作品タイトル不明
鏡の中の断頭台
ベルナデット・フォン・ライヘンベルクは、暗い自室で狂ったように顔を洗っていた。
冷たい水で何度洗っても、頬にこびりついたシャンパンの飛沫の感触が取れない。あの子爵令嬢に浴びせたはずの辱めが、呪いのように自分に跳ね返ってきている。甦るのは冷徹なまでの冷たいエルヴィスの眼差しだった。
「わたくしの方が、ふさわしいのに……」
鏡に映る自分の顔は、夜会の高揚など微塵もなく、青白く、まるで死を待つ罪人のようだった。
そこへ、荒々しく扉が蹴り開けられる。
「この、無能が!」
入ってきたのは、父・ライヘンベルク伯爵だった。その顔は怒りと、そして底知れぬ恐怖で土色に濁っている。彼はベルナデットの髪を掴み、無理やり鏡の方へ向けさせた。
「見ろ、この無様な顔を。お前が夜会で仕掛けた稚拙な嫌がらせのせいで、何が起きたか分かっているのか!?」
「お、お父様……痛い、離して……」
「離せ? ふざけるな! 先ほど王宮の監査官が来た。我々の帳簿、投資の失敗、すべてがローゼンブルグ公爵の手元に渡っていた! 奴は最初から我々を潰す準備を終えていたんだ。お前が、あの女に触れさえしなければ、まだ交渉の余地はあったかもしれぬものを!」
ベルナデットの心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。
エルヴィスの、あの凍てついたブルーグレイの瞳が脳裏をよぎる。
「没落を少し早めただけでしたね」
あの言葉は、本当の死刑宣告だったのだ。
「お前はもう、令嬢ですらない。明日には、隣領の老伯爵に引き渡す。借金の形だ。あそこは前妻が不審な死を遂げたことで有名だが、お前のような出来損ないにはお似合いだろう」
「嫌……嫌ですわ! わたくしはライヘンベルクの誇り高き……!」
「誇りだと!?」
父の平手打ちがベルナデットを床に沈めた。口の中に鉄の味が広がる。
父は吐き捨てるように言った。
「その誇りと心中しろ。ライヘンベルグも明日にはなくなるだろう……ああ、そうだ。お前の持ち物はすべて差し押さえだ。そのドレスも、その宝石も、明日には他人の手に渡る。お前には何も残らない。名前すらな」
父が去った後、静寂が戻った部屋で、ベルナデットは這いつくばったまま震えていた。
床に散らばったのは、かつて自分が磨き上げた「宝石」たちの残骸だ。
教育、マナー、血筋、美貌。すべてをエルヴィスの隣に立つために捧げてきた。他の遊びも、恋も、すべてを捨てて目指してきたのだ。エルヴィスのためだけに。
(どうして……? 私は努力した。私はあんな女よりもずっと、エルヴィスさまの役に立てる。私は、間違っていないはずなのに!)
ふと、窓の外に目をやると、遠くにローゼンブルグ公爵邸の灯りが見えたような気がした。
そこでは今頃、あのアマーリエという女が、夫に抱かれ、穏やかな眠りについているのだろう。
自分がどれほど渇望しても得られなかった愛。
自分がどれほど努力しても届かなかった場所。
それを「運良く」手に入れた女への憎悪が、自身の破滅という現実によって、行き場を失い、ドロドロとした黒い泥となって彼女の心を塗りつぶしていく。
「許さない……許さないわ、アマーリエ……」
アマーリエの勝ち誇った笑い声が聞こえた気がした。
爪が床の絨毯を掻きむしり、剥がれる。
しかし、その呪詛を聞く者は誰もいない。
翌朝、彼女の元へやってきたのは、麗しい求婚者ではなく、冷徹な執行官と、老伯爵が差し向けた鉄格子のような馬車であった。
ベルナデット・フォン・ライヘンベルクという名は、この日を境に、社交界の歴史から完璧に消し去られたのである。