軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2.リディアとレイの共同生活(7)

◇ ◇ ◇

ボイル野菜の盛られたお皿の端に、卵焼きを乗せる。

芋をすりつぶして作ったスープには塩をひとつまみ入れた。

「よし、完成!」

朝ご飯を作り終えたリディアは、奥の部屋の入口を見る。もう昼近いというのに、今日はなかなかレイが起きてこない。

「起こしに行こうかな」

せっかくなら出来立てを食べたほうがおいしい。

リディアはノックしてから、そっとドアを開ける。

レイは布団に絡まりながら、規則正しい寝息を立てていた。

「レイ、起きて」

「んー」

「もうすぐお昼よ? ご飯できたから、一緒に食べようよ」

「……うん」

まだ寝ぼけまなこのようで、レイの返事は緩慢だ。

布団を剥ごうと手を伸ばすと、逆に腕をグイッと引かれてリディアはバランスを崩す。

「ちょっ!」

「リディア大好き」

レイはぎゅうっとリディアを抱きしめる。

「こらこら! 寝ぼけてないで」

「寝ぼけてないもん」

「寝ぼけている人は寝ぼけてないって言うの!」

リディアが叫ぶと、レイはくすくすと楽しそうに笑いながら髪の毛をかき上げる。その仕草が妙に色っぽく見えて、リディアはとっさに目を逸らした。

(うー。心臓に悪い)

子供のようにあどけないと思えば、時々驚くような色気を放つ。

(駄目だわ、私。弟みたいな存在のレイにドキッとするなんて)

リディアは自己嫌悪に陥りながらも、レイの体をグイッと押しのける。その際、彼の服が汚れているのに気づきおやっと思った。

「レイ。服が汚れているわ。夜、外に出かけたの?」

「ちょっと眠れなくて」

「そうなの? 言ってくれたらホットミルク作ってあげたのに」

「じゃあ、今夜作って」

レイはリディアを上目使いに見つめ、微笑む。

ちょうどそのタイミングで「すみませーん」と声がした。

「はーい」

リディアは慌てて玄関へと向かう。ドアを開けると、そこにいたのは中年の男性だ。

「風邪薬をもらえるかい?」

「もちろんです! 症状を教えていただけますか? のどが痛いとか、鼻水が出るとか、熱が上がっているとか──」

リディアはパッと表情を明るくして対応する。

今はまだ自分の店を持たず知り合いの薬屋に薬を卸して生計を立てているが、時々こうして直接リディアのもとに薬を買い求めに来る人がいる。

いつかは、立派な自分の店を持つのがリディアの夢なので、自分の薬を求めてくれる人がいるのは何よりも嬉しいことだった。

リディアは症状に合わせた薬を包むと、それを男性に手渡す。

「ありがとう。近所で薬が買えるのはすごく助かるよ。町は昨晩の事件でごたごたしているみたいだしな」

男性の言葉に、リディアはおやっと思う。

「昨晩の事件?」

「なんだ、知らないのか? アーバン侯爵家のタウンハウスで大規模な爆発があったんだよ。新聞にも大きく出てたぞ」

「すみません。新聞を取っていないので」

答えながらも、リディアの心臓はどくどくと脈打つ。

(アーバン侯爵家で?)

アーバン侯爵家と言えば、セドリックの屋敷だ。

「セドリック……屋敷のかたは無事なんですか?」

「ああ。大怪我したけど命には別状ないようだ。だが、問題はそこじゃないんだ」

客の男性は内緒話をするように、声を潜める。

「なんでも、地下から監禁されている人間が複数見つかったらしい。しかも、全員に虐待された形跡がある上に、その中にフォシニじゃない奴も混じっていたとかで、大騒ぎらしいぜ」

男性は声を潜め、内緒話をするように告げる。

「慈悲深いと有名だったアーバン侯爵が、こんなことをしていたとはねえ。世の中わかんねえもんだな。まっ、いずれにせよアーバン侯爵家にはなんらかのお咎めがあるだろうな」

男性はふうっと息を吐くと、「じゃあ、また頼むよ」と言って去っていく。

ドアを閉めると、部屋の奥でカタンと音がした。レイが起きてきたのだ。

「あいつ、悪いことしててお咎めを受けるの?」

「ええ、そうみたいね」

リディアは頷く。聖人君子の仮面がはがれるのはあっけなかった。

そしてそのタイミングは──。

「レイ。昨日の夜、どこに行っていたの?」

なんとなく気になって、リディアは尋ねる。

「家の周りをふらついてただけだよ」

「……そっか。そうだよね。ご飯食べよっか」

一瞬、レイが何かやったのではという突拍子もない考えが浮かんだが、リディアは脳内でそれを否定する。考えすぎだ。

「リディア、よかったね」

レイがリディアの顔を覗き込み、口元に笑みを浮かべる。

「よかったって?」

「あいつ、社会的制裁をうけたね。牢屋に入ってくれたら、もう二度とあいつと会わなくて済むよ」

その声音は、妙に弾んでいた。

「……そ、そうね」

「嬉しい?」

「それは……」

嬉しい、とは少し違う。

なんと言えばいいか言葉に迷いながらも、リディアは口を開く。

「少なくとも、彼がこのまま聖人君子のふりをして人を騙し続けるよりはよかったわ」

「うん、そうだね」

レイは満足そうに頷く。

その表情があまりに穏やかすぎて、かえって胸がざわつく。まるでアーバン侯爵家で爆発があったことを、最初から知っていたかのような態度だ。

昨夜の外出。そして、「消してきてあげよっか?」という言葉。

(偶然よね?)

リディアは自分に言い聞かせる。

彫刻のように、きれいな顔。

子供のように、甘える仕草。

どこかの誰かのフォシニだったという事実。

そして、ときどき覗く、底知れない仄暗さ。

(レイは、いったい何者なんだろう?)

そんな疑問が湧いて、リディアは首を振る。

何者だっていい。彼が独り立ちするまで面倒を見ると約束したのだから。

ひとつだけ確かなことは、レイが来てからリディアの日常に人のぬくもりが加わったこと。

今はそれだけで、十分だった。