軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第5話 将軍就任(後編)

6

「殿下。

いくらなんでも、そんな言い方では伝わりません。

バルド殿。

これは実際に軍を率いるということではないのです。

中軍の正将は、ナパラ・フジモ殿が務めてこられました。

ナパラ殿は他国の公子であられたのですが、事情があってこの国で客将として戦場に出られるようになったのです。

その武徳と戦略眼から徐々に重く用いられるようになり、将軍として三代の王に仕えてこられました。

ウェンデルラント王陛下が王位に就けたのも、一つにはナパラ将軍の強い支持があったからなのです。

とにかく軍には非常に信望のあるかたでしてな。

しかし国内に縁故はほぼなく、政治的野心は低いお人です。

このナパラ将軍が昨年から体調を崩し、三度にわたって将軍職の返上を申し出られました。

そのたびに慰留してきたのですが、このたび病気静養のため一時離職ということになったのです。

その空位を、何人もの有力騎士が狙っております。

なにしろ一度将軍職に就けば、辞任したのちも終生将軍と呼ばれ、いくつかの特権があるのです。

また、在任中は軍事行動に限っては大きな裁量権を与えられておりましてな。

悪用すれば私腹を肥やすことはたやすいのです。

将軍の任免は王の専権事項なのですが、大貴族や重臣たちが意見をすり合わせて誰かを強く推薦した場合、無視はできません。

今はジュールラント殿下が王の代理をなさっておられる状態ですからなおさらです。

ところがおもしろいことが起きました。

今日、立太子式のあとに枢密顧問会議が開かれ、その中で中軍正将の人事が協議されました。

ところが、ある理由からアーゴライド家がまったく発言しようとしませんでした。

それをみて、ほかの大貴族家も発言を控えたのです。

結局何人かの候補が挙げられましたが、意見はばらばらでした。

すると、ガドゥーシャ辺境侯から、意外な人物が推薦されました。

あなたです、バルド殿。

それに私が同調して推薦者が二人となりました。

ほかの候補は推薦者が一人でした。

それを受けて、ジュールラント王太子殿下があなたを中軍正将に任じる決定をなさったのです」

いや、そんなむちゃな、とバルドは思った。

バルドは中原の戦争のやり方など知らない。

この国の政治的あるいは軍事的状況も知らない。

そもそもまったく外部の人間である。

そのガドゥーシャ辺境侯という人物には会ったこともないのに、どうしてバルドを推薦などしたのか。

そう言うと、ジュールラントが答えを返してきた。

「だからだ、じい。

じいならどの派閥にも属していない。

しいていえば王太子派だな。

今はきな臭い状況だから、どの派閥も必ずしも積極的に中軍正将のポストを取りたいわけではない。

だからといって、他の派閥にこのポストを取られるのは嫌なのだな。

じいならどの派閥にとっても益にもならないが害にもならない。

こちらとしては、とにかく中軍正将というような発言力の強いポストを空白にしておきたくない。

軍の制度や運用について王陛下と意見の違う騎士がそこにもぐりこんだら困るのだ。

今必要なのは、中軍正将になっても余計なことはせず、時が来たらだだをこねずに辞めてくれる人間だ。

それにじいは、王太子の 傅(ふ) としてそれなりの身分を与えられるはずだった。

爵位も領地も与えない代わりに短期間名ばかりの中軍正将にするという案を、重臣たちは歓迎したさ。

この国で軍事の実績がないというのは問題ない。

魔獣相手に騎士団を率いて四十年戦ってきたというのは形式的にはじゅうぶん要件を満たしている。

この国は、他国出身の騎士を今までも将軍にしてきたからな。

ナパラ将軍が復帰するまでのあいだ、そのポストを埋めてほしいのだ。

あと、ガドゥーシャ辺境侯は、ザイフェルトやリンツ伯からじいのことを聞いていたようだな」

ガドゥーシャ辺境侯は長年アイドラに大金を送り続けた。

それを着服していたカルドス・コエンデラの罪を暴いたのがバルドだ。

ガドゥーシャ辺境侯がバルドに好意を持っているというのは、なるほどありそうなことだ。

しかし、いろいろきな臭い、とは何のことか。

ジュールラントは、バリ・トードと目を合わせ、声をひそめて言った。

「王陛下のご病状が、どうも妙なのだ。

毒ではないのか、と疑う者もいる。

だが侍医は長年陛下に尽くしてきた人物で、疑わしい点はない。

また、ナパラ将軍の病状にも不審な点があるらしい。

それから、東部の砦が魔獣の群れに襲撃された。

極めつけは、西部の二つの有力都市が反乱を起こした。

反乱自体は、そう珍しいことではない。

理屈を立てて王軍と戦争し、それなりに力を見せて、自分の要求を通すわけだな。

だが今回のやつは、どうもちがう。

はっきりしたことはいえないが、西の大国シンカイの影が見え隠れするのだ。

ここには、俺が軍を率いていく。

今動かせるほとんど全部を連れていくから、どのみちじいが指揮する兵は残らん。

これ、うまいな」

と言いながらジュールラントは、ジュルチャガから取り上げた肉団子をほおばり、ワインをぐびっと飲んだ。

ジュルチャガはすかさずワインをつぎ足し、さらに脇机から新しいゴブレットを取ると、バリ・トードにワインをついだ。

バリ・トードは地獄で仏にあったような表情をみせ、ワインを飲み干した。

さらにジュルチャガは、懐から肉饅頭を出して、こんなもんだけど、とバリ・トードに渡した。

じつにうれしそうな顔で、バリ・トードは肉饅頭にかぶりついた。

「それもうまそうだな。

もうないのか。

それでな、じい。

はっきり言っておく。

じいが軍を指揮することはないが、何か事が起きて軍がそれに関わった場合、じいの責任になる。

十中八九何かが起きる。

じいにはたぶん詰め腹を切らせることになる」

それは別に構わない。

詰め腹を切らせるといってもくびになるだけだろう。

将軍職など要らない。

というより、ジュールラントのためになるなら、本当に首を切られても構わない。

納得したので、では自分は王都で屋台めぐりをしていていいのか、と訊いた。

「そうはいかん。

コルポス砦に行ってもらう。

魔獣の群れが出たというのだ。

早馬の報告によれば、二十匹ほどだと。

数が正しければ、パクラでも一度には見たことのない数だ。

大被害が出たらしい。

ミスラの騎士団が討伐に向かったはずだから、もうけりはついているだろう。

状況を確認し、魔獣への対処法を教えてやってほしい。

この国には、もう何十年も、ひょっとしたら百年ぐらい、魔獣が出ていない。

時々出たという報告があるが、本当に魔獣だったかあやしい。

魔獣との戦い方が、まるで分かっておらんのだ」

なるほど。

それなら確かに自分の出番もある、とバルドは思った。

「シャンティリオンを連れて行ってくれ。

帰りは急がなくていい。

南部の街や村を視察して、二、三か月かけて帰って来てくれればいい」

おや、とバルドは思った。

多事多難のおりにしては、ずいぶんのんびりした任務だ。

そのとき、バルドの心に、ロードヴァン城でのジュールラントの言葉がよみがえった。

やつにはもう少し広い世界を見せてやりたいんだがなあ、とジュールラントは言った。

やつ、とはシャンティリオンのことだ。

視察という名目で、シャンティリオンに世の中のことを見せ、感じさせてほしいと、ジュールラントは言っているのだ。

もしかしたら王都であるというそのきな臭いことからシャンティリオンを遠ざけておきたい思惑もあるのかもしれない。

もしもナパラ将軍が健康を取り戻さなかったらどうなるかと訊いたら、その場合は別の人物を将軍に迎えるつもりだという答えがあった。

ただこの国の騎士ではなく、また遠方に住んでいるため、 招聘(しようへい) の前段の下交渉の段階であるという。

シャンティリオンの副将就任は、アーゴライド家のほうから申し入れがあったのだという。

まずアーゴライド本家に籍を移し、中軍副将の座に就く。

一定の軍功を立てさせたあと、王軍を退き、王位継承権授与の手続きを行い、それからは当主のそばで経験を積ませるのだ。

ただし場合によっては一時上軍正将の座に就いてもらう場合がある。

ジュールラントが王の代理として本格的に政務を執るようになった場合、上軍正将の候補が今いない。

シャンティリオンは王家の血を引いているから、このポストに就くことができるのだ。

こうした背景があったため、今回の中軍正将人事では、アーゴライド家は口を出さなかったのである。

バルドは、うなずいた。

「受けてくれるか。

助かった。

もう一つ、頼みがある。

しばらくカーズとジュルチャガを貸してくれ。

頼む」

なんとジュールラントは、右手を左胸にあて、目をとじて上半身を前に倒した。

ここまで礼をつくされて、断るわけにはいかない。

しかし、カーズとジュルチャガは、バルドの部下というわけでもない。

カーズを見た。

バルドを見つめ返す目が、承諾を伝えてきた。

ジュルチャガを見た。

ジュルチャガは、両手を頭の後ろで組んで、ジュールラントに言った。

「王太子様。

バルドの旦那の弟子で身内なんだよね。

そんならおいらの弟分みたいなもんだ。

弟のためなら一肌脱ぐよ」

全員が一瞬あっけに取られた。

ジュルチャガがジュールラントを弟分扱いするのは、いろんな意味でおかしい。

そもそも言葉遣いが決定的におかしい。

おかしいのだが、あまりにあっけらかんとした物言いに、なぜかとがめる気持ちがわいてこない。

「うむ。

よろしく頼むぞ」

と言って、ジュールラントが笑みをみせた。

その笑みが、死ぬほどこき使ってやるぞという意味だと、ジュルチャガは気付いているだろうか。

これはあとになって気付いたのだが、ジュールラントとしても、ここは難しいところだったのだ。

ウェンデルラント王は人気も高く軍部の信頼は厚く、軍功は大きく、政治上の見識も高い。

そしてそれを皆が知っている。

ところがジュールラントは突然湧いて出たような王子であり、この国の高位の騎士たちとじゅうぶんなじまないまま王太子にならざるを得なかった。

しかも内外の情勢は平穏とはいえない状況にあって、王の代理として動くことになる。

信頼を得るには実績がいるのだ。

最も早い実績作りは、戦争での勝利である。

そのため、あえて中軍正副将を欠いた軍を指揮することにしたのだろう。

そうすれば、勝利の手柄はジュールラント一人のものになる。

そのように事を進め始めた矢先に、最も信頼すべき護衛と譜代の臣に殺されかけた。

不安なのだ。

その不安を埋める安心を、カーズとジュルチャガに求めたのである。

バルドの身内なら決して自分を裏切らないとジュールラントは信じているのだ。

7

ノックの音があり、食べ物が運ばれてきた。

聞けばカムラーの指図であるという。

ある程度以上の立場の使用人は拘束されているから、カムラー自身は 厨(くりや) に立つことができない。

許しを得て使用人たちに指示を出し、騎士たちが監視する前で調理されたのだという。

バルドはひどく腹が減っていたので、これはうれしかった。

バリ・トードもカーズも同じだろう。

ちゃっかり者のジュルチャガは分からないが。

パンを引き延ばして袋状にしたものに、肉や野菜を細かく刻んで炒めたものを入れてある。

うまい!

空きっ腹だということを差し引いても、素晴らしいうまさだ。

中の具もよいが、何よりパン自体が信じられないほどのうまみを持っている。

これはあらかじめ夜食に出すつもりで用意していたのだろう。

今目の前にカムラーがいたら、

「ですから、おいしいパンなどいくらでも作れると申し上げましたでしょう」

と言わんばかりの憎たらしい顔をしたにちがいない。

バルドは、むしゃむしゃとパンをかみしめると、ワインでそれを流し込んだ。

「むむむ。

これは、たいしたものだ。

この家の料理人は腕がいいな」

ジュールラントは、ジュルチャガの食べ物を取り上げただけでは足りなかったようで、新たな料理にかじりついた。

一つをたいらげもう一つにかじりつこうとして、何を思ったのかテーブルの端にパンを置いて、ジュルチャガのほうを向き、

「このパンはすり盗らんのか」

と意地悪い笑顔で訊いた。

以前手紙をすり盗られたことを、実は根に持っていたようだ。

「おおっ。

おいらの腕に期待してくれちゃってるんだ?

ご期待には応えないといけないよねー」

いかにも無邪気そうな笑顔を浮かべながら、ジュルチャガは右手を顔の前に持ち上げ、くねくねと器用に指をこねくり回してみせた。

その指の動きは何とも不思議で、この指なら魔法のような技も使えるのかと見入ってしまう。

そして、こう言った。

「そういえば、さっきそれを持ってきて味見してた騎士の人、ほんとに王宮の人だった?」

ジュールラントは一瞬目を細め、考え込む様子をみせた。

「うむ。

知った顔だった。

何っ?」

最後の声は、ジュルチャガの左手に詰め物をしたパンがあるのを見た驚きの声だ。

ジュールラントは一流の騎士だ。

ジュルチャガの手が何か悪さをしないか、ずっと見ていたはずなのだ。

パンを取る動きを見逃すはずがない。

いつパンを取られたのか。

ジュルチャガは、行儀の悪いことだが、右足を高く持ち上げてみせた。

素足だ。

いつのまにか靴を脱いでいる。

ジュルチャガは、右手に注意を引きつけておいて、足をテーブルの下に伸ばし、パンの下の敷き布を引っ張って、足でパンを受け止めたのだ。

そのあと、テーブルの下で左手に持ち替えたのだろう。

「うまい手妻師はさー。

右手で何かやるぞ、何かやるぞー、て見せかけておいてね。

で、足で何かやるのさ。

授業料、いっただきー」

と言いながら、詰め物をしたパンをうれしそうに食べた。

「右手で何かすると見せかけて、か。

ふむ。

なるほど」

「そそ。

それにね。

王太子様ってさー。

だまされないぞ、だまされないぞ、って必死だったじゃん。

そういう人は、引っかけやすいんだな」

「む。

いや、そうか。

勉強になった」

とジュールラントは言った。

それから王宮に帰った。

カーズとジュルチャガを従えて。

ジュルチャガは、見事にへりくだった態度と言葉遣いをやってのけた。

いかにも王宮で働く身分賤しい者の作法で。

8

次の日の朝、バルドは王宮に参内して、将軍に任命された。

初めてこの豪奢な宮殿に入ったわけだが、忙しくて感傷に浸るひまはなかった。

本来は将兵たちの前で行うのだが、今回は略式ということで、十数人の重臣のみが見届けた。

拝将礼を行い、王印の刻まれた短剣と、中軍正将の印形を受け取った。

拝将礼とは、将軍に任じられるにあたり行う一連の作法である。

パルザムへの道中で、この作法を教えられ、しかも実際に動きをしてみせろといわれたときには、いくらなんでも必要なさすぎるだろうとあきれた。

だが、役に立ってしまった。

とすると、バルドを将軍に登用するという考えは、すでにその時点でジュールラントの中にあったのだろうか。

油断のならん男に成長したのう、とバルドは思った。

そのあとで、シャンティリオンの任将式が行われた。

すでに籍を本家に移していたようで、シャンティリオン・アーゴライドと名乗っていた。

黄金の長髪は短く切り詰められていた。

何か心境の変化だろうか。

バルドはシャンティリオンと打ち合わせをした。

コルポス砦に視察に行くこと。

そのあと王国南西部の視察をすること。

期間は最大三か月に及ぶこと。

放浪騎士にみえるような衣服装備を用意しておくこと。

コルポス砦までは従者を連れてよいが、そこからはバルドと二人での視察になること。

コルポス砦までの道に詳しい者を用意すること。

こうした条件を示し、コルポス砦にはできるだけ早く到着したい、と述べた。

するとシャンティリオンは、随行の騎士と少し言葉を交わしてから、

「では、一刻後に出発いたしましょう。

準備を整えてお迎えに参ります」

と言った。

ほう、とバルドは感心した。

時間通りにシャンティリオンは迎えに来た。

従者がわりに二人の騎士を連れて。

四人は出発し、王都を出た。

そして、王都の東にあるゲイドウの街に門が閉まる前に到着し、投宿したのである。