作品タイトル不明
小さな王子の休息日
ある朝のことだった。ローゼンブルグ邸に急報が知らされた。
春の風が部屋に吹き込んで、芳醇な紅茶の香りを部屋いっぱいに満たしていた。
「えっ、ユリウス殿下がやってくる!?」
アマーリエは驚いて立ち上がる。フェリクスは飲んでいた紅茶を急いで下ろした。かちゃりと陶器がぶつかる音がする。
「エルヴィスさまが領地視察でご不在ですのでいかがいたしましょう、奥さま」
アンゼルムが彼にしては珍しく少しの戸惑いを乗せて口にする。
「そうね……王室からはなんの連絡もないのよね?」
「ございません」
「なら私的な訪問なのでしょう。いいわ、アンゼルムご苦労さまだけど、お茶の準備をお願いできるかしら。ユリウス殿下は私がお相手するから」
「畏まりました」
アンゼルムが恭しく頭を下げて部屋を出ていく。それを待ちかねたように5歳になるクラウスがアマーリエの紫色のドレスに縋った。
「お母さま。ユリウスさまがくるの?」
「そうよ。楽しみね。クラウス、いい子にできる?」
「うん、僕、できるよ!」
「ふふっ。いい子ね」
アマーリエが微笑んで頭を撫ででやると、クラウスは嬉しそうに瞳を細めた。
「ね、姉さま。一体何事でしょうか」
「そうね……ユリウス殿下もまだ6歳になったばかり。フェリクス、あなた、殿下にお会いしたことはないわよね?」
「ありませんよ……!」
「ならちょうどいいわ。紹介がてら、あなたも手を貸してちょうだい」
ええっ、と驚くフェリクスを尻目に、アマーリエは考える。
(マルグリットさまからはユリウス殿下も帝王学を学び始めたとお手紙で聞いてる)
将来、王位を継ぐであろうユリウスにかかる期待は大きい。
「まぁ、いいわ。なんとかなるでしょう」
アマーリエはそう言うと、無邪気に喜ぶクラウスの頭をもう一度撫でた。
「ユリウス殿下、ようこそおいでくださいました」
玄関ポーチでアマーリエは優雅にカーテシーをする。
「アマーリエ夫人。急にすまない」
顔を上げて、アマーリエはおや、と思う。ユリウスと会うのは2カ月ぶりだったが、その表情に翳りが見えた。
彼の後ろには肩で息をつく侍従がいる。
「ユリウス殿下、こちらは弟のフェリクスです」
「初めまして、ユリウス殿下。お目にかかれて光栄です」
「アマーリエ夫人の……」
「ユリウスさま……! いらっしゃいませ」
クラウスが待ちきれなさそうに飛び出して頭を下げた。
ユリウスの緑の瞳が僅かに明るさを帯びる。
「ユリウスさま。お茶にいたしましょうか?」
そう尋ねると、ユリウスは頭を振った。その豪奢な金の髪が揺れる。
「……いや、喉は渇いていない」
「そうですか。では秘密の場所にご案内しましょう」
アマーリエはそう楽しそうに言うと、やさしく微笑んだ。