軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

想定外の甘い休日

ある日の昼下がりのことだった。

「かあしゃまー、だっこ」

アマーリエはクラウスの様子に眦を下げた。

「はいはい、クラウスは甘えん坊さんね」

しゃがんで抱き上げた時に、腰に鋭い痛みが走った。アマーリエは直立不動のまま、アンネを呼んだ。

「はい、奥さま」

「ごめんなさい。クラウスをお願い」

クラウスをアンネに渡すと、アマーリエは崩折れた。痛みに顔をしかめる。

「奥さま! いかがなさいましたか!」

「腰をやっちゃったみたい……」

「それはたいへんです。旦那さまをお呼びしてきます。お待ち下さい」

「あっ、エルヴィスさまでなくても良いのよ。あの人すごく心配するだろうから」

アンネは既にいなかった。アマーリエは腰から下に力が入らず、痛みに顔をしかめた。

「アマーリエ! 大丈夫か!!」

「エルヴィスさま……」

エルヴィスはアマーリエを抱き上げると、すぐに夫婦の寝台に運び下ろした。

「痛た……」

「君は抱き上げすぎだ。医師を呼ぼう」

「寝てれば平気です。腰痛ですから」

「ならば私が傍にいよう」

「えっ……いえ、エルヴィスさまはお忙しいのですから、気にしないでください」

「ならば私も政務をここで執る」

えええー…とアマーリエが声にならない声を上げた時に、エルヴィスの瞳に甘い色が宿った。

「エルヴィスさま……! お仕事は……!」

アマーリエが真っ赤になって、文句を言うのもどこ吹く風だ。

「ならば、私も政務を休もう」

アマーリエが反論する間もなく、彼は上着を脱ぎ捨てると、あろうことか彼女の隣に横たわった。彼が先ほどまで触れていたであろうインクの香りと、シトラスの香りが混じり合う。

枕元に散ったアマーリエの亜麻色の髪を、彼は大切なものを扱うような手つきですくい上げ、その一房に深く口づける。

「エルヴィスさま……! アンゼルムが見ています!」

案の定、書類を抱えて入ってきた執事のアンゼルムがいたが、彼は主人の公私混同を見ても眉一つ動かさず、「本日の予定は全て白紙に」とだけ言い残して、クラウスを連れて静かに退室していこうとしたが、クラウスがアマーリエへ駆け寄った。

「おかあしゃま、大丈夫……?」

クラウスが覗き込んできて、アマーリエは優しく微笑む。頭を撫でてあげるとにっこりと微笑んだ。

「大丈夫よ。数日おとなしくしてればすぐ治るわ」

「本当……?」

「本当よ、約束するわ。その間はごめんなさいね。お母さまを休ませてちょうだい」

「あい」

「では行きましょう、クラウスさま。アマーリエさま、のちほど、食事をお持ちします」

「ありがとう」

「アンゼルム、私のも頼む」

「承知致しました」

丁寧な礼をしてアンゼルムと、クラウスが出ていく。エルヴィスは、アマーリエの髪を優しい手つきで撫でた。

「エルヴィスさま、私前からお聞きしたかったのですが」

「なんだい?」

「前の奥さまの時も……その、こんなに甘かったのですか?」

「甘い? 私が?」

「私にはとても甘く感じられますが」

そう言うと、顎に手をやってエルヴィスは考え込んだ。

「エリーとは政略結婚で、その、憎からず思っていたのは間違いはない」

「なるほど。甘かったんですね」

「いや、君に対するほどでは、言われるとなかった気がする。仕事を放り出してまでそばにいる……ということはなかったと……思う」

エルヴィスは初めて気がついたというように、口を覆った。

「私は甘いだろうか」

「それはもう、ものすごく」

「そうか……」

エルヴィスの耳が赤い。照れてるんだわとアマーリエは思った。こんなエルヴィスを見るのも初めてな気がして、アマーリエはしげしげと見つめた。

「その……あまり見ないでくれないだろうか」

「なぜです?」

「恥ずかしいから」

エルヴィスはそう言うと、ふいと、顔を反対方向へ向けた。エルヴィスの耳や首筋が赤い。

「エルヴィスさま」

「いや、見ないでくれ」

「可愛いですね」

「可愛い……!?」

そう声を上げるとエルヴィスは黙ってしまった。

アマーリエはエルヴィスと手を繋ぐ。エルヴィスはまた顔を背けている。

私の旦那さまは可愛い、とアマーリエはふふと声を上げて笑った。

しばらくして、ようやくこちらを向いたエルヴィスの瞳は、まだ少し照れを含んでいたが、それ以上に深い慈愛に満ちている。

「アマーリエ」

「……はい、エルヴィスさま」

「これからは、クラウスを抱き上げる時は私を呼びなさい。その、君が壊れてしまいそうで、心臓に悪い」

「ええ…! 私、そんなに弱くありません」

「いいや。私にとっては、代わりの利かない大切な人なんだ」

そう言って、彼は繋いだ手に力を込める。

ぎっくり腰という災難が生んだ、甘すぎる休日。アマーリエは「たまにはこんなお休みも悪くないわね」と、心の中でアンゼルムたちに仕事を増やしたことを密かに謝りながら、目を閉じた。