作品タイトル不明
空色のような宝石
明くる日、ローゼンブルク公爵家には、デザイナーが来ていた。彼女はアマーリエの透き通るような肌の白さや細いウエストを褒めたあと、ドレスのデザイン画をアマーリエに見せる。
「いま、流行のドレスはベルラインです。ウエストを絞ってベルのような形にしたものです。あとは胸下で絞るエンパイアラインも人気です」
「はー……そうね、エンパイアラインの方が動きやすそうね」
「そうですね。奥さまはお若くていらっしゃいますから、胸元にリボンやビジューをたくさんつけると華やかさも出せますし、胸下の高い位置に切り替えがあるため、足さばきが良く、それでいて可憐な印象を与えます」
うーん、とアマーリエは考え込む。オーダーメイドの服など仕立てたことがないのだ。どれが良いのかわからない。縋るようにエルヴィスを見れば、彼はデザイン画を覗き込んだ。
「アマーリエは清楚な印象があるから、そこまでたくさんのリボンはいらないだろう。ほどよくリボンとビジューを散らしてくれ。あとベルラインとエンパイアラインのドレス両方仕立ててくれ」
「エルヴィスさま、そんなにいりませんよ…!」
「お茶会のと夜会のドレスを2着ずつ頼む。色はブルーグレイを取り入れてくれ」
「ブルーグレイでしたら、こちらの生地はどうでしょうか。裾に行くほどグラデーションがかかるように誂えられます」
「そうだな……そこに金糸で刺繍を入れてくれるか」
「畏まりました。それでは刺繍はこのようなものを――」
「それとこのドレスも彼女に似合いそうだ。あつらえてくれ」
アマーリエは内心ため息をついた。これはもうエルヴィスに任せておけば良い。エルヴィスの方が慣れていそうだし、見立てる能力もあるだろう。
こんなに良くして貰って良いのかな、とアマーリエは思う。このドレス一着だって、庶民の何ヶ月分の食費になるのだろう。実家だったら余裕で半年以上すごせるんじゃないだろうか。公爵夫人の予算内だと言われたが、その予算がアマーリエには恐ろしいほどの額なのだ。せめて宝石は控えめなものを選びたいとアマーリエは思う。
「私の襟や袖には翡翠色を」
「畏まりました」
こんなに世の中の貴族の夫婦というのは、互いの色を合わせるものなのだろうか、とアマーリエは思う。エルヴィスの瞳の色のドレスを纏った自分を想像して、急に気恥ずかしくなる。たいへんなのね、と心の中で思いながら、宝石を見てみれば、晴れ渡った空の色のような小さな宝石が目に入った。
「この宝石、クラウスさまの瞳の色みたい」
思わず口に出すと、エルヴィスが覗き込む。
「気に入ったのか?」
「え? いや、気に入ったというかクラウスさまに似合うだろうなって」
その言葉にエルヴィスは苦笑する。
「クラウスに作るのは少し早いけれど、その日のために購入しておこう」
「えっ、良いんですか」
「アマーリエが気に入ったなら」
そう言ってエルヴィスは微笑んだ。アマーリエはその甘い笑みに頬が赤くなるのを感じる。
結局、宝石も何点か購入して、首飾りやイヤリングに加工してもらうことになった。エルヴィスもエメラルドのカフスボタンを購入した。
採寸をしてデザイナーと宝石商が帰り、アマーリエはソファにもたれた。
「……一生分のお金を使った気がします……」
その言葉に、エルヴィスがくくっと笑う。アマーリエは隣のエルヴィスにもう、と頬を膨らませた。
「笑い事じゃあありませんよ、エルヴィスさま。もう当分、ドレスも宝石もいりませんからね!」
「はいはい、わかったよ。アマーリエには参ったな」
エルヴィスの位置がいつになく近い。アマーリエはエルヴィスを見上げた。最初に会った時には隈も酷くて無精ひげも生えてたのに、いまのエルヴィスはさっぱりとしていて、容姿が整っていることが良くわかる。
(まだ25歳なんだものね……お若いわ)
エルヴィスの両親は他界している。妻にまで先立たれて、エルヴィスはどんなに無念だったろうかと思った。
彼の背負っているものの重さが、豪華な調度品に囲まれたこの部屋の中で、かえって際立って見えた。
この人は、ずっと誰にも寄りかかれずにいたのではないか。隣に座るエルヴィスがまるで傷ついた少年のように見えた。
そう思った瞬間、理性が、身分という名の枷を外した。
ほとんど衝動だった。
立場も礼儀も頭から消えていた。
気づいたときには、アマーリエはエルヴィスの頭を撫でていた。指先がやわらかなその金の髪に触れる。まるで子どもにするように、よしよしと、慰めたくなったのだ。
「アマーリエ……?」
ひどく驚いたようなエルヴィスの低く掠れた声に、アマーリエは、はっとして手を引っ込めた。
「ご、ごめんなさい。つい……」
エルヴィスがアマーリエの腕を掴む。アマーリエとエルヴィスの視線が交わった。
「私、クラウスさまのことを見に行ってきます」
「アマーリエ、行かないでくれ」
腕を掴まれたまま、アマーリエは途方に暮れる。エルヴィスは見たこともないほど真剣な表情をしていた。つかまれた腕が熱い。エルヴィスのシトラスの香りが鼻先をくすぐる。
「アマーリエ、私は――」
視線と視線が絡み合う。
そこまでエルヴィスが言った時、遠くでクラウスの泣き声が聞こえた。はっとしたように、エルヴィスがそちらに意識を向ける。慌てたようなノックが続いた。
「入れ」
「失礼します。旦那さま。クラウスさまがお熱を出しました」
アンゼルムのその言葉にエルヴィスとアマーリエは、顔を見合わせ、クラウスのもとへと走ったのだった。