軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

断罪の残響

地下室に水音が響く。ぱしゃり、ぱしゃりと言う水音が響いた。

ふいにかつかつと硬質な靴音が鳴り響いた。

「吐いたか」

エルヴィスの低く簡潔なその問いに、拷問官は額の汗を拭った。

「水責めにも吐きません……あんなしぶとい女は初めてです」

「なんとしても、吐かせろ。慈悲は要らない。一切の容赦をするな」

「……はっ」

ぱしゃり、ぱしゃり、ぱしゃり。水責めが苛烈に続くのを、エルヴィスは冷めた目で見ていた。

その頃、ロスカスタニエ伯爵邸では、沈黙が支配していた。

主である伯爵は、妻が自分の命まで狙っていたという動かぬ証拠を突きつけられ、深い絶望の果てに全ての弁護を放棄した。かつて母を慕っていた子どもたちも、彼女の手が領民の血に染まっていた事実を知り、背を向けた。「あれはもう、私たちの知る母ではない」――その拒絶こそが、クリスティーネへの最大の罰となった。

その報がもたらされて初めて、クリスティーネは乾いた笑いをもらし口を開いた。

深夜の逮捕劇から数日。ロスカスタニエ伯爵夫人クリスティーネは、湿った地下牢の奥底にいた。

かつての華やかなドレスは没収され、粗末な囚人服をまとわされている。数日間に渡る拷問は彼女を疲弊させていた。しかし、彼女の背筋は鏡台の前にいたあの夜と変わらず、傲然と伸びたままであった。

薄暗い牢獄の鉄格子の向こうから、冷徹な足音が近づいてくる。

現れたのは、あの夜と同じ、金の髪を持つ男――ローゼンブルグ公爵エルヴィスだった。

「……まぁ、公爵閣下。わざわざこのような薄汚れた場所まで、わたくしに会いに来てくださるなんて」

クリスティーネは、まるで夜会で客人を迎えるかのように、優雅に微笑んでみせた。その声音には怯えも、後悔の色すらもない。

エルヴィスは鉄格子の前で立ち止まり、氷のような瞳で彼女を見下ろした。

「明日、お前の処刑が執行される。罪状は公爵夫人暗殺未遂、及び夫である伯爵への殺人未遂ならびに領民への大量殺人。斬首だ」

「あら、そうですの」

クリスティーネはふっと小さく笑った。

「……それで? アマーリエ様は? あの美しいお方は、無事に流産あそばされたかしら?」

その言葉が放たれた瞬間、エルヴィスから放たれる殺気が、牢獄の空気を凍りつかせた。だが、彼は激昂することなく、冷酷な事実だけを告げた。

「妻も腹の子も無事だ。お前の仕込んだ毒は、すべて我が家の侍医によって解毒された」

一瞬、クリスティーネの完璧な微笑みがぴくりと揺れた。自尊心を傷つけられた歪な感情が瞳の奥に走る。しかし、彼女はすぐにそれを覆い隠し、一層高く、艶やかに笑った。

「ふふ、ふふふ……! そう、しぶといことですこと。でも、本当に救われたと言えるのかしら? 毒の恐怖に怯え、美貌をすり減らし、やがては子を産んで醜く衰えていく……。わたくしが与えて差し上げようとした永遠の美を拒むなんて、哀れな方」

彼女は、肉に食い込んだままのあのダイヤモンドの指輪をはめた手を、愛おしそうに眺めた。

「わたくしは、自分の意志で、自分の欲しいものをすべて手に入れてきました。お父さまの富も、領地も、人の命も。……たとえ明日、この首が落ちようとも、わたくしが犯した美しい罪の数々は消えはしないわ。わたくしは敗北などしていません。ただ、この物語の幕を下ろすだけ」

クリスティーネは鉄格子に一歩近づき、エルヴィスをまっすぐに見据えた。その瞳には、狂気と、一切の揺らぎのない、毅然とした誇りが宿っていた。

「明日の処刑台、特等席で見届けてくださいませ。ロスカスタニエ伯爵夫人が、どれほど気高く散っていくかを」

狂気と自尊心に満ちたクリスティーネの言葉を、エルヴィスは正面から受け止めた。

その表情には、怒りすら浮かんでいない。ただの石ころを見るような完全な無関心。

エルヴィスは酷く退屈そうに、密やかな声を落とした。

「非公開だ」

「……え?」

クリスティーネの笑みが止まる。

「お前が死ぬ姿を見る観衆など、一人もいない」

「そんな……嘘よ! わたくしの罪は、国中が恐れ、憎み、その最期を見届けるべきよ!」

クリスティーネは鉄格子を掴み、狂ったように叫ぶ。

「お前がどう死のうと、明日には誰も覚えていない」

エルヴィスはもはや何も言わず、一瞥することすらなく背を向け、独房を後にした。

明くる日の空は清々しく澄み渡っていた。塀に囲まれた処刑場へと引き立たされたひとりの女に事務的に罪状が読み上げられる。

罪状は、ローゼンブルグ公爵夫人殺人未遂及びロスカスタニエ伯爵殺人未遂、並びに領民への大量殺人。

クリスティーネ・フォン・ロスカスタニエは、処刑台の上でも毅然としていた。だがそれは誇りではなく、己の罪から目を背け続けた果ての、虚無に近い拒絶だった。重い斧が振り下ろされる。一度、二度……硬い沈黙を破る肉声は、断末魔の苦悶へと変わった。三度目の衝撃が走ったとき、かつて領地を恐怖で支配した伯爵夫人は、冷たい石畳の上で物言わぬ肉塊へと成り果てた。