作品タイトル不明
瞳の色を纏う理由
「え? ドレスですか?」
紅茶を飲んでいたアマーリエは驚いて声を上げた。真正面のソファに座ったエルヴィスは、頷く。アマーリエは困って苦笑を浮かべた。既製品とは言え、クローゼットにはたくさんのドレスや宝石や靴が納められていた。それに実家では着古したドレスばかりだった。正直、もういらないと言うのがアマーリエの意見だった。
「夜会もあるだろうし、きちんとしたドレスをいくつか仕立てた方が良いと思う」
「夜会……」
これは困ったわね、とアマーリエは思う。エルヴィスの出る夜会となれば、国王陛下も出るような夜会だろう。正直申し上げて遠慮したいところだが、そうもいかないのだろう。アマーリエは心の中でため息をついた。けれどすぐに、これもクラウスと実家のためだと頭を切り替える。
「わかりました。申し訳ありませんが、作ってくださると嬉しいです」
「そうか。宝石も合わせて見繕おう」
「えっ……いえ、なにもそこまでは」
「奥さま」
アンゼルムの穏やかな声がする。
「奥さまは新婚でいらっしゃいます。旦那さまの瞳の色に合わせた宝石やドレスが必要かと存じます」
「あー……なるほどね」
仲良くやってますアピールも必要なのね、とアマーリエは納得する。
「公爵夫人の装いは、個人の嗜好ではございません。それは旦那さまの威厳そのものです。それに奥さまがドレスを作れば、経済が回ります。公爵家にドレスを作ったとなれば名誉にもなるでしょう。領民のためになります」
「なるほど。わかりました。アンゼルムありがとう。わからないことはまた教えてちょうだい」
アンゼルムは頭を下げて下がった。アマーリエは肩をすくめて、エルヴィスを見た。
「エルヴィスさま、申し訳ありませんが、ドレスを少しと宝石をいくつかお願いしてもいいかしら」
「勿論だ。その……受けてくれてありがとう」
「えっ、そんな、私の方こそ……ありがとうございます」
アマーリエは焦って礼を言う。ドレスを作るほうが礼を言うなんて、アマーリエは驚いた。
「えっと、その、夜会にはまだ、クラウスさまは連れていけませんね」
照れたのを誤魔化すように言うと、エルヴィスは少し笑って腕の中のクラウスを見る。彼はやわらかなおかしをあむあむと食べていた。
「クラウスはまだ連れていけないな」
「早く大きくなったクラウスさまが見たいです。金の髪に空のようなブルーの瞳……きっと素敵な少年になるわ」
「そうだろうか」
「勿論ですとも」
アマーリエは微笑む。エルヴィスがその微笑みにつられるように微笑んだ。その瞳の優しさに、アマーリエの胸が高鳴る。アマーリエは無理に視線を逸らせた。
「さあ、じゃあそろそろ、クラウスさま行きましょうか」
「……もう、行ってしまうのか」
不意に、エルヴィスの声が低く、どこか名残惜しそうに響いた。
「お仕事の邪魔をしてはいけませんからね。お仕事終わったら、またクラウスさまと遊んであげてくださいね」
「わかった……仕事頑張るから」
ふふ、とアマーリエは微笑む。クラウスをエルヴィスから抱き上げて、良かったですね、と微笑んだ。
「お父さまは、クラウスさまのためにお仕事頑張ってくれるそうですよ」
「あ、いや。勿論、そうなんだが……」
「ではエルヴィスさま、失礼しますね。お仕事頑張ってくださいね」
そう言ってドアはパタンと閉まった。残されたエルヴィスに、アンゼルムはこほんと咳払いをする。
「旦那さま。言うべきことはきちんと言わないと伝わりません」
「わかってる」
ふたりがそんな話をしているのも知らず、アマーリエはクラウスのお昼寝に取りかかっていた。