軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第6話 第五日模範試合

1

「これより優勝者シャンティリオン・グレイバスター殿と、ジグエンツァ大領主領代表カーズ・ローエン殿による模範試合を行います」

審判長が主催者席に報告した。

呼び出し係が名を読み上げ、二人の剣士は闘技場に足を踏み入れた。

圧倒的な実力をみせて優勝したシャンティリオンは、武神の息吹でも浴びたような独特の空気をまとっている。

いや、そうではない。

その神業ともいえる武技を披露する前から、シャンティリオンは〈威〉をまとっていた。

騎士はみなそれぞれの威を持つものだ。

千人の領民の上に立つ領主には、それとしての威がある。

百人の兵士を指揮する騎士には、それとしての威がある。

威のない貴族に平民は心服しない。

威のない上官に兵士は従わない。

シャンティリオンは、この男は確かに上級騎士だと思わせるだけの威を、初めから身にまとっていた。

対するカーズ・ローエンは、まったく威を感じさせない。

まるで影が起き上がって歩いているような男だ。

しかしだからこそ、優れた武人ならカーズがただ者でないと気付く。

足音さえさせず、ほとんど気配もなく、空気に溶け込んだように歩くその姿を見れば。

両陣営の空気の差がおもしろいのう、とバルドは思った。

ゴリオラ皇国の出場者たちは、カーズのうわさを多少は聞いているのだろう。

何かをやってくれるのではないかという期待が感じられる。

パルザム王国の出場者たちは、何やらくつろいだ空気を 醸(かも) している。

勝負は決まり切ったものと考えているのだ。

カーズのことを、こんな場で希代の剣士と戦うはめになった気の毒な男、と思っているのかもしれない。

彼らはすぐに思い違いに気付くことになる。

だが、それではカーズが勝つかといえば、正直、バルドにもこの勝負のゆくえは分からない。

カーズは剣に人生を捧げたような男だ。

場数ではシャンティリオンを問題としないだろう。

しかし試合のルールの中で、刃引きされた慣れない剣でシャンティリオンに勝てるかといえば、それは分からない。

バルドにとり、カーズが勝とうが負けようが、どうでもよかった。

ただカーズがこの対戦を楽しんでくれればいいと、そう思っていた。

両者の準備が終わり、鐘が鳴らされた。

2

不思議なものじゃのう、とバルドは思った。

シャンティリオンは、細身でしなやかだ、と思っていた。

それはそうに違いない。

いかつい武人たちと並べばなおさらそうみえる。

だが、カーズと相対すると、シャンティリオンの身体は硬さを感じさせる。

カーズ・ローエンがあまりにしなやかでとらえどころがないからだ。

これがおかしい。

カーズはシャンティリオンより上背がある。

筋肉もしっかり付いているし、一見細身だが骨格たるや猛獣のようにたくましい。

それなのに、こうして距離を置いてみれば、カーズのほうがたおやかにみえてしまう。

人によってはそれを弱さの現れとみるかもしれない。

二人はにらみ合ったまま動かない。

いや。

確かにシャンティリオンはカーズの顔をにらみつけているが、カーズはそうではない。

その目は眠たげに細められ、視線は下方に向けられ、やんわりと敵の全体をとらえている。

先に動いたのはシャンティリオンだった。

ゆっくりと右に動く。

慎重な足さばきで、カーズと一定の距離を保ちながら右に回ってゆく。

審判長は、視界を確保するためか、微妙に位置を変えながら、二人の様子を見守っている。

カーズは、だらりと剣を下げたまま動かない。

いくらでも隙がありそうなのに、シャンティリオンは打ち込まず、さらに右に回っていく。

カーズの周りを半周して、真後ろの位置に達した。

初めシャンティリオンが南側に、カーズが北側にいたのだが、ちょうど逆になったわけである。

剣を左に右にと動かし、微妙に構えを変えながら、シャンティリオンはなおも円の動きを続けた。

シャンティリオンがさらに四分の一周して、カーズの右側にきたとき、カーズは閃光の煌めきをみせて剣を振るった。

と思ったのだが、剣を相手に打ち込むことはしなかった。

けれど、シャンティリオンは、カーズの打ち込みをかわした。

剣は届いていないのに、まるで剣先が右腕を斬り落としかけたかのようにかわす動作をして、そして反撃に出た。

五歩の距離は須臾の間に消え、二人はお互いをお互いの間合いに置いて切り結んだ。

いや、切り結んだというのはちがう。

ひたすら攻撃しているのはシャンティリオンで、シャンティリオンのほうに向き直ったカーズは、相変わらず剣を下げたまま、それをかわし続けた。

十数撃に及んだそれは、バルドにはよく見えなかった。

なにしろ、位置が悪い。

シャンティリオンの動きのほとんどはカーズの影に隠れてしまうのだ。

対(つい) の位置にいるジュールラントも同じ不満を味わっているだろう。

シャンティリオンは、一歩引いて呼吸を整えた。

そして、再び右に回転しようとしたのだが、ひょいと動いたカーズの剣がそれを制した。

またもや、間合いの外側であるのにまるで右足を斬られかけたかのようにシャンティリオンはかわす動作をして、回転をやめた。

見える。

シャンティリオンの呼吸が見える。

今吸った。

今吐いた。

だが、カーズの呼吸は見えない。

シャンティリオンは、呼吸を整えてから再び攻撃を仕掛けるつもりだ。

カーズが何をもくろんでいるかは分からない。

再びシャンティリオンが一歩を踏み込んだ。

それは地の上すれすれを飛ぶような一歩であり、間合いを一瞬にして詰める大きな一歩だ。

シャンティリオンがカーズに猛攻を仕掛ける。

先ほどより明らかに速い。

しかも、突きと半径の大きい斬撃を織り交ぜた、多彩な攻撃だ。

カーズは剣を上げて防御した。

だが、剣と剣がぶつかり合う音はしない。

カーズが剣を送り込んだ位置に、シャンティリオンは決して自分の剣を踏み込ませない。

結局この攻撃も、カーズはしのぎきった。

シャンティリオンは、はっきりと荒い息をついている。

胸と肩が大きく揺れている。

カーズは相変わらず静かだ。

シャンティリオンが大きく一息吸って、突進してきた。

速い、速い。

振りの半径は小さいのに、どうしてあれだけの速度が出るのか。

突きから斬撃へ、小さな斬撃から大きく速い斬撃へと自在に変化する恐るべき攻撃だ。

カーズは大きく身を沈めつつひねり、シャンティリオンの連続攻撃をかいくぐって、その背後に回った。

シャンティリオンもくるりと振り返ってカーズに相対した。

この敵に背中をみせればそこで勝負は終わると、シャンティリオンは正しく理解している。

バルドは今度はシャンティリオンの背中を見ることになった。

位置を完全に入れ替えたから、カーズが西に、シャンティリオンが東に位置取っている。

まるで東西に並んで戦わねばならないという決まりでもあるかのように。

バルドはふと北を見た。

ゴリオラ皇国の出場者たちが、かたずを飲んで勝負を見守っている。

その最前列にドリアテッサがいる。

その視線は、かみつくかのように鋭い。

そうか、そういうことじゃったのか、とバルドは得心した。

カーズはシャンティリオンの技をドリアテッサに見せるために、今戦っている。

だから、ドリアテッサに見やすい角度でしか攻撃させないのだ。

ドリアテッサは第五部門の準優勝者なのだから、明日の第六部門に出場できる。

難しいことではあるが、そこで勝ち抜けば、もう一度シャンティリオンと戦う機会が得られる。

シャンティリオンに勝て、とカーズはドリアテッサにその全身で命じている。

どうして冷めた男だなどと思ったのだろう。

こんなにも熱い魂の持ち主だというのに。

どうして無口な男だなどと思ったのだろう。

こんなにも雄弁だというのに。

ただし、カーズ・ローエンは言葉ではしゃべらない。

あまたの思いを静かに抱きしめ、この男はただ剣をもって語るのだ。

シャンティリオンが、またも攻撃を仕掛けてきた。

何も知らずに見れば、シャンティリオンが優勢で、カーズはかろうじてかわしているだけにみえるだろう。

いま闘技場で起きていることを正確に理解している人間が、いったい何人いることか。

またも東西が入れ替わった。

シャンティリオンの放つ殺気で、見ているこちらの肌までがぴりぴりする。

こいつも存外、熱い男だ。

シャンティリオンにはもちろん分かっている。

目の前の静かな男に自分がもてあそばれているということが。

シャンティリオンがカーズの左肩目がけて突きを放った。

カーズが剣で自分の左肩の前をなでるような動作をした。

バルドは、思わず目を細めた。

カーズの剣が盾のように見えたのだ。

カーズがシャンティリオンの左足に斬撃を放った。

その一撃はまったく届いていないのだが、シャンティリオンは後ずさってかわした。

またもバルドは目を細めた。

カーズの剣が一瞬ハンマーに見えたのだ。

シャンティリオンが左に回り込もうとした。

カーズがその左肩口に一撃を放つ。

バルドにはその剣が鞭に見えた。

達人二人の白刃のやり取りを見るうちに、その応酬の中身が見えるようになってきた。

最初はシャンティリオンの攻撃こそ多彩だと思ったが、今は違う。

シャンティリオンは剣を剣としてしか扱わない。

カーズは、そうではない。

剣以上の何かとして、カーズはそれを振っている。

シャンティリオンの強さは剣を失えばなくなる強さだが、カーズの強さは剣を手放しても失われない強さなのではないか。

バルドは、以前、師の流れ騎士から、

「剣をきわめれば、技は不要になる」

と教えられた。

技をきわめるために剣を学ぶのだから、それはおかしいとバルドは思い、混乱した。

混乱した勢いのまま、では技をきわめたら剣は不要になるのですか、と訊いた。

師は珍しく笑みをみせ、

「そうだ。

よく分かったな」

と言った。

さっぱり分からないやり取りだったが、今、少し分かった気がする。

カーズがきわめようとしているのは、そういう剣だ。

斜め後ろで鋭く息を吸う気配があり、バルドはそちらに首を向けた。

ジュルチャガの、ふだん薄茶色の目が緑色に輝いている。

最高度に興奮しているしるしだ。

これから何かが起きる。

バルドはすぐに視線を闘技場の二人に戻した。

シャンティリオンの気息が調い、その闘気がじゅうぶん高まったとき。

今まで影のように静かだったカーズが、突然闘気を放った。

それはおよそ人が放つような殺気ではない。

まるで巨大な虎がそこにいるかのようだ。

その闘気は一瞬だけシャンティリオンを捉えて消えた。

その闘気におびえたシャンティリオンは、思わず奥の手を出した。

剣を左に引き、カーズの右胸元がけて必殺の斬撃を放ったのである。

速い!

もはやバルドの目にもほとんど捉えきれない。

しかも胸元に突き込むように打ち込んでくる。

非常に間合いがつかみにくく、またかわすのも防ぐのも難しい攻撃だ。

カーズは、わずかな動作でこれをかわした。

一瞬当たったかと思うほどのきわどさである。

すかさず、同じ軌道で次の斬撃が飛んだ。

これほどの速さ、威力の攻撃を、二連撃で放てるとは!

これもカーズにかわされたが、驚くべきことにシャンティリオンの剣はもう一閃した。

超高速の三連撃!

その三回目の斬撃は、ついにカーズの右胸を捉えた。

ぴたりと剣をカーズの胸に当てたまま、シャンティリオンは動かない。

カーズもまた、動かない。

二人の姿は、神話の一場面を模した彫像のようだ。

闘技場が、水を打ったように静かになった。

カーズはうまく逃げ続けたが、ついに必殺の一撃が決まった。

刃をつぶした試合剣ではあるが、このたぐいまれな剣士が振り抜けば心臓を斬り裂いたに違いない一撃だ。

見た者たちは、そう理解しただろう。

カーズが柔らかい息をはいて剣を下ろした。

つられるように、シャンティリオンも剣を下ろした。

パルザム側の出場者たちから歓声が起こり、嵐のように大きくなった。

カーズは、そのまま主催者席に一礼した。

ということは、その前にいるシャンティリオンにも同時に礼をした。

そしてくるりと振り返り、足音もさせずに戦いの場を歩み去った。

三本勝負のうち一本だけでもう勝負はついた、との意思表示である。

審判長は、その意をくみ取り、

「勝負あり!

シャンティリオン・グレイバスター殿」

と、宣言した。

もう一度歓声が沸いた。

先ほどより大きな歓声だ。

パルザム側だけでなく、ゴリオラ側からも沸いている。

負けたにせよ、見事な戦いだった。

歓声の半分は、カーズの背中に浴びせられている。

だが歓呼を贈る人々は、今何が起きたのかを理解しているだろうか。

シャンティリオンの剣がカーズの胸を捉えたようにみえたが、実際はそうではない。

剣がカーズの胸を捉えたのではなく、カーズが胸で剣をとめたのだ。

しかも憎いことに、カーズは一度胸を引いて、うまく剣の勢いを殺した状態で、胸を剣に押し当ててとめた。

体をひねって剣先をかわし、刃筋をそらし、広い面積で、しかも革鎧の一番厚い部分で剣を受けたのだ。

そこには、リンツ伯の頼みで仕留めた耳長狼の魔獣の毛皮の端切れが仕込んである。

おそらくカーズにはほとんどダメージはない。

要するに、シャンティリオンの技を見極めるのはもうじゅうぶんだと判断して、試合を終わらせたのだ。

勝者であるシャンティリオンは、荒い息をつきながら、髪を乱し、 呆然(ぼうぜん) とカーズを見送っている。

にこりともせずにバルドのもとに帰ってきたカーズは、ジュルチャガに何事かを耳打ちした。

3

バルドの部屋にドリアテッサが訪ねて来た。

その手にさや付きの剣が握られている。

あまり上等な剣にはみえない。

「カーズ殿。

ご用と聞いた」

どうもカーズが呼びつけたようだ。

カーズは珍しく、口を開いた。

「シャンティリオンはバランスの取れた攻防を行う剣士で、これといった弱点がない。

だが、奥の手の三連続攻撃を行うとき、隙ができる。

ここだ」

カーズがジュルチャガの右胸を指した。

胸の筋肉の端、ほとんど脇に近い位置だ。

「ここを突きで打ち抜け。

ただし踏み込みはせずに、体重の移動だけで技を繰り出すのだ」

むちゃを言うにもほどがある、というものだ。

まず、奥の手を出すほどにシャンティリオンを追い詰めなければならない。

そのうえ、反撃可能な位置であの三連撃を防御して、なおかつ同時に攻撃せよとは。

だいいち、踏み込みをしないでどうして威力のある突きが放てよう。

カーズは、真ちゅうの水桶を机の上に置いた。

飾りのついた分厚い平桶である。

水は入っていない。

そして、ドリアテッサから剣を受け取って抜いた。

練習剣だ。

剣の刃も剣先もつぶしてある。

その切っ先を水桶に押し当て、ほんの少し腰を落として突きの態勢を取った。

「腰の動きに注目するのだ。

丹田(たんでん) にためた鋭気を腰の回転によって膨れ上がらせ剣に送り込めば、おのずと突きになる」

カーズが息を吸い、心気を錬っているのが感じられる。

と、熱気のようなものが稲妻のごとく腰の左から右に走った。

そのときすでに、剣先は水桶を貫いていた。