作品タイトル不明
結婚式に臨んで
「なんか、あっという間よねえ」
アマーリエは純白のドレスに身を包み、ぽつりと零した。
「あっという間でしたね。身一つで嫁いで来れば良いとおっしゃってから20日間ですからね」
フェリクスもしみじみと言う。父と母は泣いている。まだ幼い弟妹たちは、アマーリエに纏わりついては「姉さま、綺麗……!」と、無邪気な声を上げた。
クリスティーナ10歳を筆頭にヘルムート8歳、コルネリア4歳、言葉が達者になってきたエデル3歳のの4人である。
「必要なものは全部公爵家で揃えてくれるんだって」
「そうらしいですね。良かったじゃないですか。我が家からは持参金も出さなくて良いとのことですし……これはよほど急いでるんですね」
「私が嫁げば、リーヴェスヴィンセン家も安泰よね」
「そうですけど……姉さま大丈夫ですか?」
「なにがよ」
フェリクスは言いにくそうに口籠った。肩まで伸ばした亜麻色の髪がさらりと揺れる。彼はその毛先を指で弄んだ。
「その、言い出してしまった僕が言うのはあれなんですけど……」
「だから、なによ」
「……公爵は、その、つまり、夜の務めを果たせるのでしょうか。前妻を亡くして以来、子育てに追われて心身ともに限界だと聞いています。姉さまが女性としての尊厳を損なうようなことにならないか、僕は心配で……」
「フェリクス……」
なんて姉思いなのだろうと感動している間に、フェリクスの独り言が耳に入る。
「もしすぐに離縁になんてなったら、どうやって弟妹の面倒を見たら良いんだ……? やっぱり一括で受け取っておくべきだったか……」
アマーリエはフェリクスの耳を引っ張った。
「その時は莫大な慰謝料をせしめてくるから、心配なく……!」
「いてて……! 姉さまのことを心配してるのも本当ですよ!」
「そう。あなたはまず、アカデミーへの復学を考えてれば良いのよ。来年復学できるように勉強は怠らないで。あなたの言う通り、人生なにが起きるかわからないわ。あなたはその頭脳を使ってのし上がるのよ。そしてリーヴェスヴィンセン家を建て直しなさい。わかった?」
「……はい、姉さま」
結婚の条件に、フェリクスをアカデミーに通わせることと、実家への支援も入っていた。後日、正式に取り決めた内容である。
「それにしても姉さま、綺麗です」
「ウェディングドレスは既製品だけどね。少しでも早くローゼンブルク公爵家に来て欲しいみたいだから」
「そうですね。でもじゅうぶんお綺麗ですよ」
亜麻色の豊かな髪を編み込んで、百合の花を飾っている。儚げな容貌のアマーリエは、黙っていればどこの令嬢にも引けを取らないとフェリクスは誇らしく見つめた。
「良いですか、姉さま……!」
フェリクスは姉の手を握る。
「公爵さまは心を病んでおられます。どうか優しく……! 優しく接してあげてくださいね。同じ男からのお願いです」
「わかったわよ。言いたいことはわかったから」
要は無理強いするな、とフェリクスは言いたいのだ。どうやったら初めての結婚、婚約期間も無かった私から迫ることができるんだ、とアマーリエは思う。
その時、控えめにドアをノックする音がした。
「お式がはじまります。新婦さまはご準備はよろしいですか」
「はい」
いくわよ、とアマーリエは立ち上がる。アマーリエとて甘い気分になどなってない。言うなれば臨戦態勢だ。
泣きじゃくる父の震える腕を取りヴァージンロードを歩く。赤い絨毯は柔らかくてふかふかと優しい。
教会のステンドグラスを通してきらきらと光が溢れる。その光の先に、夫となるエルヴィス・フォン・ローゼンブルクがいた。白いタキシードを着て、片手にはクラウスを抱いている。きっと、クラウスを離すのが怖いのだろう。
久しぶりに会う公爵は、無精髭も剃り、輝く金の髪も整えていた。美しいブルーグレイの瞳がまっすぐに、アマーリエに向けられる。だがその目には、まだ隠しきれないはっきりとした隈がある。右手が伸ばされ、アマーリエはその手を取った。
(公爵さまってまだ25歳なのよね。もっと年上かと思ってたのに……)
きちんと正装をしたエルヴィスは年齢相応に見えた。
さいは投げられた。アマーリエは真っ直ぐ背筋を伸ばし、エルヴィスの隣に立つ。参列者はまばらだ。何しろ挙式まで20日間しかなかったのだ。ほぼ身内しか来ていない。
「汝、エルヴィス・フォン・ローゼンブルクは、アマーリエ・フォン・ リーヴェスヴィンセンを妻とすることを誓いますか」
「……誓います」
「汝、アマーリエ・フォン・リーヴェスヴィンセンは、エルヴィス・フォン・ローゼンブルクを夫とすることを誓いますか」
「誓います」
「ここに誓約は果たされました。指輪の交換と誓いのキスを」
左手の薬指に指輪が嵌められる。アマーリエも、エルヴィスの左手の薬指に指輪を嵌めた。
ふたりの視線が絡み合う。身なりを整えたエルヴィスは少し素敵だとアマーリエは思う。
「わぁ……あぶぅ」
エルヴィスが片手に抱いたクラウスが、アマーリエの花飾りに機嫌よく手を伸ばしてくる。エルヴィスはその様子を見て少し微笑み、アマーリエの頬に口づけをした。
拍手がわき起こる。
アマーリエは自分の名を心に刻んだ。
この日、アマーリエ・フォン・ローゼンブルク公爵夫人が誕生したのだった。