軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十八話

ザイラードさんに無邪気な目で見つめられたあと、私たちは無事、キイチゴスポットへ到着した。

「すごい、たくさんですね…!」

あっちもキイチゴ、こっちもキイチゴ。一つ飛ばしてあっちもキイチゴ。(飛ばしたのもキイチゴ)

よく知らなかったけれど、キイチゴは低木で、ほかの木に絡みながら成長しているようだ。腰丈ぐらいまであり、赤い実がたくさん見える。

これならばたしかに、二カゴ確実…!

「まだ実があってよかった。動物や鳥に食べられていなかったようだな」

歓声を上げる私の隣で、ザイラードさんが安心したように頷く。

下見でキイチゴがたくさんあるのはわかっていたようだが、残っているとは限らないもんね。

「ではさっそく!」

低木ですぐに取れて、赤い実で目立つ。さらに皮むきなども必要ないんだから、キイチゴは私に食べられるために存在しているといっても過言ではないだろう。

テンションが上がった私はその場に屈み、赤い実へと手を伸ばす。

が――

「いたっ……!」

――伸ばした右手にピリリと痛みが走った。

「あー……」

伸ばした手を引っ込め、今もツキツキと痛む指先を見つめる。そこは赤い血が滲んできていた。

「大丈夫か!?」

「あ、はい、ちょっとなにかが刺さったみたいで……」

「すまない、説明を先にすればよかったな。キイチゴはトゲがあるんだ」

ザイラードさんが私の前に跪き、大切なものに触るかのように私の手を取る。

ちょうど右手の人差し指に擦過傷がついてしまったようだ。

「トール、ケガシタ!?」

「トール、ケガシタノ!?」

右肩と膝のあたりで焦った声がする。レジェドとシルフェだ。

「あ、大丈夫だよ、二人とも。ザイラードさんも、そんな顔しなくてもいいですよ」

ちょっとトゲで傷ついたぐらいで大げさだと思う。

そう。日本の会社員は常に身も心もボロボロだからだ。

右人差し指を傷つけたときに最初に思うのは、タイピングしにくいから困るな、という仕事に関することで、自分の身などあまり気にしない。あ、シャンプーもしにくいから困るかもな。

「トール、ナオス!」

「トール、ナオスネ!」

そんな私の思いなど露知らず、レジェドどシルフェは勢い込んでそう言った。

その途端、私の体がきらきらと輝き――

「え、なにこれ……っ」

――傷が塞がっていく。

たしかにあった擦過傷が消えた……。

びっくりしている間に、ザイラードさんがどこからか清潔な布を出し、私の指先を拭う。血を取ったあとの指先は元通りになっていた。

「治った……」

「治っているな。痛みはないか?」

「あ、もう全然ないです」

私にいったいなにが起きた……? 魔法的なあれ……?

「二人とも私になにかした……?」

「生命力、ワケタ!」

「生命力、ワケタヨ!」

私の困惑にレジェドとシルフェは胸を張って答える。

なるほど、生命力を分ける。

「そっか」

わからん。

「それはいったいどういうことだ? 生命力を分けるとどうなる? 詳しく教えてくれ」

いつもながら理解を諦めた私に代わり、ザイラードさんが丁寧にレジェドとシルフェに尋ねてくれる。

すると、レジェドとシルフェは顔を見合わせ、うーん? と首をひねり、答えた。

「契約シタラ、オレノチカラ、トールニワタセル!」

「ボクノチカラモ!」

「ああ。それで圧縮したり、ブレスを吐いたりできるんだったな。あとは居場所もわかる、と」

「ソウダ」

「今の光はそれとは別のことだな?」

「ウン! ボクノ生命ヲアゲタノ!」

「生命とは?」

「イキル時間!」

「生きる時間……つまり、寿命を渡したのか?」

「ソウダ」

え、重。びしょびしょに濡れた綿布団ぐらい重い。驚きの重さ。

「いや、手をちょっと切っただけで寿命は欲しくなかった……」

二人の寿命ではなく、絆創膏が欲しかった。割と素直に。

「たとえば、瀕死の重傷だったとしても、お前たちが生命力を渡すことで回復するのか?」

「ウン!」

「どれぐらいまで治せる?」

この質問にレジェドとシルフェはまた顔を見合わせた。

「ヤッタコトナイ。デモ、体ガアレバ」

「体ガ半分グライ?」

新事実。私、体が半分あれば、蘇生可能。

もはや物語のラスボスの構え。ただの会社員が不死身系ラスボスですね。

「もし、生命力を渡したら、お前たちはどうなる?」

「チョットヘル」

「チョットヘルネ」

「寿命が短くなるのか?」

「ソウダ」

「ウン」

「え、それ困るな」

よくわからないから別にいいかと思ったが、それはよくない。

体が半分あって蘇生された結果、かわいい二人の寿命が減るのは違う。

ので、私はレジェドとシルフェを抱き寄せ、じっと目を見た。

「今のケガはね、ちょっと血が出ただけでちゃんと洗って布でも巻けば、すぐに治ったと思う。二人の生命力をもらうようなものじゃなかったよ」

「……デモ」

「……ダッテ」

「二人が心配してくれたのはわかる。でも、私は二人の寿命をもらってまでなんとかなりたいとは思ってないよ」

「……デモ……トール、イタイッテ……」

「……ダッテ……トールノキズ、ヤダッタノ……」

「……うん」

うん……。

「かわいいね……。かわいいね……」

かわいさと愛しさ。大切な話をしていたはずだが、もはやかわいさと愛しさしかない。

見て、このきゅるんとした青い目……。見て、このうるうるの赤い目……。

なにも言えなくなった私に代わり、ザイラードさんが質問を続けた。

「今ので寿命はどれぐらい減ったんだ?」

「マバタキグライ」

「マバタキグライ」

「瞬き、ぐらい」

なるほど?

「もし、体が半分しか残っていなかったとして、そこから蘇生したらどれぐらい減る?」

「サンニチグライ」

「サンニチグライ」

「三日、ぐらい」

軽。羽毛布団。生命力を渡すってそんなに重くなかった。

レジェドもシルフェも生命力満点だね。

「……じゃあ、いいか」

いっか。生命力もらっても。できるだけ体が半分になることは避けるけど、もしものときはいっか。

「ソウダ! トールガイタクナイナライイ!」

「ウン! トールガ元気ナライイ!」

私の適当な返事と、レジェドとシルフェのうれしそうな声。

それにザイラードさんがほっと息を吐いた。

「そうだな。あなたには力があるが、傷ついたり病気をしたときなど、どうするかは心配していた。これで解決するならよかった」

「え、そんな心配をしてくれていたんですか……?」

「ああ、気になって毎日あなたの部屋を訪問していたんだが……」

知らなかった。ザイラードさんが毎朝訪ねてくれたのは、体調を心配してくれていたのか……。

「あなたは疲労困憊の状態でここへ来ただろう? 日に日に顔色もよくなっているとは思っていたが、もしかしたらあまり体が強くないのかもしれない、と感じていたんだ」

「いやいや、割と元気は元気なんですよ」

心配させて申し訳ない。ちょっと仕事が立て込んでいたのと、上司の嫌味攻撃で精神が疲れていただけなのだ。

ここに来てぐっすり眠れるし、上司はいないしで、正直どんどんと元気になっている。

体も病気知らずとは言わないが、ちょっとぐらいなら無理をしてもなんとかなっているからこそ、仕事を続けているという状態だったしね。

「あなたは異世界からここに来て、私たちを救ってくれた。できるだけ健やかに楽しく過ごして欲しい」

「あ……」

ザイラードさんは傷の治った私の手を両手でそっと包んだ。

「あなたが笑うと、うれしいんだ」

「あ、あ、あ、あ」

きらきらの金髪ときれいなエメラルドグリーンの目。大きくてあたたかい手。優しい表情。

これぞ、私を「あ」しか言わせなくさせる魅力。

「トゲに気を付けろ。キイチゴは逃げないから、ゆっくり採ってくれ」

「あ。あ」

私はぎこちなく頷いた。