軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第5話 襲撃(前編)

1

バルドは、リンツに着いた。

リンツは、大河オーヴァのほとりにある 津(みなと) の街だ。

オーヴァの東岸には、ほかにも多くの 津(みなと) があるが、リンツほどにぎわっている街はない。

なぜなら、リンツからオーヴァ川を渡れば、対岸にパルザム王国の交易村パデリアがあるからだ。

大河オーヴァは、対岸が見えないほど広い川だから、渡るだけでも大仕事である。

リンツの領主は大きな交易船を何隻も保有し、パデリアと交易をしている。

リンツに来れば、大陸中央の国々の品が買える。

しぜん、リンツは栄え、リンツ領主は伯爵を自称するようになった。

たった一つの街を領有するだけだが、その経済力は大領主たちをしのぐ。

屋台の立ち並ぶ道を歩きながら、バルドは、初めて訪れるリンツの 喧噪(けんそう) に驚いていた。

屋台から匂ってくる食べ物の気配には、ひどく心を浮き立たせるものがある。

今、食べているのは、鳥の肉をほぐして煮た団子である。

臭みのある山鳥を小さくつぶし、何かの 脂(あぶら) と、それからおそらく山芋をつぶして混ぜてある。

鳥の濃厚なうまみと脂身がほどよく混ざりあっている。

小さな緑色は、ローハスかペリスか何かの香草を細かく刻んだものだろう。

臭みを隠し、かつ味のアクセントにもなっている。

串刺しされた三つの団子のうち、一番上の団子にだけ、茶色のとろっとしたソースが掛かっているが、これがまたうまい。

舌鼓を打ちながら歩いていると、妙なものが目に入った。

道端に男が座り、首に 札(ふだ) を掛けている。

札には、この男売ります、と書いてある。

道行く人が、物珍しげに眺めている。

はやし立てる者もある。

通行人が、兄さん、あんたの売値はいくらだね、と聞いた。

その男は、

「百万ゲイル」

と答えた。

群衆は、どっと沸いた。

百万ゲイルなど、リンツ伯でもおいそれとは用意できない大金である。

つまり、この男は自分を売る気などない。

何かの冗談か、人寄せなのである。

群衆は、そう思ったのだろう。

バルドは、男の声を聞いて、おや、と思い、あらためて男の顔を見て、驚いた。

男のほうでもバルドに気付き、目線が交差した。

バルドは、こちらに来い、と目で合図して、通りをさらに歩いて行った。

荷物を背負ったスタボロスが、バルドの後ろをついてくる。

男は、首から売り札を外し、群衆に向かって、

「今日は店じまいだ」

と言い、巻いたむしろを小脇に抱えると、バルドの後を追った。

繁華街を離れ、人影のない場所まで歩いて、バルドは立ち止まった。

そのそばに歩み寄ると、男は、

「また会ったな、バルド・ローエン」

と言った。

男は、〈 赤鴉(ロロ・スピア) 〉ヴェン・ウリルだった。

2

この希代の剣士にして戦闘狂は、二か月と少し前、バルドを襲撃した。

しかし、ヨティシュ・ペインがバルドに殺されたため、その死体を 曳(ひ) いて、雇い主であるカルドス・コエンデラの元に帰った。

バルドに 甥(おい) を殺されたと知って怒るカルドスに、ヴェン・ウリルは、報酬を要求した。

「私は、契約と指示を守ったのだから、報酬を受け取る権利がある。

あの馬鹿者は、打ち合わせを無視し、私の制止も振り切って愚かなまねをして、勝手に死んだ。

だが、カルドスは、甥を守れなかった用心棒に払う金はないといい、今すぐバルドの首を取って来い、とわめいた。

追加の契約をするのは、ここまでの報酬を受け取ってからだと私は言ったが、カルドスには報酬を払う気がなかった。

今回の仕事は、報酬は高いがすべて後払いの約束だった。

金が要るのだ。

それで自分を売りに出した」

たんたんと語られるヴェン・ウリルの説明を聞いて、バルドは、あきれたやつだのう、と感想をもらした。

カルドスとの会話も浮世離れしているし、金が要るから売り札を下げて市場に座った、という発想が変である。

広く名の知られた名剣士なのである。

リンツ伯の元にでも行って腕前を見せれば、百万ゲイルには及ばないにせよ、高い報酬で雇ってもらえるだろう。

カルドス以外の大領主を訪ねてもいい。

腕のいい剣士には、いくらでも稼ぎようがある。

市場で自分を売り込むにしても、剣の技を見せれば買い手は必ず付く。

ところが、なぜか剣はむしろに包んで隠したままで、自分を売ろうとしていた。

矜持(きようじ) ゆえか。

それとも、何かの願掛けかのう。

とバルドは思ったが、それを言葉にして尋ねることはしなかった。

その代わり、スタボロスに積んだ荷物を解いて、金貨の入った袋をヴェン・ウリルに差し出し、

おぬしの入用には、これでは足りぬかのう。

と 訊(き) いた。

ヴェン・ウリルは、むしろを広げて金貨を並べて、数えた。

そして、目を閉じてしばらく何事か考えるふうであった。

「ふむ。

九十三枚か。

百万ゲイルの十分の一にも届かん。

だが、ほかならぬ〈人民の騎士〉殿だからな。

これで何とかなるのかもしれんな。

負けておく」

そう言って金貨をしまい、立ち上がってから、言った。

「あるじ殿。

すまんがしばらく 暇(ひま) をくれ」

わしのほうではおぬしを買い取ったつもりはない。

好きにすればよい。

「あるじ殿は、これからどこに行く」

予定はないがのう。

北のほうにでも行くかの。

「分かった。

短くても二か月、長ければ半年ほどかかると思う。

用事を済ませたら、あるじ殿の元に行く」

そう言い残し、返事も聞かずにすたすた歩き去った。

まことに妙な男である。

だが、その妙なところがいい、とバルドは思った。

3

バルドは、スタボロスを連れて、市場に戻った。

いろいろと食べてみたい物がある。

生まれてこのかた辺境の山奥から遠出したことがない。

しかも今は急ぎの用事も何もない。

街のにぎわいに、わくわくする心を抑えられない。

屋台を物色していると、横から声を掛けられた。

「失礼ですが、パクラからお越しのかたではありませんか?」

見れば、商家の使用人のような姿の若者である。

身なりもよく、物腰も丁寧である。

バルドは、

確かにわしはパクラ領から来たが、それがどうかしたかの。

と 訊(き) いた。

「ジュールラン様がお待ちでございます」

と若者は答えた。

4

連れて行かれたのは、リンツ伯の館であった。

正門を堂々と通って進み、母屋の奥にある一番上等な建物に案内された。

自然の地形をうまく利用して造られた建物で、階段を上りきった先に広い部屋があった。

部屋の奥の戸は開け放たれ、ベランダと部屋がそのままつながっている。

ベランダからは、大オーヴァが一望できる。

絶景である。

ベランダに置かれた椅子に、二人の人物が座って、オーヴァ川を見下ろしながら茶を飲んでいた。

「やあ、じい。

遅かったではないか。

待ちくたびれたぞ」

と笑顔を見せるのは、ジュールラン・テルシアだ。

前パクラ領主ヴォーラ・テルシアの妹の息子である。

学問は母のアイドラに、武芸はバルドに仕込まれ、文武両道に秀でた二十八歳の俊英であり、現領主ガリエラが最大の信を置く、側近中の側近である。

その横の老人は、わざわざ立ち上がって、礼をした。

バルドを騎士として遇する、ということだ。

「初めてお目にかかる。

サイモン・エピバレスでござる。

バルド・ローエン卿。

お会いできてうれしい限りじゃ。

後ほど、 一献(いつこん) 差し上げたい」

リンツ伯である。

野太い声だ。

たしかバルドより少し年上であるが、バルドと同じぐらいの身長があり、体格もがっちりしている。

その態度は豪快そのものだ。

金と物のやり繰りのうまい、やり手の男だという評判だが、意外に武人肌の人物であるようだ。

あいさつのあと、三人はベランダの椅子に座った。

「じいはよく、オーヴァを一度見たい、と母上と話していたからな。

世界中のうまい物を食べ歩きたいというのも、昔から話し合っておった。

この辺りでうまい物がたくさんある街といえば、何といってもリンツだ。

必ずこの 津(みなと) に来ると予想してな。

じいの風体をここの使用人たちに説明して、毎日屋台の辺りを見回ってもらったのだ」

と、妙に自慢げにジュールランは説明した。

「母上が亡くなられた。

少し体調のよい日に、中庭に出たいとおっしゃってな。

侍女が茶の支度をしているあいだに、息を引き取られた。

安らかで幸せそうなお顔であった」

アイドラの訃報を聞いて、まずバルドの胸に浮かんだのは、

間に合わんかったのう。

という思いだった。

塩採りの街のガンツで食べたコルルロース料理。

ジャボと上等の赤ワイン。

旅に出て食べた絶品料理と飲み物のことを手紙に書いてアイドラに送ろう、とバルドは考えていたのだった。

読めばきっと喜んでくれただろうに。

その次にバルドの胸に浮かんだのは、

パクラとの絆が切れてしもうたような感じがするわい。

ということだった。

安らかで幸せそうなお顔であった、というジュールランの言葉に慰められた。

このような息子に看取られ、後事を託せるなら、なるほど安心であられたに違いないのう、とも思った。

「母上がじいに宛てて書いた手紙を持って来た。

書き終えてから、庭に出たらしい」

銀と毛皮を売り、リンツ伯との友誼を深めるついでに、手紙を持ってきたのだとジュールランは言うが、それだけでは、この時期にしかもジュールランがみずから足を運ぶ理由にはならない。

バルドに手紙を届けるためにそのようにしたのだろう。

アイドラがバルドに宛てた手紙を運ぶのは自分でなければならない、とジュールランは思ってくれているのである。

だから、人夫たちは先に帰し、従騎士には休暇を与えて、一人バルドを待っていたのだ。

バルドは、胸の奥が温かくなるのを感じた。

バルドが手紙を受け取ろうと手を伸ばした、そのときである。

よい場面を台なしにする無粋な声が、入り口のほうから聞こえた。

「やはり貴様だったか、バルド・ローエン。

その手紙を渡してもらおう。

それと、アイドラ姫から預かった物を持っているであろう。

よこせ。

貴様の荷物の中には、それらしいものはなかった」

カルドス・コエンデラの弟で重臣のギエンザラ・ペインである。

武器を持った兵士たちを引き連れている。

ギエンザラも兵士たちも殺気にあふれている。

リンツ伯が客をもてなす館に、武器を持った郎党を引き連れ押し込むなど、よほどの覚悟がなければできない。

ここにいる者を皆殺しにするつもりなのだ。