軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

翡翠の覚悟

職人たちへの挨拶を終え、一行はテラスへと移動した。

降り注ぐ陽光の下、アンゼルムが淹れた紅茶の芳醇な香りが漂う。穏やかな時間のはずだが、フェリクスだけは、喉を通る紅茶が妙に熱く感じられて仕方がなかった。

「エルヴィス様。……今日、王宮からの伝令が届いていたのでしょう?」

アマーリエが、ふいにカップを置いて夫を見つめた。その膝にはクラウスがいて、機嫌よくスコーンを食べていた。アマーリエはそのやわらかなその金の髪を撫でた。

翡翠色の瞳は澄んでいて、けれどすべてを見透かすような深さを湛えている。フェリクスの心臓が跳ねた。

「ああ。いくつか片付けるべき案件があってね」

エルヴィスは静かな微笑みを浮かべて、優雅な動作でスコーンを口に運ぶ。

「片付ける」という言葉の響きに、フェリクスは先ほどの「断絶」という言葉を重ねてしまい、思わず視線を逸らした。

「ライヘンベルクの家の方々も、その案件に含まれていたのですか?」

直球だった。フェリクスは思わず、持っていたフォークをカチャリと鳴らしてしまう。

エルヴィスの動きが止まる。ティーカップをソーサーに戻す小さな音が、静かに重く響いた。

「……耳が早いね。誰に聞いた?」

「誰からも聞いていませんよ。ただ、今朝から邸が慌ただしかったですし……何より、エルヴィスさまが昨夜からずっと執務室に籠もられていましたから」

アマーリエはそっと瞳を伏せ、テーブル越しにエルヴィスの手に自分の手を重ねた。

その手は、先ほど彼女が丁寧にインクを拭った手だ。

「私への無礼の報いにしては、あまりに重い罰を下されたのではないかと……そう、心配していたんです。私の旦那さまは、あまりに情が深いとこ

ろがありますからね」

彼女は気づいている。

自分のために、夫がどれほどの闇をその手に引き受け、どれほどの非情さを以て敵を粉砕したのかを。

そして、それが自分の耳に入らぬよう、エルヴィスがどれほど細心の注意を払っていたかも。

「……アマーリエ。違うよ。元々の案件が片付いただけだ」

エルヴィスの声は甘く、どこまでも穏やかだった。

アマーリエはその視線を真っ向から受け止めると、小さく頷いた。

「そうですか。では、私もこれ以上は何も言いません。……ただ、あまり無茶はしないでくださいね」

アマーリエは微笑う。

それが彼女なりの、夫の業を共に背負うという誓いのように見えた。

(姉さま……)

フェリクスは、二人の間に流れる絆に圧倒されていた。

自分が見ていた「優しくて強い姉」は、いつの間にか、この恐るべき義兄を支える「ローゼンブルグ公爵夫人」になっていたのだ。

「フェリクス」

急に名を呼ばれ、フェリクスは背筋を正した。

「は、はい」

「冷めないうちに食べなさい。これからは、もっと体力を削る学問が増えるのだから」

エルヴィスの微笑みは、先ほどよりも一層深く、慈愛に満ちていた。

けれど、その背後にある巨大な闇を知ってしまったフェリクスには、それが何よりも厳しい「教育」の始まりに思えてならなかったのだ。

(家門を守るため、姉さまを守るために……僕も頑張らなければ)

フェリクスもそう、誓いを新たにしたのだった。