軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

シトラスの香る誓い

「いやー、参ったわね。私が熱出しちゃうなんて」

アマーリエは寝台で体を起こしてそう言った。フェリクスが寝台脇の椅子に座り、じろりと睨んで深くため息をつく。

アマーリエの熱は2日ほどで引き良くなった。過労だそうだ。寝台でにこにこと笑う姉にフェリクスは看病疲れの滲んだ表情でもう一度ため息をつく。

「姉さま……一緒にリーヴェスヴィンセン家に帰りますか?」

「え? 帰らないわよ、どうして?」

「やっぱり……姉さまだけが苦労するのは間違っています。今回はしみじみそう思いました」

「フェリクス……そんな苦労してないわよ」

「エルヴィスさまと上手くいってらっしゃらないのでしょう!?」

そう尋ねると、アマーリエは少し押し黙る。部屋に沈黙が流れた。アマーリエは毛布をぎゅっと握る。

「上手くいってないわけじゃないのよ。エルヴィスさまも前の奥さまが忘れられないだけなの」

「それが上手くいっていないと言うんです」

「それでも……良いのよ」

「姉さま?」

「それでも、良いの」

フェリクスがなにも言えずに黙った時、部屋にノックの音が響いた。はい、と返事をすれば、エルヴィスが入ってくる。

フェリクスが椅子から立ち上がり、一瞬だけエルヴィスを値踏みするような視線を向けた後に頭を下げる。

「それじゃ僕はクラウスさまを見てきますから。エルヴィスさま、姉をお願いします」

「あっ……フェリクス。ちょっと待って……!」

「アマーリエ、もう大丈夫なのか?」

落ち着かなさげに椅子に腰掛け、エルヴィスが尋ねた。アマーリエは、無理に笑った。

「はい。ご迷惑おかけして申し訳ありません」

「迷惑なんて……かけていない。むしろ、良くやってくれて感謝している」

「いえ……」

部屋に沈黙が落ちる。エルヴィスから言われた言葉も、叩いた手の痛みもまだひいていない。アマーリエは無意識に両手を握りしめた。

ふいに、エルヴィスが頭を深く下げた。アマーリエはぎょっとする。

「アマーリエ、本当にすまなかった。どうか、もう一度、チャンスをくれないだろうか」

「頭を上げてください。私の方こそ謝らなきゃいけないのに。叩いたりして申し訳ありませんでした……!」

「では、許してくれるのか」

「はい……?」

「リーヴェスヴィンセン家には帰らないでいてくれるだろうか」

真剣な表情で覗き込まれて、アマーリエは顔を赤らめて視線を逸らす。

気持ちを自覚したいま、エルヴィスと一緒にいると落ち着かない。

「私は、その、君が大切だ」

「え……」

「君が大切なんだ。乳母なんて言ってしまったけれど、きちんと妻として側にいて欲しい」

「それは、つまり……」

「つまり、君を抱きたいんだ」

「……っ!?」

「きちんとした夫婦になりたいんだ。だめだろうか」

拒絶を恐れるような、少し震える声だった。

アマーリエはあまりのことに言葉が出てこない。顔が火照っているのか熱い。喉がひりついて言葉が出ない。

驚いている気持ちとは裏腹に、ぽたりと涙がこぼれ落ちた。ぽたぽたと涙はこぼれ落ちる。

アマーリエは顔を覆った。泣き顔をみられたくなかったからだ。

「アマーリエ……困らせてしまっただろうか」

エルヴィスの弱りきった声が聞こえる。アマーリエは無言で首を振った。涙を拭って、真っすぐエルヴィスを見つめる。

「私はエルヴィスさまが好きです」

「え……」

「あなたが好きなんですよ。きっともうずっと……」

「アマーリエ……私も君が……」

エルヴィスがアマーリエの腰を抱いて引き寄せる。顔が近づいてきて、軽く唇が触れた。離れて今度は少し深く口づけをされる。アマーリエは甘い、と思った。口づけってこんなに甘いんだ、と。鼻がこすれるくらいに近くにエルヴィスがいる。シトラスの香りがする。アマーリエは真っ赤になり照れてうつむいた。

「ずっと側にいてくれ」

「はい」

「約束だ。絶対だぞ。私を置いて逝かないでくれ」

「はい、約束します」

ふたりで手を握りあって、もう一度、口づけをした。アマーリエはここが自分の居場所なんだと、ようやく、溶けてゆくような幸せのなかで理解したのだった。