作品タイトル不明
花祭りの幸福な1日
花祭りの季節がやってきた。領内はローゼンブルグ家の旗が翻り、青空の下、たくさんの露店や出し物が並んでいる。開催を告げる花火の音がする。それをアマーリエとエルヴィスとクラウスは3人で聞いた。
「お祭り行きたいですね、クラウス」
「おまつゅり、いきたい」
「祭りへ……? 危なくないかな」
エルヴィスが考え込む。アマーリエとクラウスはドキドキしながら、エルヴィスを見た。エルヴィスはふたりを見てから、仕方がないな、と笑う。
「みんなも連れてお祭りに行こうか」
「わぁ、やったわね、クラウス」
「かあしゃまー! やったー!」
エルヴィスはやれやれというように、ふたりを抱き寄せると、それぞれの頬に口づけをした。
3歳半になったクラウスはシンプルなベストとズボンを履き、空色の宝石でタイを留めている。アマーリエも動きやすいドレスを選び編み上げ靴を履いた。エルヴィスはクラウスとお揃いだが、タイを留める宝石は翡翠色だ。フェリクスも行こうと誘うと、彼は首を振った。
「邪魔するやつは馬に蹴られて死んでしまえと言いますし、花祭りはまだ続きます。初日はご家族でいってらしてください。ただし姉さま、お土産は忘れないでくださいね」
ということで、アマーリエとエルヴィスにクラウスと、護衛騎士ででかけることになった。領内
の人々はエルヴィスの顔を知っているので、すれ違う領民たちが一瞬驚き、すぐに温かい目配せを交わして通り過ぎて行く。
「クラウス、たくさん露店が出てますよ。どれを食べますか?」
「うんと、うんと。あれ」
クラウスが指差したのは飴細工だった。小鳥の形に飴細工を作ってもらってご満悦だ。アマーリエはリスの形に作ってもらった。
「エルヴィスさまは?」
「うん? 私か? 私は大丈夫」
「なら少し食べてください。どうぞ」
飴細工を差し出すと、少し逡巡したあと、大人しくエルヴィスは飴細工を食べた。
「うん、美味しい」
「とうしゃま。おいしい? 僕のもあーん」
「はは、ありがとうクラウス」
クラウスからも飴細工をもらったエルヴィスはぽりぽりと口の中で飴細工を、噛み砕いている。
「ふふ。クラウスさまとそっくり。リスみたいです」
「リス!? クラウスとそっくりか……」
クラウスも頬に飴を入れてポリポリと噛み砕いている。その姿は確かにリスのようだった。
「可愛いコリスさん。次は何を食べますか?」
「おにく、たべる」
「肉? 確かに良い匂いがしますけどどこかしら」
「アマーリエ、向こうだ。串焼きの肉だな」
匂いに誘われてきてみれば、串焼きの肉の香ばしい香辛料の匂いが辺り一面に広がっている。
「おにくー」
「食べましょうか、エルヴィスさまも」
「ああ、一緒にいただくよ」
露店の前のテーブルが空いてたので、そこで肉をほぐしながらクラウスに食べさせる。クラウスは一生懸命もぐもぐと食べて、おいしいと顔を綻ばせた。アマーリエもエルヴィスと一緒に肉を頬張る。あふれる肉汁に、濃い目の肉の味が香ばしい。
「美味しいですね」
「ああ、本当だな」
「おにくもっとー」
「いまほぐしてあげるから待っててくださいねー」
3人で食事をしていると、ちらちらと視線を感じる。でもその視線は嫌なものではなくて、アマーリエは顔を綻ばせた。アマーリエの唇についた肉の切れ端をエルヴィスがつまんで自分の口に入れる。アマーリエの頬が染まる。
「かあしゃま、おかおあかい」
「なんでもないんですよー」
蜂蜜酒が売られていて、それも買って、お肉も食べてだいぶお腹は満腹になった。
「花飾りをどうぞ」
少女たちが花飾りを配っている。
「あれはなんですか、エルヴィスさま」
「ああ。花祭りにちなんだイベントだよ。花冠を好きな人の頭に被せるんだ。恋愛成就のイベントだね」
「わぁ、それじゃもらってこなくっちゃ」
アマーリエは花冠をふたつもらうと、エルヴィスとクラウスの頭に乗せた。そして、ふたりの頬に口づけをする。珍しく真っ赤になったエルヴィスは、ありがとうとボソボソと言った。そして自分も花冠を貰うと、アマーリエの頭に乗せた。腰を引き寄せて「好きだよ」と囁く。辺り一面、小さなどよめきとお祝いの声でいっぱいになった。
そのあとはダンスになった。ヴァイオリンの音が陽気に鳴り響き、アマーリエとエルヴィスはダンスを踊った。エルヴィスは片腕でクラウスを抱き、もう片方の手でアマーリエをリードする。
舞踏会で踊るようなダンスではなく、もっと簡単にしたものだ。広場の噴水のほとりで、くるくると踊る。エルヴィスもクラウスもとても、楽しそうで、アマーリエも、声を上げて笑いながら踊った。
「疲れたけど楽しかったですねー」
足にある軽い疲労感が心地良い。夕陽が長い影を落とした。
フェリクスをはじめとした家のものに飴細工を買い、アマーリエとエルヴィスはまだ華やかな音楽が舞っている広場をあとにした。エルヴィスの腕に抱えたクラウスはもう、うとうとと寝かかっていてアマーリエはその顔に笑顔を誘われた。
クラウスを抱いたエルヴィスは、片手をアマーリエへと伸ばす。アマーリエはその手を搦めるように握った。
「楽しかった」
ぽつりとエルヴィスが言う。
「こんなに楽しかったのは初めてだった。ありがとうアマーリエ」
夕陽に、エルヴィスの金の髪が照らされてきらきらと、光っている。そんなエルヴィスを見て、アマーリエも、目を細めた。
「私もこんなに、楽しいのは初めてです。エルヴィスさま、ありがとう」
搦めた指をぎゅっと握る。頭の上には少し萎れた花冠。幸せな気持ちになって3人は帰路についたのだった。