作品タイトル不明
七割の死に至る訪問
ローゼンブルグ邸のエルヴィスの執務室には緊張感が漂っていた。先ほどの「お母さまを食べちゃいそうなの」と言ったクラウスの言葉を無下にせず、エルヴィスは公爵家の隠密を使い、石の出どころを徹底的に洗っていた。
フェリクスが旅装を解くのももどかしく報告書を片手に読み上げる。
「エルベアトと共にロスカスタニエ伯爵領の孤児院・貧民窟・慈善院を調べました」
そこでフェリクスは一度言葉を切ると、こくりと喉を鳴らした。
「凄まじい致死率です。70%もの人々が、伯爵夫人の訪問後、数カ月をかけて亡くなっています。エルヴィスさま、これは恐らく……」
「毒を試しているな」
エルヴィスは低くつぶやく。その声はぞっとするほどの冷たさを孕んでいた。フェリクスも頷くと、亜麻色の髪が揺れた。
そこへ鋭いノックの音がする。
「入れ」
文官が入室して恭しく頭を下げた。
「公爵閣下、あの指輪の台座には、人の体温で微量ずつ溶け出す『遅効性の神経毒』が仕込まれていました。皮膚から吸収され、時間をかけて中枢を麻痺させるものです。奥方さまはすぐに外されたため軽症ですが、半日嵌めていれば、お腹のお子さまは確実に死んでいました。台座の部分を加工したのはロスカスタニエ伯爵出身のものでした」
「吐かせろ」
瞬時にエルヴィスが吐き出すように言う。ブルーグレイの瞳に暗い影が過ぎり、地を這うような低い声が命令をする。
「どんな手段を使ってもいい。徹底的にやれ」
「畏まりました」
逃げるように文官が出ていくのを見届けて、フェリクスがやっと息を吐く。
「……吐くでしょうか」
「吐かせてみせる」
エルヴィスの声には一切の慈悲がなかった。再びノックの音がする。
「入れ」
「失礼します」
先ほどとは違う文官が入れ替わりに入ってきた。第二の報告者が、重々しい口調で告げる。
「指輪に嵌められた大粒のダイヤですが――かつて隣国の王室を狂乱の果てに滅ぼした『昏き嘆きの涙』の欠片であると判明しました。元々は隣国の処刑された王妃のものでした。所有者の精神を蝕み、周囲に不幸を撒き散らすと忌み嫌われる呪物……。人の手を転々とし、これを最後に競り落としたのは、ロスカスタニエ伯爵夫人です」
「呪われたダイヤモンド……」
フェリクスの言葉に文官が頷く。
「ご苦労だった。下がっていい」
「は。失礼します」
文官が下がると、エルヴィスは低くアンゼルムの名を呼ぶ。アンゼルムは落ち着いた声音で丁寧に応じた。
「すぐに医師を呼び寄せます」
「頼む」
そうひとこと言うと、エルヴィスは手を組み、顎を乗せた。
「科学による毒とオカルトによる呪物。我がローゼンブルグ家に反意ありと見て間違いないな」
「はい……。ロスカスタニエ伯爵の意思はわかりかねますが、夫人に限っては間違いないかと」
エルヴィスの組んだ指先が怒りに震えた。エルヴィスはその怒りを鎮めようとするように、息をつく。
「……クラウスさまに救われましたね」
「……まったくだ。子どもの勘と侮れない」
「いかがいたしましょうか」
そのフェリクスの問に、エルヴィスの瞳がきらりと光った。
「それ相応の報いを。私は陛下にお会いして王命を毟り取ってくる。フェリクス私兵を動かせ! 今夜ロスカスタニエ伯爵領を急襲する」
その言葉には一片の慈悲もなかった。