作品タイトル不明
冬の祝福
産声が廊下の静寂を打ち破ったあと、世界の色は一変した。
膝をついたまま、エルヴィスは何度も荒い呼吸を繰り返し、ようやく震える声を出した。
「……助かったのか。アマーリエも、その、赤児も」
「はい、旦那さま。お二人ともお元気です。さあ、中へ」
アンネに促され、エルヴィスとフェリクスは、恐る恐る室内へと足を踏み入れた。
室内は、先ほどまでの壮絶な戦いを物語るような熱気と、血の臭気、そして清潔な麻の香りが混じり合っている。
ベッドの上で、アマーリエはひどく疲れ切った様子で横たわっていた。しかし、その表情はかつてないほどに穏やかで、腕の中にある小さな命を見つめる瞳は慈愛に満ちている。
「アマーリエ……!」
エルヴィスが枕元に駆け寄り、彼女の白く冷たくなった手を包み込む。アマーリエは力なく、けれど幸せそうに微笑んだ。
「……エルヴィスさま。女の子ですよ。……あなたに似ているかしら」
視線の端に、姉の無事を確認したフェリクスが、こらえきれずに目元を拭うのが見えた。
エルヴィスはおずおずと、差し出された赤ん坊を腕に抱いた。
これまで数々の重責を担ってきたその腕が、たった数キロの命の重みに、見たこともないほど小刻みに震えている。
しわくちゃの赤い顔をして、時折「ふにゃ……」と小さな声を漏らす。その小さな指が、無意識にエルヴィスの指先をぎゅっと握りしめた。
「……ああ、生きている。こんなに、小さいのに」
涙で歪む視界のなかで、エルヴィスはただ、壊れ物を扱うように我が子を抱きすくめていた。
アンゼルムに連れられて、クラウスもまた恐る恐るベッドに近づいた。
「……これ、いもうと?」
「そうよ、クラウス。あなたが守ってあげるのよ」
アマーリエの言葉に、クラウスは不思議そうに、けれど誇らしげに小さな胸を張った。
窓の外では、雪が止む気配もなく降り積もっている。
しかし、ローゼンブルグ邸を包むのは、冬の寒さを忘れさせるほどの確かな熱量だった。
「……おめでとう、アマーリエ。そして、ありがとう……私たちの、新しい宝物だ」
エルヴィスがアマーリエの額にそっと口づけを落とすと、暖炉の火が祝福するようにパチリと大きく爆ぜた。
吐き出されたオレンジの酸っぱい香りは、いつの間にか新しい命が放つ、甘く柔らかなミルクの香りに変わっていた。
冬の重さを纏っていた空は、夜明けを待たずとも、この家族にとってはすでに輝かしい光に満ちていたのである。