軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

不完全な愛への不安と完璧な子ども

「またぜひ、いらしてね」

マルグリットはアマーリエの手を取って言う。アマーリエもすっかりこの優しい王妃に気を許して微笑んだ。

「ありがとうございます。マルグリットさまさえ良ければ、ローゼンブルグ家にも遊びにいらしてください」

「まあ……それは素敵な考えね」

「その時は私もむろん行っても良いのだろうな?」

「ご公務がお忙しくない時ならば歓迎致します」

エルヴィスがしれっと言うのを、エリオットは眉をしかめた。アマーリエの手をとると、その瞳をのぞきこむ。

「アマーリエ夫人。エルヴィスは融通の利かないところはあるが、良いやつだ。どうか見捨てないでやってほしい」

「は、はい。陛下」

アマーリエは思わず微笑んだ。翡翠色の瞳が細められる。

「いつまで手を握ってるのですか」

エルヴィスはエリオットから、アマーリエを遠ざけた。エルヴィスの力強い腕に引かれて、アマーリエの頬が羞恥に染まる。

「アマーリエ、手紙を書くわ。いろいろ相談に乗ってちょうだい」

「はい。マルグリットさま」

別れを惜しんで、馬車に乗り込む。馬車が走り出し、王家の方々が見えなくなって初めてアマーリエは、ふぅと息を吐いた。

「疲れたかい?」

「はい。でも、楽しかったです。陛下もマルグリットさまも良い方でしたし、ユリウス殿下はお可愛らしかったし」

「それならよかった」

「かーしゃ、ねむい」

クラウスがそう言って、アマーリエのドレスに首をこてんともたれさせる。

「良いですよ、ねんねしてしまって。クラウスもがんばりましたねぇ」

「うん……」

クラウスは目がトロンとなってすぐに寝息を立て始めた。

「おやおや」

「あらあら」

ふたりで眠ってしまったクラウスを見つめる。エルヴィスは手を伸ばしてアマーリエの頬に触れる。どぎまぎするアマーリエに、今夜は一緒に過ごそうか、と低い声で囁いて、アマーリエを真っ赤にさせた。

マルグリットからは本当に手紙が来た。内容は育児のことがほとんどで、アマーリエはそれに丁寧に返事を書いた。そしてまたマルグリットから手紙が届く。手紙を返す。そうして親睦を深めた。

クラウスは2歳になり、言葉も早く、運動神経も良かった。アマーリエもローゼンブルグ家に来てから約1年が経ち、フェリクスはアカデミーに復学した。けれどもまだローゼンブルク家からアカデミーに通っている。執務を教わっているためだ。

「おかーしゃま、お花、どうじょ」

2歳になったクラウスは明るい子どもに育っていた。屋敷の者誰にも優しくするので、皆の寵愛を集めていた。今も庭師のハンスがトゲを取ってくれた赤いバラをアマーリエに差し出している。アマーリエは微笑んでその薔薇を受け取った。

「ありがとうクラウス。ハンスもありがとう。クラウス、お父さまにもお花を持っていってあげましょうか?」

「うん。ハンス、おとーしゃまにもお花とってくれる?」

「はい、喜んで」

この花がいいと指し示す花をハンスは嬉しそうに切ってくれる。アマーリエはその姿を見て微笑んだ。

「おとーしゃま」

「エルヴィスさま」

執務室を覗くと、エルヴィスが書類仕事をしていた。アマーリエとクラウスの顔を見るとぱっと明るくなる。立ち上がって2人のそばに行くと、クラウスが花束をエルヴィスに渡した。

「ハンスに作ってもらったの。おとーしゃまにあげる」

「ああ、ありがとう。とても嬉しいよ」

「……なにかお仕事で気がかりなことがありましたか?」

そう尋ねると、エルヴィスは少しだけ塞ぎ込んだ様子で、なにも、と答える。アマーリエの頬に口づけをして、ふたりをお茶に誘う。アンゼルムとアンネが、颯爽とお茶の準備をしてくれる。

エルヴィスが目配せすると、アンネがクラウスをそっと庭園に連れ出した。

エルヴィスが、言いづらそうに重い口を開いた。

「アマーリエは、第一王子のことは知っているかい?」

「いいえ……そう言えば、マルグリットさまのお手紙もユリウス殿下のことだけでした」

「これは王家に近いごく一部のものしかしらないのだけれど、第一王子殿下はフィリップ殿下とおっしゃるんだ」

「まあ……お年はおいくつなんですか?」

「確か6歳におなりだ」

「あのユリアスさまのお兄様ならとても素敵な方でしょうね」

そう言うと、エルヴィスは、うん、と考え込む。

「フィリップ殿下とユリウス殿下は半分しか血が繋がっておられない。陛下がその、お若い時に女官に手を出してできた庶子なんだ」

「まあ……」

「それで……その……発育も遅れていてね、6歳になるが、2歳半のユリウスさまと同じくらいの知能だとか」

「マルグリットさまは……」

「マルグリットさまも苦しまれていてね。どうしても可愛いとは思えない、と」

「実のお母さまはどうなさったのです?」

「お産の時に亡くなった。今は城の奥でひっそりと育てられている」

そんな、とアマーリエは言葉に出したが、実際、そういう子どもだったら、クラウスを愛せただろうかと思うと自信がない。クラウスはどこから見ても愛すべき子どもだった。

「王位はユリウスさまが継がれるんですか?」

「ああ、そうなると思う。あれではとても王位は全うできまい」

それではエルヴィスは会ったことがあるのだ、と、アマーリエは思った。

「臣籍降下なさるのではないかな。やむを得まい」

「ではマルグリットさまのお子さまはひとりなのですか?」

「そうだ。ユリウス殿下だけだな。陛下もフィリップ殿下には情を失っている」

「……胸が痛みます」

そう言うとエルヴィスは少し申し訳なさそうな顔をした。

「すまないね、こんな話をして。実は陛下から、アマーリエにフィリップ殿下と会ってもらえないかと打診が来たんだ」

「え……」

「安心して欲しい。お断りをするつもりだ。あの殿下はアマーリエの手にも負えない。君に重い負荷をかけたくはない」

「そうですか……でも、マルグリットさまがお苦しみになっているのなら……」

「すまない。もうこの話はよそう。君に負担をかけたくはないんだ」

そう言うとエルヴィスはアマーリエを引き寄せた。シトラスの香りが纏わりついてアマーリエの力が抜けてゆく。

アマーリエはほっとしているのか、自分の心がわからなかった。

もしもクラウスが――今から生まれてくるかもしれない自分の子どもが、そのような子だったら愛せるのか。エルヴィスがクラウスを愛してるのは、彼が完璧な子どもだからではないのか。

1度過ったその考えは、染みのようにアマーリエの心に染み付いて離れなかった。