軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第7話 総合部門戦(後編)

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「ゴリオラ皇国、ドリアテッサ・ファファーレン殿!

パルザム王国、シャンティリオン・グレイバスター殿!」

高らかに名が告げられ、二人は闘技場に進み出た。

総合戦の決勝を細剣使い同士が戦うというのは、異常なことだろう。

このような場に臨むときは、闘争心をいやがうえにもあおり立て、おのれの心身を高ぶらせるものだ。

そうであるのに、二人の様子はむしろ静かといってよい。

そのこともまた、異常なことであるだろう。

ドリアテッサは女性としては身長が高いほうだが、こうして並ぶとわずかにシャンティリオンのほうが高い。

選んだ剣の長さは同じだ。

腕の長さもわずかにシャンティリオンがまさるようだ。

そのわずかな歩幅と腕の長さの差は、細剣同士の戦いでは大きな意味を持つ。

急に風が吹いてきた。

北から南に吹く風だ。

切り詰めたドリアテッサの栗色の髪が風になびく。

シャンティリオンの白いシャツが、ばたばたとはためく。

筒鐘が鳴らされた。

シャンティリオンは剣をすうっと持ち上げ、ゆるやかにドリアテッサのほうに向けた。

ドリアテッサは、だらりと剣を下げたままだ。

その目はシャンティリオンの目をにらみ返してはいない。

むしろ下半身に目線を送りつつ、やわらかに体全体を捉えようとしている。

ひときわ強い風が吹いた。

シャンティリオンが、一気に間合いを詰め、左から右に剣を横なぎにした。

ドリアテッサは身を沈めてこれをかわした。

かわさなければ首が刈り取られていた斬撃である。

バルドの背筋に寒いものが走った。

この男、本気で殺す気だ。

しかもおなごの顔をまともに狙ってくるとは。

シャンティリオンは、上から下に剣を振り下ろした。

ドリアテッサは、右によけた。

ただよけたのではない。

半歩接近しつつよけた。

今、ドリアテッサは、シャンティリオンの斜め左前にいる。

その距離、わずかに半歩。

顔と顔は指呼の間にあるが、シャンティリオンが激しい目線を浴びせているのに対し、ドリアテッサの放つ気配はぼんやりしている。

バルドの位置からははっきりとは見えないが、相手の目をにらんではいないように思われた。

シャンティリオンの剣がドリアテッサの左足首を刈った。

そう思われるほど、低く速い斬撃だったが、ドリアテッサは素早く下がってこれをかわした。

一呼吸入れたシャンティリオンは、それまでより剣速を上げて連続攻撃を仕掛けた。

一撃目はなぎ払い、二撃目は突きだった。

そしておそらく三撃目に本命のなぎ払いを送り出すつもりだった。

ドリアテッサは一撃目を体をひねってかわし、二撃目が来る直前、肩の前で剣を振った。

一瞬それは盾のようにみえた。

シャンティリオンは攻撃をやめて、半歩退いた。

ドリアテッサは柔らかな姿勢で立っている。

右肘を自然に折り曲げ、持ち上げた剣の先は胸の高さだ。

シャンティリオンは三度呼吸をして気息を調え、さらに大きく息を吸って次の攻撃を繰り出した。

速い、速い、速い。

シャンティリオンの剣は、突きからなぎ払いへと変化し、さらに反転してドリアテッサを攻め立てた。

ドリアテッサは、それをかわす、かわす、かわす。

まるでジュルチャガが乗り移ったかのように、白刃の下に身をさらしてかわし続ける。

十数度に及ぶ攻撃の最後に胸元に迫った突きを、ドリアテッサは自分の剣ではじいた。

シャンティリオンがまたも一歩引いて呼吸を整えようとした、そのとき。

電光石火の動きをみせたドリアテッサが、力強い踏み込みのあと、突きぎみの斬撃をシャンティリオンの顔面目がけて放った。

ドリアテッサの剣がシャンティリオンの頭部を斬り裂いた。

と見えたのは錯覚で、シャンティリオンは紙一重の見切りでこれをかわし、逆にドリアテッサの顔面に斬撃を放った。

ドリアテッサは体をひねってこれをかわしたものの、右肩に当たった。

肩当ては金属鎧であったのに、ドリアテッサは強烈な衝撃を受け、地に伏した。

シャンティリオンは素早く近寄り、ドリアテッサの喉元に剣を突き付けた。

「一本!

シャンティリオン・グレイバスター殿」

間髪を入れず、審判長の判定が下った。

ドリアテッサは右肩を押さえてうずくまったまま、しばらく起き上がれない。

やはりシャンティリオンは、金属鎧を外からたたいて中の人間にダメージを与える技を持っているようだ。

審判長がドリアテッサに近寄って何事か話し掛けた。

ドリアテッサが顔を上げて首を振り、立ち上がった。

筒鐘が打ち鳴らされ、二本目が開始された。

二人は剣を向け合って対峙したまま、動こうとしない。

再び風が強まってきた。

土ぼこりが上がる。

なお二人は動かない。

ドリアテッサのほうは、もともと防御中心の戦法を取っている。

分からないのはシャンティリオンだ。

あれほど積極的な攻めをみせたシャンティリオンが、今度はなぜ仕掛けようとしないのか。

その答えは、すぐに分かった。

シャンティリオンの額を、一筋の血がつつっと流れたのだ。

先ほどのドリアテッサの一撃を、完全にはかわせていなかったのである。

見切り、とは直感による予測である。

上級者になれば、相手の剣がどのタイミングでどう伸びてくるか、その軌跡がはっきりと目に映る。

シャンティリオンは、昨日、ドリアテッサと戦った。

その剣速、足の運び、打ち込みのくせといったものを、目に焼き付けたはずだ。

力強い踏み込みから繰り出す、刺突ぎみの一撃の軌道も威力も、きちんと目に収めたはずだ。

また、今日の第二試合と第五試合も見ただろうと思われる。

その記憶は、目の前の敵の動作に加味され、シャンティリオンの見切りを、より確かなものにするはずだった。

だが、シャンティリオンの見切りは、シャンティリオンを裏切った。

逆にいえば、ドリアテッサの剣はドリアテッサのこれまでを上回った。

まるで剣が伸び、急に加速したように、シャンティリオンにはみえたに違いない。

成長のただ中にある人間は、時としてこういう奇跡を起こす。

ドリアテッサの成長力がシャンティリオンの見切りを狂わせたのだ。

頭部から出血する損傷であるから、今も視界はくらくら揺れているかもしれない。

頭痛が正常な判断を狂わせているかもしれない。

この瞬間は、ドリアテッサがシャンティリオンを追い詰めているといってよい。

今まさに、ドリアテッサの勝機が見えかけている。

ドリアテッサは右に回り始めた。

素晴らしい速度で走る、走る。

それに合わせてシャンティリオンは向きを変えていく。

くるくるくるくると、シャンティリオンの周りをドリアテッサは回った。

そして、力強い踏み込みを行い、刺突ぎみの斬撃をシャンティリオンの顔面に放った。

ドリアテッサが攻撃態勢に入ると同時に、シャンティリオンは剣を左に引いた。

来る!

シャンティリオンの奥の手が。

シャンティリオンは一撃目をドリアテッサの斬撃に合わせて放った。

突進の加速を加えてもなお、剣の速度はシャンティリオンが上回っている。

攻撃の姿勢を取るドリアテッサには、シャンティリオンの剣をかわすことができない。

そのはずであったが、シャンティリオンの剣は、ドリアテッサの剣に受け止められた。

斬撃を繰り出すとみせたのはおとりで、初めから防御を行うつもりだったのだ。

シャンティリオンの剣はただちに引かれ、まったく同じ軌道で、ただし半歩踏み込んだ位置で繰り出された。

ドリアテッサは頭を沈めて二撃目をかわした。

はじめからその動きをするつもりでなければ到底できない動きである。

今やドリアテッサの剣の先は、シャンティリオンの胸先にある。

だがしかし、ということはドリアテッサがシャンティリオンの間合いの中にいるということでもある。

その位置では、戦慄すべき速度で迫る三撃目を、けっしてかわすことはできない。

はたして三撃目がドリアテッサを襲った。

ドリアテッサはその斬撃をかわそうとはしなかった。

逆に上半身を右にひねりつつ肩を沈め、襲い来る白刃にみずから当たりにいった。

シャンティリオンの白刃はドリアテッサの肩当てに当たり、するどい金属音を立てながら首の付け根に吸い込まれた。

バルドは、妖魔に心臓をつかまれたかと思った。

バルドから見てドリアテッサは右に、シャンティリオンは左にいる。

ドリアテッサの右首に打ち込まれた剣先は、ちょうど死角になって見えない。

今にもドリアテッサの首がちぎれ飛ぶだろうと思った。

だがそうはならなかった。

その時何が起こったのかは、金属の激突音が教えてくれた。

ネックガードだ。

ドリアテッサが着けている肩当てにはネックガードが付いている。

ドリアテッサはシャンティリオンの剣を首筋に呼び込み、ネックガードで受け止めたのだ。

あえて踏み込んで相手の剣を受けたことで、ドリアテッサの剣はシャンティリオンの胸にほとんど届いている。

しかし右足を大きく踏み込んでしまっているため、一度剣と足を引いて踏み込み直さねば、威力のある攻撃はできないと思われた。

だが、ドリアテッサはそのままの態勢で腰を回転させ、剣先を前方に送り込んだ。

あの技だ!

昨日カーズがみせた、あの技だ。

あの不思議なわざを、ドリアテッサは見事に再現してみせた。

剣は、深々とシャンティリオンの革の胸当てを貫いていた。

二人の動きが止まり。

闘技場は沈黙に包まれた。

6

シャンティリオンは、信じられないものを見る目で、おのれの胸に突き立った剣を見ている。

もう戦闘の狂気は、彼の中から抜け去っている。

この剣が刃引きされた試合剣でなければどうなっていたか。

いうまでもない。

剣先は臓腑を突き破り、命を失っていたろう。

シャンティリオンは、はっきり理解しているはずだ。

自分は敗れたのだと。

敵の剣先を体にふれさせる気は毛頭なかったはずだ。

万一剣先が届いたとき弱点を守れるよう、上等な胸当ても身に着けた。

だが、つぶされた剣先は革の胸当てを突き抜け、ドリアテッサの剣はシャンティリオンの体に届いた。

天地がひっくり返ったような驚きを味わっていることだろう。

シャンティリオンが顔を起こし、ドリアテッサを見た。

ドリアテッサは対戦相手をじっとみつめている。

その横顔を見ながらバルドは、うつくしい、と思った。

驕(おご) りも卑屈さも、憎しみも猛りもそこにはない。

ただおのれの最高のわざを振るおうとする者の顔がそこにあった。

ほおを紅潮させ、荒い息をつくその顔は、力を出し切れた喜びにあふれている。

審判長が、シャンティリオンに話し掛けた。

シャンティリオンがうなずいた。

救護班が呼ばれ、シャンティリオンに刺さった剣が、注意深く抜かれた。

シャンティリオンは痛がりもせず、ほうけたようにドリアテッサを見ている。

シャンティリオンが担架で運ばれたあと、審判長の宣言が響いた。

「勝負あり!

ドリアテッサ・ファファーレン殿」

ゴリオラ側で歓声が起き、ほどなく大歓声になった。

ドリアテッサ・ファファーレンは、細剣を取って総合部門戦に優勝するという快挙を成し遂げたのだ。

今まで聞いたこともない大殊勲であり、競武会の歴史とともに語り伝えられるべき手柄といってよい。

ドリアテッサは片膝を地に突き、感謝の祈りを捧げた。

神々と、そして誰かに。

それから礼を済ませ、ドリアテッサが自陣に歩き始めると、待ちかねた朋友たちが石垣を乗り越えて迎えに出た。

肩をたたき、取り囲んではやし立てながら、総合部門優勝という栄誉を自国にもたらしてくれた女神を祝福した。

誇れ、誇れ。

大いに誇るがよい。

実のところ、誇らしい気持ちになっているのはバルド自身だった。

まるで自分の娘が大手柄を立てたかのようだった。

だがバルドはパルザム側のたまりを見て、水を浴びせられたような気になった。

パルザムの騎士たちは静まりかえっていた。

高位の貴族は、騎士たちの指標たらねばならない。

高位の職位にある騎士もまた同じである。

シャンティリオンは、国内でも有数の名家の血を受ける者である。

同時に、近衛隊長という、特別な武威を備うべき地位にある者である。

その男が他国の、しかも女に後れを取ったという事態は、パルザムの騎士すべての恥辱である、と彼らは感じているだろう。

静まりかえっているうちはまだよい。

その沈黙の次にくるものが潔い祝福でなかったとしたら、何が起こるのか。