軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三日目の約束

アリーゼの誕生から三日目が終わろうとしていた。体の痛みもだいぶ消え、アマーリエは起き上がり、窓から外を眺めていた。冬の冴え冴えとした空に星々が煌めいていた。

「綺麗……」

そうつぶやいて微笑む。寝台を見れば乳を飲んで満足したらしいアリーゼが、すやすやと寝息を立てていた。

近づいて見れば、ミルクの匂いがする。その時、ノックの音がした。

「はい」

「休んでるところをすまない」

顔を出したのはエルヴィスで、立ち上がっているアマーリエを見て血相を変えた。手にした書類を乱暴に机に置くと慌てたように彼女に近づきその肩を支える。

「まだ起きててはダメじゃないか」

「エルヴィスさま……もうそろそろ大丈夫ですよ。それよりお仕事お疲れ様です」

当初は執務を寝室に移すと宣言したエルヴィスだったが、アンネとアンゼルムに、奥さまが休めませんと反対され、渋々諦めた。その代わりに仕事を早く片づけては、足繁く寝室に顔を出すようになった。エルヴィスはアマーリエをしげしげと見つめると、ため息を付いて心の底から安堵した声を出す。

「……生きてる」

「生きてますよ。大丈夫ですよ」

そう答えると、エルヴィスは頷き、その力強い腕でアマーリエを抱き寄せた。シトラスの香りがアマーリエを包み込む。

「アマーリエ。ありがとう」

「なんのお礼ですか」

アマーリエがやわらかく微笑むと、エルヴィスは少しだけ彼女を離し真面目な顔でアマーリエを見つめた。

「アリーゼをありがとう。生きててくれてありがとう。それから……」

エルヴィスは少しだけ瞳を伏せ、振り絞るように言う。

「私と出会ってくれて、ありがとう」

「それは、わたしの台詞ですね」

アマーリエはそう言うと、エルヴィスの頬に手をやった。

「こちらこそ、ありがとうございます。エルヴィスさま」

「アマーリエ」

エルヴィスはまるで壊れ物を扱うように、そっとアマーリエの背にもう一度手を回した。

「……ありがとう」

彼の絞り出すような響きに、アマーリエの胸が締め付けられる。かつて、やつれた面差しで川に身投げをしようとしていた彼を思い出す。

彼はきっと、この三日間、あの悪夢の中にいたのだ。

わずか三日で逝ってしまったエリーさまの無念と、残された彼の孤独。――繋いだ手から伝わる微かな震えに、アマーリエの胸が痛む。

「クラウスもアリーゼも、ちゃんと成長するまで見守りましょうね」

「ああ……」

「エルヴィスさまこそ、ムリしないでくださいね」

「わかった。約束する」

エルヴィスはそう生真面目に頷いて、彼の最愛の妻にそっと口づけをした。

繋いだ手から伝わる鼓動が、生きている喜びを何よりも雄弁に語っていた。

過去の傷跡が消えることはなくても、それを包み込むほどの愛が彼の腕のなかにある。

ローゼンブルグ邸に流れる時間は、もう二度と絶望に停滞することはない――アマーリエは彼の腕のなかで確信していた。

新しい朝を信じて、家族は寄り添いながら、穏やかな眠りへと落ちていく。夜は、ただ、優しくゆっくり更けていった。(了)