーンが母から譲り受けたペンダントと同じものが輝いている。

「どうか、お嬢様をお守り下さい」

彼女の名は、シェリル。彼女の母がムーンのママの乳母だった為、双子の姉妹のように育った。八歳になるころには流石に身分差があることから、専属メイドとして仕えるようになったが、二人だけの時には名前で呼び合うこともあった。

そんな彼女は、広大な庭の片隅に作った小さな祠の前で手を合わせることを日課としている。自作のそれは、歪で崩れかけていたが、あまり立派にすると『当主代理』となったダークに怒鳴られる。目立たぬよう、コッソリ祈るには、この不格好さが丁度よい。

シェリルは、一人娘であったお嬢様の良き理解者であり、同い年ではあったが姉のような気持ちでお嬢様の成長を傍で見守った。結婚式の日は、我が子を送り出すような寂しさを感じ、大泣きしたのを昨日のように思い出す。

その大切なお嬢様が、先代が亡くなった二ヶ月後、乳飲み子と一緒に姿を消した。言い訳適度の捜索は早々に打ち切られ、その後、当たり前のようにダークが愛人と息子を連れてきた。

なんと、その息子グレイは、三歳だった。結婚して四年なのだから、結婚後に愛人が生んだことになる。

怒りとともにシェリルが警邏隊に訴えても、貴族の問題に誰も首を突っ込みたがらない。しかも、相手は身分を保証された魔導師だ。逆らえば、自分の命のほうが危うい。

今も、グレイを跡取りとして育てているが、事情を知る貴族達からは、影で嘲笑われている。何せ、血を受け継ぐ事こそが貴族としての価値。

不可能に近いが、もし、公爵家の簒奪に成功したとしても、元伯爵家の三男坊と何処の馬の骨かも知れない女の息子など、今後婚姻を結ぼうなどとは思わない。

ただ、静観しているのは、自分に関係ないからだ。息子に引継ごうとした時点で、王家が何かしら理由を付けて、お取り潰しにするだろうと噂をしている。

実家の伯爵家が、三男は婚姻の時に縁を切っていると公言しているのも、そういう理由からである。まったくもって、外の世界は、どす黒い。

優秀な使用人は、こんな家に見切りをつけて、さっさと辞めていった。紹介状などなくとも、元シルバー公爵家の使用人とあらば、引く手数多だからだ。シェリルは、いつかお嬢様が帰ってくるのではないかと、この家を出ていくことが出来なかった。

「また、お前か!」

背後から聞こえた怒鳴り声に、シェリルは、小さく溜息をつく。当主気取りのダークは、王国一の魔導師という触れ込みだったのに、最近は、屋敷に居ることが多い。

そして、メイドや庭師等に小言を言って回るのを生き甲斐にしているように見えた。

「勝手に食べ物を持ち出して、何をしているんだ!窃盗罪だぞ!」

「旦那様、これは、私が昼食で頂いたパンを残しておいたものです。うっかりカビさせてしまったので、動物にでもやろうかと」

「そんなことをするから、魔物がこの辺りを彷徨くんだ!」

ここ最近、森の瘴気は益々濃くなった。その影響で、この屋敷に一番近い森の西側に置かれた結界石の一部が壊れ、魔物が市街に出没する事例が出始めている。先日など、今までに類を見ないワームワームの大群が、畑を一つを全滅させたところだ。

代々、結界石の管理は、シルバー公爵家が行っていた。跡継ぎとなる者は、幼い頃から、結界石についての教育がなされる。先代や『ママ』が生きていれば、きっと補修することも可能だっただろう。

だが、何の教育も受けていない入婿のダークに出来るはずもない。

「旦那様、魔物は、こんな残飯食べませんよ」

口答えするシェリルに腹を立てたダークは、持っていた杖を振り下ろした。

ビシッ

シェリルの額から血が流れる。殴ったくせに、ダークの顔色が悪くなった。もう、この屋敷には、殆んど使用人がいない。愛人が家事を出来るわけもなく、シェリルが動けなくなると、今晩の夕食から明日の衣服の洗濯まで滞る。

「い、言うことを聞かないなら、こうなるんだ!」

そそくさと逃げるように立ち去ったダークに、以前のような威風堂々としたオーラはない。

「お嬢様を大切にすれば、こんなことにはならなかったのに」

シルバー公爵家の歴史をきちんと知るものなら、この家の重要な役割についても理解できていただろう。

『呪われた森』と王都の間に位置するのが、シルバー公爵家の領地だ。

いや、『呪われた森』との防波堤にする為に作られた公爵家と言っても過言ではない。それ故に、領地は、森を囲むような楕円形をしており、瘴気によって作物などが育たない分、国から莫大な予算を与えられているのだ。

その昔、月の女神の愛し子をこの国の第二王子が射止めたことから、シルバー公爵家を興したと伝えられている。

その愛し子は、人の能力を飛躍的に上げ、治癒の力で人々を癒やすと言われていた。徐々に子孫に伝わる能力は弱くなってきたといえども、実際、お嬢様にも傷を癒やす力があった。

『シェリルの手は、働き者ね』

幼い頃、お嬢様の小さな手が、シェリルのあかぎれた手を撫でると、血が出るほど割れた皮膚が、スーッと元の状態に戻った。

『お嬢様、その能力は、悪い奴らに利用される恐れがあります。決して、人前では使わないよう』

家族に愛され、疑うことを知らない彼女をシェリルは、心配した。

『大丈夫よ、心配症ね』

微笑んだお嬢様の顔が忘れられない。

その後、ダークが婿入りし、奴の能力は更に嵩上げされた。王からの覚えも良く、シルバー公爵家最高の隆盛を極めると思われていた。

しかし、当主夫妻が突然病に倒れ儚くなってから、お嬢様の髪はパサつき、食べる量は変わらないのに痩せ細っていった。食事に細工がされていないか調べたが、怪しい点はない。そこで、シェリルは、シルバー公爵家の成り立ちから現在に至るまでを紐解くことにした。

そこに書かれていたことに、愕然とする。

『月の女神の愛し子は、愛の力を素に力を発揮する。愛が枯渇すれば、命を削る。くれぐれも、大切に扱い、敬うように』

結婚当初から女の影がチラついていたダークを、お嬢様も愛してなどいなかった。生まれてきた子には罪はないと、ひたすらに慈しんでいた。両親が生きている間は、彼らからの愛で、なんとか力を使えたのだろう。

しかし、愛していない男では、力は奪われるばかりで、干からびるしかない。

「罰が当たったんだ」

シェリルは、額から流れる血をハンカチで抑えた。少しの血がついたが、既に傷口は塞がっている。

『私と貴女だけの秘密よ』

彼女が正式にメイドとなった日、お嬢様は、自分とシェリルの血を混ぜて人工魔石を作った。その石を通して、互いの力を共有出来るのだ。効力は微々たるものだが、多少の傷なら治してしまうだけの効力を持っていた。

シェリルが、お嬢様は生きていると信じるのも、この効果が途切れていないことと、石が人肌を保っているからだ。

「あんなに美しかったのに…」

シェリルは、変わり果ててしまった屋敷を見上げた。何処からともなく生え始めた蔦が、数年で屋敷全体を覆い、窓ガラスから光すら入らなくなった。真っ暗な中、蝋燭を灯す事すら贅沢と言われ、本数を減らした結果、薄暗い幽霊屋敷が出来上がっていた。

ダーク自身も、年々目が落ちくぼんでいく。当初は、膨大な魔力で部屋中に灯りをつけていたのに、今では、自分の目の前しか照らしていない。

文献には、このような事例は載っていなかった。今まで、愛し子をここまで粗略に扱った者はいなかったのだろう。シェリルは、これは『月の女神の呪い』だと思っている。

お嬢様を本気で愛し、互いに支え合っていれば、明るい未来があっただろうに。

「ざまぁみろ」

シェリルは、台所に向かって歩き出した。今晩の夕食は、鼠肉のソテーにでもしてやろうと心に決めて。

「ラー、だっこ」

抱っこして貰えることに味をしめたムーンが、両手を広げてランバルトを見上げているが、心を鬼にして拒否をする。

「棲家を作る方が、先だ」

ムーンの母親を埋葬した後、ランバルトは、ムーンが安心して眠れる家を作ることにした。真剣に構想を練る彼の足元で、

「ぅぅ……だっこ……」

ムーンが、悲しげな表情でニギニギと手を閉じたり開いたりする。

チラリとそれを見たランバルトは、ヒョイッと彼女を左の小脇に抱えた。ムーンの希望するスタイルではないが、コレも抱っこといえば抱っこに分類されるだろう。荷物のような扱いに、プーッと頬を膨らませるムーンを無視し、ランバルトは右手を振り上げた。

すると、

ゴゴゴゴ

地響きが起こり、徐々に地面が盛り上がる。それには、流石のムーンも驚き、大人しくなった。クリクリとした大きな瞳を更に見開き、口まであんぐりと開けている。

ランバルトが土魔法で作り上げたのは、先程の荒屋が三軒ほど入ってしまいそうな巨大ドームだ。

「お前達、行け!」

ランバルトが指示を出すと、ワームワームは、軍隊さながらの連帯感で、クネクネと体をくねらせて窓を掘っていく。まだまだ荒削りだが、なかなか良い居住スペースが出来た。

「ムーン、どうだ?」

「しゅごーぃ」

「気に入ったか?」

ムーンは、首がもげるくらい激しく頭をヘッドバンキングする。

それに満足したランバルトは、雨が降った時の為に、チョチョイと建物全体に防水の結界を掛けた。

がらんとした中に入ると、その広さに興奮したムーンが、手足をバタバタ動かした。拘束を緩めてやると、ピョーンとランバルトの腕から飛び降りて、興味深げに内部を見て回る。

土で出来ているとは思えない壁は、大理石のように硬くてツルツルしていた。既に、戸棚や仕切りの壁まであった。

「まぁ、こんなものか」

内心、及第点以上と思っているくせに、ランバルトは、鷹揚に頷いてみせる。偉大なる竜に褒められたとあって、ワームワーム達は、体をくねらせ喜びを表した。

その後、森の中の動物達が、 挙(こぞ) って食べ物を持ってきた。彼らは、どうやら、ランバルトをとても気に入っているようだ。きっと、絶大なる庇護者が自分達を非常に愛していることに気づいたのだろう。

お腹が空いたムーンは、ランバルトの膝の上で、リンゴを食べることにした。

モグモグモグモグ…モ…グ…

今日一日、色々ありすぎたのか、ムーンは、食べながら船を漕ぎ始めた。それを見たランバルトは、彼女が眠りやすいように横抱きにした。

「今日は、ここで寝ろ」

筋肉質なランバルトの体と比べれば、今まで寝ていた木の床の方が、まだ柔らかい。

しかし、頭を撫でてくれる手と、優しく語りかけてくれる声がある。ムーンは、嬉しそうに頷き、カプリとリンゴに噛み付いた。

結局、ムーンは、ランバルトに集まる小動物に埋もれるようにして眠った。八年の人生の中で、最も幸せな眠りだった。

「ふぅ、やっと眠ったか…」

スヤスヤと気持ちよさそうに眠るムーンを小動物達の中に埋め、ランバルトは、ホッとした表情を浮かべた。

彼は、生まれてから今日まで人の子と関わった事などなく、体に触れる力加減が分からない。爪も尖っており、あの柔らかい皮膚に傷をつけないかヒヤヒヤしていた。ムーンが月の女神の愛し子であり、ある程度の怪我は唾で自己修復出来るのは、不幸中の幸いだった。

「それにしても、月の女神も酷なことをなさる」

神に愛されることが幸せなのかと問われれば、ランバルトは、是と答えることが出来ない。過剰な加護を与えられれば、その蜜を吸おうと、害虫が寄って来るものだ。特に、小さな子供や女は、抵抗する力が少ない。もしもを想定し、今から出来る限りの手を尽くす必要がある。

先ずは、森の偵察だ。ランバルトが迎撃された際、なぜムーンの荒屋を落下地点に選んだのかを考えてみた。

感じたのだ、微かながら守りの力を。邪な思いを持つ者を近づけない、凶悪な生物を退ける結界とも言える空気が荒屋の周辺から漂っていた。

ザッザッザッザッ

先程から、ランバルトが歩く度に後ろに列をなす小動物が増えていく。既に、行列と言っても過言ではない。

今、この森は、発生する瘴気が強くなり過ぎ、小型の生物には生きづらい場所になりつつある。そんな彼らが、ムーの住む荒屋の近くに生息していたのには、訳があるはずだ。

「ほぉ、見事なものだ」

ランバルトが目にしたのは、岩肌に刻まれた精密な文字の羅列。一朝一夕に掘ることはできない。

「これは……護符のようなものか」

触れると、微弱ながらムーンを抱き上げた時に感じたオーラに似たものを発している。

「『ママ』か…」

ランバルトは、ベッドに横たわっていた女性の事を思い出した。ムーン程の力は無かったのだろう。指先に、無数の傷跡が残っており、治癒能力の低さを物語っていた。

しかし、この護符を見る限り、その知識は確かなものだったようだ。娘を守るために、彼女は、荒屋の四方にある岩に、この護符を刻んだのだろう。それは、文字通り血の滲む作業だったはずだ。

その愛から生まれた聖なる障壁は、荒屋を包み込み、周辺の小動物達も育んだ。こんな荒くれた森で、リスやうさぎ等が生きている事自体奇跡とも言える。

この事実は、一生ムーンやランバルトに知られる事はないだろうが、ママが護符を刻んだのは、ダークが張る結界が力を無くしたからだ。

ここに捨てられた当初は、彼の力で何者も入れない、そして、何者も出られない境界線が作られていた。

しかし、『月の女神の呪い』で『ママ』から力の補助を受けられなくなったダークは、この森に入ってくることすら出来なくなったのだ。いつでも手の届く場所に隔離するはずが、二度と手に入れられない場所へと変わっていた。

ダークの手から逃れた代わりに、庇護も受けられなくなった『ママ』は、娘を守るために自分が持つ全てを掛けたのだ。魔力の少ない彼女は、命を代償に護符を刻み、生活の知恵を授けて生きていけるように育てた。

死を目の前にした時、どれほど無念だっただろう。

『ムーン……あいしてるわ』

最後に囁いた言葉を、ムーンも覚えている。母の愛の中でスクスク成長したムーンは、生まれ持った資質を十二分に発揮した。しかも、この国一の魔力量を誇る男が父親なのだ。今ではその存在自体が結界のようになっていた。『ママ』が腐り果てずに何年もの間ベッドに横たわっていたのも、捧げる花と共に、ムーンが魔力を分けていたからだ。

「『ママ』とやら、貴女は、素晴らしい人だ。貴女の代わりが務まるか分からないが、精一杯やることをここに誓おう」

ランバルトは、ママの護符の上に、更に強力な魔力を重ねた。岩自体が青白く光りだし、4つの岩を結ぶ線が視覚的にも捉えることができた。その線は、徐々に上へ上へと伸び、壁を形成していく。

そして、荒屋を完全に囲い込む箱型になると、光りは薄くなり、月夜の光りのように淡くなっていった。一見では分からないが、これで、ランバルトが許可した者以外、中には入れなくなった。

「ふぅ、これで、少しは安心できるな」

安堵の溜息をつくランバルトだが、この時、結界の周辺1キロ以内に居た大型魔獣は、全て消え去っている。明らかな、過剰防御だ。

いや、これはもう、先制攻撃といっても過言ではない。注意する者が居ない竜という存在は、そのものが天災なのかもしれない。

次の日ムーンとランバルトは、壊れた荒屋から使えそうな物を全て掘り起こした。

「みっけ(見つけた)」

ムーンが手に持つのは、木の玩具だ。形は歪だが、長年使っていたのか、飴色に輝いている。

「それは、なんだ?」

「いもーと(妹)」

姉妹を欲しがったムーンに、ママが、木を削って作ってくれた妹は、辛うじて顔らしき部分に目と鼻と思しきものがついているくらいで、手足はなかった。

それでも、ムーンの宝物なのだ。優しく横抱きにし、

「よーち、よーち」

とあやす真似をしている。

「……名前は?」

「にゃまえ?(名前?)」

「お前は、ムーンなのだろう?なら、妹にも、名前をつけろ」

「いもーと、にゃまえ、ちぁう?(妹、名前と違う?)」

どうやら、ムーンは、妹の名前が『いもーと』だと思っているようだ。と言うことは、きっと母親の名前も、『ママ』だと思っているのだろう。

「悪い……」

気まずげなランバルトに、ムーンは、首を傾げる。よく意味は分からないが、どうやら、彼は、『いもーと』を別の名前で呼ばせたいらしい。

「パパ」

ムーンは、人形を両手で掴み、前に押し出しながら、新たに考えた『別の名前』を言ってみた。

「は?」

「パパ」

「いや、パパは、違うと思うぞ」

「ババ」

「……それも違うな」

昨日、自分が『ママ』と呼ばれた手前、『パパ』は、どうしても避けたいが、『ババ』にも、抵抗がある。

ムーンは、折角付けた名前に駄目だしばかりするランバルトの足を蹴った。

「痛いぞ、ムーン」

「むーーーーーっ!ピピ!」

ムーンが捻り出した新たな名前に、ランバルトは、大袈裟なくらい喜んでムーンのご機嫌を取ることにした。

「おぉ!いいな!ピピか!ムーンは、天才だな!」

最近、破裂音が楽しくて仕方ないムーンは、『ピピ』を繰り返しながら、妹人形を天に放り投げた。

「こら!妹は、大事になさい!」

ランバルトは、その辺にあった紐を使って、ムーンの背中に妹を括り付けた。

「ほら、他にも必要なものを、あっちの家に運ぶぞ」

「あーぃ」

それから、二人は、鍋に木製のお皿、母が残した衣装や裁縫道具など、もう、森では手に入らない物を丁寧に拾った。懐かしい物が見つかるたび、ムーンの手が止まったが、なんとか昼前までに終わらせることが出来た。

「次は、寝床だな」

「ラー、だっこ」

「毎日、だっこで眠れると思うなよ。俺の背中が痛い」

『ラーさんベッド』が良かったムーンは、口をとがらせたが、実際にベッドを作り始めると、鼻の穴を大きく開いて興奮し始めた。

森にある大木を一本サクッとランバルトが伐採し、担いで帰ってくると、ワームワーム達が、一切に製材にかかる。本来ならば生木を乾燥させるのに半年から一年くらいかかるが、ワームワームが加工中に、ガンガン水分を吸収するので、角材になった頃には、売り物になるレベルに昇華されていた。

「まぁまぁだな」

ツンデレランバルトが、ニヤニヤしながら『まぁまぁ』発言をすると、まるで既知の仲のようになったワームワームは、クネクネと喜びの舞を踊る。一緒にムーンも踊り始めた。こうなると、止めるまでに時間がかかる。

「飯を作る!」

そう吐き捨てると、ランバルトは、昨晩作った家へ戻った。中には、既に竈と煙抜きの煙突も作ってある。自分だけならば生肉で十分だが、ムーンは人間の子供だ。とりあえず、果物を剥くことにした。

サクサクサクと包丁で8等分にしたら、そのまま皿に並べるのかと思ったら、

シャリシャリシャリシャリ

物凄い早いスピードで、何かをしている。どうやら、細工切りをしているようだ。

「ふぅ、出来た」

それは、ウサギ型に切られたりんご。皿の上に、綺麗に8つ並んでいた。これも、人間の生活を垣間見たときに覚えていた剥き方だった。

踊り疲れて戻ってきたムーンは、それを見つけると、

「はわわわわ」

と意味不明な言葉を発しながら人差し指で撫で始めた。

「昼飯だ、食え」

「むぅりぃ〜」

可愛すぎて手が出せないムーンは、代わりに自分が干物にした魚を火で炙り、カラカラのパンとほぼお湯のスープを出した。なかなかの手際に、ランバルトは、感心する。

「……まぁ、美味いな」

初めての生肉以外の温かな食事は、ランバルとの心と体をゆっくり温めていった。

その後、一日放置されたうさちゃんリンゴは、変色し始めた為、ムーンがありがたく頂いた。とても美味で、

『また、剥いてやるから!』

とランバルトが約束するまで、ムーンはしつこく床を転がりまくった。

昼食後、新たに手作りしたベッドは、もう、ギシギシ音なんてしなかった。ランバルトと2人で乗っても、壊れたりしない。ムーンが跳ねても、グラグラ揺れたりしない。

ムーンの生活は、ランバルトと出会ってから、眩暈がしてしまいそうなくらい幸せに満ちていた。

つづく