軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

青天の霹靂は、深紅の封蠟と共に

「奥さま、とても素敵です」

「そう……? 変じゃない?」

ドレスが仕上がって試着したアマーリエは少し不安そうに言う。

ブルーグレイのエンパイアラインのドレスは胸元にリボンとビジューがあしらわれ、金の刺繍が施されている。パールのイヤリングと首飾りを合わせた姿はとても清楚で美しい。けれど本人は落ち着かないのだ。ドレスも宝石も一体いくらするのかと恐ろしい。この一着で庶民なら1年は暮らせるのではないか。自分には不相応な気がしてならない。

「アマーリエ」

ノックの音と共にエルヴィスが入ってくる。

「エルヴィスさま……変じゃありませんか?」

そうおずおずと尋ねると、エルヴィスは恭しく一礼すると、アマーリエの手の甲に口づけを落とす。

「とても似合っているよ」

「あ、ありがとうございます……」

「旦那さま、そのくらいで。奥さまがお困りです」

後ろからついてきたアンゼルムが進言するが、エルヴィスは譲らない。アマーリエの細い腰に手をやって引き寄せた。

「エルヴィスさま……! ドレスが皺になってしまいます……!!」

「また買えば良い」

「そういう問題ではありません……!」

お互いの気持ちを確かめあったあとのエルヴィスは、積極的でアマーリエの方が戸惑ってしまう。アンネもアンゼルムも見ているというのに、エルヴィスは意に介さない。

「あのー……僕もそろそろ執務を教えて欲しいのですが」

クラウスを抱いたフェリクスが、白けた顔で口を出す。

フェリクスは結局エルヴィスの気持ちを受け取って、ローゼンブルク家に移り住んだ。部屋を与えられ、勉強の傍ら、執務を学び、クラウスの世話を手伝ってくれている。

「あ、フェリクス。ほら、エルヴィスさま。クラウスさまもいらっしゃいましたよ」

「皆集まったのならちょうど良い。お茶にしよう」

「ドレスを着替えても……?」

「せっかく綺麗なのに?」

「汚しそうで怖いんです。クラウスさまも抱けませんし」

そう言うと、エルヴィスは渋々承知した。

「じゃあ庭でお茶の準備をしてるから、着替えて早くおいで」

そう言うとアマーリエの頬に口づけをする。アンゼルムとアンネは見ないふりを、フェリクスはクラウスに視線を落とす。

アマーリエは真っ赤になって、うつむいた。

「お待たせしました……」

ドレスを着替えて、アマーリエはアンゼルムが引いた椅子に座る。

「かーしゃ」

エルヴィスが抱いていたクラウスがアマーリエのほうへと身を乗り出した。1歳3カ月になったクラウスはお喋りも上手になってるし、あんよも上手だ。今は早くも二語文が出始めて、ローゼンブルグ家皆からの寵愛を集めていた。

「とーしゃ、まんま」

自分用に用意されたお菓子をご機嫌そうに食べるクラウスに、アマーリエの頬も緩む。

「ところで、姉さま。そろそろ、クラウスさまに、さま付けをするのは辞めたほうが良いのでは?」

「フェリクスの言う通りだな。君はクラウスの母親でもあるのだから、さまはいらないだろう」

ふたりに言われて、アマーリエも思いを巡らせる。

「そうなんですよね……そうとも思うのですが、さま付け辞めたほうが良いかしら。どう思います? クラウスさま」

「かーしゃ! うまうま」

「美味しいんですね。良かったですねえ」

エルヴィスとアマーリエ、フェリクスの前にもお菓子と紅茶が出された。ひとつ食べたエルヴィスが、アマーリエに新しいクッキーを差し出す。

「アマーリエ、これは美味しい。どうぞ」

「自分でとれます、エルヴィスさま」

「食べさせたいんだ」

いやいやいや! とアマーリエは内心で首を振る。フェリクスもいるし、アンゼルムもアンネも控えている。そんな恥ずかしいことはできない。

「姉さま……」

フェリクスの視線が冷たいと思う。そうだ、反対にやって見せればエルヴィスもこの恥ずかしさにきづくかもしれないと、あーんと、ほかのクッキーを、すすめてみる。

すると、どうだろう。彼はなんの躊躇いもなく口にクッキーを入れたのだ。アンネは瞬時に視線を空に投げ、アンゼルムは無言でティーポットの角度を直す。フェリクスにいたっては、あからさまに深い溜息を吐いてカップを置いた。

あーんで食べさせてもらったエルヴィスだけがご機嫌だ。アマーリエが羞恥で真っ赤になる。

「かーしゃ、あーん」

「はい、クラウスさま、どうぞ。あーん」

お菓子をちぎって口に入れてやると、小さなリスのようにもごもごして可愛い。それを見たエルヴィスがアマーリエを見る。いや、もうやりませんよ……とアマーリエは心の中で思ったのだった。

エルヴィスが咳払いをすると、真っ直ぐにアマーリエを見つめる。

「王家から内々にお茶会の誘いがあった」

「王……家!?」

アマーリエは驚いてエルヴィスを見る。彼は開封した手紙を見せてくれた。その瞬間、アマーリエから甘い砂糖の香りが消し飛んだ。

差し出された手紙の、重厚な羊皮紙の質感。そこに捺された深紅の封蝋――王家の紋章を見た瞬間、アマーリエの指先から血の気が引く。

ついこの間まで明日の食事の心配をしていた自分が入るなど、もはや恐怖でしかなかった。

「期日はいつです?」

フェリクスが厳しい声で尋ねる。

「3週間後だそうだ」

「えっ……早い……!」

思わず怯えの声が出たアマーリエに、フェリクスは大丈夫ですよ、と笑う。

「姉さまは口を開かなければ、大丈夫です」

「本当に、失礼ね、フェリクス」

「マナーは大丈夫だろうか?」

「大丈夫なわけありません、エルヴィスさま。伯爵家のお茶会しか行ったことがありません……!」

「それならマナーの講師をつけよう。大丈夫だ、アマーリエならできるよ」

エルヴィスさま、その根拠はどこから……とアマーリエは思う。貧乏子爵家でも、マナーは一通りみっちりと教わった。けれど、王家のお茶会など想定外だ。

「そのお茶会、クラウスさまは連れていけるのですか?」

「クラウスにはまだ早いが、ご一家でと書いてあるし、連れて行っても良いのではないか。確か第二王子殿下が、クラウスと同じくらいの年齢だったはずだ」

「国王陛下は、エルヴィスさまのお従兄弟になるのですよね?」

フェリクスの問いに、そうだ、とエルヴィスは頷く。

「陛下の方が年上で兄のように慕っていた。まあ、悪い人ではない」

「姉さま、お茶会頑張ってくださいね。今日からマナーの特訓ですね」

「フェリクス、他人事だと思って……」

「他人事ですから」

フェリクスはにっこりと微笑む。しかし、心のなかではアマーリエの直すべきマナーはどこかと冷静に判断していた。

「姉さま、頑張って下さい。失敗したら終わりです」

「わーん……頑張ります……」

身に余る贅沢な装いと、夫からの過剰なまでの熱情に加えて、王家のお茶会と、今なお動揺を隠せない。

けれど、愛する家族の笑顔を守るためなら、いかなる社交の場も乗り越えたい。

(……まずは、時と場所を選ばないエルヴィス様をいかに躱すか)

それが私の最優先課題だわ、とアマーリエはため息をついた。