作品タイトル不明
王宮での初めてのお茶会
いよいよお茶会当日がやってきた。
「姉さま、がんばってくださいね! できるだけ喋らないでにこにこしててください」
「本当に失礼ね!」
そんなやり取りをしてから馬車に乗り込む。アマーリエはエンパイアラインのドレスを着ている。襟口や袖口に翡翠色の差し色をした上着を着たエルヴィスがクラウスを抱いた。着くまでにドレスがしわになってはいけないからという配慮だ。
城の城門を抜けて豪華な玄関ポーチで下りる。家令に案内されて、城の奥へと入った。アマーリエは城へと入ったのは初めてだった。きらびやかさと伝統に押しつぶされそうになる。
エルヴィスの腕につかまると、彼は瞳を細めた。
「大丈夫だよ、アマーリエ」
「ええ……エルヴィスさま」
やがて一室に通された。そこは柔らかで豪奢な絨毯が敷いてある広い部屋だった。部屋の真ん中にテーブルクロスのかかった丸い机があり、菓子やお茶の用意がしてあった。椅子は全部で6脚。アマーリエはごくりと唾を飲む。
立ったまま待っていると、コツコツと足音が聞こえた。アマーリエはカーテシーをして頭を下げる。
「楽にしてくれ」
ふいに快活な声が聞こえた。その声を合図に、アマーリエは頭を上げた。
目の前には金の髪の国王と、王妃、そして、クラウスと同年代のやはり金の髪の王子がいた。
「エルヴィス、久しぶりだな……元気か?」
「はい、陛下。おかげさまで」
エルヴィスが丁寧に頭を下げる。そんなエルヴィスの腕をぽんと国王は叩いた。
「元気になったのは新しい妻を娶ったからだと聞いたぞ。紹介してくれ」
「こちらが妻のアマーリエです」
「陛下におかれましてはご機嫌麗しく。初めてお目にかかります」
そう一息に言い、カーテシーをする。国王はふむ、と顎に手をやった。国王の視線がアマーリエを一瞬鋭く眺めた。
(……怖い。けれど、ここで怯えてはエルヴィスさまの顔に泥を塗ることになる)
アマーリエは必死に背筋を伸ばした。その健気な様子を、国王はふっと目を細めて眺め、やがて満足げに喉を鳴らした。
「これは中々美しい奥方だ。アマーリエと言ったか。楽にしてくれ」
アマーリエは顔を上げる。国王と王子の髪色は金色。瞳の色は緑だ。王妃は白銀の髪に榛色をしている。エルヴィスとクラウスをみても、金の髪は王家のカラーなのだろう。
「こちらが王妃のマルグリットと、第二王子のユリウスだ」
「初めまして、王妃陛下。王子殿下。アマーリエと申します」
ユリウスはクラウスよりも数カ月月齢が上に感じられた。国王に似て、なかなかに可愛らしい。
「クラウスも大きくなったな」
国王はクラウスの頭を撫でた。クラウスはにっこりと微笑む。クラウス、その笑顔満点よ、とアマーリエは思う。
「幼子もいることだし、今日はこの広い部屋にした。子どもたちも好きに遊べるだろう」
「ありがとうございます」
エルヴィスが礼を述べると、さっと椅子が引かれた。クラウスを真ん中にして座る。
紅茶が注がれて。王家のものが一口飲むのを見て、エルヴィスと、アマーリエも紅茶を口にした。
良い茶葉をつかっているだろうことはわかる。けれど、アマーリエにいまそれを楽しむ余裕はない。ただ、熱い液体が喉を通っていく。
「エルヴィスは堅苦しくはないか?」
国王陛下が、楽しそうにアマーリエに話しかける。エルヴィスの従兄弟というだけあって、目元のあたりが少し似ている。長身痩躯の見栄えのする国王だった。
「いいえ。陛下。エルヴィスさまには良くしていただいています」
「失礼ですよ、そんなことを聞くのは」
アマーリエが答えるのと、王妃のマルグリットが答えるのは同時だった。
マルグリットは気品があり優しげな目元の美しい女性だった。とても2.人の子供を産んだようには見えない。マルグリットはやわらかな笑みを浮かべた。
「ユリウスは、クラウスと同年代。どうか仲良くしてやってくださいね。わたくしとも仲良くしていただけたら嬉しいわ」
「もちろんです。王妃陛下」
「マルグリット、と」
「え……?」
「マルグリットと、名前で呼んでくださいな」
エルヴィスを見ると、彼は鷹揚に頷いた。アマーリエは恐縮する。
「では、マルグリットさま。私のことはアマーリエとお呼びください」
「嬉しいわ。仲良くしてくださいね」
こちらこそ、とアマーリエは答える。どうやら歓迎されているようだと、ほっと息をつく。
「かーしゃ、まんま」
「クラウス……。どうぞ美味しそうですよ」
アマーリエがとりわけてあげた菓子をクラウスはもぐもぐと食べる。その姿が愛らしい。
「ふむ。クラウスも、なついているようだな」
「はい、陛下。クラウスはアマーリエを実の母親だと思っています」
「それは良いことだが、エルヴィス。そなたももう一人と言わず、後継ぎを作ったほうがいい」
「……陛下」
「そんな怖い顔をするな、マルグリット。王家のためにも、ローゼンブルク家の安泰は必要だ」
アマーリエはクラウスに菓子を食べさせている。それを見ていた第二王子も、僕も、と言葉を口にする。
「まあ、ユリウスさまもですか?、 はい、どうぞ」
口元にもっていってやると、ぱくりとユリウスは食べた。もぐもぐと咀嚼している姿が愛らしい。
「まあ、ユリウスったら」
――その瞬間、静寂が訪れた。
マルグリットの言葉にはっとする。つい癖で、クラウスに対すること同じようにしてしまった。
(しまった……! 王族に対してなんて無作法を…!)
顔からは血の気が引き背中に汗が流れ落ちた。
しかし、美味しそうにもぐもぐと食べるユリウスを見てマルグリットの瞳がふわりとやわらいだ。
「ちゃんとお礼を言わないとだめでしょう?」
「ありがと」
ユリウスが頭を下げる。その様子を見て、アマーリエは微笑んだ。
「まあ……ユリウスったら。乳母以外から食べさせてもらうなんて初めてですわ。アマーリエさん、あなた、本当に不思議な空気をお持ちなのね」
それからの時間は、当初の緊張が嘘のように穏やかに流れた。
飽きた子どもたちはソファに座って絵本を眺めている。それを読み聞かせているのはアマーリエだ。マルグリットも席を立って、ユリウスの隣に座る。
「もいっかい」
「はい、良いですよ。ユリウスさま、クラウスさまよろしいですか? むかしむかしあるところに――」
「アマーリエはいつも本を読んであげているの?」
マルグリットの言葉にアマーリエは微笑んで頷く。
「本は情操教育にも良いですし、なによりスキンシップにもなりますから」
「先妻の残した子どもを可愛がるだけでも凄いのに、本当に頭が下がるわ。アマーリエ、わたくしとも仲良くしてね。育児のことも話せる友人が欲しかったのよ」
「かーしゃ、もいっかい」
「もちろんです、マルグリットさま。ユリウスさま、クラウス読みますね……」
そんな様子を見ていた国王がエルヴィスに目をやると、彼はとても優しい瞳でアマーリエたちを見ていた。
「安心したぞ」
「なにがです?」
「なにがじゃない。これでも心配したんだからな」
「エリオット陛下……ご心配をおかけしました」
「うむ。まったくだ。しかし、本当に素敵な女性だな。私も少し話を」
「いま、アマーリエは、マルグリットさまとお話中です」
アマーリエのもとへ行こうとするエリオットにエルヴィスがにこやかに微笑んで止める。
「目がわらってないな」
「当たり前です。陛下の唯一の欠点は女性に目がないところですから」
「為政者としては悪くない資質だと思うんだがな」
「マルグリット様だけにしておいてください。王家の醜聞はご法度です」
「わかってはいるのだが……」
エルヴィスより7歳年長の国王は、エルヴィスを見やる。とても落ち着いて見える。心配していたことももう大丈夫だろうと、ほっとする。
次いでアマーリエを見る。儚げで美しい様子はエリオットの好みだった。
国王がエルヴィスにたしなめられて苦笑いしながら、アマーリエを興味深げに、しかし敬意を持って眺めた。
「マルグリットもユリウスも楽しそうだ。また来てくれるか?」
「はい、もちろんです」
エルヴィスの言葉に、エリオットは、ぽんと彼の肩を叩いたのだった。